勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その3 幼馴染

 教室に戻って弁当を回収すると、俺たちは屋上に向かった。

 

「ああ、鏡よ鏡。どうしてこいつはヘタレなの」

「うるせ」

「その威勢を私以外に向けられないからヘタレなの」

「ぐぬぬ」

 

 隣の小さい奴からチクチクと小言を言われつつ階段を上る。 

 

 俺たちはツワブキ高校にいくつかある校舎のうち、いちばん端にある校舎の屋上を昼食に利用している。この屋上に出るためには清掃用の鍵が必要であり、多くの生徒は立ち入ることすらできないため、俺たちだけの秘密のスポット。

 

 噂によればこういう隠れスポットは他にもいくつかあり、旧校舎の外階段なども穴場だとかなんとか。その外階段からは旧校舎の屋上に出られるらしいが、使っている人間は見たことが無いので、今のところ高校の屋上は俺たちだけの独占状態だ。

 

 屋上に出ると、頭上には五月の晴天が広がっていた。

 初夏を思わせるの爽やかな風。

 気温は二十三度と実に快適。ずっとこのぐらいの気温が続けばいいのに、と思う。

 

「今日のところは五十点ってところね。ちゃんと話せてたけど、逃げ出したから減点」

「あ、あれは華恋さんの誤解のせいでな……」

「ちゃんと口に出して誤解を解かなかった。つまりアンタは逃げたの。ちゃんと認めなさい」

 

 気まずいときの癖で頭をかきながら「へい……」と生返事。

 確かに焦って誤解を解かなかったのは相当まずかった。次会ったらちゃんと言っておかないと。

 

「まったくもう。アンタは世話が焼けるんだから……」

 

 と、オカンみたいなセリフで追撃。小言が終わりそうにないので、俺は一角に敷いてあるブルーシートに腰を下ろして機嫌が直るのを待つことにした。

 

 紗由はここぞとばかりに向かいに立つと、前かがみで俺のことを見下してくる。

 見上げると、むふーっとご満悦な顔。普段は逆なので、こうすると喜ぶのだ。

 

「努力は認めてあげるけどね」

 

 うちの幼馴染は大体これで機嫌が取れるので、実にチョロい。

 もう追撃はないだろうと判断して膝の上で弁当箱を開く。

 紗由も見下すことに飽きたようで、隣に座ると同じように膝上で弁当箱を開いた。

 

「でも、アンタって意外と女の子と話せるのね。少し見直したわ」

 

 箸をつけようとしたタイミングで、不意に褒められた。

 

「お、おう? そうか? あんがと……」

 

 近頃のコイツは遅まきの反抗期というか、俺にだけやけに口が悪くなっている。当然、そんな中で素直に褒められるなんて思ってもみなかったので、なんか微妙に照れくさいというか、変に動揺してしまう。

 紗由の奴、まさかこのギャップを狙って……って、そんな訳ないか。

 

「正直言って華恋ちゃんと付き合うなんて絶対無理だと思ってたけど、あの感じなら多少は可能性があると思う」

「本当か!」

「うん。もっとひどいと思ってたし、だいぶ上方修正」

「もう高校生なんだ。女子とぐらい普通に話せるっての」

 

 お互いになんだかんだと言い合う仲だが、俺たちは幼馴染だ。

 口にこそ出さないが、こういうサプライズは少し嬉しかったりするもので──

 

「まったく、お前は俺のことなんだと思ってるんだか」

「彼女いたことない非モテ童貞野郎?」

 

 やっぱこいつ嫌い!

