勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その20 ばっちこい体育!

 今日、最後の授業は体育。

 俺と紗由は体育館へ移動する同級生たちから少し外れ、廊下の端で密かに言葉を交わしていた。

 

「彼がライバルってことぐらい、初めから分ってたことじゃないの?」

「いや分かってたけどさ……、分かってたけどさぁ……」

 

 袴田のことを散々ライバル視してきたけど、「勝手に袴田に敵対心を持つ」と「袴田が明確な敵になる」では言葉こそ似ているが意味は天と地の差だ。

 

 あの主人公属性マシマシのイケメンが恋敵であることが確定したんだぞ!? 

 これが冷静でいられるか!?

 

 そんな風に一人であわあわしていると、隣を歩いていた紗由がぴたりと足を止めた。

 

「アンタ、そこでちょっとしゃがみなさい」

 

 突然の命令に訳も分からず首をかしげた。

 紗由は腕を組み、冷ややかなジト目でこちらを見上げている。

 ここで下手に逆らえば体育の前だというのにどこかの骨を粉砕されかねないので、言われるがまま大人しく膝を曲げる。

 

 ぐっと視線が下がり、ちょうどミニマムサイズの紗由と真っ直ぐに目線が合った。

 

 ──ぺちっ。

 

「いてっ」

 

 無防備な俺の額に、弾かれた細い指がクリーンヒットした。デコピンだ。

 ローキックや飛び蹴りに比べれば随分と可愛らしい攻撃だが、子ども扱いされてるみたいでなんか腹立つ。

 

「まだ相手が華恋ちゃんと決まった訳じゃないでしょ。まぁ、九割九分は華恋ちゃんだけど……」

「ほぼ決まってるだろ!」

 

 口答えすると、間髪入れずにぺちっと第二撃が飛んできた。

 

「いてっ」

 

「大体ね、その程度のことでウジウジするくらいなら、あんたの華恋ちゃんに対する想いもその程度ってことよ」

「なっ!」

 

 言葉に詰まっている俺を置いて紗由はくるりと踵を返す。

 そのまま数歩進むと、肩越しに振り返った。

 

「舐めたこと言ってないで目の前のことに全力を出しなさい。今日、チャンスでしょ?」

 

 それだけを短く言い捨てると、紗由はあっさりと同級生の波の中へと消えていった。

 

 廊下に残された俺は、額をさすりながら小さくため息をつく。

 いっそデコピンじゃなくて、派手に蹴っ飛ばしてくれれば活の一つでも入ったのにな……。

 

 不意にそんなことを思ってしまった俺は、紗由に毒され過ぎているのかもしれない。

 

     ◇

 

 男子は外でサッカーの予定だったが、雨のせいで体育館でのフットサルに変更されていた。

 俺たちが倉庫からゴールやボールを引っ張り出す中、中央のネットを挟んだ向こう側では女子たちがバドミントンの準備を進めている。

 

 紗由のいう通り、確かに今日は絶好のチャンスだった。

 

 普段の体育では男女で分かれることが多いが、今日に限ってはネットを隔てたすぐ向こうに女子がいるのだ。

 このフットサルで活躍すれば、おのずと華恋さんの視界に入り猛烈なアピールができる!

 

 目にもの見せてやる袴田! あと俺のこと見ててね華恋さん!

 

 ちらっと様子を窺うように女子側へ視線を送ると、紗由、八奈見、華恋さんの三人が話し込んでいるのが見えた。テニスと似た競技だからか、紗由はやけにやる気十分のようでドヤ顔でラケットをぶんぶん振り回している。

 

(ああいうところ、ホント子供っぽいよなぁ……)

 

 心の中で呆れていると、例のちびっこがくるりとこちらを振り向いた。

 ネット越しに向けられた視線はジロリとしていて冷たい。いやなんで分かんだよ。

 

 もはや第六感レベルの鋭さに一人で怯えていると、今度はばすんと背中を叩かれる。

 背後から回り込んで顔を出してきたのは袴田だった。

 

「北見は俺らより女子の方にお熱みたいだな」

 

 彼は軽くからかうように言って、爽やかな笑みをむけてくる。

 

 今回のフットサルでは俺と袴田は別のチームに割り振られているので敵同士。気やすく話しかけないでほしいものだ。まったく、この試合はジャンケンとは比にならないぐらい、本気でマジでガチの生存競争なんだぞ。

 

「おいおい、試合に集中してないと俺らに足をすくわれるぜ?」

 

 そう言って袴田の隣から顔を出したのは、彼と同じチームの安宮(やすみや)だった。

 

 こいつが大問題。超・大問題だ。

 

 安宮は袴田と同じく運動できるタイプの陽キャ。なんなら現役バリバリのサッカー部員。今も見るからに自信満々で、足元で器用にボールを転がしている。

 

 そんな奴が袴田と同じチームなのだ。

 運動できる爽やかイケメンとサッカー部が同じチームとかいろいろ不平等すぎるだろ。

 先生は公平な戦力配分とか考えてないの???

