勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その19 梅雨入り

 六月も半ばに差し掛かろうとした頃、朝のニュースが梅雨入りを知らせていた。

 天気予報に雨マークの目立つ季節。

 空を見上げれば、うんざりするぐらいの灰色が広がっている。

 

 今日は気分以外も色々と憂鬱だ。

 まず自転車を使えないのが痛い。ツワブキ高校って徒歩だと鷹胡台から遠いんだよなぁ。

 加えてどこにいってもジンメリ模様。初夏の気温と湿気が体を包んで超絶不愉快。

 この前の華恋さんと袴田のファミレスの件も、あの雨雲みたいなモヤモヤとして俺の心にべったりと張り付いているし……。はぁ……。

 

 そんなことを考えながら歩く気だるげな朝。

 腕に折りたたみ傘をぶら下げながら紗由の家に向かっていつもの道を進み続ける。

 家を出た頃は小雨だったが、いつの間にか止んでいた。梅雨入りしたというのに降水量は少なく、このところは曇りと雨が交互に移り変わる日が多い。

 

 これならチャリでよかったな……なんて思いながら、足元の水たまりをぴょんと飛び越えた。

 

「それ子供っぽいからやめなさい」

 

 窓の開く音と共にそんな声が聞こえてきて、驚きのあまり体がびくっと跳ねる。

 声のする方へ顔を向けると、少し開いたリビングの窓から紗由が顔だけをひょこっと出していた。俺のいた位置はちょうどリビングから丸見えだったらしい。

 

「い、いいじゃん。べつに」

 

 見られてたの普通に恥ずかしいんだが……。

 

「鍵開けるから入ってなさい」

 

 口を尖らせていると、紗由は顔をひっこめる。

 言われた通りガチャンと鍵の開いた玄関に入ると、廊下の奥からは水の流れる音とせわしない足音が響いてきた。

 

「アンタは家の前でおとなしく待つこともできないワケ? ご近所さんに恥ずかしいんだけど」

 

 歯ブラシをくわえたままの紗由が洗面所から呆れ顔を向けてくる。

 どうやらまだ朝の支度中らしく、制服こそ着ているがリボンは付けていないし、前髪が上がったままで寝癖も目立つ。とても友人や同級生には見せられない無防備な姿だった。

 

 玄関で待っているとドライヤーの音が止み、紗由が下ろした前髪を弄りながら歩いてくる。寝癖は整えられていていつも通りのボブヘアになっていた。

 支度が終わると、すっかり標準的な女子高校生(ただしミニマムサイズ)だ。

 

 女子って身支度に時間かけないといけないし朝っぱらから大変だなぁ、なんて思いながらあくびをしていると、紗由が顔を近づけてくる。

 

「髪とか変じゃない?」

「いつも通り」

「あっそ」

 

 俺の目が行ったのは、紗由の髪型よりも足元に置かれている鞄とラケットケースの方だった。

 

「こんな天気なのにテニス部あるのか?」

「そんなに降ってなかったしコート使えると思う」

 

 そう言いながら紗由はラケットケースを掴んで俺に向けた。

 

 なんだろう。

 

「ん……」

 

 と短く声を出す紗由は、ラケットケースを掲げたままだった。

 俺に何か伝えたいのだろうか。もしやケースでも変えたのかな。

 

「いいケースだな。もしやそれって新品──痛ったぁ!」

 

 疑問符が付くよりも先に思いっきりケツにローキックが飛んできた。

 スパーンとスマッシュ並みに鋭い音が家中に響く。朝っぱらから強烈な一撃だ。

 

「同じやつよ」

 

 さ、さいですか。てかその不正解だけで蹴り入れるか? 

 

 こほん、と紗由は小さく咳払いすると、まるでやり直しとでも言わんばかりに、再びラケットケースを俺に向けて掲げる。

 どうやら正解は、俺が代わりにラケットケースを持つことだったらしい。

 

 持ってほしいなら口でそう言えばいいのに……。

 

 不承不承ではあるが紗由からラケットケースを受け取り、二人で家を後にした。

 

     ◇

 

 昼になると再び雨が降り始めていた。

 ツワブキ生は中庭とか外で昼食を食べる人間が多い。今日はそういう連中が教室に留まっているから、辺りはいつもより騒がしく感じる。

 そんな周囲に対して、俺と袴田も負けじと騒がしい昼休みを送っていた。

 

「袴田……ついに、決着をつける時が来たみたいだな」

「そうだな北見。いつかこの日が来るんじゃないかって、俺もそう思ってたぜ」

 

 机を挟み、俺たちは睨み合う。

 お互いに相手の様子を注視して、出方をうかがっている。

 

 俺の前に立ちふさがるのは因縁の相手、袴田草介。

 最近はより一層、華恋さんとの距離を縮めつつある男。

 恋敵を相手にして、退くことは許されない。

 

