勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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Intermission かっこわるい方がいいの

 今日は着替えが早く終わったので、先輩たちより一足早く昇降口に向かっていた。

 いつも待たせているし、たまには祐一を早く帰らせてあげよう、なんて考えながら。

 

 廊下をコツコツ歩きながら、物思いにふける。

 昨日は色々びっくりした。祐一ったら急にスマホを床に投げつけたかと思えば、私に泣きついてきたのだ。「華恋さんを取られちまう~」って。

 いま思い返しても、あんまりにも情けない表情で笑えてくる。

 

 なんでも華恋ちゃんと袴田が一緒にファミレスに行っていたらしい。たったそれだけのことだというのに、祐一ったら随分と悔しがって愚痴をさんざん聞かされる羽目になった。

 

 はいはい、袴田はアンタより格上だね。はいはい、袴田と華恋ちゃんは仲良しだね。

 

 と、祐一の泣き言を適当にあしらう。

 

 まったく、祐一の華恋ちゃんへのぞっこん具合にも呆れてしまう。男女二人でファミレスに行くなんてさして特別な事じゃないだろうに。

 

 私だって、いつも一緒に行っているのに。

 

 渡り廊下に差し掛かると、騒がしい話し声と笑い声に意識が向いた。

 向かいの角を曲がって来たのは、同じクラスの女子グループ。女子高生がつけるにはやや背伸びしすぎという感じの、大人びた甘ったるい香水の匂いがここまで漂ってくる。クラスの中でも派手で目立っている三人組だった。

 

 同じクラスなのである程度は面識がある。特段苦手というわけじゃないけど、どうにも杏菜ちゃんや華恋ちゃんを目の敵にしているので、あまり関わりたくない相手だ。

 

 道を変えようかな、と逡巡して足を止めていると、向こうも私に気が付いたようで「あっ」と声が上がった。

 

「有針じゃん。おつかれ~、部活終わり?」

「あぁ、うん、お疲れ。そうだよ」

 

 適当に挨拶して、横を通り抜けようと足を進める。普段はこの程度の軽い挨拶しか交わさないのに、なぜか今日は違った。私を見つけるなり、目を輝かせて取り囲んできたのだ。

 

 開口一番、リーダー格であるいかにもギャルって感じのロングヘア女子が声を上げた。

 

「ねね、聞いたよ。紗由のカレシすごいじゃん。ちょーイケてる」

「ちょっと、北見君は有針の彼氏じゃないって」

 

 続けて、隣のショートカットの女子が口をはさんだ。

 

「そうなの?」

「ほら、幼馴染だよー。袴田君と八奈見みたいなカンジなんでしょー?」

 

 さらに三人目、ハーフアップの女子が間延びした声で補足する。

 

 勝手に話を進めてくる三人組に対して、私の方は彼女たちが何のことを言っているのか分からず、ただ困惑してしまう。

 

「あれ、有針……もしかして知らないの?」

 

 ロングヘアの女子はびっくりしたような顔をすると、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

 

       ◇

 

「……は?」

 

 口をついて出たのはそんな無意味な一言だった。

 

 祐一が……またバスケを? なんで。どうして。

 

 何も知らなかった。あいつ、私には何も言っていなかった。

 頭がこんがらがるけど、何とか平然を装う。

 

「あー……なるほどね。どうせ、みんなの前で恥でもかいたんじゃないの?」 

「それが違うの! ルールはよくわかんないけど、なんかシュート決めて勝ったらしくて!」

 

 ショートの女子が食いつくように言う。

 

 祐一のやつ、漫研をさぼってバスケをしてたらしい。

 中学校ですっかり折れたと思っていたから、正直言って祐一がバスケに戻るなんて想像もしていなかった。驚きよりも、信じられないという感情が勝っている。

 

「北見君って地味な感じだけど、動くとあんなにかっこよかったんだね」

「ま、まあね。うちの幼馴染って意外と動けるタイプだから」

 

 ……体育祭で失敗したり、背が高いのにバスケが致命的に下手だったり、残念な部分が多い奴でもあるけど。

 

「あたしさー、たまたま体育館にいたから見ちゃったんだよね。祐一くんのシュート、思わず撮っちゃったー」

 

 ハーフアップの女子がスマホの画面を見せびらかしてくる。

 そこには、ボールを放つ祐一の姿が映っていた。

 固い質感の腕が伸び、ボールを送る。汗が飛び、真剣な眼差しでリングを見据えるその横顔。

 なんだかいつもの様子が嘘みたいに、たくましい顔つき。

 

 画面の中の祐一は私の知らない顔をしていた。祐一の癖に確かに絵になっている。

 これじゃあまるで、普通のスポーツマンみたいだ。

 

「これスマホの壁紙にしよっかな~」

「──絶対ダメ」

 

 彼女が鼻歌交じりにいうので、気が付くと食い気味に声を遮っていた。

 

「えー、なんでー? 減るもんじゃなくない?」

「肖像権ぐらい知ってるでしょ」

「うわ、有針ったらマジレスじゃん。そんなこと言って、ほんとは幼馴染を取られたくないだけじゃないのー?」

「ちがうから!」

 

 茶化す三人を他所に、私は自分のスマホを取り出す。

 

「で、でも証拠保全のために、その写真は私に送っといて。今すぐ。エアドロでいいから」

「えっ? あ、うん。送るけど……」

 

 勢いで写真をゲットした。

 私は別にアイツを壁紙にしたいわけじゃない。ただ、あくまで幼馴染として、あのバカの保護者として、データを回収しただけだ。

 

