勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その17 試合の後

「というわけで、今日からマネージャーになってもらう真登瀬だ」

「真登瀬亜希でーす! よろしくお願いしまーす!」

 

 顧問に紹介されると、真登瀬さんは一歩前に出る。

 

 うっそん……。

 

 まさか真登瀬さんが本当に女子マネになるなんて思ってなかった。

 これっておれがバスケ部のこと教えたせい?

 

 それから真登瀬さんはあっという間にバスケ部の人気者になっていった。

 

「ねーねー。トラベリングってなに? 旅行?」

「ボール持って三歩以上歩いちゃダメってことだよ」

「あー! だからみんなドリブルしながら移動するんだ!」

「知らなかったんだ……」

 

 ただしこの女子マネ、やる気は十分だがバスケの知識が一切なかった。

 

 休憩時間になる度、真登瀬さんはおれのところに寄ってきては質問してくるのだ。

 おれだって春からバスケを始めたばかりの身。それほど詳しくないのに、なんで先輩ではなくおれに聞いてくるんだろう、なんて思いながら知っている限りの知識を話すのが日課だった。

 

 もしかすると、真登瀬さんは中学デビューを経て、誰に対しても明るく振る舞っているけれど、根っこの部分は小学校の時と同じくおとなしいままなのかもしれない。だから、顔見知りのおれを頼ってくるんじゃないだろうか。

 

 そんなことを思いながら、真登瀬さんに視線を向ける。

 手帳にメモを取るときの顔は、クラスの中で一番真面目な女の子だった時の面影を残していた。

 その横顔を隣で見ている時間は──悪くなかった。

 

「なになに、あたしの顔じーっとみちゃって」

「いや、なんでもない」

「ほんとー? 見惚れてたんじゃないの〜?」

 

 ニヤニヤしながら、肘で小突いてくる。

 おれには眩しすぎるぐらいの、いかにもな陽キャ女子仕草だった。

 

 真登瀬亜希がマネージャーになってから数か月が経ち、夏休みを迎えた。豊橋を襲う猛暑のなかでもバスケ部員たちは誰もが彼女にいいところを見せようと練習に励んでいた。

 

 ……もちろん、俺もその一人だった。

 

「ねえ祐一。なんか今日体調悪い?」

「なんでそう思うの?」

「動きが鈍いっていうか、反応が遅い気がして」

「亜希はすごいな。実は寝不足で」

 

 ふわぁと大きくあくび。

 部活の時間だけじゃ足りない。もっと上手くなって──厳密には下手じゃなくなって──試合に出たい。そんな思いがあって、昨日は遅くまで自主練をしていた。

 

「ダメだよ。試合近いんだから」

「どうせ出れないよ」

「そんなこと言って。上手くなってきてるんだから、次はベンチぐらいなら入れるよ」

 

 亜希は背伸びをしながら俺の頭をわしゃわしゃとなでてくる。

 頭ナデナデって漫画とかアニメだと男子が女子にするものだと思うけど、なぜかいつも俺が撫でられる側だった。曰く、スポーツ刈りのツンツンとした感覚が気持ちいんだとかなんとか。人の癖って分からないものだ。

 

「祐一はさ、こんなに背が高いんだから最強じゃん。きっとバスケ部の秘密兵器になるよ」

「だといいんだけどね……」

 

「真登瀬、ちょっといいか?」

 

「はーい!」

 

 部長に呼ばれた亜希が立ち去る。

 たぶん俺は亜希が期待しているほど、すごい人間ではない。

 だから無邪気に発せられる期待や肯定の言葉が、嬉しくて、それ以上に苦しかった。

 いつまで経っても、その期待に応えられなかったから。

 

     ◇

 

 シュートが決まった。

 

 自分でも理解が追い付かなかったが、確かにボールはネットを潜り、床の上で跳ねている。

 

 辺りは奇妙な静寂に包まれていた。

 

 念願のシュートを決めたんだし、誰か一人ぐらい、「うぉー!」とか「すげー!」とか、漫画みたいな大げさな歓声を上げてくれてもいいのに……なんて思いながら、とりあえず今は満足感に浸ることにした。

 

 まあ、傍から(特にバスケ部視点で)見れば、俺は誰でもできる「普通のシュート」を一本決めただけだし、そんなに褒められることでもないのも事実。

 せめて自分だけは自分を全力で褒めてやろうじゃないか。

 

