勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その7 相変わらず50点

「紗由ちゃん部活がんばってるよね。先輩から聞いたよ、次代のエースだって!」

 

 校内に顔が広い八奈見は、女子テニス部にも知り合いがいるらしい。なんでも紗由の技量は女子テニス部の中でも頭一つ抜けているそうだ。

 紗由は中学からずっとテニスを続けているわけだし、その分上手いのは当然と言えば当然だが、強豪テニス部でエースと呼ばれる程だとは知らなかった。

 

「もう、別にエースなんかじゃないって。中学からやってただけだし」

「またまた、謙遜しちゃって~」

「褒めても何も出ないよ?」

「べっ、別に対価を貰おうなんて思ってないよ!」

「そう? ……でも嬉しいから杏菜ちゃんにはタコさんウィンナーを贈呈しちゃおうかな」

「やった!」

 

 八奈見はモフモフの髪を揺らしながら喜ぶと、自分の弁当箱を紗由の前へスライドさせる。

 

「そういえば北見君も……ええと、なんか頑張ってるよね。うん」

「なんか俺の方はザツくない??」

「そ、そんなことないよ! ちゃんと北見君のことを褒めてます。はい、よく頑張りました」

 

 そう言いながら、タコさんウィンナーが移籍した弁当箱を今度はすっと俺の前に寄せてくる。

 

「ええと、この弁当箱はなんですか」

「もう、皆まで言わないで」

「誰も何も言ってないですけど」

 

 え、なに。もしかして俺も寄贈しないといけない感じ? 

 新手のぼったくりバーかよ。ずるいぞ八奈見。自分が可愛いことを利用するなんて。

 

 モフモフ美少女は「何くれるんだろうな~」みたいな感じで笑みを浮かべている。

 

「ほら、せっかく褒めてくれたんだから何かあげなさいよ」

「言うほど褒められたかな、俺」

 

 渋っていると紗由に小突かれる。いやいや、これは強盗だろ。お弁当強盗だ。

 美少女に褒められて悪い気はしない。しないけど、紗由に比べて俺は大して褒められないし、対価に何か渡すほどじゃないだろう。

 でも、華恋さんに心の狭い男だと思われたくないし、八奈見に何かしら上納せざるを得ない。

 ぐぬぬ、仕方ないが、この煮卵を贈呈しよう。

 

「ありがと北見君!」

「おいしそうだね。私も祐一君のお弁当が気になってきちゃった」

 

 不意に華恋さんが俺の弁当を覗き込んでくる。

 

「華恋さんまで!?」

「祐一君のおすすめ、ひとくち貰ってもいい? あっ、もちろん交換だよ、交換」

「えっ、あ、その、それは……」

 

 かかか、華恋さんが俺の弁当を食べるだって? しかも交換!? それってつまり華恋さんのお昼ご飯を一口貰えるってこと!? 

 言葉が口から出ない。弁当箱上空で浮いたままの箸が止まり、かちかちと空を切る。

 いやもう、全部あげちゃいます。どうぞ好きなだけ取っていってください。

 

 黙り込んだ俺の顔を、華恋さんは一瞬だけ覗き込む。

 なんで固まったんだろう、と言う感じの顔で首をちょっとだけ傾げている。

 

「嫌だった?」

「違うよ! ええと、この角煮とかどうかな。一番おいしいよ」

「ちょいちょい! なんか私の時とレベルちがくないかな!? しかもすごい大きいし!」

 

 何故か抗議の声が聞こえてくるが無視を決め込む。

 君にはさっき煮卵をあげただろ。それで満足しておきなさい。

 

「北見が困ってるじゃないか。杏菜にはほら、照り焼きを一個やるから」

 

 すかさず助けに入ったのは袴田だった。俺でも惚れそうなぐらい自然なフォローだ。あと、流石に幼馴染の扱い方を分かっている。袴田の弁当の量が多めなのはつまりそういうことなのだろう。

 

「助かった。袴田には礼として、このかぼちゃをやろう」

「草介ずるい! 私もかぼちゃ食べたい!」

 

 八奈見は袴田の席まで身を乗り出して、俺から渡ったかぼちゃをどうにかして奪い取ろうとしていた。なんて食い意地なんだ。このモフモフ、俺たちから身ぐるみ剥ぐ気か……? 

