勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その2 下の名前で呼ばれたい

 月曜の学校、三限目終わりの休み時間。

 自販機で飲み物を補充した俺は、四月よりも華やかさの増した教室に戻る。

 

 廊下を歩きながら考えるのは、やはり華恋さんのことだった。

 土日の間に紗由と『華恋さん攻略計画』について何度か相談を重ねたものの、最初は仲介するよりも自分から声を掛けに行って積極性をアピールすべき、ということになった。

 

 そんなわけで学校が始まったら話しかけに行くという約束をしたものの、いざ月曜になると、緊張してしまって話しかけに行けず仕舞い。

 休み時間が始まるたびに紗由から「はよいけ」と、せっつかれるものの、次の時間、次の時間と言って引き延ばし、気が付けば三限終わり。ちなみに、まだ勇気は出ていない。

 

 参ったなぁ、と自分のヘタレさに辟易しながら教室に入った。

 

 自分の席がある教室の真ん中では、クラスの中でも一段と目立つ三人組が談笑中だった。

 男子一人と女子二人──袴田・華恋さん・八奈見──だ。

 

 三人とも楽しそうに笑い合っている。特にコロコロと笑う華恋さんは一段と綺麗で……あの三人の空気感に割って入れるわけもなく、俺は足を止めた。

 むむむ。こうなっては仕方ない。俺は教室の隅でインスタのリールを見て時間をつぶすことにしよう。やっぱムキムキの軍人が豪快に料理を作る動画はいつ見てもおもろいな。

 

「なにやってんの」

 

 げしっと鈍く小突かれ、少女の低い声がする。

 声の主に視線を向けてみると、紗由が俺のことを見上げていた。

 

「ん……なんだお前か。なにって見ての通りだが」

 

「じゃなくて!」ぐいっと腕を掴まれて耳打ちされる。「……なんで華恋ちゃんに話しかけに行かないのよ。ちょうどアンタの席にいるじゃない」

 

 これは人の多い教室の中における紗由なりの配慮だろう。

 しかし、この距離なら袴田や華恋さん本人にも会話を聞かれる可能性がある。俺は万が一に備えて紗由を廊下に連れ出し、人気のない一角まで連れて行った。

 

「はぁー。で、なんで入っていかないの」

「あのなぁ、無理だろ、あんなの」

「袴田とは友達だし、杏菜(あんな)ちゃんとだって話したことあるでしょ?」

「あるけどさぁ」

 

 もう三人の関係は”出来上がっている”のだ。割って入れば華恋さんに確実に悪印象を与える結果になるだろう。もちろん考えたことはある。

 席に座る自然な流れを活かして、あの三人に声を掛けるシチュエーション……でも無理! できない! 袴田と八奈見にならできるけど、華恋さんの前だと怖くてできない!

 

「このヘタレ」

 

 短く言って、ため息。

 

「そうやって逃げ回ってるから三人の仲が余計に深くなっていくんでしょうが」

 

 まったくもその通り。反論のしようもないぐらいのド正論。しかし、タイミングを逃し続けて数週間。完全に逃げ癖が付いている。

 四月までは普通に前の席の袴田とそこに顔を出す八奈見と軽い雑談ぐらいはしていたが、五月に入ってから一度も話していない。

 

「どうしたら、上手く声を掛けられるかなぁ」

「そのヘタレを直すところじゃない?」

「んー、無理そう」

「終わってるわね。ロクに恋愛をしてこなかった男の末路って感じ」

「いまさら言われてもなぁ。俺もうだめかも……」

「アンタねぇ……」

 

 不意に、きんこんかーん、と予鈴が響く。

 二人してスマホに目をやれば、いつの間にかに休み時間が終わっていた。

 

 やばいっ! と俺たちは駆け出して教室に滑り込む。

 室内を見渡してみるが、まだ先生は来ていないらしい。セーフ、危なかった。甘夏先生に遅刻癖があって助かった。

 もう華恋さんは自分の席に戻っている。紗由と別れ、俺も息を整えながら着席した。

 

「よっ、北見。お前どこにいたんだ?」

 

 にやりとした顔の袴田が振り返って問いかける。

 

「なんだよ急に。お前には人の休み時間を気にする趣味があるのか」

「そうはぐらかすなって、ちゃんと分かってるんだぜ?」

「何のことだよ」

「時間ギリギリに女の子と教室に駆け込んでくるなんて、お前も隅に置けないってことだ」

「は? いや別にアイツは──」

 

 俺の声を遮るように、ダンダンと鈍い音がする。

 それはいつの間にか教室に入って来た甘夏先生が勢いよく教壇の上に飛び乗った音だった。

 

「お前らぁ! 古代メソポタミアは好きかぁ!!」

 

 小柄な甘夏先生のハイテンションボイスが教室内に響き、注目を一気に集める。「プリントまわせぇ!」と先生はまたダンダンと音を立てて教壇から降りた。

 

 袴田の視線はそれで先生の方に向いた後、答えを求めて再び俺の方に向く。

 

