学校に着くと、部室に顔を出してくるという紗由と別れて一人になった。
俺の頭の中はある一つの問題に支配されていた。
華恋さんと、どうやって二人きりでご飯を食べるか……という難問だ。
こんな千載一遇のチャンスは逃せない。
だって校外で二人きりのご飯に行けるなら、それって実質デート。
休みの日なら私服が見れちゃったり、ご飯に行くついでにどこかに遊びに行ったり。
なにそれ最高か?
でも、これをどう切り出せばいいのか分からない。
彼女ナシ・恋愛経験ナシで十五年も生きてきた身には、女の子を食事に誘うなんて余りにも難しいことだ。
なにかきっかけでもあれば良いのだけれど……。
「──あっ! おはよう、祐一君」
悩みながら一人で廊下を歩いていると、透き通るような心地よい声に呼びかけられる。
顔を上げると、俺に向かって柔らかな笑みを向ける桃色髪の美少女と目が合った。
相変わらずの可愛さに見惚れて返事が遅れてしまったが、華恋さんはそれを気にする様子もなく歩み寄ってくる。
「怪我はもう大丈夫? 痛んだりしてない?」
「全然平気。もう痛くないよ」
華恋さんが安心したように明るく微笑むので、俺も必死に余裕のある笑みを作って返した。
自然と足並みが揃い、二人並んで教室を目指す。
なんだか不思議な感じだった。
いつも俺の隣に居るのは紗由で、でも今日はそこに華恋さんがいて。
「紗由ちゃんはどうしたの? いつも一緒に登校してるよね」
「部室に顔出してるよ。いつもより早く着いたから、ちょっと用事済ませてくるって」
「そうなんだ。朝早くから偉いね!」
他愛のない会話をしながら1-C教室に入る。
いつもより早い時間だったので室内にいる生徒は少なく、まだ袴田や八奈見の姿もない。
華恋さんと別れて、自分の席に腰を下ろす。一転して暇になったなぁ、なんて思ったのもつかの間、不意に前方の椅子が引かれた。
からからから、すとん。
そんな音と共に、前の席──袴田の席に、華恋さんがちょこんと腰を下ろす。
自分の席に鞄を置いてから俺のところへ戻ってきてくれたのだ。
「祐一君って、休みの日はいつも何してるの?」
華恋さんは体を捻らせて俺の方を向きながら、こくんと首を傾げる。
並みの女の子では許されないあざとさだ。しかし、それすらも許される圧倒的ヒロイン力。
誰かこのヒロイン力を表現できる言葉を考えてくれないだろうか?
俺の語彙力では思いつかないが、何か「すごいもの」に例えるとか……。
って、それより、これ絶好のパスじゃないか!
休日の予定を聞いてくるってことは、もしや休日にお出かけしたいっていうサインなのか!?
そういうことなのか!?
「休みの日は……そうだな。買い物に行ったり、ご飯食べに出かけたりしてるかな」
ちょっとわざとらしく「ご飯」の方を強調してみる。
「どんなご飯を食べに行くの? やっぱり好物のケンタッキーかな」
「ケンタは高いからたまにしか行かないな。普段はラーメン屋か中華料理屋が多い。安くて沢山食えるところを探しててさ」
「男の子だね~。でもラーメン屋さんかぁ、いいなぁ」
華恋さんは両手を頬に当てて、ほんの少しだけ羨ましそうに息を吐いた。
「私、ラーメン屋さんって行ったことないんだよね」
「マジで?」
「まじまじ。美味しそうだなって思ってるんだけど、友達と一緒だとカフェとかになっちゃうし、一人じゃあ暖簾をくぐる勇気が出なくって」
華恋さんはそう言って、少し残念そうに、でも興味津々な瞳で俺を見つめる。
「だから、そういうお店を知ってるの、すごく羨ましいな」
確かに女子一人だとラーメン屋はハードル高いよな。
華恋さんがカウンター席に一人で座ってる姿なんて想像できないし。
……八奈見とか紗由ならすんなり想像できるけども。
「そういう華恋さんは休日に何してるの?」
「私? 私は普通だよ。友達とお買い物とか、ご飯を食べに行ったり。あとは……」
華恋さんは少し迷うように視線を逸らした後、恥ずかしそうに声を小さくする。
「お出かけしない日は、パジャマでゴロゴロしてることも多いかな」
「そうなんだ。てっきり休日も優雅にアフタヌーンティーとかしてるのかと」
「もう、そんなことないよ! 私だって、家ではちゃーんとだらけるんだから。あ、でも、みんなには内緒だからね?」
悪戯っぽくはにかむと、人差し指を自分の唇に当てて、しーっとポーズを取った。
かわいい。
でも意外だ。華恋さんの休日の過ごし方って、そんなに俺と変わらないんだな。
もっとこう、天の上の存在みたいなイメージがあったけど、結構身近というか、普通の女の子というか。心の距離が数センチだけ縮まったような気がする。
あと、それを「俺にだけ」の秘密として共有してくれた事実が、俺の背中を押してくれる。
華恋さんとの会話は続くが、食の話題がその中心だった。このまま、美味いラーメン屋を紹介するという名目で食事に誘えば自然なのではなかろうか。
ラーメン屋じゃあ、あまりデートっぽくないけど、この際やむを得ない。
よし。覚悟を決めろ、北見祐一。ここで華恋さんを誘うんだ!
