勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その25 小さい頃はジャスコだった

 時はあっという間に過ぎて土曜日。

 

 待ち合わせ場所である豊橋南イオン……またの名を南ジャスに着いた。

 休日、しかも快晴ということもあって、周りは賑わっている。駐車場にはずらりと自動車が並び、絶え間なく親子連れや学生の姿が見える。

 

 こういう時、背が高いのは便利だ。相手からすれば俺は見つけやすいし、俺の方からしても人込みの中で相手を探しやすい。とはいえ、気合が入りすぎて随分と早く着いてしまったので、どうやら俺が一番乗りのようだった。

 

 紗由とは最初、一緒に行くつもりで家まで迎えに行ったのだが、「アンタは先に行ってて」と玄関先で追い返されてしまった。

 まだ少しばかり不安は残るが、当の本人からは「心配するな」と念を押されてしまったし、今は余計なモヤモヤは隅に追いやり、強引に気分を『期待』の方向へ振り切ることにする。

 

 ていうか、よくよく考えてみるとヤバい。すごくヤバイ。

 これから俺は、私服の華恋さんとご対面するのだ。好きな相手の私服を見られると知って、浮かれない男子高校生がどこにいるというのだろう?

 

 他にすることもないので館内図を見ながら、しばし時間をつぶす。

 南ジャスはそれほど大きくないので、遊びに行くというよりは、食事や買い物が中心になりそうだ。一階のユニクロやヴィレヴァンを軽く見てから、二階に上がってセリアを冷やかす。そのままモーリーファンタジーでちょっとだけ遊んで、隣のフードコートでご飯を食べて……。

 

 とまあ、普段から紗由と買い物に来る時と大して変わらないルートだが、今日は見える景色が劇的に違うはず。

 

 南ジャスは豊橋市民なら一度は来たことがある場所なので、袴田や八奈見にもなじみ深い場所だ。無難すぎて面白みがないのは事実だし、袴田のような陽キャの高校生が好んで行くようなオシャレスポットでもない。それでも、ここが選出されたのは「華恋さんがまだ行ったことが無い」ことが決め手になったからだ。

 

 そして、南ジャスは俺や紗由の家からは自転車で通える距離にあって、俺たちはイオンがその昔「ジャスコ」だった時代からここを遊び場にしている。もはや目をつぶってても目的地にたどり着けるレベル。つまりここは、別の地区に住む袴田よりも、俺の方が圧倒的に有利に立ち回れるホームグラウンドということだ。

 華恋さんを楽しませて、カッコいいところもみせたりして、今日こそ袴田に差をつけてやる!

 

 俺は館内図を前に一人で深く頷いた。

 

 ──と、そんな時だった。

 

「おーい! 北見くーん!」

 

 視線を向けると、ちょうど自動ドアを超えた八奈見と袴田の姿が見えた。

 流石と言うか、人込みの中でも二人の存在は──俺みたいに背が高いワケでもないのに──目を引く雰囲気がある。

 

 八奈見はショート丈のトップスにワイドデニムで、少し大人っぽくもありつつも同時に今時の女子高生らしいファッションを着こなしている。さすが陽キャ女子だ。

 一方の袴田といえば、彼女とは対照的に無地のTシャツにシルエットの綺麗なスラックスという、超シンプルなスタイルだった。

 

 ……マジでただそれだけのはずなのに、目を引く「休日の爽やかなイケメン」スタイルとして完成されている。

 どうなってるんだ? それどういう仕組み? なんでそんなにキマってるの? これはあれか。ファッションは何を着るかよりも、誰が着るかっていうアレ。ぐぬぬ、ずるいぞ袴田!

 

「よっ、北見。一番乗りじゃん」

「俺の家から近いしな」

「北見君ったら今日は気合入ってるねー。紗由ちゃんとは一緒じゃないの? 二人の家って近いんだよね?」

「ああ、アイツはなんか準備があるとかで、俺だけ先に来たんだ」

「へー、ふーん……なるほど」

 

 八奈見は俺を見ながら、何か思わせぶりに声を上げる。

 何か言いたいことがあるのなら、素直に言ってほしいのだが……。

 

「あ、華恋ちゃんだ!」

 

 そんなことを思っていると、八奈見が声を上げた。

 視線を向けると、そこには小走りでこちらに向かってくる華恋さんの姿。

 

「ごめ~ん! 遅れちゃったかな?」 

 

 少しだけ息を弾ませながら、彼女は俺たちの前で立ち止まった。

 

 今日の華恋さんは、ノースリーブの白色ブラウスに、淡いパステルカラーのフレアスカートという出で立ちだった。イオンというカジュアルな場所に適応しつつも、同時に清楚で可愛らしい、いわゆる「女の子らしさ」を強調した完璧なヒロインの姿だ。

