勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その30 女子テニス部の洗礼

「起きなさい。そろそろ出発するわよ」

 

 げしげしと靴の先で脇を蹴られ、目を覚ました。

 視界の先では、ウィンドブレーカーに短いスカートという格好に変わった紗由が、俺のことを見下している。どうやら俺は裏庭の芝生で三十分ほど寝ていたらしい。

 その間に紗由はさっさと支度を済ませたようで、肩にはその体格に似つかわしくない大きさのテニスバッグを抱えていた。

 

「ほら、これ持ってよ」

「いや俺は荷物持ちじゃないんだが……」

 

 有無を言わせず、腹の上にずしんとテニスバッグが落ちてくる。

 

「おっも!」

 

 このテニスバッグ、紗由が普段学校に持っていくラケットケースとは比べ物にならないくらい分厚いし、めちゃくちゃ重たい。たぶん予備のラケットとか、道具とか、飲み物とか、なんか色々入っているのだろう。まあ、確かにこれを小柄な紗由がずっと持ち続けられるとは思えない。

 

 仕方ないし、俺が持ってやるか──あ、いや、待て。

 そもそも自分が持てない重量のテニスバッグなんて用意すべきじゃないだろ!

 

     ◇

 

 会場である市内の運動公園までは、自転車で片道二十分ほど。

 俺は前カゴに突っ込まれたクソ重いテニスバッグに前輪を取られそうになりながら、市街地を進み、線路を越え、柳生川も越え、ペダルを漕ぎ続けた。

 

 普段は静かな運動公園だが、試合前と言うこともあって今朝は活気に満ちていた。

 

 公園内を行きかう女子テニス部員たちの合間を縫って、俺たちは駐輪場に自転車を停める。

 ふと、公園前にある電停から大きなテニスバッグを抱えた女子たちが歩いてくるのが見えた。どの子もジャージやウィンドブレーカーに短いスカートを合わせていて、髪型もポニテとか、ショートとかで、運動部女子って雰囲気がにじみ出ている。

 

 あちこちから、女子の話声と笑い声が響き、すれ違うたびに日焼け止めや制汗スプレーの匂いが鼻をかすめていく。女子集団特有のガサツさも見えるので可憐とは程遠いが、男子部活のむさくるしさとは明らかに違う空間感だ。

 

 ……ところで、改めて思うのだが、テニス女子のスカートって短すぎないだろうか? 

 いやまあ、紗由や亜希の例から、下にスパッツとかアンダースコートとかを履いてるのは知ってるんだけどさ。でも、脚のラインとか見せられると健全な男子高校生としては、やっぱり心がくすぐられるというか、なんというか。

 

「キモイ」

「みてない! 何も見てないぞ!」

 

 紗由の冷たい声が聞こえて、とっさに叫んだ。

 

 この調子じゃあ俺、不審者として通報されたりしないか?

 

 今日は女子テニス部の試合なので当たり前だが、周りに基本女子しかいない。たまに顧問の先生らしき人とか、観戦にきたお父さんらしき人は見かけるが、同年代の男子はさっぱりだ。

 

 そんな中で無駄に背の高い私服のオタクが一人突っ立っている状況は、どう見ても不審だろう。こんなことなら多少の免罪符になるだろうし、ツワブキの制服を着てくりゃ良かったと視線を女子から地面へと落とした。

 

 あんまり周りの女子のことをジロジロ見てたら、それこそ通報されかねないし。

 

「まったく……。早く行きましょ」

「お、おう」

 

 テニス用品を抱える俺の姿は、紗由の荷物持ちというより、もはや従者の類だった。

 

 紗由の後ろを続いてテニスコートの方へと歩き出すが、やっぱり俺の存在は目立つらしく、公園内を進んで行くとすれ違う女子たちから次々と視線を向けられている。

 女子の注目を浴びる……なんて、字面だけ見れば最高のシチュエーションだが、実際には通報と隣り合わせなわけで背筋が凍る思いだ。

 

 どうか友人の観戦にわざわざ来てあげた優しい一般男子高校生だと思われてますように。

 

 ……あと、ちょっとだけでもカッコイイと思われてますように!