「……で、どうなんだ。こっそり何やってた?」

「少なくともお前が想像してることじゃないからな」

 

 まさか「お前から華恋さんを奪い、お近づきになる方法を考えてました」なんて言えるものか。

 俺は手を払って「プリント来てるぞ」と袴田に前を向かせた。

 

 ……傍からはそんな風に見えるのか。俺と紗由の関係は。

 

 いや待て。というかお前と八奈見も似たようなもんだろうが。

 

 入学してからしばらくの間、俺は袴田は八奈見と付き合っているもんだと思っていた。

 四六時中一緒にいるし、昼飯一緒に食べてるし、一緒に帰ってるし。でも、実際にはただの幼馴染。俺と紗由の関係に近いらしい。……ああ、なるほど、こういうことか。

 

 甘夏先生が熱弁を振るう授業中、俺はずっとこの『誤解』について考える羽目になった。

 

 当たり前すぎて考えたこともなかったが、冷静になれば何かにつけて二人きりでいる男女というのは、傍からはカップルに見えてもおかしくない。

 実際、俺は袴田と八奈見の幼馴染関係を誤解をしていたわけで、こっちの幼馴染関係だけは誤解するなというのも無理のある話だ。

 

 いやでも、これってかなり不味い。

 誤解するのが袴田なら良いが、華恋さんにまで広がってしまうと非常にマズイ。まだ会話だってちゃんとできないような関係性なのだから、弁解のしようもないじゃないか。

 女子同士のつながりで紗由がフォローしてくれる可能性もあるが、ともかく憂慮すべき事態だ。

 参った、実に参った。悩みの種が増えてしまった。

 

     ◇

 

 その日の昼休み、俺はいつも通り紗由を誘って屋上に向かおうと思ったが、座席には姿が見えない。教室内を見渡してみるが、どこにもいない……ってことはトイレか。

 そういう事なら、と現地集合に切り替えるべくLINEを開く。

 

 ヴーヴッヴッとバイブレーション。ちょうど紗由からだ。

 届いたメッセージは《ごく自然な感じで廊下に出てきて》というもの。

 

「はぁ?」

 

 意味が分からず声が漏れる。

 訳が分からんが、とりあえず俺のことを呼んでいるっぽいし出てみるか。

 

「……で、その時、甘夏先生がね──」

 

 扉をくぐってすぐに紗由の声がする。なんだ、トイレじゃなくて廊下にいたのか。

 誰かと会話中らしいが、なぜに俺を呼びつけて──。

 

「私もそういう時あるし分かっちゃうな~」

 

 明るくて、通りが良くて、軽やかな美声。

 

 足が止まる。ついでに心臓も止まりかける。紗由の談笑の相手は華恋さんだった。

 並んでいる二人の姿を見て、俺はすっかり固まってしまう。

 当然、二人の視線が俺に集まる。やばい、華恋さんに見られている。見つめられてる! 

 嬉しさやら驚きやらで、すっかり脳はフリーズ状態。

 

「あーっ! ちょうど良いところに!」

 

 わざとらしい高い声で紗由が俺のことを指さす。

 あっ! コイツまさか、俺が日和ってるからって不意打ちで場をセッティングしやがった!

 

「華恋ちゃんコイツのこと知ってる? 私の幼馴染なんだけど」

「うん、知ってるよ。北見君だよね。草介君の後ろの席の」

 

 やった! 名前覚えられてる! 超嬉しい!

 

 ってか『草介君』だとぉ? アイツはもう下の名前呼びなのかよっ、かなり出遅れてる!

 

「あ、あぁ。ども、華恋さん」

 

 やば、勝手に名前呼びしているせいで口からでてしまった。まだそんなに仲良くないし、最初は苗字の『姫宮さん』呼びの方が良かっただろうか。

 

 そんなことを気にするの俺に対して、華恋さんは「こんにちは」と微笑を向けた。

 

 やっばい、可愛すぎる。直視できないレベルの反則級の笑顔。天使か女神が降臨していらっしゃる。あとすごい、どことは言わないけどデッッッカイ。紗由の小さな頭がすっぽり収まってしまいそうなサイズ感。近くで見ると大迫力だ。

 

「ねね、ちょっとアンタに聞きたいことがあって」

 

 相変わらず、わざとらしいテンションで紗由は俺の腕をぐいっと掴み、華恋さんとの間に俺を引きずり込んでくる。そうして、華恋さん、俺、紗由のサンドイッチが完成した。

 

 これはやばいって、近すぎるって! 

 

 少しでも体を動かすと華恋さんに肩が触れてしまいそうな距離。俺のすぐ隣に華恋さんがいる。

 体温をほんの僅かだが感じるぐらいに近くで、なんかいい匂いもする。花のようにほんのりと甘くて、けれど飽きることのない爽やかさで、女性らしいフローラルな香り。

 

 ああ、もう死んでもいいかも……。

 

「実は華恋ちゃんが歴史の授業で分からないところがあるらしくって。アンタ歴史得意でしょ? ちょっと教えてあげてよ」

 

 危うく昇天しかかっていた俺は現世に戻ってきた。華恋さんは歴史が苦手なのか。これはもしや勉強を教えるって名目でお近づきになれるチャンスなのでは!? 

