モリファンを出た後、俺たちは二階をぶらぶらと歩き出す。
前に紗由、華恋さん、八奈見の女子三人組がいて、それに俺と袴田が後ろから付いていく感じだ。少し歩くと、やけに明るい照明に照らされた女性向けアパレルショップが見えてきて、八奈見を先頭に女性陣が吸い込まれて行った。
「こういう時、男ってマジでやることないよな。中に入るのも気が引けるし」
入り口付近の、絶妙に邪魔にならない位置で立ち止まりながらぼやく。
「まあな。でも、みんな楽しそうだからいいんじゃないか」
袴田は涼しい顔でそう言って、穏やかに店内を眺めている。俺も手持ち無沙汰に首の後ろを掻きながら、色とりどりの服が並ぶラックの奥に三人の姿を目で追った。
「ねえねえ、これ可愛くない!?」
「すごく可愛い。あっ、でも、杏菜ちゃんには、こっちの青い方も似合いそうじゃない?」
「確かに! 杏菜は青色が似合うよね!」
「そう? じゃあそっちにしようかな」
女子三人組は鏡の前で色とりどりの服を自分や相手の体に当てながら、キャッキャと楽しそうに盛り上がっている。華恋さんと八奈見はもちろん、普段はそっけない紗由も、同年代の女の子らしく楽しそうに笑っていた。
そういう平和な光景を眺めていると、ふと、八奈見と華恋さんが同時にこちらを振り返り、ひょいひょいと手招きしてくる。
「華恋さんと八奈見が呼んでるみたい……だな?」
「みたいだな。行ってみようぜ」
女性客を縫うようにして三人の下に着くと、華恋さんがじっと上目遣いで見つめてきた。
「ねえ、祐一君。このワンピースどうかな。二人には私っぽいって言われたんだけど」
華恋さんはオフショルダーの大人っぽいワンピースを体に当てながら尋ねてくる。
ど、どうって言われても、華恋さんが着るなら何でも似合うと思う。ファッションモデルばりにどんな服でも着こなしそうだし。
いやまて、ここでそんな中身ゼロの回答をするのはマズい。ちゃんと大人の余裕を感じさせる、頼れる男らしい受け答えをしないと。よし、まずは服を着ているイメージを具体的に想像するんだ。華恋さんがそのワンピースを着ると──。
ちょっと待て華恋さん!? それは流石に色々と強調しすぎだって!?
脳内では、タイトな腰回りとルーズな胸元のせいで、隠しきれない「重量のある部分」がくっきりと強調された華恋さんの姿が爆誕してしまった。ダメだ、冷静になれ。ここで鼻の下を伸ばしたり、ドギマギしたりしたら頼れる男の称号が遠のいてしまう。
「す、すごく似合うと思う。清楚で、その、季節感もあるし……あと品があるっていうか! 大人っぽいし、うん、すごくいいんじゃないかな」
俺は必死に邪念を振り払い、喉を鳴らして声を絞り出す。結果的には無難な回答になってしまったが、とりあえず素敵な所を褒められたと思う。あと失言もしなかった。胸とか……。
「ありがとう、祐一君」
華恋さんは柔らかく微笑んでくれたが、それはどこか、お世辞を言われた時の反応に似ている気がした。俺は心の底から褒めたつもりだったのだが、上手く伝わっていないのかもしれない。
「ねえねえ草介、私はどっちが良いと思う? こっちの青いワンピースか、それともこの白いワンピース。二人は青が似合うっていうんだけど」
隣では八奈見が両手にそれぞれ服を持って、袴田に選択を突きつけていた。
「確かに杏菜は青色が似合うな。でも、白の方も清楚な感じが出てるし、涼しそうだから良いんじゃないか。それに、杏菜が気になってるのは白の方だろ? そっちも似合ってると思うぜ」
「そ、そうかな? じゃあ……白い方にしようかな」
八奈見は分かりやすく顔を明るくして、白いワンピースを抱きしめた。
ただ褒めるだけでなく、相手が本当に欲しがっている選択肢を肯定して背中を押してやる。これがパーフェクトコミュニケーションってやつか!? 八奈見のやつ、目に見えて嬉しそうだぞ!?