 

 いつも見慣れた制服姿とは違う、ウェストを始めとしたスタイルが強調されている隙のある私服姿。その破壊力は凄まじいの一言に尽きる。本当は気の利いた言葉でもかけるつもりだったのに、なに一つ捻り出せずに口をパクパクさせることしかできなかった。

 

「私たちも今来たとこだよ。華恋ちゃん、その服すっごい可愛いね!」

「ありがとう。杏菜もすごくオシャレだね」

 

 女子組はお互いに近づいて服装を褒め合う。陽キャ女子×清楚女子の掛け算で、眩しすぎる光景だ。……あれ、なんで俺こんな可愛い子たちと南ジャスに来れてるんだっけ?

 

 果てしなく現実感が無い光景を前にして危うく記憶喪失になりかける。

 

「よく似合ってるよ。華恋はそういう淡い色が映えるな」 

 

 呆然としている俺を傍目に、袴田は息をするような自然なトーンで華恋さんを褒めていた。

 それに華恋さんは「えへへ、ありがとう」と少し照れたように笑う。

 

 ──しまった、先を越された!

 

 俺だって今のセリフ頭の中では思い浮かんでいたのに!

 

「北見君は、どうかな……?」

「えっ! あ、ああ! いいと思う。布の面積が……じゃなくて! その、なんか清楚で、すごく華恋さんらしいっていうか、すごく似合ってるよ」

「ふふっ。ありがとう。祐一君もそのシャツ似合ってるね」

 

 必死すぎて引かれるかと思ったのだが、どうやらウケたらしい。袴田のスマートな態度には遠く及ばないが、まあ華恋さんが笑ってくれたなら結果オーライだ。

 華恋さんは小さく笑った後、俺の着ているシャツに軽く触れてくる。この柄シャツ、俺が古着屋で発掘したお気に入りの奴なので褒められるとすごい嬉しい。

 

「北見みたいに身長の高い奴はいいよな。何着てても似合うし」

「そう言う草介はファッションとか気にしないじゃん。もっと北見君みたいにコーデを選びなよ」

 

 八奈見の言葉に、俺は思わず首を傾げた。

 黒地の柄シャツに黒色のズボンという無難な上下黒──いわゆるオタクブラック──でまとめただけなのだが、どうやら八奈見には計算されたコーデだと勘違いされているらしい。

 まあ、好都合だしそのままにしておこう。この陽キャ集団の中にいても浮いていないようなので、ひとまず助かった……。

 

 それから少し待っていると、小さな少女が自動ドアを抜けてくるのが見えた。

 

「おい、遅いぞ」

「みんなが早すぎるのよ。時計見た? まだ十分前よ?」

 

 そう言う紗由の服装は、オーバーサイズのスタジャンにショートパンツというスポーティなものだった。紗由の私服は普段からこんな感じのが多い。

 ただ今日は、ほんの少しだけリップの色が明るいような気がして、いつもより女の子らしく見えた。もしや友達と遊びに行くから化粧に気合を入れてきたのか?

 

「なあ、お前、なんか今日……」

「なによ」

 

 紗由がギロリと俺を睨みつけてくるので、咄嗟に言葉を飲み込んだ。ここで「化粧変えたか?」なんて野暮なことを聞けば、すかさず蹴り飛ばされるのがオチだ。

 スカートじゃない分、今日はキックの威力上がってそうで怖い。

 

「いやぁ……その。ともあれ、これで全員そろったな」

 

 仕切り直すように言うと、真っ先に八奈見が「服見たい!」と言い、袴田が「まずは二階から回るか」と提案する。

 その提案に乗り、俺たちはエスカレーターで上がる。二階に着くと、すぐ目の前に『モーリーファンタジー』の派手な看板と、クレーンゲームやメダルゲームの賑やかな電子音が飛び込んできた。土曜日ということもあり、家族連れや小中学生でかなり混雑している。

 

「ねえ草介、あっちの太鼓のゲームやろうよ!」

「服を見るんじゃなかったのか?」

「今なら私、草介になら勝てる気するの」

「杏菜、この前も同じこと言ってボロ負けしてたろ。というか引っ張るなって、転ぶぞ」

 

 八奈見が幼馴染の腕を引っ張って、強引にゲーム機の方へ連れて行こうとする。袴田はちらりとこちらへ──正確には華恋さんの方へ──視線を向けた後、ヤレヤレと言う感じで笑いながら八奈見と共にゲーセンに入って行った。

 

 なんだか今日の八奈見は強引だな、なんて思いながら、俺も紗由と華恋さんを連れてモーリーファンタジーの中へと進んでいく。

 