 

 女子だらけの空間に放り出されることを意識しておくべきだった。もっと早く気が付いていれば、身だしなみだってもうちょい気を使ったのに……。

 とぼとぼ歩きながら、今朝の紗由による襲撃と、向かい風で乱れた髪を多少はマシな感じに整えようと、手櫛で髪を弄り続ける。

 

 俺がテニスの試合を観戦するのはこれが初めてだが、会場はなんだか独特の雰囲気があった。

 テニスコートの周りには、地べたにブルーシートを敷き、その周りをテニスバッグやらクーラーボックスやらで囲うという、さながら陣地のようなものがいくつか築かれていた。

 陣地ごとにたむろしている女子のジャージやウィンドブレーカーの色が異なっているので、どうやら高校ごとに場所を確保して集まっているらしい。

 

「うわっ、ちょっと有針! あんた男連れてきたの!? しかもでっか!」

「誰?」

「男子じゃん」

「なになに、有針のカレシ?」

 

 不意に甲高い声が次々と響いた。

 声の主へと視線を向けてみると、そこには紗由と同じ柄のウィンドブレーカーを着た女子集団がたむろしている。皆一様にスポーツドリンクやうちわを片手に持ち、興味津々といった目でこちらを見ている。ツワブキ高校女子テニス部の御一行様だ。

 

「先輩!」とすぐに紗由が声を上げた。「そんなんじゃないですよ。これは下僕……じゃなかった。ただの幼馴染です」

 

 おい、今コイツ俺のことを下僕って言わなかった?

 

 紗由は俺からテニスバッグをひったくると、露骨に距離を取って歩き出す。

 

「えーほんとかなー?」

「怪しいよね~」

 

 先輩たちは顔を見合わせると俺の方に近づいてきて、ニヤニヤと紗由と俺の姿を見比べ始める。どうやら面倒くさいタイプの先輩らしい。

 こういう女子集団って正直怖いし、あんまり絡まれたくないな……と、視線を逸らす。

 

「で、実際どうなのよ、幼馴染くん」

「有針は可愛い後輩な訳だし、先輩心配だなぁ。女の子をたぶらかす悪い幼馴染クンかもしれないじゃん?」

「そうそう。やっぱり確認は大事だよね」

「正直に言っちゃいなよ。優しい先輩が聞いてあげるからさ」

「大丈夫、大丈夫! 秘密にしておくから!」

 

 そんな抵抗もむなしく、気が付くと四方を先輩に囲まれてしまった。

 

 うぅ……。年上の女子って怖い……。助けて紗由ぅ……。

 

 助けを求め、先輩たちの合間から視線を向ける。しかし、紗由の奴はぷいと顔を逸らしてツワブキ高校の陣地の方に歩いて行ってしまった。

 

「先輩たち~、あんまりあたしの祐一をいじめないであげてくださいよ~」

 

 聞き慣れた少し甘ったるい声が耳元で聞こえてくる。

 ふと隣を見れば、いつの間にか俺を囲う先輩のなかに亜希が紛れ込んでいた。

 

「真登瀬じゃん。って、えっ!? いま『あたしの祐一』って言った!?」

「も、もしかして……。三角関係ってコト!? 激アツじゃん!」

 

 きゃっきゃと先輩たちが沸き上がる。

 紗由と二人で試合に出るのだから、亜希がこの場にいるのは当たり前なのだが……これで話がややこしくなった。こんなの火に油を注ぐようなものだ。余計に脱出できなくなったじゃないか。

 

 抗議の視線を向けると、亜希はぺろっと小さく舌を出して、いたずらっぽく笑う。

 

「そんなわけで、あたしは祐一と話があるんで。失礼しまーす!」

 

 そう声を上げたかと思うと、亜希は俺の腕をひっぱり先輩の檻を強引に突破した。

 

「あ! 駆け落ちだ! あの二人駆け落ちした!」

「真登瀬ずるい!」

「そうだそうだ! もっと話を聞かせろー!」

 

 背後から聞こえてくる声は、聞かなかったことにしよう。

 

「なんともまぁ、パワフルな先輩たちだな……」

 

 少し離れた木陰まで連れてこられると、亜希は俺の顔をまじまじと見つめてきた。

 

「運動部の女子ってみんなあんな感じだよ。でも着いて早々に先輩に絡まれるなんて、祐一も不幸な男じゃんね」

「朝から大変な目に遭うし、ほんと散々だ」

「なんかボロボロって感じだね。さては、道端で野良猫にでもちょっかいでも出した?」

「ちょっとばかり凶暴で、機嫌の悪い黒猫に出くわしてな……」

「へぇ~。祐一を倒すなんて、随分と大きなネコみたいじゃんね。服の襟もヨレちゃってるし。ほら、あたしが直したげるからじっとしてて」

 