  

 ま、まあ、俺のチームにだって運動部はいるし、なんだったらかくいう俺だって近頃女子の間で話題(?)になっている元バスケ部少年だ。勝ち目がゼロって訳じゃない。

 いやむしろ、ここで勝った方がカッコイイまであるよな。うん。

 

 ここで勝ってお前らに勝って華恋さんにアピールしてやるからな!

 

 五人一組に分けられた男子組はA、B、Cの三チームに分かれてポジション決めに入っていた。

 

 こういう時、袴田がいるAチームは他よりも有利だ。

 なにせアイツは生粋のリーダー気質。ポジションなんてあっという間に決めてしまって、もうパス回しまで始めている。

 

 一方の俺たちCチームはというと、どうにもリーダーシップに欠いていた。

 はっきり言って俺は人を引っ張るタイプじゃないし、俺以外の四人も似たようなタイプだった。

 

 できれば俺はディフェンスかキーパーになりたい。

 袴田や安宮のシュートを止めれば良い感じの見せ場になるし、何より自分でシュートを打たなくて済むから、致命的な恥をかくリスクを最小限に抑えられる。

 

 我ながら完璧な算段だが、これをどう切り出すべきだろうか。

 

 そんなことを考えていると、陸上部の能田(のうだ)が俺に視線を向けてきた。

 能田は足が速いし、フォワードを押し付けるならこいつが適任だ。

 

「北見はどこやる? やっぱ点取り屋のフォワードか?」

「やっぱってどういう意味だよ」

「だって、お前元バスケ部なんだろ? ドリブルとか得意そうじゃん」

 

 まさか能田にまで俺の武勇伝が届いているとは。

 イイ感じに話が広まってる証拠だが、俺はサッカーもフットサルも経験ほぼゼロだし、手でやるドリブルと足でやるドリブルは別物である。

 変に期待される前に弁解しておかないと不味いことになりそうだ。

 

「バスケ部だったけど──」

「確か中学バスケ部のエースとして期待されてたけど、ケガのせいで惜しまれつつも引退を余儀なくされたんだろ?」

 

 まてまて! なんか話めちゃくちゃ盛られてないか!?

 そんな漫画の主人公みたいな哀しき過去じゃありませんよ!?

 

「そうなんだ」

「すげー」

「ただデカいワケじゃなかったんだな」

 

 事情を知らない奴らも一斉に感心するように俺を見てくるので、血の気が引いた。

 

 これ完全に過剰な期待をされたヤツじゃん……。

 

「他にやる奴もいなそうだし、一番動けそうな北見にフォワード任せるわ。攻撃は頼んだぜ」

「へ、え? や、まて──」

「うーし、じゃあ残りも決めちゃおうぜー」

 

 能田の鶴の一声で俺のポジションが確定してしまった。

 

 俺はそんなに動けないぞ!?  1on1じゃテニス部の女子に負けかけましたよ!? 

 

 そんな言い訳をする間もなく、ポジション決めはあっという間に進んだ。

 どうやら、どいつもこいつもフォワードだけはやりたくなかったらしい。

 まあ、そりゃそうだ。

 フォワードになれば正面から袴田=安宮の凶悪タッグと対峙する羽目になるのだから。

 

 俺だってやりたくねぇよ……。

 

「んじゃ、軽く練習しようぜ」

 

 強引に背中を押され、見様見真似でパス回しを始める。

 無情にも最後まで俺たち五人がパス繋ぎに成功することは無かった。

 

     ◇

 

 女子がきゃっきゃとバドミントンを始める裏で、男たちの負けられない戦いも始まっていた。

 初戦は袴田たちAチームとBチームの対戦。俺たちCチームは一旦見学だ。

 さてさて、憎き敵がどんなプレイをするのか、見せてもらおうじゃないか。

 

「能田から聞いたぜ、お前もピヴォなんだってな」

 

 コートの見えやすい位置に移動していると、またしても袴田が爽やかな顔でやってきた。

 試合前なのにコイツ暇なんかな。

 

 てかピポ? ピポってなに?

 

 ヘンテコな語感に首をかしげていると、袴田は人の良さそうな笑みをこぼした。

 

「フォワードのことだよ」

「名前違うの?」

「フットサルのポジションは前からピヴォ、アラ、フィクソ、ゴレイロって分けられてるんだ」

 

 知らなんだ。袴田って物知りだな。

 てか「お前も」なんて言っている辺り、やっぱり袴田もフォワード枠かよ。

 現役サッカー部を差し置いて花形ポジション奪うのってありなの? 王道スポーツ漫画だと許されない展開じゃない?

 

「安宮は?」

「アイツもピヴォだぜ。うちのチームは俺と安宮のツートップなんだ。よろしく頼むな」

 

 にっ、と快活な笑み。人に死刑宣告しておいてなんだその爽やかスマイルは!

 ハイスペイケメンと現役サッカー部のツートップとか、もはや殺戮兵器じゃねぇか!

 

 俺、これから好きな人を前にかっこつけようとしてるんですよ? 

 

 あんまりいじめると泣いちゃうよ? 