 

「まっ、そんなアンタにしては、よくがんばりました。一歩目だしこんなもんでいいでしょう」

 

 褒めと罵倒のジェットコースター。俺はいつの間にかアトラクションに乗ってたらしい。

 中々にスリルを味わえるので、こりゃディズニーも早めに導入した方がいい。

 名前はサユー・オブ・テラーでいこう。

 

「あら、食べないの? あんまり時間ないわよ」

「食べるって」

 

 不意打ちを受けてドギマギしていた俺とは対照的に、紗由はいつも通りの雰囲気で弁当に箸をつけている。一人で動揺してバカみたいじゃないか、と俺も慌てて昼食を食べ始めた。

 

 広い屋上の中でぴったりと並んで昼食を取る男女。

 もしやこういう距離感だから、誤解されるのだろうか……。

 そんなことを考えながら紗由を見つめていると、「なによ」と睨まれて目を逸らす。

 

「いや別に」

「あー、分かった。食べたいんでしょ。ほら、良いわよ。ご褒美にあげる」

 

 紗由はひょいっと俺の弁当箱に卵焼きを放り込んできた。

 いや別に食べたかったわけじゃないが。

 そう思いつつも、せっかく貰ったので卵焼きを口に運ぶ。

 この味は紗由が焼いた時の味だ。

 

「お前の手製か」

「うん、ちょっと早起きしたから」

「そっか」

 

 紗由の焼いた卵焼きは、いつも通り口に馴染む優しい味だった。

 

     ◇

 

 予鈴間近の廊下を進むと、教室前にぽつんと佇む少年の姿が見える。

 同じ中学の出身かつ一緒に漫研に所属している一年生、蘆吹(あしぶき)康斗(やすと)。オタク男子という枠にすっぽり収まっている色白なメガネ少年。

 目立つようなタイプではないが、せわしなく動く生徒たちの中で、ただ一人だけ流れに逆らうように壁を背にして佇んでいるので、廊下の中では妙に浮いて見えた。

 

「よ、康斗。俺のクラスになんか用か?」

「来た来た。祐一を探して──」 

「久しぶり、康斗くん」

「あっ、紗由ちゃん……その、ひさしぶり……」

 

 康斗は想い人である紗由と顔を合わせるや否や、ぽっと分かりやすいぐらいに照れる。

 これで片思いを隠しているつもりなのだろうかと困惑。

 一方の紗由は康斗の気持ちに微塵も気が付いていない様子。こっちはこっちで鈍感すぎる。

 

「元気してた?」

「うん、元気だよ。紗由ちゃんも元気そうだね」

 

 俺を挟んで当たり障りのない会話を交わす二人。

 その内容といえば、知り合って一週間ぐらいの相手にするような浅いもの。知り合って三年、片思い二年でこの距離感ってのは中々に絶望的だと思う。

 

 ふと、そんな姿に俺と華恋さんが重なる。明日は我が身だ……気を付けないと。

 

 これ以上は康斗がいたたまれないので、自然に会話を終わらせることにした。

 

「で、俺に用事があるんだろ?」

「そうそう。清掃用の鍵、ちゃんともってるよね」

「もちろん」

 

 俺はポッケから小さな鍵束を出して、指先でくるくる回す。

 

「こんどまた清掃の手伝いするから無くさないようにって、重浦(おもうら)先輩が」

「えー、またかよ。この前手伝ったばかりじゃないか」

「手伝わないと廃部だよ? 僕たちに拒否権なんてないんだ」

 

 俺が清掃用の鍵を持っているのは、定期的に校内清掃の手伝いに駆り出されているから。

 漫研には色々と複雑な事情があり予算がないのだが、用務員さんたちの手伝いをすることで部室の維持だけは学校から認められている。協力しなければ部室は没収。部室が無ければ当然廃部ということになるわけで、俺たちは定期的に手伝いをせざるを得ないのだ。

 

 まあ、その分の「役得」として、屋上を含めてあっちゃこっちゃ出入りできるのだから、普通に得の方が大きい。

 もちろん、清掃用の鍵束を学校に返さずに個人で所有しているなんて知られたら大目玉では済まないので、これはナイショのこと。

 

「あと、部誌の件で会議するから部活サボるなよって言ってた」

「へいへい、分かってる。別にサボらんて」

 

 連絡を終えるとちょうど予鈴が鳴る。康斗は軽く手を振ってから立ち去った。

 

     ◇

 

「なん……だと……」

 

 放課後、テニス部に向かった紗由と別れて一人で漫研の部室に向かっていると、衝撃的な光景を目撃してしまった。

 

 渡り廊下から見えたのは、中庭を歩く袴田草介の後ろ姿。

 そして、隣にはキラキラオーラをまとった華恋さん。

 

 並んでいる二人の足は校門へと向かっている。

 

 ……え? なんであの二人が一緒に下校してるの??