 握りしめた拳に力が入る。汗が額を伝う……。

 

「本当にいいんだな」

「北見こそ、今更日和ったなんて言わないよな」

 

 挑発に次ぐ挑発。

 視線とプライドが正面からぶつかり合い、火花を散らしている。

 

 周りには、華恋さん、紗由、八奈見──そしてクラスメイトたちの視線もある。

 ここで下手な姿なんて見せられない。

 ヘタレだなんだと言われる俺にだって意地ってもんがあるんだ。

 

 いくぞ──

 

「最初はグー! ジャンケン、ポン!」

 

 勝負は一瞬でついた。

 

 俺の勝ちだ。

 

「いよっしゃー! 唐揚げもーっらい!」

 

 袴田の弁当箱に箸を伸ばし、こんがりきつね色の唐揚げをひったくる。

 さっき八奈見に三連敗しておかず全部奪われてたからラッキー。これで寂しい弁当から卒業だ!

 

「はぁ……。男子高校生ってどうしてこんなにバカっていうか、子供っぽいんだろう」

「まあまあ紗由ちゃん、私は男子のそういうところって可愛いと思うけどな~」

「華恋ちゃんは甘い! 甘すぎだよ! タピオカミルクティーより甘いよ!」

 

 いつも通りの呆れ顔で俺らの愚痴を言う紗由。

 八奈見も俺のおかずをもぐもぐしながら同調する声を上げている。

 

「高校生のくせしてジャンケンで一喜一憂するとかほんとにガキっていうか……」

 

 幼馴染組から断続的に続く呆れ声。特に小さい方のキミ、他の女子二人よりお口が悪いぞ。もっと華恋さんを見習ったらどうだ。

 

 ていうか、いまの聞いた? 

 華恋さんが俺のこと可愛いって言ってたぞ──と、自慢げに袴田の方を向くとアッチも同じ考えだったようで、俺に対してなんだか自信ありげな目線を向けてきている。

 

 再び、俺と袴田との間に火花が散る。

 プライドをかけた戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 ……。

 

「すんません。卵焼き、一つだけ貰えませんか」

「バカじゃないの?」

 

 ぷいっと、紗由はそっぽを向く。

 俺は袴田に連敗し、唐揚げを食う前に奪還された挙句、野菜炒めまで奪われていた。

 今や俺の弁当箱に残されたのは白米のみ。最後の希望である紗由からも冷たく突き返されてしまった。ギャンブラーってこうやって身持ちを崩していくんだろうな……。

 

「流石にかわいそうだから、野菜炒めは返すぞ……」

「ダメだ! 袴田からの情けは受けない! 敗者にだってプライドはあるんだ!」 

「そう意地を張るなって」

「じゃあ草介、その野菜炒め私が食べてもいい?」

「杏菜、そういう話でもないぞ?」

 

 なんて悲しいお昼ご飯なんでしょうか。

 袴田と八奈見がわちゃわちゃしている裏で、俺は一人寂しく白米を食べることにした。

  

「祐一君負けちゃったね」

「途中まではいい感じだったのになぁ」

 

 白米をかみしめつつ、トホホ顔で華恋さんに向き直る。

 

「華恋さんもする? ジャンケン」

「私はいいかな~」

 

 そう言いながら、華恋さんは自分の弁当箱をスライドさせて俺の横にすっと寄せてきた。

 この展開は知ってるぞ。前、八奈見に同じことされたし。

 

「もう白米しか残ってないけど……」 

 

 俺は渋々、白米の塊をつまむ。

 うぅ……残された白米まで奪われるなんて……。

 

「ちょいちょーい! 違う違う!」

 

 華恋さんはひょいと腰を浮かせたかと思うと急に体を寄せてきた。

 長い桃色の髪が俺の肩に触れ、甘い匂いがふわりと漂っている。

 

 ななな、何ですか!? 急に!?

 

 不意の事に固まっていると、小さな声で耳打ちされた。

 

「好きなのとっていいよ。でも、こっそり……ね。杏菜も欲しがっちゃうから」

 

 華恋さんはしーっと指を一本唇の前に立てながらはにかみ、袴田と八奈見の方に視線を向けた。

 

 天使……いや、女神……。

 

 まるで保護者のような視線で袴田と八奈見を見守る華恋さん。高鳴る心臓を抑えながら、俺はそんな華恋さんの横顔に釘付けになっていた。

 温かい微笑みはまだ変わっておらず、緩んだ口角を隠すように口元を小さく手で覆っている。

 二人を見る華恋さんの瞳はとても優しくて。

 でも、どこか少しだけ寂しそうに見えるのは……俺の気のせいだろうか。

 

 見惚れているとそれに気が付いたようで、彼女は横目で俺を見て「早くとってね」とでも言うように自分の弁当箱に小さく指を差していた。

 

     ◇

 