「やればできるじゃんね」

 

 もう一人だけ、俺のことを褒めてくれる奴がいた。

 そうか。俺はようやく、亜希の期待に応えられたんだ。

 

「まあな、俺はやればできる子なんだ」

 

 意識するとなんだか急にむず痒くなって、俺は照れ隠しとして適当な軽口を叩いた。

 

 直前まで俺を締め付けていたプレッシャーが嘘のように消え、身体が軽かった。過去を振り切ったからなのか、それとも「華恋さんのため」という不純な動機が、俺の身体から余計な力を抜いたのか。ともかくとして、俺は中学から引きずってきた呪いのような物を断ち切った。

 今はそれが、ただ嬉しかった。 

 

「ねー、あの背が高い男子だれ? バスケ部じゃないよね」

「見ない顔だよね」

 

 ……ん?

 

 不意に、女子の声が響く。

 

「あれって1-Cの北見じゃね? ほら、体育祭で足つってた奴」

「ああ、あの北見か」

 

 続けて男子の声も響く。そのどちらの声も、バスケ部員でもバレー部員のものでもない。

 

 てか、俺の名前ってそんな感じで覚えられてるの? 不名誉過ぎない?

 

「やばっ」

 

 声の先に視界をむけた亜希は、目を見開いて声を上げる。

 その視線の先を追っていくと、そこには開け放たれたままの鉄扉があって、制服姿の生徒が集まっていた。

 

 そういえば、体育館って外から丸見えなんだった。

 あれ? ってことは……もしかして俺たち、めちゃくちゃ見られてた!?

 

 これまで観衆の前に出たことなんてなかったので、なんか急に恥ずかしくなって顔が熱くなる。

 

「北見君かっこよかったよー!」

「もう一回シュートみせてー!」

 

 女子からヤジだか歓声だか分からない言葉が俺に向かって飛んでくる。

 

 え? カッコよかった? えへへ、そうかな……。

 

 これが黄色い声援ってやつか。初めてだけど、悪くないな。そういうのもっとください。

 

「てかワンチャンあの子のパンツ見えそうじゃなかった?」

「おいずるいぞ北見! そこ代われ!」

 

 こっちは聞かなかったことにしよう。

 

「……ちょっと祐一!」

 

 見物客を前に照れ隠しで頭をかいていると、不意に袖を引かれる。

 振り返れば亜希はバツの悪そうな顔をしていた。

 

「逃げるよ」

「えっ、なんで」

「あたしらサボってバスケやってたんだよ!? こんなに注目を浴びるのはマズいよ!」

「でも、目立ってアピールするのが目的だろ?」

「リアルタイムで目立つのはまずいじゃんね!」

 

 サボりの身で体育館使ってバスケやってる時点で今更な気もするが、確かにそうか。

 華恋へのアピールはリアルタイムである必要はないし、これだけの目に触れるとなると、姐さんにサボったことが感づかれるやもしれん。

 

「に、逃げよう」

 

 同意すると、亜希に手を引かれる。

 そのまま俺たちは脱兎のごとく体育館を飛び出した。

 

     ◇

 

 資材置き場まで戻ってきて、ようやく足を止めた。

 体育館から距離こそ近いが、多くの生徒がこの場所を知らないはずだ。しばらくここで隠れてやり過ごそう。

 

 夕暮れ時の木陰に風が吹く。

 火照った俺たちの体を少しずつ冷ましている。

 

「あーつかれたー。もう無理、足ガクガクするー」

 

 二人で壁に背を預けていると、亜希が体を寄せてきた。

 右肩から体温が伝わってきて、心臓がはねる。

 いつも通り俺をからかっているのか、それとも本気で疲れているのか。今回ばかりはどっちか判別がつかないので、無理に引きはがすことできない。

 結局、しばらくこの体勢でいることになった。

 

「ごめんね、祐一」

 

 不意に聞こえた声は、小さな謝罪だった。

 

「どうしたんだよ、急に」

「……祐一がバスケ辞めたの、あたしのせいでもあったから」

 

 風にかき消されそうなほど、静かな声だった。

 中学時代、俺がバスケ部を辞めた理由はいくつかある。実力不足と周囲の失望。そして──人間関係のいざこざ。

 そこに亜希の存在が少なからず関わっていたことは事実だ。

 