 

 思考が停止して、ぼとん、と手に持っていたペットボトルが落ちる。

 いつも袴田は幼馴染の八奈見と帰っているし、華恋さんもクラスの女子と帰っていたはず。二人が一緒に下校しているなんて話、聞いたことが無い。

 

 いやまてよ。つまり……そうだ分かったぞ。これは誤解だ。

 

 袴田や華恋さんが関係を誤解したように、俺もあの二人の関係を誤解しているのだ。

 そう、絶対にそう。俺は誤解している。

 

 例えば……同じ部活とか。

 いやダメだ! あの二人帰宅部だ!

 待て、そうだ……偶然にも中庭でばったり遭遇しただけに違いない! 

 今は一緒にいるけど、きっと帰り道は別々で……。

 

「なあ華恋、この後どこか寄ってくか?」

「いいね! そうしよっか」

 

 違った! 普通に下校中の男女の会話してる! 

 

 てかなんだよ『華恋』って! 呼び捨てってどういうことだ! 

 あとなんで一緒に寄り道しようとしてるんだ! おい袴田ァ! 

 

 楽しげに笑い合う二人。 

 ま、まさか、俺が出遅れているうちに二人はゴールインしてしまったのか? 

 あり得ない! まだ二週間だぞ!?

 

 いやいや、まてまて。落ち着くんだ北見祐一。

 これは絶対に誤解。人間は不完全な生き物だ。時には間違いだってするし誤解だってする。そうだ、これは誤解に違いない……。

 

 深呼吸。深呼吸。深呼吸。……ダメだ! 落ち着けない!

 

 どうする、いっそ声を掛けて確認するか……? 

 いやでもそれはシュレーディンガー先生お手製のパンドラの箱を開けるようなものだ。

 万が一にも事象が確定したら箱の中の猫が死んでしまう! ついでに俺の心も死んでしまう!

 

「二人とも、おっまたせ~」

 

 俺が渡り廊下であわあわしていると、快活な声が中庭に響いた。

 

 視線を向けてみれば校舎から出てくる少女が見える。

 モフモフの髪の毛を揺らすタレ目の美少女。”可憐な華”というよりは人懐っこい大型犬という雰囲気で、華恋さんとは別ベクトルな「可愛らしさ」の持ち主。

 

 あの姿は──八奈見杏菜!

 

 ニコニコ笑顔の八奈見は二人に駆け寄ると、ばっと後ろから華恋さんに抱き着いた。

 

「わっ、杏菜ったら!」

「待たせちゃってごめんね。華恋ちゃん大丈夫? 草介にヘンなことされなかった?」

「してねぇよ!」

「ほんとかなあ」

「それより、どっか寄ろうって話になってるんだ。杏菜は行きたいところあるか?」

「うーん、まずはファミレスかな」

「まずは、ってお前な……」

 

 袴田の呆れ声と共に止まっていた三人の足が動き出し、そのまま学校の外へと消えていく。

 

 なんだ、三人での待ち合わせだったのか……。

 

 クラス内でも八奈見と華恋さんの仲の良さは有名だ。華恋さんが八奈見と下校する場合、幼馴染である袴田が付いてくる可能性が高い。つまり、袴田は八奈見のおまけってことだ。

 

 事情が分かり、ほっと息を吐く。

 

 しかし、思い返してみればあの三人は全員帰宅部。下校時間が違うので、俺がああやって華恋さんと並んで歩く機会はなかなか訪れないだろう。そう考えると、めちゃくちゃ羨ましい。

 

 ぐぬぬ、袴田め……。

 

 俺は嫉妬を抱えつつ、漫研の部室に向かった。

 

     ◇

 