 

「すごくおいしそうだけど、こんなに大きいの貰っちゃっていいの?」

 

 八奈見と袴田のわちゃわちゃを眺めていると、華恋さんが小さく呟く。

 

「お腹減っちゃわない?」

「大丈夫、大丈夫。ほら、食べちゃってよ」

 

 角煮を渡すと、すこし驚きながらも喜んでくれた。

 うちの角煮はうまいから、ぜひ食べて欲しい。

 

「んー。代わりに何をあげようかな。祐一君は食べたいのある?」

 

 今度は華恋さんの弁当箱が俺の前にやって来る。この前はサンドイッチだったが、今度は実に平凡で普通のお弁当だった。

 白米、卵焼き、紅鮭が中心で、ウィンナーなどの小さな総菜と、ブロッコリーにプチトマト、れんこんにきんぴらが入っている。シンプルだが彩りが豊かだ。

 

 さて、問題はどれを貰うか、だ。

 角煮の対価といえど、紅鮭を求めるのは流石にダメだろう。でも野菜は得意じゃないし……。

 

「この卵焼き貰ってもいいかな」

「もちろんだよ。はい、どうぞ! 二つあげるね!」

 

 華恋さんから貰った卵焼きは、形の綺麗なだし巻き卵だった。

 色のいい黄色で、形も綺麗。断面を見ても層がみっちりと詰まってる。

 すごいなこれ、お店で出てきてもおかしくないクオリティだ。

 

「綺麗でしょ。私、卵焼きは得意なの。でも味は好み分かれちゃうかも。ちょっと出汁が強めだから」

 

 へー。華恋さんは卵焼きが得意なのか。

 …………え!? もしやこれ華恋さんの手作り!? 

 

 なななななななな、なんて、なんてことだ! 

 

 おおおお、落ち着け、落ち着くんだ北見祐一。

 こういう時は素数を数えるんだ。1,3,7,11,13,17,19,21……あれ、1って素数だっけ。

 

「祐一君どうかした? もしかして、出汁が強いのは苦手だった? 別のでもいいんだよ?」

「へっ、あ、いや、なんでもない。むしろ嬉しいよ」

「ならよかった!」

 

 華恋さんは手をぱちんと合わせて笑みを浮かべる。

 

 まさか華恋さんの手料理を食べられるなんて。できるだけ味わって食べなければ……。

 

 華恋さんの卵焼きを箸で掴んでじっくり眺めていると、不意に隣から箸が伸びてくる。

 ぽろっと俺の弁当箱に何かが落ちてきた。焼き目のついた黄色い塊……卵焼きだ。

 

「あ、あのぉ、紗由さん? これは一体?」

「卵焼き。私の焼いた奴」

「みりゃ分かりますが」

「食べ比べ用」

「あっはい」

「ほー。卵焼きの順位を付けようってことだね。この勝負、私も乗った!」

 

 たぶん違いますよ、食いしん坊の八奈見さん。

 

「はい、じゃあこれ、交換ね」

 

 そう言って八奈見は俺の弁当箱に卵焼きを放り込む。

 なるほど、煮卵の対価と言う訳か。卵が卵になって帰って来たな。……なんて思っていると、八奈見は有無を言わさず角煮を略奪していった。

 

 えっ、あっ、そっち? 