 亜希は一歩近づいてくると、頼んでもないのに俺の襟を整え始める。

 

「女の子がたくさんいるんだし、かっこよくしておかないと」

 

 一度身を引いて確認するような視線を向けると、続けて今度は頭髪をあちこち弄り始めた。紗由に同じことをされてもなんとも思わないが、さすがに亜希にされると気恥ずかしい。

 体の方も密着するような距離でだいぶ危ういし……。

 

 黙り込んでいると、亜希はくすりと笑って陣地で準備をしている紗由のことをちらっと伺う。

 

「祐一をこんなにするなんて、そのネコちゃんを随分と怒らせたみたいじゃんね。いったい何をやらかしたの?」

「少しばかり見てはいけない場面を……な。まあ、不運な事故だ」

「ラッキースケベってやつ?」

「そういう意味じゃねぇ!」

 

 全力で否定しながら、陣地の方に視線を向ける。すると、準備体操をしていた紗由が動きを止め、こちらをジロリと睨みつけながら、持っていたラケットの(ガット)を親指で弾くのが見えた。

 あれは絶対に『後で殺す』の合図だ。

 

 ごめんなさい浩二おじさん。紗由を夕飯に連れていく前に殺されそうです。

 

     ◇

 

 大会に出る一年生組が何やらと目まぐるしく動いている内に、第一試合の参加選手を呼び出す放送が流れてきた。あちこちでラケットを抱えた女子が小走りで行き交っている。

 

「よし。一年生、アップ終わったか」

 

 顧問の秋川先生の声が聞こえる。紗由と亜希はそれに返事をしたかと思うと、先生と共にどこかに歩いていくのが見えた。そういえばあの二人も第一試合から出番らしい。

 陣地にいた他のテニス部員たちも、雑談をしながらどこかに向かって歩き始めている。

 

 ……あれ? 俺はどこに行けばいいんだ?

 

 立ち尽くしているうちに、ツワブキ高校の陣地は空になっていた。

 これって、俺もみんなに付いていけばいいのかな。

 

 迷いながら、辺りの様子をきょろきょろと伺っていると、フェンスに囲まれた庭球場の入り口から、さっき俺に絡んできた先輩たちが顔を出しているのが見えた。

 

「おーい。幼馴染くーん。何やってるのー?」

「こっちこっち~」

「ほら早く来なよ! 試合始まっちゃうよ!」

 

 どうやら庭球場の中には芝スタンドがあって、そこで観戦できるらしい。スタンドには陣地で見かけたツワブキの先輩たちや、第二試合以降に控えている一年生部員などが集まっていた。

 

 六面あるテニスコートの上には、続々とダブルスに出場する選手が移動してきている。正面のコートでも、ちょうど紗由と亜希が入って来るところだった。

 

 ウィンドブレーカーを脱いで、ポロシャツにスカートという身軽な姿になった紗由。同じ格好で髪型をポニテにまとめた亜希。集中しているのか神妙な面持ちの紗由とは違って、亜希の方は余裕綽々というお気楽な感じだ。

 

「うーん。有針、なんか緊張してるねぇ」

 

 二人のことを眺めていると、丸型のサングラスをかけているウルフカットの先輩が、俺の右隣りに腰を下ろしながら声をかけてくる。

 

「そうなんですか?」

「いつもはもっと『強い』感じなんだけど」

「強い?」

「いつもは自信家っていうか、強者の風格があるんだけどね~」

 

 よくわからずに首をかしげていると、今度はNY(ヤンキース)の野球帽をかぶるロングヘアの先輩が、俺の左隣りに座りながら教えてくれた。

 

 あっ、まずい。また囲まれた……。

 

 丸グラサン先輩と野球帽先輩に挟まれて肩身を狭くしていると、紗由と亜希の距離が離れて、それぞれが自分のポジションらしき場所に移動している。

 

「はいはい、みんな静かに~。試合始まるよ~」

 

 野球帽先輩が振り返って声を上げた。試合が始まるらしい。

 

 なんだか俺の方も緊張してしまって、真剣な表情で紗由の姿を目で追う。

 紗由は腰を低くしてテニスボールを数回地面で弾ませた後、トスを高く上げ、大きく身を反らしてラケットを振り抜いた。

 

 パァン! と、勢いのある音が響いて黄緑色の球がびゅんと飛ぶ。相手はそのサーブに反応こそしたものの、ボールはラケットの先にかすっただけでフェンスまで転がっていった。