 華恋さん一緒に下校したいし、いっそのこと漫研を辞めてやろうか。

 そんなことを思いながら部室に入る。

 

「どうしたの祐一。なんか遅かったね」

「俺、漫研やめようかなって」

「ほんとにどうしたの!?」

 

 憂鬱な顔で部室に入ると、康斗が声を掛けてきた。

 

「そういうお前はいつも早いな」

「ほかに行くところも無いからね」

 

 康斗は肩をすくめて答える。

 

「それで、どうしたの。もしや紗由ちゃんと喧嘩した?」

「ちげーよ」

 

 ぶっきらぼうに言ってパイプ椅子に腰かける。少し迷ったものの、同じ片思い中の身であるということで、康斗に華恋さんの件を話すことにした。

 

「はー。姫宮華恋さんとはまぁ、随分と大きく出たね。うちのクラスでも美人って有名だよ」

「好きになっちまったんだから仕方ないだろ」

「そんで恋敵の袴田草介。あれだろ、いかにも陽キャって感じの」 

「あいつのことも知ってんのか」

「そっちもそっちで有名人だからね。さながら北風と太陽ってところかな」

「勘弁してくれ。北風は太陽に負けるんだぞ、縁起でもない」

「なんだ、自分が北風って自覚はあるんだ」

「うるせっ」

 

 ぽかっと康斗の頭を漫画の単行本で叩くと、立ち上がって棚に戻した。

 

「そんなことなら、もっとラブコメとか恋愛物を読んで恋の勉強したらどう?」

「読んでくるとムカムカしてくるんだ。どいつもこいつもうまく行きすぎなんだよ。もっと苦労しろっつーの」

「祐一だってそんなに苦労してるとは思えないけど」

「なに?」

「普通に話せる程度の関係はあるんでしょ? 僕と紗由ちゃんに比べればよっぽどじゃないか」

「それはお前の努力不足だ」

 

 勧められたラブコメ漫画を片手にやんややんやと話していると、扉が開く。

 

「よう、お前ら。相変わらず騒がしいな」

 

 そう言いながら部室に入って来たのは重浦先輩。

 漫研三人組の一人で唯一の三年生。そして漫画研究同好会の部長。

 

「ういーす」と俺たちは適当に返事する。

 

「今日は何を読んで……なっ!? 北見がラブコメ……だと!?」

「そんなに驚きます?」

「いや……そうか。ついに紗由ちゃんと付き合うことにしたんだな……おめでとう」

 

 ぱちぱちと拍手。

 

「デートプランは決まったか? いいところ紹介しようか」

「ちげーますけど!?」

 

 俺は先輩にもカクカクシカジカと事情を話す。

 あんまり話を広げたくないが、信用できるしこの人にならいいだろう。

 

「あのなぁ、お前なぁ。幼馴染ヒロインを差し置いて美少女転校生ヒロインを狙うのはナシだろ、常識的に考えて。まず好感度の高い幼馴染キャラから攻略するのが恋愛ゲームの鉄則。まずは紗由ルート。次に華恋ルート」

「アリもナシも初めから幼馴染ルート無いですからね」

「幼馴染属性の尊さがなぜ分からん。お前はもっとあの子のありがたみを知るべきだ」

「そうだー、そうだー、もっと紗由ちゃんを大事にしろ―」

 

 先輩に続いて康斗からも抗議の声。いやお前は賛同するなよ。仮に俺と紗由が付き合うようなことになったら一番ダメージ食らうのはお前だぞ。

 

 しかし、紗由と付き合う……か。その瞬間、恋人になった紗由のイメージが頭をよぎった。やけに具体的で、やけに生々しくて──すぐに振り払う。

 華恋さんと付き合うイメージはできないくせに、どうして紗由の方はすぐにできるんだ。

 

 ああクソ。恋愛物の漫画なんて読んだせいだ。そうに違いない。

 

 俺は元凶である康斗の頭をもう一度ぽかっと単行本で叩く。

 次ヘンなこと言ったらジャンプで殴ってやる。

 

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