勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その27 幼馴染と幼馴染

 誰の事が好きか──八奈見の言葉は突飛なものだった。

 そんなことを聞かれるとは考えてもみなかった。

 だって彼女は八奈見杏菜だ。恋愛よりも食欲を優先してそうじゃないか。

 

 まあ、よくよく考えてみれば、彼女には俺を問い詰める理由がたんまりとある。

 なにせ華恋さんの親友で、袴田の幼馴染なのだから。

 

 しかし、これはマズいぞ。下手を打って八奈見の機嫌を損ねようもんなら、華恋さんにあることないこと吹き込まれるかもしれない。

 

 いや、今はこの状況を活かすことだけ考えよう。八奈見を上手く言いくるめるんだ。

 ほら「将を射んと欲すればまず馬を射よ」とも言うし、むしろここで八奈見を仲間にできれば、情勢は俺に傾く……かも。

 

「ど、どうしたんだよ、突然」

「前から思ってたの。北見君、華恋ちゃんのこと意識してるなーって」

 

 やはり変な所で鋭いモフモフ少女は、その柔らかな髪をふわりと揺らしながら通路を進み続ける。このまま人気のない場所まで行って、本格的に俺を問い詰める気なのだろうか。

 だがここは休日のイオンだ。そこら中に人がいるし、そんなしんみりとした恋愛パートを始めるような静かな場所なんて無いはずだが。

 

「八奈見、一体どこに行くつもりなんだ?」

 

 そう声を掛けると、上書きするように上機嫌な調子の声が響いた。

 

「すいませーん。あんことカスタード、一個ずつください!」

 

 甘ったるい生地の匂い。その発生源は、すぐ目の前で香ばしい熱気を放っている、たい焼き屋のテナントだった。

 

 ……はい???

 

 固まっている俺を横目に、八奈見はごく自然に二匹のたい焼きを受け取って、通路の端にあるベンチの横に陣取った。

 

 呆然と眺めていると、八奈見はぺちぺちとベンチを叩いて隣に座るように促してくる。

 二つも買ったのだから片方を俺にくれるのか……と思いきやそんな訳もなく、俺が座るのを確認すると両手に持ったたい焼きを交互に食べ始めた。

 

「うん、組み合わせて食べるのもアリだね」

 

 たい焼きは頭から食べる派らしい八奈見は、躊躇なくその頭にがぶりと噛み付いてから、短く感想を述べる。

 

「八奈見、さっきフードコートでマック食べてたよな」

「これは食後のおやつだよ。北見君しらないの? 別腹って実在してるんだよ?」

「にしても二個って流石に……」

「あげないからね!」

 

 俺がたい焼きを狙っているとでも思ったのだろうか。八奈見は身をひっこめると、大事そうに二匹のたい焼きを抱き抱えて守り始めた。 

 

「たい焼きが欲しいわけじゃないんだが……」

「そうなの? じっと見てたからてっきり」

 

 そう言って、八奈見はたい焼きを食べ続ける。

 もきゅもきゅ、と口いっぱいにたい焼きを頬張り、随分とご満悦そうだ。

 

 あれ、しんみりとした恋愛談義が始まるんじゃなかったの?

 

 口元にあんことカスタードを付けながら至福の表情を浮かべる八奈見を見ていると、深刻に身構えていた自分がバカらしくなってきた。八奈見を前にして真面目な話を期待した俺が間違っていたのだ。さっきの質問も、ただの気まぐれに違いない。

 

「で、北見君は華恋ちゃんのことが好きってことで、いいんだよね」

 

 口元のカスタードをペロッと舐めとってから、八奈見は唐突に呟く。

 おっと、気まぐれじゃないらしい。

 

「だったらどうするんだよ」

「なんだかキザな返しだね。あんまり聞かれたくないコトだったのかな」 

「別にそういう訳じゃないけど、八奈見がそういう話をするのは意外でさ」

 

 そうかな、と八奈見は首をかしげている。そうだぞ。

 

「二人きりで話すのだって初めてじゃないか? それで聞かれるのが、誰が好きかなんて」

「踏み込み過ぎたかな。北見君のことを友達だと思ってるから、いいかなって思ったんだけど」

「友達であることは否定しないけど」

「北見君を見てるとさ、なんだか感じるんだよね、親近感」

 

 八奈見は俺に向かって、ニッといたずらっぽい笑みを浮かべてきた。

 普通なら、こんな美少女に親近感を持たれるのは嬉しいことだが、何故か素直に喜べない。

 俺の勘が告げている。八奈見からの親近感は泥船だ、と。

 

「私はね、二人がくっつくことに反対してる訳じゃないんだよ? たださ……現状の北見君は、欲張りで、不誠実に見えるんだよね」

 

 くしゃり、と音がする。気が付くと、八奈見は手元でたい焼きの包み紙を丸めていた。

 えっ、もう二個とも食い終わったの? 