こういう対応一つとっても、袴田と比較すると自分のダメさが身に染みてくる。ていうか、いつもこうだ。完璧イケメン超人は素で俺を打ちのめしてくる。
肩を落としていると、視界の端で服を体に当て鏡を見つめている紗由の姿が目に入った。どうやら、あいつも夏服を選んでいるらしい。
「それ、お前が着るのか?」
「な、なによ。なんか文句ある?」
声をかけると、紗由はビクッと肩を跳ねさせて振り返った。
手に取っていたのは、襟にフリルがあしらわれたデザインのブラウスだった。可愛らしさだけでなく半袖なので夏っぽい涼し気な雰囲気がある。
いつもダボッとしたパーカーとかスタジャンばかり着ているので、珍しいチョイスだ。華恋さんや八奈見が女の子らしい服を選んでいるのを見て、柄にもなく影響でも受けたのだろうか。
ここは幼馴染として、例え聞かれてなくても、似合ってるかどうかの判断ぐらいはしてやるべきだろう。華恋さんの例に倣い、さっそくその服を着ている紗由の姿を思い浮かべてみる。
紗由はお世辞にも華恋さんや八奈見みたいに女性らしい体つきとは言えないが、裏を返せば──事実とは異なるが──守ってあげたくなるような、華奢な可愛らしさを持っているといえる。襟のフリルなんかも、クールな雰囲気の顔立ちをやわらかいイメージにして、可愛らしい少女という面を強調してくれそうだ。
うむ、意外と似合いそうじゃないか。ここは素直に褒めてやるとしよう。
「いいじゃん、それ。お前に似合うんじゃないか?」
「……は?」
感想を口にすると、紗由は目を丸くして固まってしまった。
俺が褒めたことが余程意外らしい。
「ほら、お前って普段からボーイッシュな服ばっか着てるし、たまにはそういう女の子らしい服を着てるところも見てみたいな」
固まっていた紗由は急に動き出すと、手に持っていた夏服を乱暴にラックに戻した。
「べ、べつに、こんなフリフリの服、興味ないし。邪魔になるし、動きにくいし! あーもう、私は向こうでスポーツ用品見てくるから!」
俺の制止も聞かず、紗由はアパレルのテナントから出ると、少し先にあるスポーツ用品店へ向かってしまった。
せっかく褒めてやったのになんで怒るんだよ。華恋さんと八奈見は(差はあれど)ちゃんと喜んでくれたんだぞ? 態度に至っては八奈見と真逆じゃないか。
そんなことを思いながら、ラックに戻された可愛らしい夏服を見つめる。
……やっぱり、こういうのも似合うと思うんだけどな。
◇
「いやー、さっそく買っちゃったね」
「せっかくだし、今度はこれを着てお出かけしたいね」
「賛成! ワンピースだし……やっぱり海辺とか川辺とかが映えるかな」
袴田と二人で待っていると、紙袋を片手に持った華恋さんと八奈見がレジから出てきた。
「ごめんね、祐一君。ぬいぐるみを持たせちゃって」
「ぜんぜん大丈夫。これ、入れちゃうね」
クレーンゲームで取った黒猫のぬいぐるみをそっと紙袋に入れる。ぬいぐるみは顔部だけが袋に収まらず、ひょっこり飛び出す形になり、そのつぶらな瞳が俺のことを射抜いてきた。
この猫ぬい……どことなく紗由に似ているような気がする。黒い毛並みとか、不機嫌そうな顔とか、まんまるでつぶらな瞳とか。
なんだか、見れば見るほど紗由の顔がちらついて、アイツを一人にしていることに罪悪感を感じてきた。せっかくみんなで来たのに、ひとりぼっちにさせておくのも可哀そうだ。
「そろそろ飯にしようぜ」
俺たちは、その足でスポーツ用品店に行って紗由と合流すると、遅めの昼食をとるために同じ階にあるフードコートへと移動した。
昼食時の一番混む時間は外したのだが、広いフードコートにはまだ家族連れや中高生でごった返していた。雑多に聞こえる話し声と呼び出しベルの電子音が混じり合い、休日の大型商業施設特有の喧騒が生まれている。
人混みの中を探し回り、なんとか──前の集団の置き土産である──五人座れるテーブルを確保して、俺たちはそれぞれ好きな昼食を買いに散った。俺と紗由はスガキヤ、袴田と八奈見は一階にあるマックを選んだ。華恋さんは迷っていたが、最後には俺たちについてスガキヤの方に来た。