 

「ナイスサーブ!」

 

 静かだったツワブキ部員たちから急に歓声が上がったので、びっくりした。 

 紗由と亜希は近づいて軽くハイタッチしている。どうやら今ので点が入ったらしい。

 てか、あの二人ってハイタッチとかするんだ。ダブルびっくり。

 

「やっぱりすごいね~。あの子のサーブ」

「……すごいんですか?」

「向こう、ぜんぜん対応できてなかったもん。一年生じゃそうそう返せないよ」

 

 しみじみと言う野球帽先輩に、とりあえず「へぇ~」と頷いておく。

 紗由は次のボールを受け取るが、今度は打つまでに間があった。頻繁にラケットを握り直していて、なんだかさっきより慎重に見える。

 

「やっぱり緊張……してるんですかね」

「うーん。調子出てないのかなぁ」

 

 丸グラサン先輩が心配そうに答える。

 その心配は的を得ていたようで、紗由の打った二本目のサーブは低い弾道を描いてネットにかかった。これがミスなのは流石に俺でもわかる。

 

 心配をよそに、紗由はもう一度サーブを打った。

 今度は鋭い一球が向こう側に突き刺さる。飛んで行ったボールは相手の返されこそしたものの、角度が甘くポンと空に浮いている。そこに前衛の亜希が走り込んで行って、軽くラケットで弾くとボールは相手コートへ吸い込まれていった。

 

「ナイス!」

 

 再び先輩たちから拍手が起こる。また点を取ったらしい。

 

「真登瀬の方は相変わらずみたいだ」

「いつも通りなんですか?」

「うん。いつも通り。むしろ肩の力が抜けてていい感じかな~」

 

 先輩たちは苦笑いしながら頷き合っていた。どうやら亜希は部活の中でも俺の想像通りの真登瀬亜希であるらしい。

 

 パァン、ポコーン。乾いた音が庭球場に響く。ボールが左右へ何度か行き交ったかと思えば、最後は相手の返球がネットへ引っ掛かる。

 点が決まった時には芝スタンドから声やら拍手やらがまばらにが上がる。それで賑やかになった会場は、ラリーが始まると歓声がすっと消える。試合中はその繰り返しだった。

 

 テニスって、こういうスポーツなのか。

 

 試合中は驚くほど静かで、聞こえるのはボールを打つ音とシューズがコートを擦る音くらいだった。でもなんだか、その音はどれも子気味良く聞こえる。

 

「幼馴染クン。これ食べるかい?」

 

 試合を眺めていると、丸グラサン先輩が小袋のグミを差し出してきた。

 

「ありがとうございます」

 

 受け取ると、反対側から野球帽先輩がチョコを差し出してくる。

 

「ほらほら、こっちもお食べよ~」

「いや、さっきグミを……」

「遠慮しないの~。男の子なんだからたくさん食べないと」

「う、ウッス」

「ねえねえ、ラムネいる?」

「スポドリもあるよ」

「私はルマンドあげるね」

 

 いつの間にか両隣の先輩以外からもお菓子が集まってきて、膝の上にはちょっとした売店が開けそうなくらいの小袋が積み上がっていた。

 

「……なんなんですかこれ」

「餌付けだよ~」

「餌付けだねぇ」

 

 気が付けば、完全に女子テニス部の中で「俺を餌付けする」流れが出来上がっていた。甘やかしというよりは、もはやペット扱いだ。ウサギにニンジンを食わせている感じの。

 

 タダでお菓子を食べられるのはありがたいんだけど、公衆の面前でこの扱いだからめちゃくちゃ恥ずかしい。でも先輩の好意を無碍にはできないし……。

 

 大人しく口をもぐもぐと動かしている間にも、試合は進んでいく。

 

 俺にはテニス選手の良し悪しなんて分からないが、紗由の動きはどこか低調に見えた。ボールに追いつくのが遅れたり、打った球がネットに引っかかったり。運動神経抜群の紗由らしくない凡ミスが続いている。ずっと好調な動きを見せる亜希とは対照的だった。

 

 丸グラサン先輩の解説によれば、試合は最初こそリードしていたが、紗由のミスが続いたことでだんだん追いつかれているらしい。

 

「ありゃりゃ、紗由ちゃん肩に力が入りすぎてるよ~」

「良くない流れだね。幼馴染クン、ちょっと声かけてきたらどうだい?」

 