 当時の部長は亜希に好意を寄せていた。そして亜希は昔馴染みの友人として、部の中で俺を特別扱いしていた。後は言うまでもないだろう。

 

「別に、自分の意思で辞めたんだ。どうせ続かなかったし、後悔なんてしてないよ」

「もう気づいてる? 祐一をバスケ部の前に出した理由」

「いんや……」

「だったら教えたげる。あたしね、みんなに見せたかったの。コートに立つ北見祐一はかっこいいんだぞって。それで、祐一自身にも、過去の自分を認めてほしかった」

 

 ただからかう為だけに俺をコートへと連れ出したわけじゃなかったらしい。こいつなりに、俺の過去を清算させようとしてくれていたのだ。

 

「あたし、祐一の魅力は『ギャップ』にあると思うんだ」

「ギャップってさっき言ってたやつ?」

「そそ。普段はナヨナヨしてて、ヘタレで、オタクで、冴えない感じなのに……」

 

 ちょっと悪口多くない?

 

「全力出せば、ちゃんと人並みにはかっこよくなれる。この『静』と『動』の高低差。これこそが武器ってわけ。だから自信持ちなよ。祐一だって頑張れば、袴田くんに負けない……カモね」

「カモってなんだよ」

 

 ギャップ作戦、果たして華恋さんに通じるだろうか。袴田って素でかっこいいやつだし……。

 

「やっぱ普段からかっこいい方がよくないっすか?」

「じゃあ、いますぐ袴田くん並みにかっこよくなれば?」

「ナマ言ってすんません……」

 

 できることからコツコツとってことだろう。袴田は正面からでは勝てない相手だ。亜希が見つけてくれた俺の魅力に勝機を見出す他ないのだ。

 

「てか、めっちゃ汗かいたね」

 

 亜希はTシャツの襟をぱたぱたと扇ぐ。服の中にこもっていた、湿り気を帯びた熱気がわずかに流れてきた。

 シトラスの制汗剤と混じった汗の匂い。運動直後の独特な匂いに、ドキリとして視線を逸らす。

 

「……ね、なに意識してんの」

 

 俺を見て、亜希がニヤリと笑う。そして、こともあろうことか広げた襟元を俺の方に近づけてきた。

 

「臭くないかちょっと嗅いでみてよ」

「えっ? は……はぁ!?」

「ほらどうぞ、遠慮しないで。臭い? それとも……イイ匂い?」

 

 汗ばんだ鎖骨、肩のストラップ、奥に見える谷間の影──心をかき乱すものが急に視界に入って来るもんだから、慌てて亜希から距離を取った。

 コイツしんみりした話を終わらせた途端にからかいモードに戻りやがった。

 

 亜希のせいで中学時代はすっごい苦労したんだからな!? 色々と!!

 

「やーい、ヘタレ」

 

 そう言って笑う亜希の顔は、いつもの小悪魔的なそれに戻っていた。でも、前よりも少しだけ晴れやかに見えた。

 

 とにかくこれで一段落。亜希と久しぶりにバスケをして、過去を清算して。我ながら、なんかすごい青春っぽい放課後だった。映画化決定レベルだ。

 

 お互いに話すこともなくなり無言になる。沈黙のなかで、俺たちはもう一度肩を寄せ合った。

 実のところ亜希は大して疲れていない。だから、寄り添い合う必要なんてない。それはわかっていたけど、もう少しだけこのままでいたかった。

 

「──どこにいるかと思えば、サボった挙句、こんな人気のないところで女子といちゃつくとは……ずいぶんとイイ御身分じゃあないかぁ、北見ィ?」

 

 背後から、さながら地獄の釜の底から響くようなドスの利いた声が聞こえた。

 俺と亜希は二人揃って青ざめた顔になり、ギギギと錆びついたロボットのように振り返る。

 

 そこでは、姐さんと重浦先輩が仁王立ちしていた。

 二人の後ろに隠れるようにして、怯えた様子の康斗も見える。

 

「げっ、パイセン……、姐さん……」

 

 顔色一つ変えていない姐さんに対して、先輩の額には青筋が浮かんでいるのが見える。

 やばい、パイセンの方は珍しくガチで怒ってる。

 