 

「そ、そうなの華恋さん」

「分からないっていうか、少し気になったところがあって。北見君、教えてくれる?」

「もちろん。それでどこが──」

「てかさ、華恋ちゃんったら『北見君』なんて硬いなぁ。こんな奴、呼び捨てでいいよ」

「えっ。でも……」

「コイツのことなんて『祐一』って、適当に下の名前で呼んじゃえば?」

 

 すかさず紗由が続ける。これは明らかに『草介君』呼びを考えた上の対処だ。

 神かお前は。援護射撃が上手すぎるだろ。

 

「そう?」

 

 華恋さんがちょこん、と首を小さくかしげて俺に同意を求めてくる。

 

 相変わらず可愛すぎ──って、ちがうちがう。これは下の名前で呼ばれる大チャンスじゃないか! 一発逆転で袴田に追いつける! よし、この機会に下の名前で呼んでもらうんだ!

 心の中の焦ると興奮を見せないように必死でポーカーフェイスを維持。そのまま、出来る限り自然な笑みを作って華恋さんに答える。

 

「華恋さんの好きなように呼んじゃってよ」

 

 ってちがーう! 俺の馬鹿野郎!!! 違うだろ! なんでキザぶってるんだ!

 

「好きなように? うーん、じゃあ……祐一君でどうかな!」

 

 あ、危なかった。もしもここで北見君呼びが固定化したら、これから先もずっとそう呼ばれ続けることになっていた。

 ありがとう紗由。帰りに好きなもの奢ってやるからな……。

 

「それでね、祐一君」と華恋さんが俺の名前を呼びながら語り掛けてくる。

 

 その日の昼休み前半は俺の人生史上で一番幸福な時間となった。

 まあ、前半といっても昼食前のほんの数分程度の雑談であったが、それでも華恋さんに名前を呼ばれて、面と向かって話せるようになっただけでもかなりの進展だ。

 叶うことならこの幸福を更新し続けられる人生でありたい……。

 

「引き留めちゃってごめんね華恋ちゃん。お昼大丈夫?」

 

 俺たちの会話が収束に向かう頃、紗由が見計らったように声を上げる。

 引き際までばっちりとは恐れ入った。流石です紗由パイセン。

 

「もうこんな時間! はやくお昼ご飯食べないと!」

「だよね。てか、私、売り切れる前に購買行ってこないと」

 

 いつも手作り弁当を持参している紗由がさらりと嘘を言っている。目的の為なら友達相手に顔色一つに変えず、ごく自然に嘘をつけるのかよ。俺はお前が怖いよ。

 

「華恋ちゃんごめんね、私ちょっと行ってくる。あとヨロシクっ!」

 

 えっ、行くってどこに──そう考える間もなく、紗由は廊下を駆け抜けてすごい勢いで視界から消える。

 そうして、いつの間にか教室前の廊下には俺と華恋さんの二人だけが残された。

 

 ……アイツやりやがった!!!

 

「廊下は走っちゃダメだよ! 紗由ちゃーん!」

 

 よく通る声で、華恋さんが叫ぶ。

 必死に叫んでいるのにそんなに大きくない声量がすっごいカワイイ。

 

「あらら行っちゃった。もう、紗由ちゃんったら忙しい子なんだから」

 

 華恋さんは俺に苦笑いを向けてくる。

「そうだな」と俺は内心で焦りを憶えながら同意した。ってか、やばいやばいやばいやばい。いきなり二人っきりはやばいって! どうしよう、なに話す? もう歴史の話題は使えないし、不意打ちだったから話のタネなんて何も考えてないし。

 いや、でもこれは紗由がせっかく作ってくれたチャンスだ。どうにかして活かさないと……。

 

 不意に、華恋さんの手がぽんぽんと優しく俺の肩に触れる。

 

「ふふっ。ほーら、祐一君も早く追いかけてあげなよ!」

「へ……?」

「いつも二人でお昼ご飯食べてるでしょ」

「うん、まあ、そうだけど」

「大丈夫、ちゃーんと、分かってるから」

 

 言葉と共にぽふっと背中を押される。こういうスキンシップは嬉しいけど、いや、え? 待って? 分かってるって何を? 何のこと?

 

「力になれることがあったら言ってね! 二人のこと、全力で応援するから!」

 

     ◇

 

「ちがう、違うんだよ華恋さん……」

 

 華恋さんの指示「はい、じゃあ紗由ちゃんを追いかけよう!」に流されるまま、俺は廊下を走って紗由を追いかける羽目になり、嘆きながら一階に向かった。

 

「は? なんでアンタここに居んの?」

 

 階段を降りるや否や、紗由と出くわす。

 紗由は手に持っていた牛乳パックをぐしゃりと握りつぶし、殺気のこもる視線で睨んでいる。

 いや、違うんすよ。別に逃げた訳じゃないんですよ……。

 

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