 

 俺がその規格外の速度に唖然としていると、八奈見は口元のあんこを拭い、それから驚くほど真面目な声音でぴしゃりと言った。

 

「華恋ちゃんにアピールしてるくせに、A組の真登瀬さんとも仲良くして……それに、紗由ちゃんだってそう。女の子を都合よくキープしてるみたいに見えるよ」

 

 八奈見はふわふわとしたオーラを残しながらも、珍しく真面目な顔つきをしている。

 どうやら、これが本題のようだ。これを言うために俺を連れてきたらしい。

 

「キープって。俺はそんな器用な男じゃないよ。亜希は昔からずっとあんな感じだし」

「真登瀬さんのこと、呼び捨てなんだね。やっぱり仲いいんだ」

「まあ、中学からの友達だし」

「紗由ちゃんの方はどうなの」

「どうって……アイツは幼馴染だぞ?」

 

 自分でも変な言い方だと思ったが、他に説明しようがなかった。

 華恋さんみたいに意識して近づいてる相手とは違う。紗由はもっと当たり前に隣にいる奴だ。

 

「八奈見にとっての袴田みたいな、ずっと近くにいる奴っていうか。家族みたいな奴で──」

 

 俺がそう口にした瞬間、八奈見の手元で丸められていた包み紙が、ぎゅっと強く握り潰された。

 

「何もわかってないんだね。北見君は」

 

 八奈見は短く息を吐くと、通路を行き交う人たちへぼんやりと視線を向けた。

 

「家族だから、踏み込めない。自分が女の子として隣に立つのは間違ってるって、そうやって一歩引いちゃうんだよね。うんうん、分かる。分かるよ」

 

 小さく呟いた八奈見の声は、決して俺を責めるような声音ではなかった。

 そもそも俺に向けられた言葉ではなく、むしろ自分自身や、ここには居ない誰かに言い聞かせているような、そんな響きだった。

 

 家族だから踏み込めない?

 

 普通、逆じゃないのか。

 家族みたいな相手だからこそ、変な気遣いも遠慮もない。嫌なら嫌って言うし、助けてほしければ頼るだけ。そこに間違ってるとか、一歩引くとか、そんな考えは無いはずだ。

 

 少なくとも俺はそう思っているが、八奈見の言い分は違うらしい。

 

「そういうもんか?」

「そういうものだよ」

 

 八奈見は小さく肩をすくめた。

 

「近い相手だから言えることもあるけど、逆に言えないことだってあるんだよ」

「言えないことってなんだよ。俺は特にないけど」

「例えば、今の関係が壊れちゃうようなこと……みたいな。別に大げさな話じゃないよ?」

 

 よくわからない、という感じで視線を向けると、八奈見は半ば呆れたような顔を返してきた。

 

「幼馴染って長く一緒にいるから、いつの間にか相手に甘える役と支える役が何となく決まっちゃうこと、あるじゃん。紗由ちゃんって、どっちかっていうと支える側じゃない?」

 

 確かに、ずっと昔からそうだった。

 子供のころから俺は弱虫で、同級生にいじめられたりすると、必ず紗由が助けてくれた。

 大きくなってからも、俺が悩みを相談すると嫌な顔をしながらも話を聞くし、困ってたらなんだかんだ文句を言いながらも助けてくれる。

 

 俺たちはそういう関係だった。

 

「まあな。アイツ、昔っからオカン気質っていうか、世話焼きな奴だし」

「うん。だから北見君は、それが普通になってる」

 

 八奈見は責めるでもなく言った。

 

「でも紗由ちゃんの方は、北見君を頼らないよね」

「いや、普通に頼ってくるぞ。荷物持ちとか、勉強のこととか」

「そういうことじゃなくてさ。紗由ちゃんは北見君のお願いは断らないし、相談も聞くし、困ってたら助ける。でも逆はどうかな」

「逆って……」

「弱いところ見せたり、甘えたり、自分を優先してほしいって言ったりしてる? 困りごとを何か相談されたことある?」

 

 返事に詰まった。

 紗由はよく俺に文句を言う。悪態もつく。荷物を持たせてくる。でも、本気で助けを求められた記憶は、不思議と浮かばない。アイツに本気で頼られたことなど、一度もない気がする。

 

 実際、俺は紗由の悩み事の一つだって知らない。

 

「家族みたいな相手に、今さら自分を優先してなんて言いづらいんだよね、特にずっと支える側だった人ほど」

 

 八奈見は視線を落としながら続ける。

 

「体育の授業で北見君が怪我した時、華恋ちゃんが保健室に行ったでしょ」

「ん? あ、ああ……」

「知らないだろうけど、あの時、誰よりも早く保健室に向かったのは、紗由ちゃんなんだよ。すっごく心配そうだった」

 

 ……え?