「あ、あの、これには深いワケがあってですね。不可抗力というか、まずは俺が中学時代にバスケ部で経験したとっても悲しい過去を説明するので、怒る前に一度過去回想パートを聞いて欲しんですけど……」

 

「あっ! あたし、体育館にジャージの上を忘れてきた! じゃあね! バイバイ!」

 

 亜希は、急に立ち上がったかと思うと、そう叫びながら走り出す。さすが現役テニス部、めちゃくちゃ速い。

 

「まっ、まて! 亜希! 俺を一人にするなァ!」

「北見ィ、過去回想ならじーっくり聞いてやるから、その時間を使って落ち葉掃除をしようじゃあないか」

 

 亜希に続いて逃げ出そうとしたが、すかさず重浦先輩が俺の肩に腕を回してきて阻止される。

 俺の足元には落ち葉の詰まった袋と竹箒が投げ出された。

 

「風は止んだぞ。さあ、思う存分、掃除しようじゃないか……なぁ。日が暮れるまで帰れると思うなよ!」

 

 ひえええええええ!!

 

 こうして、俺の逃避行(サボり)はあっけなく幕を閉じ、労働という名の現実に引き戻されたのだった。

 

     ◇

 

 姐さんと先輩が掃除完了を認めたころには、すっかり空は茜色に染まっていた。

 日暮れまでの掃除は何とか回避したが、命からがら部室に戻ってきたというレベルの消耗具合で、もはやこれ以上動く気力は微塵も残っていない。

 久々にやったバスケの後に重労働までしたのだ。死にかけのハーフゾンビー状態。

 

 腰がいてェ。脚もいてェ。腕もいてェ。

 

 康斗も連帯責任で俺の掃除を手伝わされたので、二人してボロ雑巾のようになっている。

 

「ぜんぶ祐一のせいだからね。僕、ぜったい許さないから……」

「マジですまん……」

 

 二人で机に突っ伏していると、急に扉の向こうが騒がしくなるのを感じた。

 

「──いや、だからウチの部はそういうのやってないから! 帰れ!」 

「そう硬いことを言わないでくれよ!」

「うち漫研だから! 奉仕部でもなければ、スケット団でもないんだって! 運動部の手伝いとかやってないから、頼むから帰ってくれよ……」

 

 傍若無人で有名なあの重浦先輩が、珍しく気圧されている。

 一体何事かと思っていると、バンッ!! と部室の扉が限界まで開かれた。

 

 そこに立っていたのは、さっき体育館で会ったバスケ部部長だ。彼は立ちふさがる重浦先輩をやんわり押しのけて、ずかずかと部室に踏み込んでくる。

 

「バスケ部の部長?」

「やっと見つけたぞ、北見祐一君……!」

 

 そのまま俺の前までやって来ると、部長は俺の肩をガシッと掴む。

 

「さ、契約を果たしてもらうぞ!」

「契約? 契約ってなんですか?」

「まさか知らないとは言わせないぞ。コートを貸す時にあの子と決めた契約だよ」

 

 ……え? なんすかそれ?

 

 嫌な予感が背筋を駆け上がる。

 亜希の奴、コートを使うために何をしたんだ!?

 

「契約①『北見に見込みがある場合は、次の練習試合の助っ人として参加させること』」

 

 とんでもねぇことを勝手に決めんな!

 

「そして、契約②」

 

 部長は急に声を潜める。

 

「『八奈見杏菜さんの連絡先を、部長に教える』」

 

「……はい?」

「君、八奈見さんと同じクラスなんだろ? 友達なんだろ? 連絡先も持ってるんだろ?」

 

 こ、この人……! 俺を利用して八奈見に近づこうって魂胆か!?

 てか個人的な事情が介在しまくりじゃねぇか! その条件でコート貸すとか職権乱用だろ!

 

「教えてくれるのはLINE? インスタ? まさかFacebook? 急いで登録するから待ってくれ!」

 

 バスケ部の部長ってどこもかしこも色ボケなのか?

 幻滅しました、バスケのファン辞めます。

 

 その後、俺たちは三人掛かりで、部長を部屋の外へと押し出してその場を収めた。

 しかし、恐らくあの「バスケ星人」の手によって流出したのだろう。その日の夜から、俺のLINEには部長からのしつこいメッセージが届くことになるのだった。

 

 なあ、八奈見……お前の連絡先、この人に渡してもいいかな。

 

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