 

「お前ら集まれー。始めるぞー」

「んじゃ、行ってくるわ!」

 

 それから始まったAチームの初戦はまさしく蹂躙だった。

 観戦中に思わず「ひーっ」とホラー映画ばりの声が出てしまうぐらいには……。

 

 まず安宮が敵の防御陣を軽々と抜き去り、絶妙なパスを出す。

 そこに走り込んでいた袴田が、短い髪を揺らしながら鮮やかにシュートを決める。

 と、その流れの繰り返し。

 

 Bチームは二人の連携を前に手も足も出ないという感じだった。

 

 惨敗した連中に代わり、あっという間に俺たちCチームの出番がやってきた。

 

 正直不安しかないけど、こうなったらやるっきゃない!

 

「お前ら! ぜーったいアイツらに勝つぞ!」

「やる気十分だな北見。いいぜ、俺らであいつらに一泡吹かせてやろう!」

 

 どうやら俺と同じく負けず嫌いらしい能田が乗ってくる。

 分かってるじゃねぇか能田! やってやるぞ!

 

 ぱちーん、と俺らは気合を入れて手を合わせた。

 

     ◇ 

 

 ホイッスルが鳴り響き、ボールを持った安宮が突っ込んでくる──。 

 

 俺(FW)が前に立ちふさがってブロックする……が、巧妙な足技であっさり抜かれた。

 すかさずカバーに入った能田(MD)もドリブルで抜かれる。

 追いすがった大柳(おおやなぎ)君(MD)だが、安宮と袴田とのパス回しに翻弄され突破を許した。

 ゴール前に残された温水(ぬくみず)君(DF)は袴田に手も足も出ないという感じ。

 あっという間に、茂本(しげもと)(KP)だけになり……動きを見切られ、袴田のシュートが決まった。

 

 意気込みまではよかったが、当然の帰結と言うべきか、俺らCチームも蹂躙された。

 

「た、たーいむ! タイム! タイムだーっ!」

 

 圧倒的劣勢を前に、敵チームに対して叫んでからあわてて四人を集めた。 

 こうなっては活躍するとかしないとか以前の問題。そもそも、こちら側にボールが回ってきてないレベル……。

 

「作戦変更! 全員でゴール前を固めるぞ!」

「えっ、お前はどうすんだよ!? フォワードだろ!?」

「俺も下がる! いいか、これ以上あのイケメンどもに点と黄色い歓声を稼がせてたまるか!」

「そうだな。これ以上アイツらにいい思いさせねぇ!」

 

 もはやプライドなどかなぐり捨てて、俺たちはゴール前に密集した。

 とにかく泥臭く守る。もはや俺たちにできるのはそれだけだ。

 

 試合再開。

 俺たちが極端に防衛ラインを下げたことで、攻撃のテンポが明らかに落ちた。

 

(よし、これなら……!)

 

 俺が手応えを感じた直後、安宮から袴田へとボールが渡った。

 

 やはりテクニック面では安宮が強いが、パワー面は袴田に頼り切りの状態!

 

 こうすれば俺VS袴田の戦いが演出できるって寸法よ!

 

 袴田はゴール前で分厚い壁を作っている俺たちを見て、ふっと余裕の笑みを浮かべた。

 そして、右足を大きく振りかぶる。

 

 クソっ、アイツ強引にミドルシュートを撃つつもりだ!

 

 でも、ここでアイツのシュートを俺が身を挺してブロックすれば、華恋さんの好感度は爆上がりのはず。男を見せるのはここしかない! これ袴田に以上かっこつけさせてたまるかァ!

 

 俺は決死の覚悟で、袴田の放った強烈なシュートの軌道上に飛び出した。

 狙い通り、ボールは俺の真正面へと向かってくる。このまま胸で受けて……。

 

 ──ドゴッ。

 

 鈍い音が頭部に響く。顔面の中央。鼻柱のど真ん中に、凄まじい衝撃がめり込んだ。

 

「んぐふっ!?」

 

 反応が僅かに遅れ、胸ではなく見事な顔面セーブになってしまった。

 火花が散るような痛みに目の前が真っ白になり、俺はそのまま仰向けにぶっ倒れた。

 

「お、おい北見!?」

「大丈夫か!?」

 

 視界がぐるぐる回る中、周りの連中がわらわらと集まってくる。

 なんとか四つん這いになって床から顔を離すが、鼻の奥からタラーッと温かい液体が垂れてくるのを感じた。

 

「き、北見、お前鼻血出てるぞ……。大丈夫か?」

 

 能田の呆れたような声が体育館に響き渡る。

 鼻を押さえながら立ち上がるが、ボールの当たった衝撃のせいか体がぐらりとふらつく。

 

「すまん北見……。とりあえず保健室行こうぜ。ほら、肩貸してやるよ」

 

 俺の肩をすっと担いだのは、こともあろうにシュートを放った張本人の袴田だった。

 くそう、何なんだよお前。なんでそんなに爽やかに介抱までできるんだよ。

 

 そのまま袴田に引きずられる形で歩き出す。

 ネットの向こう側を見る余裕なんて無かったが、こんな無様な姿に対する女子たちの反応なんて知りたくもなかった。

 

 いっそ殺してくれぇ……。

 

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