俺は机の下でギュッと拳を握り込み、ごくりと喉を鳴らして緊張を飲み込む。
「あっ、あのさ、華恋さん」
「うん?」
よし、今なら言える。言えるぞ!
「もしよかったらなんだけど、今度──」
「あれ~! 二人とも今日は早いじゃん!」
教室の後ろのドアが勢いよく開くと、聞き馴染みのある元気なゆるふわボイスが響いた。
声と共に、華恋さんの視線が俺から八奈見の方へと移るのが分かる。
タイミング!!
そう叫び出しそうになるのを抑えて俺も振り返る。
「よ、よう。袴田、八奈見……」
「おはよう華恋ちゃん! あと北見君も」
まるで俺はおまけみたいに雑な感じで挨拶してくる八奈見。
お前って奴は……。
八奈見と一緒に袴田もだんだん近づいてくる。
それを見た華恋さんは、そっと立ち上がって彼に席を譲った。
「草介君ごめんね、席借りちゃってた」
「まだ座っててもいいんだぞ?」
「ううん。大丈夫」
袴田は荷物を下ろすと、まじまじと俺の顔を見てくる。
「北見、昨日は悪かったな。怪我もう大丈夫か?」
「おう、ぜんぜん大丈夫だ」
どうやら、俺のことを心配してくれていたらしい。
お前って奴は……!
「朝から二人でいるなんて珍しいね。紗由ちゃんはどうしたの?」
「アイツなら部室だ」
「へー。朝から頑張ってるな~。私も頑張らないとな~」
「八奈見は帰宅部だろ? 何を頑張るんだ」
「むっ。私にだって頑張ることはあるよ。例えば、えーっと、ご飯を美味しく食べることとか」
それは頑張ることなのか。
「ところで、二人は何の話してたの?」
「そうだった。祐一君、ちょうど何か言いかけてたよね。確か『こんど』って」
八奈見の無邪気な追及に言い淀んでいると、華恋さんも首を傾げた。
まずい、上手く誤魔化さないと。
「今度……そう、今度の週末さ、みんなでどっか遊びに行きたいな~と思って!」
気が付くと、口が勝手に動いていた。
「みんなで? ……というと、いつもお昼を食べてる五人?」
「そ、そうそう」
華恋さんの疑問に、首をコクコク振って答える。
いや本当は違うけどね? ほんとは二人きりが良かったけどね!?
「俺たちって放課後に会うことないだろ? だから、たまにはどこかに遊びに行きたいと思ったんだが。あ~でも、今日は木曜だし、流石に急すぎて予定合わないよな!」
我ながら、苦し紛れにしては中々の名演技だった。
こんな急に遊びに誘われても困るはずだ。
頼む。お前ら陽キャなんだから休日は忙しくあってくれ! 陽キャなんだから!!
「いいぜ、ちょうど土曜日なら暇だ」
「私も週末空いてるよ!」
袴田はあっさりと賛同。八奈見も嬉々として目を輝かせながら食いついてきた。
なんで揃いも揃って快諾するんだよ。まさか、これが陽キャのフットワークなのか……?
「華恋はどうだ?」
袴田が尋ねたので、俺も窺うように視線を向ける。
華恋さんは少しだけ目を瞬かせた後、にっこりと微笑んだ。
「それすっごくいいね。私も空いてるよ。みんなで遊びにいこっか」
華恋さんと休日に会えることになったんだよな。それはすごくうれしい。でも二人きりじゃないんだよな。なんなら袴田が付いてくる時点で、試合に勝って勝負に負けてないか?
