COIN ーCOunter-INsurgencyー /PROTOTYPE   作:シーウィード

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1. Blut und Eisen
COIN/ Blut und Eisen #1


 現下の大問題の解決は、演説や多数決によってではなく──これは一八四八年と一八四九年の大きな欠陥であった──鉄と血によってなされるのだ。

──オットー・フォン・ビスマルク

 

【1. Blut und Eisen】

 第一部 白昼の強襲

 

 〈1〉

 中型汎用ヘリコプターUH-60ブラックホークのターボシャフトエンジンが耳を聾する甲高い唸りを上げる。高速で回転するローターブレードが空気を叩き、バタバタとブレードスラップ音を奏でる。旧イラク中央部に存在するアル・タカダム空軍基地の簡易飛行場には、燃料を喰らうヘリコプターたちの合唱が響き渡っていた。

 アルベルト・オースティン二等軍曹は機関銃手二人の座席の間で、胸に膝がつくほど縮こまっていた。砂色の戦闘服の上からケヴラーのヘルメットとベストを着け、ゴーグルと革の手袋をはめ、持てる限りありったけの弾倉と手榴弾を括り付け、そして自動小銃──M4A1カービンを抱いていた。普段のようにTシャツと短パンという格好であれば、彼は痩せ気味で長身の、ただの青年である。しかし何重にも、着膨れするほどに装備をつけているせいで、まるでロボットのような、恐ろしい姿に見える。それはオースティンだけではない。ドアを開け放ったキャビンの縁に座りぶらぶらと脚を揺らす彼らも、兵員を詰め込むために取り払われた機内後方の座席の代わりに弾薬箱に座る彼らも、皆が同じ格好をしていた。総勢一二名から成る積載班(チョーク)である。

 彼らのことをオースティンはよく知っている。とりわけ古株の連中、二五歳で二等軍曹となった自分と同年輩の者たちは。若さゆえの無鉄砲で冒険に憧れ、高校を卒業してすぐに陸軍の募集案内所の扉を叩いて以来の付き合いである。泥にまみれて有刺鉄線の下を這い、闇夜の山中で眠り、恐れ知らずの大馬鹿者さえ足が竦むほどの高さから飛び降りた。数え切れない退屈な時間を共に過ごし、恋人のことや恋人をいないことをからかい合い、基地を抜け出してバーで潰れた戦友を密かに回収し──世の大概の兄弟よりもずっと、互いのことをよく知っている。血の繋がりなど些細な問題である。彼らは兄弟だった。

 オースティンのチョーク4は、国連停戦監視軍(INU-PKF)隷下のレンジャー部隊で編成された空挺強襲部隊の一部として、ラマーディーで行われる部族の指導者たちの集会へと、招かれざる客として白昼堂々乗り込もうとしているところであった。第一階層(レイヤー・ワン)、すなわち超大物とされる者どもを一網打尽にする絶好の機会である。彼らを悩ませる武装勢力の殉教旅団、その幹部までもが参加しているとされている。成功すれば、旧イラク地域におけるPKFの活動としては類を見ない大戦果だ。建物の襲撃は特殊作戦コマンドの部隊が行う。ヘリコプターおよび車輌で展開するレンジャー部隊には、その襲撃を支援するという役割があった。

 年若い二等軍曹は班を指揮するのはこれが初めてであった。不幸なことに、二人の先任はそれぞれ事情があって帰国を余儀なくされたのである。これまで何度か行われた作戦では近いところでその仕事をよく見ていたとはいえ、いざ実際に指揮を執るとなると、のしかかるものがある。

 しかし、この作戦におけるチョーク4の動きは単純明快だ。複雑なことはない。レンジャーの四個チョーク班が攻撃目標(ターゲット)の存在する街区の四隅に降り立ち、それぞれを確保、封鎖陣地を構築する。オースティンの班は攻撃目標から最も遠い北西の角に降りる。着地次第、チョーク班は散開し、まるでヤマアラシのようにあらゆる方向を警戒する。封鎖陣地といっても大したものではなく、軽機関銃や自動小銃と兵士による、簡易的なものだ。そうして四隅をレンジャー部隊が固めている間に、コマンド部隊が建物を制圧、指導者たちを捕まえるか殺すかするのだ。捕虜や死体、資料を車輌に詰め込み、最後にレンジャーたちを回収して撤退する。敵地のど真ん中だ。兎にも角にもスピード重視の電撃戦となる。

 車列を吹き飛ばして要人を逮捕する最中に、でたらめな射撃に撃ち返すだけの今までとは違う、本物の戦闘、本物の戦争になる。緊張がないわけではない。恐怖がないわけでもない。しかし、この日のために訓練を積んできたのだ。恐怖と裏腹に、過酷な訓練によって磨き上げたその技能を発揮する瞬間を心待ちにもしていた。

 オースティンはちらりと腕時計を見た。三〇分はこうして待機している。ブリーフィングでは超大物どもを一掃する機会だと言っていたのに、これでは集会が終わって逃してしまうのではないか! 

 多くの場合、こうなってくると直前になって作戦が中止される。司令部は不確実性を排除するためだと言っているが、十回に一回、実行に漕ぎ着けばいい方である。他の九回、あるいは十回は、装備を身につけ、脳が茹で上がるような日差しを浴びてだらだらと汗をかき、そして中止が宣言されて格納庫に帰る。

 オースティンらには知る由もないが、現地協力者の質が原因であった。ラマーディー攻略にあたって苦心の末に手に入れた協力者は、部隊が本格的に動く直前、バーのロシアン・ルーレットで一発目にして見事に六分の一を引いた。ストレスに曝される生活が長く続くと、人は男らしさを誇示するためにこういった馬鹿げたことをやる。床に脳をぶち撒けた男は死んだらしかった。司令部は慌てて代役を探したが、当初の協力者ほど大物に近付けるものは見つからず、結果として二束三文の端金で民間人を雇うに留まった。これが酷いものだった。根も葉もない噂をさも真実かのように伝えてくるのである。勇んで踏み入って、ただの民家であったことも少なくない。何度目かの空振りの後、基地司令、ジョン・マッカーシー大佐は言った。奴らは何故こうも口から出任せに言えるんだ? 