 知っての通り、モリファンは子供向けのゲーセンだから、高校生が全力で楽しめるところはそう多くない。強いて挙げるならクレーンゲームぐらいだろうか。そういえば、ヒロインにぬいぐるみを取ってあげる展開ってラブコメでよく見るよな。

 

「あっ。ねえねえ、祐一君! みてみて!」

 

 不意に俺の袖がグイッと引っ張られる。見れば、華恋さんがクレーンゲームの筐体を指さして、目をキラキラさせていた。

 

「あの猫のぬいぐるみ、すっごく可愛い! 大きくてフワフワだよ!」

「お、おおっ。本当だ、可愛いな」

「行ってみよう! 私もうちょい近くで見たいな!」

「ちょ、ちょっと華恋さん!?」

 

 そのまま有無を言わさず、華恋さんは俺の袖を掴んだまま筐体へと駆け出す。

 華恋さんも華恋さんで、今日は強引と言うか、無邪気な姿を見せていた。俺はそんな彼女にされるがままに引っ張られ、心臓が爆発しそうになるのを必死に堪える。

 

 チラリと後ろを見ると、少し離れたところで紗由がジト目でこちらを見ていた。なんだあの「デレデレしててキモい」と言わんばかりの目は。

 好きな子とこんなに急接近してデレない男がいるものか!

 

「うーん。これ、取れるかなぁ……」

 

 そんな紗由の冷たい視線に気づく様子もなく、華恋さんはショーケースに手をついて、中のぬいぐるみをじっと見つめている

 

 マジかよ! この流れは大チャンス!?

 

「華恋さん、ここは俺に任せてよ。こういうの得意なんだよね」

「ほんと!?」

 

 得意というのは完全に嘘だ。俺が最後にクレーンゲームをやったのは中学生の時だし、しかもその時は紗由の助言のおかげでギリギリ取れただけ。しかし、この展開では俺が絶対にやらねばなるまい。そもそも、ここはモーリーファンタジー。客層は親子連れがメインだ。所詮は子供だましの設定になっているに決まっている。

 こんなもの、ちょっと冷静に計算すれば簡単に取れるはずだ。たぶん。

 

「よし……。やるぞ……」

 

 俺は財布から百円玉を取り出すと、コイン投入口へ滑り込ませた。

 

     ◇

 

 ぬいぐるみを取って、華恋さんにカッコいいところ見せる……はずだった。

 

「……おかしい。絶対に何かがおかしい」

 

 俺はショーケースに頭をくっ付けながら、微動だにしない黒猫のぬいぐるみを睨む。

 アームが弱いなんていう次元じゃない。もはや、さわわっと撫でているだけ。 

 財布は小銭がなくなって随分と軽くなっているし、何より華恋さんの前で惨敗を喫したのでメンツはすっかり丸潰れだ。

 

「あはは……。祐一君、もう大丈夫だよ? なんだかごめんね、無理言っちゃって」

「い、いや! 次こそは絶対にいける! ちょっと両替してくるから!」

「見苦しいわね。ちょっとどきなさい」

 

 紗由は両替機に走ろうとした俺の首根っこを掴んで突き飛すと、替わって筐体の前に立つ。

 ふーっと、短く息を吐くとポケットから百円玉を一つ取り出して躊躇いなく投入。おもむろにクレーンを操作し始めた。

 

「こういうのはね、重心狙っても無駄なの。ぬいぐるみの首元についてるタグとかにアームの爪を引っ掛けるのよ」

 

 迷いのない手つきでレバーを操作し、ボタンを弾く。

 アームがピンポイントでタグの輪っかに突き刺さり、ぬいぐるみが宙に浮いたかと思えば、そのままゴトンと取り出し口に落下した。一発だった。

 

「うわぁ! 紗由ちゃんすごいね!」

 

 華恋さんが歓声を上げて、ぱあっと顔を明るくする。

 紗由は取り出し口からぬいぐるみを取り出すと、少しドヤ顔で華恋さんに差し出した。

 

「はい、これ」

「えっ、いいの!? ありがとう紗由ちゃん!」

 

 華恋さんはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、紗由に笑顔を向ける。紗由も「まあ、こんなの簡単だから」とまんざらでもなさそうだった。

 目の前で起きているのは、ラブコメで百回は見たことのある主人公とヒロインのやり取りだ。

 

 あれ……もしや俺って、紗由にすら主人公力で負けてるの?

 

「どんまい北見。まあ、きっとお前の闘いがあったから、一回で取れたんじゃないかな」

 

 ポン、と肩を叩いて慰めてくれたのは、八奈見と共に戻って来た袴田だった。

 袴田……お前、いい奴だな……。

 




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