 丸グラサン先輩がちらっと俺の方を向きながら発破をかけてくる。

 

「えっ、いいんですか?」

「ポイント間で、野次にならないレベルの応援なら大丈夫だよ」

 

 心配していると、野球帽先輩が優しく教えてくれる。ポイント間ってのは、たぶんラリーとラリーの間のことだろう。

 コート上ではすでにラリーが始まっていたので、マナーにのっとり声を出すタイミングを伺う。

 

 最初こそ紗由に翻弄されていた相手だが、今ではエンジンがかかってきているようで、紗由と亜希の攻撃を正確に弾いている。不意に体勢を崩した紗由の返球が甘くなり、相手に強烈なショットを許した。

 点を奪われた紗由は膝に手をついて呼吸を整え、そこに亜希が声をかけに行っている。

 

 今しかない。そう思って先輩に目を向けると「行ってこい」と言う感じの視線で返される。

 軽くうなずいてから、芝スタンドとコートの堺まで近づいて、その間を仕切る柵に手を付いた。

 

「さ、紗由ー! ドンマイ! 気にすんなー!」

 

 気の利いた言葉なんて俺の引き出しにあるはずもなく、とっさに出たのは運動会ようなノリの声だった。静まり返ったコートに、俺の間の抜けた声だけが妙によく響いている。

 

 その声に反応して、紗由と亜希が目を見開きながら振り向いてきた。

 紗由は少しの間ポカンとしてから、ふっと息を吐き出し……呆れたような顔を見せてくる。

 

 バ・カ

 

 口元が動いて、そんな言葉を作った気がした。

 紗由は平然とラケットを回してポジションに戻る。しかし、その足取りは先ほどよりも少し軽やかに見える。亜希はそんな紗由を見送った後に俺に一瞥して、グーサインを向けてきた。

 たぶん、応援が成功したことを伝えてくれたのだろう。

 

「まさか本当にやるなんて。中々やるじゃん幼馴染クン。かっこよかったよ」

「女テニの名誉チアリーダーだね~」

 

 先輩たちのところに戻ると、そんな声をかけられた。

 

 もしかして俺への発破って冗談だったの!?

 なにそれ超はずかしいじゃん。穴があったら入りたい……。

 

 と、ともかく、そこからの紗由は調子を取り戻してくれたようで、水を得た魚のような活躍ぶりだった。鋭いストロークで相手を揺さぶり、浮いた球をすかさず前衛の亜希がボレーで決める。そういう展開が何度かあり、しっかりと点を稼いでいる。

 

「フィフティーン・ラブ!」

「サーティー・ラブ!」

 

 相手コートにボールが刺さり、次々と審判のコールが響く。

 ちなみに「ラブ」ってなんなんだ? LOVE? 愛? 

 しかも15の次が30で、その次が40って、数の増え方がバグってない?

 あと今って何ゲーム目なの? どのぐらいで試合終わるの?

 

 何も分からず、俺が首をひねっている間にも、二人の快進撃は止まらない。

 完全に調子を取り戻した紗由のサーブは相手コートの隅を正確に抉り、もはや相手ペアは触れることすらできなくなっていた。

 

 気が付くと審判の声が響き、選手たちがネットを挟んで一礼していた。

 ……どうやら、試合は終わったようだ。あと、勝ったらしい。

 

「おっしゃー。初戦突破だね!」

「よっ。ナイスゲーム!」

 

 芝スタンドの先輩たちが立ち上がって拍手を送る。

 俺も抱えていたお菓子を落とさないように気をつけながら、少し遅れて不器用に拍手した。

 

 コートから戻ってきた紗由は一息ついた後、俺に向かって歩み寄ってきた。汗を拭うその顔は、晴れやかながらも不機嫌そうだ。

 

「試合中にあんな間抜けな姿晒さないでよ。共感性羞恥で気が散るじゃない」

「いや、俺は応援してやろうと思ってだな……」

「紗由ったらそんな風に言っちゃって。ほんとは嬉しかったくせに~」

「亜希っ!」

 

 紗由のことをからかいながら亜希が顔を出してきた。

 

「でも、あたしたちが頑張ってる間にお菓子パーティなんてずるいじゃんね。これは没収~」

 

 激しい試合の後だというのに飄々とした様子を崩さない亜希は、突然そんなことを言い出したかと思うと、俺の腕から小袋を一つ奪っていった。

 

 あっ、それ楽しみにしてた俺のルマンド……。

 

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