 

 予想外の言葉に、一瞬、頭が真っ白になった。

 

「でもね、保健室に行ったはずの紗由ちゃんはすぐに戻ってきたの。後から体育館を出た華恋ちゃんよりも早く」

 

 あの日、紗由は保健室まで来ていた?

 てっきり、俺のことなど大して心配してないから見舞いに来なかったのだと思っていた。

 だから、深く考えなかった。いつも通り雑に扱われているだけだと、そう思っていた。

 

 ……でも違った? 紗由はちゃんと俺のことを心配してくれていた?

 

「たぶん、邪魔しちゃいけないって思ったんだろうね。心配してない訳じゃない。でも、華恋ちゃんが来たから、自分が居ていいのかって悩んだんじゃないかな」

 

 なんだか、心の奥がむずがゆくなる。

 

 あの日、紗由はどんな思いで俺を心配して、どんな思いで何も言わずに立ち去ったのだろう。

 

「……すごく残酷だよね。紗由ちゃんは誰よりも北見君のことを大切に思ってるのに、二人の邪魔したくないから気を遣っちゃうんだよ」

 

 俺はそんなことなど知らず、いつも通り雑に扱われただけだと決めつけて、華恋さんのことばかり考えていた。紗由が来なかった『理由』など、大して考えもしなかった。

 

「そういう紗由ちゃんの気遣いとか、頑張りとかに、北見君はちゃんと気付こうとしてた? ちゃんと答えてあげていたかな」

 

 これまでのことを、感謝していない訳じゃない。

 でも俺は、紗由に素直に感謝したり、褒めたりすることを避けていた。

 もちろん、恥ずかしいってのもあるけど、わざわざ言葉にしなくても伝わっているから、感謝なんていらないって、そう思っていた。

 

「身近な相手に素直になれないのは分かるけど、やっぱりそれって酷いことだよね」

 

 必死に言葉を探したが、すぐには何も出てこなかった。

 

「俺は……」

 

 紗由のこと、大切な幼馴染だと思っているつもりだった。大事にしてるつもりだった。でも、実際には俺が一番楽な距離に甘えていただけで、アイツのことを全然考えてやれてなかった。

 

「アイツなら平気だって、言わなくても伝わってるって、勝手に思ってたのかも。家族みたいな奴だから……」

 

 罪悪感で体がぐっと重くなる。

 そんな姿を見かねたのか、八奈見は俺の背中をパンパンと強く叩いてきた。

 

「幼馴染って面倒くさいよね。……ま、私も人のこと言えないんだけど」

 

 その声音は同情するような、励ますような、そんな感じ。

 

 顔を上げると、八奈見はあどけなさを残す丸い瞳を細め、いつもなら底抜けの明るさを湛えている口元に、ぎこちない笑みを作っていた。

 いつもであれば太陽のような明るさを持っている彼女の顔が、今は少し曇っている。まるで自嘲しているかのような、どこか物悲しげな表情だった。

 

「私は北見君を応援してるよ。でもね、それで紗由ちゃんが泣くのは嫌かな」 

 

 八奈見はベンチから立ち上がると、握りつぶした包み紙を近くのゴミ箱へぽいっと放り投げる。

 包み紙は、ひゅうっと綺麗な放物線を描いてゴミ箱に吸い込まれた。

 

「よしっ、言いたいこと言ったらスッキリした。草介たち待ってるだろうし、そろそろ戻ろっか」

 

 八奈見は俺の返事を待たずに歩き出す。

 遠ざかっていくその背中に、俺は思わず声をかけていた。

 

「なあ八奈見。ありがとな。それと……お前の方も、何かあったら言ってくれ。友達だろ?」

 

 振り返った八奈見は一瞬、きょとんとした様子だったが、すぐに悪戯っぽく笑った。

 

「そういうのは紗由ちゃんに言ってあげなよ」

 

 そう言う彼女の顔は、いつもの明るい八奈見杏菜に戻りつつあった。

 八奈見はその場でクルリと体を回すと、二階に繋がるエスカレーターに向かっていく。

 

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