「みんなで集まって、何の話をしているの?」
なんだか釈然としないでいると、紗由が顔を出してきた。
「あ、紗由ちゃん! 今度みんなで遊びに行こうって話してたんだけど、どうかな」
「いつ?」
「今度の土曜日だよ! 空いてる?」
八奈見が嬉しそうに報告すると、紗由はピタリと動きを止めた。
「え……今度の土曜? 明後日?」
紗由は明らかに戸惑ったような、どこか歯切れの悪い表情を浮かべた。
何か予定でもあったのだろうか。様子を窺っていると、少し考え込むように視線を落とし、俺と華恋さんの顔を交互に見比べる。
「……うん、大丈夫。空いてるわ」
数秒の沈黙の後、小さくため息をつきながら紗由はそう答えた。
「予定あるなら別に無理しなくても──」
「無いわよ。土曜なら空いてるし」
心配して声をかけたのに、紗由はそっぽを向いて自分の席に戻ってしまった。
◇
授業が終わると、教室内は喧騒に包まれた。
俺らもいつものように──なんだかんだこの五人でのお昼が日常になりつつある──机を寄せ合い、それぞれ昼ご飯の準備を始める。
鞄の中から、紗由に貰った弁当の布の包みを取り出す。
結び目を解いて弁当箱の蓋を開けると、おかずの枠には、卵焼き、大きめのハンバーグ、タコさんウインナーが詰められていた。内容がこれだけであれば、俺は紗由に三跪九叩頭だってできたが、いちばん端には赤い「ヤツ」の姿もある。
(本当に入ってやがる。ミニトマト……)
弁当箱の隅で赤々と自己主張する憎きヤツを箸でつつきながら、隣の紗由に視線を向ける。
「何か文句でも?」
「いえ別に……」
気が付いた紗由がジロリと睨んでくるので、視線を逸らして弁当箱を見た。
そもそも弁当を作ってもらった手前、俺に文句を言う資格はない。なんならハンバーグはおいしそうだし、普通に食べたい。
でもミニトマト。ミニトマト……。
万が一にもコイツを残せば華恋さんの前で恥をかき、放課後には紗由の手により半殺し確定。
残すという選択肢は初めから無いようなものだった。
「大体ね、高校生にもなって好き嫌いして文句言うなんて、ほんと子供なんだから」
「もしかしてミニトマト苦手なの?」
紗由の小言を聞きながら赤い悪魔と睨み合っていると、つんつんと華恋さんにつつかれる。
彼女はちょうどパステルカラーのお弁当箱を開いたところだった。
「交換してあげようか?」
「マジで? いいの?」
「ダメよ」
「そうだよ華恋ちゃん! 甘やかしちゃダメだよ!」
華恋さんの提案に身を乗り出すと、紗由と八奈見に引っ張られて席に戻される。
最後の希望として縋るように袴田を頼るが、彼も援護はできないという感じに苦笑を浮かべるばかりだった。
「そうだね、頑張って食べた方がいいよね。ここで好き嫌いを克服しちゃおうか」
華恋さんに直接そう言われては弱い。
俺は少し葛藤した後、渋々ミニトマトを口に放り込む。
「おぉ、豪快だな」
「男を見せたね北見君。その調子で草介のミニトマトも食べる?」
「絶対ヤダ」
渋い顔をしてお茶をすすっていると、華恋さんは弁当箱を近づけてきて、ひょいと唐揚げを一つ俺の方に移してきた。
「はい、じゃあ、頑張った祐一君にはご褒美をあげます」
「いいの?」
「もちろん!」
まじか。やっぱこの人、天使だわ。
「そういえば、草介も子供のころはミニトマト食べれなかったよね」
八奈見は思い出したように声を上げると、嬉々として袴田の過去を語り出す。
「たしか小二の時、だったかな。遠足でね──」
「お、おい杏菜!」
突如として自分に矛先の向いた袴田はタジタジという感じだった。阻止しようと手を尽くすものの、八奈見は語りを止める気配を見せない。
流石にあの完璧イケメンも、過去をよく知る幼馴染には勝てないらしい。
俺たちも袴田の過去には興味津々だったので、昼休みは彼の過去編を聞きながら過ぎていった。