六月を間近に控えたある日の放課後。
部室に集まった漫画研究同好会部の三人は、珍しく部活っぽいことをしていた。
ツワブキ祭──つまりは学園祭に向けた会議だ。
内容は、ツワブキ祭において配布する部誌をどんな内容にするかというもの。
漫研は漫画を読む専門の部活であって作る部活ではない。当然、部誌制作も本来の活動には含まれていないのだが、生徒会にせっつかれる形で制作する羽目になっていた。
まあ、実際問題として漫研には「せっつかれる」なんて言葉では済まない事情がある。
我らが漫研は、部長会に席を持つ中でも随一の零細部活動……というのは表向きの話。
実は学校や生徒会から認可されたことのない部活、つまり
当然、顧問なんていないし、部費とか予算なんてハナから存在しない。
部員が校内清掃を手伝う報酬として学校から部室の維持だけは認められており、現在に至るまで細々と辛うじて存続しているのだ。
なんでイリーガルなのに部長会に席があるのかと言えば、どこかのタイミングで事務上のミスがあって紛れ込んだ結果らしく、それから居座っているそう。実にちゃっかりしている。
のらりくらりと続いてきたイリーガル漫研だが、その命運は付きかけていた。
生徒会は──俺たちがイリーガルであることを知ってか知らずか──活動実績がないなら「潰す」と警告してきたのだ。
部活をつぶす! なんて、いかにも漫画に出てくるテンプレ的悪役生徒会しぐさだが、実際に言われた身からすればたまったもんじゃない。
こういうのって大抵は勝負とか、実績作りとか、説得とかで部活を存続させるのが王道パターンだが、こっちは初めからイリーガル。圧倒的に不利。まともに相手をすれば勝ち目がない。
そんなわけで、イリーガルな方については今更どうしようもないので、生徒会にバレてないことを祈りつつ、形だけでも実績を残すべく部誌を作ることにしたのだった。
◇
「僕はSF小説の同人コミカライズを行おうかと思ってます。ほんの数ページの短編ですが」
「うん、いいじゃないか。形になってれば十分だ。原作はもう決まってるのか?」
「はい。『月は無慈悲な夜の女王』にしようかと」
ほう、ハインラインか。
タイトルに惹かれて序盤だけ読んだことのある小説のタイトルを聞いて関心する。
康斗のやつ、中々に渋い趣味をしているな。
たしか内容はかなりコアなSF文学。前に目を通してみたが脳内キャパシティがさっぱり追い付かなかった苦い記憶がよみがえる。どうして海外文学というのはああも小難しいのだろうか。セリフと字の文が分かれてなくて読みずらいし、長いし、最後まで読めたためしがない。
「確かに往年の名作だが、難しくないか? あの独特な
重浦先輩から的確なアドバイスが入る。
あんまりイメージつかないが、とりあえずSF的な世界観であることぐらいは分かる。
俺も康斗も、読むことは得意だが、描くことについてはド素人。指摘通りいきなり始めるには、SFというのは難易度が高すぎるかもしれない。
同人作品といっても部誌なので、ある程度のクオリティがないと生徒会に活動として認められない可能性だってあるし。
「提案だが、ハインライン作品繋がりで『夏への扉』はどうだろうか。あっちは地球が舞台だし、内容もSF+恋愛ロマンスで万人受けする要素もある」
なるほど、と康斗は机の向こう側で頷く。
よく分かってないが俺もコクコクと頷いてみせる。
「北見の方はどうだ。何か決まってるか?」
「ぜんぜん」
「お前なぁ……。まあいい、まだ数か月あるし、ゆっくり考えてくれ。なんならオリジナルでもいいんだぞ。そのまま持ち込んで漫画家デビューだ」
「無茶言わないでくださいよ」
「自分自身を主人公にした幼馴染ラブコメなんて、面白そうじゃないか? 幼馴染系の三角関係はいつだって受けがいい」
「先輩!」
「はっはっはっ、冗談だよ」
まったく困った人だ、と頭をかく。
これは三角関係ではない。あるのは俺と華恋さんの関係だけなのだから。
「これから本格的に部誌を作っていくわけだが、資料収集をしつつ、同時に創作活動についても学ぶ必要もありそうだな」
「学ぶって、どうすりゃいいんですか?」
先輩はそれについては考えてある、と自信満々の面持ちで言った。
「文芸部のやつらに聞くのさ。あいつらは作る方も活動に含まれてるからな。それに蔵書も豊富だ。『夏への扉』もあったと記憶している。顔を出せば一石二鳥だろう」
文芸部という名前が出てきたことに驚いて、俺たちは目をぱちくりさせる。
「あそこの部長、
「玉木先輩ってあの背の高いイケメンですよね」