 

「んー! この角煮おいしいね! ほら華恋ちゃんも食べなよ!」

「……」

 

 俺は呆然と弁当箱を見つめる。

 八奈見からもらった卵焼きは、他二つと違ってほんのり甘い匂いを漂わせていた。

 なんということだろう。角煮がきれいさっぱり消えて、全部卵焼きになっている。

 

 角煮と卵焼きではトレード率が違うと文句を言いたかったものの、既に華恋さんと交換している手前、何も言えない。俺は悲しみを抱えつつ──甘いやつ、しょっぱいやつ、そして出汁の効いたやつ──三者三様の卵焼きを食べる。

 感想は、全部おいしかった。他には特にない。だって、ぜんぶ卵焼きだし……。

 

 あ、でも、華恋さんの卵焼きは特段美味しかった気がする。たぶん。

 

     ◇

 

 放課後。屋上の風に当たっていると、少し遅れて紗由が現れた。

 今から始まるのは紗由曰く「デブリーフィング」であるらしい。よくわかんないけど、要するに反省会だ。お互いに部活が迫っているのでそれほど時間はないが、早めにやっておきたいらしい。

 

 反省会といっても、今日はうまく行ったと思う。ちゃんと会話できたし、華恋さんとお弁当の交換までした。なんなら、手料理まで食べたのだ。これを進捗と言わずに何と言えるだろう。

 

「時間もないから手早く済ませましょう」

 

 ラケットケースとジャージの入ったバッグを階段に残して、紗由が近づいてくる。

 

「単刀直入に聞くぞ。何点だ」

 

 ごくり。期待で喉が鳴る。

 見つめる先の紗由はため息交じりに答えた。

 

「五十点」

 

 ……あれ、前回と変わってない。

 

「おいおい。それは辛口がすぎるんじゃないか」

「どこがよ。アンタはほんっとに進歩しないわね。事前に『話しかけにいけ』って言わなかった?」

「ちゃんと話したぞ。隣で見てただろ」

「あのね、『話すこと』と『話しかけにいくこと』には琵琶湖と浜名湖ぐらい差があるのよ」

「どっちがいいんだ? 琵琶湖?」

「浜名湖に決まってるでしょ!」

「いててて!」

 

 よくわからん例えにきょとんとしていると、おもいっきり脇をつねられる。やべ、そういやコイツ浜松生まれだった……。

 でも、だとしても浜名湖が琵琶湖に勝てるわけない。日本で一番でかいんだぞ。大きいことはいいことだ。まあ()()()()()()紗由にはそれが分からんか──いってぇ! 

 

 そんなことを考えていたら、見透かされるように再びつねられる。

 

「つねるのやめて! ほんとに痛いから! まだケツキックの方がマシだから!」

「やめて欲しいなら浜名湖の偉大さを認めなさい。浜名湖isナンバーワン。はい復唱」

「浜名湖いずなんばーわん」

「よろしい」

 

 こほん、と紗由は咳払いして、主題を浜名湖から華恋さんに戻す。

 

「そもそも話せたのは華恋ちゃんが気を使ってくれたからでしょ。せっかく五人でいるのに、アンタは露骨にあの子にだけ話しかけてなかったし」

「そうか?」

「そうよ。はぁ……ポテンシャルはあるのに、なんでこうなるの。杏菜ちゃんとは普通に話せてるのに、華恋ちゃん相手になると点でダメなんだから。両方と話せないならまだ分かるけど、ああも態度が違うと関係が悪くなるわよ。もしかして嫌われるのかなって、勘違いしちゃうかも」

「そ、それは困る! すごく困る!」

「杏菜ちゃん、すごく可愛いし、男子人気もあるでしょ? あの子と話せるなら華恋ちゃんとだって話せるはずなのに」

 

 確かに八奈見が美少女であることは否定しないが、よく考えてみてほしい。

 ヒロイン的可愛らしさと、マスコット的可愛らしさ。かわいいにも二種類ある。

 八奈見はマスコット側だ。顔の良さではなく、あのゆるふわっとした雰囲気がそうさせるのだ。

 

「八奈見と華恋さんはぜんぜん違うからな」

 

 俺は、華恋さんのサラサラの髪を撫でてみたい。そして、八奈見のモフモフとした髪をもしゃもしゃっとしてみたい。

 同じ女性の髪に触れるという行為であるが、その二つの行為がイコールで結ばれることはない。

 だって、前者なら甘酸っぱい男女の睦み合いだけど、後者はむしろ動物ふれあいコーナーに近いのだ。正直に言って、俺は八奈見を大型犬の類だと思っている。だって、モフモフで、かわいくて、ご飯をあげたら喜ぶ──ほら、おおむね大型犬じゃないか。