 昼食後、自販機で飲み物を買うべく渡り廊下に出る。

 いよいよ本降りになったようで、雨粒がざーざーと強く屋根を叩いていた。

 雨は風と共に吹き込んできて、反対側の渡り廊下を進んでいる女子生徒たちが「きゃー」なんて声を出しながら、校舎間を小走りで駆けている。

 

 濡れるのやだし今はやめとくか……とその場で反転。足先を階段の方へと向けた。

 

「えっ、告られたってマジ!?」

「ちょっと、声でかいって」

「まじまじー。二年の十河先輩だってー」

「十河先輩ってあの美人さんでしょ? ……まあ、袴田君イケメンだしありえなくないか」

 

 階段の一段目を踏み出すタイミングで、背後からそんな女子たちの話し声が聞こえてきた。

 ふーん。袴田って奴が告られたのか……。

 

 ゑ!? 袴田が告られたの!?

 

 袴田ってあの袴田草介? さっきまで一緒にお昼食べてたあの袴田草介!?

 

 思わず振り返ると、同じクラスの女子三人が階段に向かって歩いてくるところだった。

 袴田や八奈見とは別ベクトルの陽キャで、一言で言えば「ギャル三人衆」とでもいえる感じの派手目な雰囲気の女子たち。

 名前は……ええとなんだっけ。ていうか会話した記憶がないな。同じクラスなのに。

 

「あ、北見君じゃん」

 

 目が合うと、三人の中で一番ギャルって感じの女子が俺に向かって指を差した。

 俺の方はギャルに名前覚えられてるし。これ絶対あれじゃん。体育祭で足つったやつ……。

 

「改めてみると……なかなかガタイ良いね」

「印象なかったけど確かにバスケのユニフォームとか似合いそう」

「やさぐれ元スポーツマンって感じだよねー」

 

 過去の自分を呪っていたが、三人の口から出てきたのはどれも体育祭の失敗談ではなかった。なんなら、聞き間違いでなければ俺のことを良く評価しているようにも聞こえる。

 バスケの話が出てるし、これはまさか1on1の話がこの三人にまで届いたってこと!?

 まじかよ。亜希の作戦すげぇ!

 

 昼食に物理的な接近に成功した華恋さんといい、とうとう俺にも来たのかもしれん。

 モテ期──。

 

「あ、いや……まあ、バスケは昔ちょっとやってて」

 

 なんだか浮かれ気分になりつつ、俺はニヤけそうになる頬を引き締めながら後頭部をかいて謙遜してみせる。

 

「へー。あっそうだ、ちょうどいいや。北見君って袴田君たちとよく一緒にいるよね」

「お昼は一緒に食ってるけど」

「じゃあ袴田君の噂、何か知ってる?」

「噂って……二年の先輩に告白されたってやつ?」

「そうそれ!」

 

 いま聞いたばかりの噂ではありますが……。

 ていうかその後どうなったんだ? 袴田はその先輩になんて返事したんだ?

 訊ねてみると、ギャルはぐいっと体を寄せてくる。

 

「袴田君、断ったらしいの!」

 

 へーっと適当に相槌を打つ。袴田は断ったのか。

 まあ確かに、恋人が出来てすぐの男には見えなかったけども。

 しかし袴田の奴、顔には一切出してないが、さらっとすごい恋愛話を抱えてるじゃねぇか。美人の先輩から告白された上に断るとか、イケメンって生きてる世界が違うなぁ。

 

「そんでね、断った理由がヤバくて!」

「理由って?」

「『気になってる子がいるから』だって! ヤバくない!? 袴田君の気になる相手って絶対同じクラスの女子でしょ!」

「マジやばいよねー。誰だと思うー?」

 

 ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。

 

 ──気になっている子がいる。

 

「北見君はなんか心当たりない? やっぱ、いつも一緒にいる姫宮さんとか? それとも幼馴染の八奈見かな」

 

 袴田の意中の相手。そんなの、考えるまでもない。

 

 本人に聞いたわけでもないのに、何か証拠があるわけでもないのに、嫌でも分かってしまう。

 ずっと前から知っていたことだ。抱えていた疑念は初めから確信できることだった。

 勝手に焦って、華恋さんの身近にいるイケメンだからと一方的に袴田をライバル視していた訳じゃない。

 あいつの華恋さんに向く視線も態度も、他の女子に向けるそれとは明らかに違っていて。

 

 そのすべてに気が付いていたから、俺は。

 

「悪い。俺、あんまりそういうのは知らなくて」 

 

 ぎこちない愛想笑いを浮かべて、三人組から逃げるように背を向ける。

 一歩、また一歩と階段を踏みしめる。

 後ろから「えー」とか「なーんだ」という不満げな声が聞こえてくるが、それに反応している余裕はなかった。

 

 強まる雨脚が踊り場の窓を叩いている。

 さっきまでの浮かれ気分が、すべて雨に洗い流されていくようだった。

 

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