「なんだ蘆吹、知っているのか」
知ってるというか……と視線が俺の方に向く。
忘れる訳もない。入学してすぐ、俺と康斗が初めて見学した部活が文芸部なのだ。
中学で帰宅部だった康斗と、バスケ部を途中で辞めた俺。
放課後、暇になる事が確定していた俺たちは、せっかくだし高校では何か文化系の部活に入ろうという話になり、入学直後にいくつかの部活を見学した。
そんな折、部活以外にもツワブキ高校についてのアレコレを教えてくれたのが、他でもない玉木先輩なのだ。
結局、俺たちは入部しなかったが、暇ならいつでも来ていいと優しく送り出してくれたことを憶えている。なんて爽やかでいい人なんだろうと、二人して関心したものだ。
ただ……入部しなかった理由の方にやや問題があり、俺たちはそろって文芸部にいい印象を持っていなかった。
見学中、俺たちは眼鏡をかけた女性の先輩に「入部しなくてもいいから、とりあえず『アンケート』に答えて欲しい」と言われ、サインを求められた。名前なら名簿にも書いたのになぁ、と思いつつ俺が名前を書こうとしたとき、康斗が紙は二重になっていることに気が付く。
てっきり二人分のアンケートが重なっていたのだろうと上の紙をぺらりとめくったのだが……なんということだろう。アンケート用紙の下から、入部届が出てきたのである。
しかもサインの記入欄は入部届の方。
そう、完全に詐欺の手口である。
これはヤバイということになり、俺たちは適当な理由を付けてアンケートにサインを書かず、逃げ切ったのだった。
玉木先輩の性格からしてそんな手段を取るとは思えないので、あの眼鏡さんの独断と考えるべきだが、文芸部=ヤバイ勧誘をする部活という認識が俺と康斗の中にあった。
事情を説明すると「なんじゃそりゃ!」と重浦先輩は大きな声で笑いだす。
「確かに玉木はやらんな。たぶん
「あの人、月之木先輩って言うんですね。知らなかったです」
「そういえばあの人は名乗ってなかったよな……。もしや意図的だろうか」
「副部長の月之木
先輩は思い出したように付け加える。
「ついでに三角関係の有無について聞いてきたらどうだ?」
「俺に聞けっていうんですか???」
「人の色恋沙汰ほど面白いネタもないだろう。取材だって創作の大事な過程だぞ、北見よ」
「うわー、悪趣味だなー」と康斗のヤジ。
「蘆吹も聞いてきたらどうだ。玉木はモテるだろうから、どうしたら意中の相手と付き合えますかって」
「それこそ僕じゃなくて祐一が聞くべきだと思いますよ」
「余計なお世話だ!」
それから数分。重浦先輩が連絡を取ってくれて、玉木先輩と会うことになった。どうにも文芸部は暇らしい。
先輩自身はなんか用事があるらしく、俺と康斗の二人だけで向かうのだが……正直不安だ。
「ああ、お前たち、文芸部に向かう前に伝えておくことがある。部員についてだ」
「部員って、玉木先輩と月之木先輩のことですよね?」
「あと二人いる。部活の最低人数は四人だからな」
まあ
「一人は一年生の女の子だ。なんといったかな、名前は思い出せんが、すごい人見知りだから刺激しないように。もう一人は良く知らん。幽霊部員らしい。こっちも一年生らしいから、案外お前たちの同級生かもしれないな」
「クラスにそんな奴いるか?」
「僕は聞いたことないなぁ」
クラスメイトの部活はだいたい把握していると自負しているが、該当者は思いつかない。
きっと別のクラスのやつだろう。
「っていうか、文芸部は見学者が多いイメージだったけど人数ギリなんすね」
「みんな僕たちみたいに逃げたんじゃない?」
「話は戻るが、部長の玉木慎太郎。こいつはな、実はHENTAI☆だ」
「「HENTAI☆!?」」
「そうだ。顔の良さと雰囲気の爽やかで許されているところがあるが、立派なHENTAI☆だ。いいか。もし文芸部で
「パイセンはなんでそれ知ってんですか??」という俺の冷静なツッコミには「聞かないでくれ」と短く返す。なんで知ってるんだよ。
「それで最後は月之木古都。コイツは腐ってる。BL好きの腐女子だ。蔵書の太宰に触れたら生きて帰れないと思った方がいい」
「へ? なんか話繋がって無くないですか」
「繋がってるんだな、これが」
「太宰の熱狂的な信者とか?」
「いやまあ……ある意味ではそうだ。とにかく、いいか、ちゃんと警告したからな。玉木と違って脅せないからマジで触れるんじゃないぞ」
「どういうこっちゃ」
「わ、わかりました」
俺と康斗はとりあえず答えた。意味は分からなかったけど。
いやほんと、どういうことなんだ?