「これがスガキヤのラーメンなんだね。私、初めて食べるな~」
華恋さんは目の前に置かれたラーメンを見つめ、少しだけ目を丸くしている。愛知県民にとってはスガキヤなんぞさして珍しくもないので、こういう新鮮な反応はなんだか面白い。
俺はいつも大盛ラーメンにセットで五目御飯とミニソフトを付ける派だ。初回の華恋さんにも五目セットをおすすめしておいたのだが、彼女はサラダを付けるに留まっていた。すごく女の子らしいチョイスで、俺と同じ大盛・五目・ミニソフトセットを選んでいる紗由とはえらい違いだ。
「いただきまーす」
混んでいるせいかマックに行った二人はもう少し時間がかかるそうなので、俺たちだけで一足早くラーメンを頂くことにした。
興味津々と言う感じの華恋さんを、俺と紗由はなんだか保護者のような気分で見守る。
彼女はまずスガキヤ特有のラーメンフォークに目を輝かせ、それを手に取るとさっそく麺をすくった。しかし、上手くすくえず、つるつるっと麺を逃がしてしまっている。
初見だと流石に使いづらそうだ。あのまま慣れるころには麺が伸びそうだったので、紙ナプキンと割り箸を取って華恋さんの手元に差し出した。
「それはスープ飲む用って割り切った方がいいかも。麺は普通に割り箸使った方が食べやすいよ」
「あっ、ありがとう。……ほんとだ、こっちの方が食べやすいね。……んん! おいしい!」
彼女は邪魔になったサイドの髪をすっと白い指先で耳の後ろへと掻き上げ、上品な仕草のまま、ちゅるるっと麺をすする。華恋さんは味を気に入ったようで、それから何度も頬を緩ませながらラーメンに口を付けていった。
ラーメンをすする間、普段は長い桃色の髪に隠されている白いうなじと、小さな耳たぶが露わになっている。暖かいラーメンの湯気越しに見る、頬を少し赤らめた横顔はどこか艶っぽくて、思わず息を呑んでしまう。
「あんまりのんびりしてると、アイス溶けるわよ」
俺の鼻の下が伸びていたのか、げしっと紗由から肘打ちされた。
紗由のやつ、まだ機嫌を直していないらしく、俺には視線の一つも向けずにアイスを頬張っていた。俺たちは昔からラーメン前にアイスを食べる派なのだが、この順番ってどっちが正しいのだろうか、未だ謎である。
スガキヤに来るたびにぶつかる謎に頭を悩ませつつ、俺もいつも通りアイスから食べ始めた。
「あっ……」
「華恋ちゃん大丈夫?」
「あっちゃあ。やっちゃったよ」
不意に華恋さんが声を漏らし、俺たちは二人してアイスのカップから顔を上げた。
どうやら麺をすすった拍子にラーメンのスープが一滴、ブラウスの胸元に跳ねてしまっていたようだ。華恋さんは慌てて備え付けの紙ナプキンで拭き取ろうとしているが、下手に擦れば汚れが広がってしまう。
「待って華恋さん。擦らない方がいいよ」
咄嗟に華恋さんの動きを制止して、自分の紙ナプキンをコップの水に少しだけ浸す。そのまま汚れに触れようと手を伸ばしかけて──汚れのある場所が胸のすぐ近くであることに気づき、慌ててぴたりと手を止めた。
「あっ、えっと。このスープ、けっこう油っぽいし、こうやって……その。濡れた物で上からトントンって叩く感じで汚れを取った方がいいんじゃないかな」
動揺を隠しつつ濡れたナプキンを差し出すと、華恋さんは少し驚いたように目を瞬かせながら受け取った。彼女がぽんぽんと布地を叩いてみると、幸い被害は最小限だったようで、少しそれを続けただけで汚れはシミになる前に綺麗に落ちていった。
家庭科の授業もこういう時には役に立つもんだ。
「ふぅ、よかったぁ……。祐一君、ありがとう。助かっちゃった」
「大したことじゃないよ。俺もよくこぼすし」
照れくささを誤魔化すように鼻の下を擦ると、華恋さんはやわらかい笑みを向けてくれた。
ここまで失敗が多かったけど、俺だってちゃーんとかっこいいところを見せられるんだ。
自慢しようと紗由にドヤ顔を向けたが、奴はそんなことなど気にする様子もなく黙々と五目御飯を食べていた。この薄情者め!