「それにしても、相手の女の子もすごかったらしいよ」

「体格差あるのにずっとリードしてたらしいじゃん。北見君でっかいのによくやるよね」

 

 送信完了の通知を待っていると、彼女たちの話題が移った。

 

「あの子、たしか……A組のマドセさんだっけ?」

 

 不意打ちを食らい、スマホを操作する指がピタリと止まる。

 

「そそ、A組の真登瀬亜希。なんか北見君とイイ感じだったよねー」

「二人って手を繋いで体育館から逃げたらしいよ!」

 

 キャッキャと盛り上がる声がやけにうるさく感じた。

 亜希という名前が聞こえてからというもの、まるで体温が足元から抜け落ちていくような感覚が体を襲っていた。

 血液が止まったように、心臓がきゅっとなる。

 

 亜希……確かにこの前テニス部をサボっていたけど、まさか祐一と一緒にいたなんて。

 

 何故か知らないけど、亜希は昔から祐一を特別扱いしていた。そして、明らかにその隣を狙っていた。どうせ今回も、みんなに見せつけるみたいに、「どう? 私の祐一すごいでしょ?」とでも言いたげな演出をしたに違いない。この三人はまんまと亜希の謀略に引っかかった訳だ。

 

 まるで自分だけが祐一の本当の価値を知っているみたいな顔をして、私を出し抜こうとしているのだ。私よりずっと付き合いが浅いくせに、祐一の何を知ってるっていうの。

 

 そもそも、祐一を追い込んでバスケ部を辞めさせたのは他でもない亜希だ。

 なんでその亜希がまた祐一をバスケの世界に引き戻そうとしてるのよ。またアイツを苦しめて、追い詰めて、破滅でもさせるつもりなの。そんなのは小悪魔どころか悪魔の所業じゃない。

 

 高校に上がってからテニス部に入って、彼氏も作って、落ち着いたと思っていたのに……。

 

 というか、祐一も祐一だ。まったく気に食わない。華恋ちゃんが好きだとか何だとか散々言っておいて、なんで別の女とバスケを楽しんでるわけ? ばかじゃないの?

 

 あと私に何の報告もしないところが余計に腹立つ。

 きっと負い目があるから黙っていたに違いない。自分が女の手のひらの上で踊らされてることにも気づけないような鈍感野郎のくせに、たまにそうやって姑息なことをする。

 

 ほんと、私が見張ってないとすぐにダメな方向に流されるんだから。

 

「折檻が必要ね……」

 

 いらいらが限界に達しそうになり、私は短く吐き捨てる。

 

「有針、なんか言った?」

「ううん。なんでもない。私、急いでるから」

 

 写真が届いたのを確認すると、三人には適当に手を振って逃げるようにその場を離れた。

 

       ◇

 

 昇降口を出て駐輪場へ向かう。  

 まだ時間も早いし、あの大馬鹿色ボケ野郎は康斗くんと漫研の部室だろうか。

 

「ほらほらー! もっと足上げるっす! 祐にぃなら出来るっす!」

「む、無理……もう、これ以上は……、死ぬぅ……」

 

 校舎の外周から少女の快活な声援と奇妙な叫び声が近づいてきた。

 正門の切れ間から見えたのは、元気いっぱいな少女と、ふらふらで実に情けない姿を晒している男──目を凝らしてみれば、ハルちゃんと、その横で死にそうな顔をしている祐一だった。

 

 祐一の足運びはスローモーションみたいに重く、顔はすっかり青ざめ、口からは魂のような白い何かが抜け出ているように見える。

 

「あ、紗由ねぇ! 紗由ねぇ!」

「……ハルちゃん? またツワブキに来たの?」

「っす!」

 

 私に気が付き、ハルちゃんが元気よく手を振りながら近づいてくる。

 話を聞いてみれば、康斗くんから祐一が久しぶりにバスケをしたことを聞きつけたハルちゃんは、勝手にテンションが上がり「次の試合に向けて体力を取り戻すっす!」とツワブキ高校まで押しかけてきたらしい。

 

 どうせハルちゃんに甘い祐一のことだ。この子犬系後輩少女の暴走を止められるはずもなく、なし崩し的に自主練へと連行されたのだろう。

 

「た、助け……!」

 

 校門の前でびたーんと倒れている祐一は、私に縋るような目を向けてきた。

 酷い顔だった。息は上がりっぱなしで髪はボサボサ、シャツは汗で背中にべったりと張り付き、情けない声で弱音を吐いている。さっきの画像で見た「凛々しい横顔」なんて、見る影もない。

 きっと、あの三人組が今の祐一を見たら一瞬で幻滅するだろう。

 

 けれど。

 

「……ぷっ」

 

 私は思わず吹き出してしまった。

 

「な、なに笑ってんだ! こっちは死にそうなのに! 本気だぞ! マジで命の危機なんだぞ!」

 

 呆れ顔を作りながらも、口元の緩みを隠せなかった。

 

「ほら、もうちょっと頑張んなさいよ。可愛い後輩の前でしょ?」

「お前……他人事だと思って……! 覚えてろよぉ……!」

 

 ハルちゃんに「もう一周行くっすよ!」と急かされ、祐一はズルズルと引きずられていく。

 その背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。

 

「ばーか」

 

 私はスマホを取り出し、さっき送られてきた「かっこいい祐一」の写真を消した。

 誰かに見せびらかすようなキラキラした幼馴染なんて、私にはいらない。

 目の前にいる「かっこわるい祐一」がいれば、それで十分だったから。

 

 祐一とハルちゃんを待つ間、鼻歌と共に片足を小さく揺らす。

 助けを求めてくる祐一に、次はなんて言ってやろうかと考えながら。

 

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