 

「杏菜ちゃんのことを何だと思ってんのよ……」

「そもそも煮卵と角煮を略奪するような奴だ。顔が良くたって華恋さんと同列には扱えない」

「もしかして根に持ってる?」

 

 べ、別にもってねーし。角煮食い損ねたとか思ってねーし。 

 

「とにかく、今日は五十点だから反省するように。あと杏菜ちゃんをもっとリスペクトすること」

「ちゃんと頑張ったのになぁ」

「素直に『はい』って言え。反省しろ」

「はい」

「よろしい。そもそも、アンタって自分の一番悪いところに気が付いてるのかしら」

「そりゃもちろん」

「言ってみてよ」

 

 紗由は腕を組みながら訝し気な表情で見つめてくる。

 ええと、まず、アレだろ。それと、コレもあるな。ああ、アレもある。加えて、アレと、コレと、ソレと……。

 

「あっダメだ。欠点が多すぎて一番が決められん」

「言ってて情けなくならないの?」

「なってるけど」

「だったら全部直しなさいよ」

「善処します」

「言うは易く行うは難し……ね。まあ、そうすぐに直るとは思ってないけど」

 

 呆れるようにそれだけ言うと、紗由はラケットケースを肩にかけて屋上から去っていった。

 

 善処します、なんて言ったはいいものの、どこから直すべきだろうか。

 いやもちろん大事な部分は分かっている。

 華恋さんに対してもっとフランクに話すべきだと思うし、話題を振るとかもっと積極的に会話を広げていくべきだと思う。友達として距離を縮めて、恋仲に発展させていくべきなんだ。

 

 でも頭では理解しているけれど、いざ本人を目の前にすると途端に出来なくなってしまう。袴田とか八奈見相手なら自然に出てくるのに、華恋さん相手だと中々出てこない……。

 

 だって正面から華恋さんに向き合うと恥ずかしいし、距離感をミスって嫌われたくないし。

 

「華恋さんの前だと緊張しちゃうんよな。まずは華恋さんにフランクに話しかけるところから始めてみようかな。いっそ自然な感じで呼び捨てにして、それで勢いを作るのもアリか」 

「うんうん。それ、すごくいいと思うよ」

「やっぱりそうか」

「今の口調ってなんだか硬いし、もっとラフでいいと思うな。祐一君って、私に対して丁寧すぎるところあるし」

 

 なるほど、なるほど。やっぱり華恋さんもそう思って──え? 

 

「華恋さん!?」

「ふふっ、やっと気づいた。びっくりした?」

 

 慌てて振り返ると、扉の影から桃色の美少女がぴょこっと現れる。

 

「校舎の屋上に出られるなんて知らなかった。ここ、風が気持ちいいね」

「あぁ、うん。いい場所だよね。でもその……ここに入ってることは内緒にしておいてほしいな。本当は入っちゃダメなんだ」

「大丈夫、秘密はちゃんと守るから。ところで、そんな秘密の場所で紗由ちゃんと何してたの?」

「別に、ちょっと話してただけだよ」

「ふーん。会話の為だけにこんなところまで来て密会するなんて怪しいなぁ。もしや、他人(ひと)には言えないコトでもしてたのかな」

「いやっ、別にそんなんじゃなくてですね……」

 

 どう弁解したものかと焦っていると、華恋さんはくすりと笑った。

 

「うそうそ、冗談。実は少しだけ聞こえてたの。私も思ってたんだ、祐一君って私の前だと丁寧すぎるというか、他人行儀だよね。嫌われてるとは思わないけど、現状はちょっと寂しいかな」

「それは……ごめん」

「私は祐一君と自然にお話がしたいワケなんです。そして君も同じことを思っている。だったら、やるべきことは一つだよね」

 

 気まずくなって俯きながら頭をかいていると、俺の不安を飛ばすように明るい気配が正面からぐいっと近づいてくるのが分かった。顔を上げると、目の前に華恋さんの顔が広がる。前かがみのポーズで、どこか意味深な笑みを浮かべていた。

 

「私と一緒に練習……しよ?」

 

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