「いや~ごめんごめん。下のマック激混みだったよー」
明るい声がフードコートに響いた。
見れば、八奈見と袴田が、人混みを縫うようにして戻ってきている。
「華恋ちゃん、まだ食べてる途中? うわ、スガキヤのラーメンいいなー。一口ちょうだいって言いたいけど、今はマックの口になっちゃってるし……」
「杏菜、欲張りすぎだぞ。ほら、座ってマック食べようぜ」
袴田が自然な動作で、華恋さんの隣にあった空き椅子を引いた。五人揃うと、テーブルはすっかり喧騒の一部となった。こういう時、場を明るくしてくれるのはやっぱり八奈見だ。ポテトを片手でつまみながら、待っている間に一階で見かけた、たい焼きが気になったとか、アイスが気になったとか……それを袴田に止められたとか。
とにかく、色々なことを語り始める。
「なあ、華恋。服の……ここの部分、ちょっと濡れてないか?」
八奈見がとりとめのない話を続ける中で、ふと袴田が声をかけた。もう乾きかけだというのに、僅かな異変に気づいて声をかけるのは流石の観察眼と言わざるを得ない。
「ちょっとラーメンが跳ねちゃって。汚しちゃったんだけど、祐一君が助けてくれたの。もう全然わからないでしょ」
華恋さんは汚れの落ちた胸元を愛おしそうに指でなぞりながら、俺の方を見て微笑んだ。
袴田は「へぇ、北見が」と爽やかに笑い、俺の胸は少しだけ誇らしさで満たされる。
ふっふっふ。ここばかりは、俺の勝ちだな。
「ふーん……」
ドヤっていると、何やら八奈見が俺と華恋さん、そして無言で五目御飯を完食した紗由の顔をじろじろと見比べ始める。
「なんだよ八奈見。俺の顔になんかついてるのか?」
「なんでもない。……あ、いや、そうだ北見君。食べ終わったら、ちょっと付き合ってよ」
彼女は突然そう呟くと、残りのポテトを全てぱくりっと口に放り込んだ。
「付き合うって、どこに?」
「一階。ちょっと北見君にしか頼めないことがあって」
八奈見は有無を言わせぬ明るさで同意を求めてきた。
普段、このモフモフ美少女と二人きりになる機会なんてなかったし、幼馴染である袴田の前ではなんだか後ろめたさもある。
確認を取るように視線を袴田に向けると、彼はいつもの爽やかな笑みを浮かべて頷いた。
「悪いな、北見。事情は分からないが、杏菜のわがままに付き合ってやってくれないか?」
「お、おう……俺は別にいいけども」
「決まりだね! じゃあ行こっか。……いいよね、紗由ちゃん。北見君ちょっと借りてくね?」
「どうぞご自由に。そのまま返品しなくていいわよ」
俺はまだこの急展開についていけてないというのに、八奈見が慣れた手つきで俺の袖を掴み半ば強引に席から立たせた。
テーブルに残された紗由は一瞥すらしてこない。一方の華恋さんは一瞬だけ何か言いたげな感じで口を開いたが、すぐに閉じて笑みをむけながら俺たちを見送った。
「な、なあ八奈見。いったいどうしたんだ?」
「実はね、聞いておきたいことがあって」
歩いている途中に八奈見の背中越しに聞こえたのは、いつもよりしっとりとした声音だった。
「単刀直入に聞くけどさ……。君は誰のことが好きなの……かな?」