 司令部はひどく慎重になっていた。偵察機を介してこちらで見たものと、協力者からの情報が一致した時にのみ作戦を実行する。そういった具合である。いくら現場から不満の声が上がるとしても、よしんば好機を逃すことになったとしても、いたずらに部隊を送り込んで不要な危険に晒すよりずっといいと、マッカーシーを始めとした司令部は考えている。事実、二週間ほど前にはパトロールの車輛隊が周到な待ち伏せ攻撃を受け、殲滅されていた。車輛はひとつ残らず爆発炎上、生存者はゼロである。敵地への空挺強襲など、一体パトロールの何倍のリスクを負うというのだろうか。

 暑いな、とオースティンは呟くと、ヘルメットをずらして、額の汗をグローブで拭った。今回もまた中止になるのではと、誰もが考えていた。

 無敵の兵士と戦闘機械が、出発の暗号──テミスを待っている。正義の女神の名が呼ばれるのを待っている。小型攻撃強襲ヘリコプターAH-6キラーエッグには七連装の七〇ミリロケットポッドとミニガンが左右に一基ずつ搭載されていた。まるで卵にメインローターとテールローターを生やしたような機体が騎兵隊の先陣を切る。そして部隊を乗せた小型汎用ヘリコプターMH-6リトルバードと、ブラックホークがそれに続く。キラーエッグがその火力をもって地上を掃討したのち、コマンド部隊とレンジャー部隊がそこに降り立つ。

 正面ゲート脇で列をなして待機している車輌隊は、ヘリコプター部隊を追いかけるようにしてラマーディーへ向かう。市街地までは事前に安全を確保したルートであり、その上、攻撃目標の街区付近までは大きな道路が通っている。多少の妨害があったとしても、三輌のトラックと六輌の高機動装輪装甲車の合計九輌からなる車輌隊は、少なくともコマンド部隊が捕虜を予定のポイントに集めるまでには到着する予定だ。

 空挺部隊だけで六〇名を超える大部隊である。車輌隊にヘリコプターのパイロット、戦闘区域の上空を巡回する戦域管制官、緊急事態に備えて待機している民間軍事会社の緊急即応部隊(QRF)やPKFの戦闘攻撃機隊まで含めると、規模は数倍以上にも膨れ上がる。

 辺りに蔓延していた諦観を裏切るように、作戦開始の兆候が幾つも見られた。重そうな箱を運んできては、キラーエッグのロケットポッドにロケット弾が装填される。タスクフォース指揮官、つまりマッカーシーが部隊を見送るために現れた。これまで一度もなかったことだ。第三次世界大戦を戦い抜いた歴戦の猛者、長身のがっしりとした大佐は、サングラスをかけ、火の点いてない葉巻を口の端に咥え、ヘリコプターを一機ずつ見て回り、車輛隊の一台一台に顔を突っ込んで回る。

 マッカーシーはキャビンの縁に座る男の肩を叩いた。

「幸運を祈る」

 次のトラックに歩を進める。

神のご加護を(ゴッドスピード)

 装甲を貼り付けられたドアを拳で小突いた。

「気をつけていけよ」

 回転するターボシャフトエンジンがいっそう高くなり、地面を震わせ、土埃を吹き飛ばす。防弾装備の下で兵士たちは心臓を高鳴らせる。弾倉と手榴弾を棘のように纏い、自動火器の鋼鉄の部分を握り締める。恐怖と興奮の混ざった感情のカクテルに酩酊する。彼らはこれから、巨大な暴力装置の歯車の一つとして敵地の真っ只中に降り立ち、秩序に歯向かう者共の首を切り落とすのだ。我らの前に立ちふさがる者全てに災いあれ! 誰かがそう叫んだ。

 聖マリア、神の母よ。今も、死するときも、我ら罪人のために祈り給え。

 武器と装備を念入りに確かめる。着込んだボディーアーマーに親の仇かのように貼り付けられたポーチのベルクロを引っぺがし、一つ一つ、弾倉や手榴弾が収まっていることを確かめる。頭の中でチェックリストの確認を終え、作戦手順と目標周辺の地図を描く。いつ、どう動けばいい。それを神経細胞に焼き付くほどに反復する。オースティンは幾年か振りに祈った。──戦闘に備えて、覚悟を固めるために。

 攻撃目標はアンバール州環境局として使われていた建物である。ユーフラテス川の一部をラマーディー南東のハバニヤー湖へと導く分岐点付近に位置するこれら旧イラク政府機関の庁舎は、今となっては反乱勢力の拠点として利用されていた。第三次世界大戦の激戦の痕跡が色濃く残る地域でもある。道路こそ瓦礫が撤去されていても、建物が崩れたまま放置されているところも珍しくない。敵地の真っ只中もいいところである。激戦は不可避となるだろう。だが望むところだ。まったく平気で、むしろ喜ばしいとさえ思っている。彼らは捕食者である。武装をこれでもかと纏った忠勇無双の戦士、立ち塞がる全てを粉砕する無敵の兵士である。

 ──タスクフォース全機へ、テミス、テミス、テミス。

「ローパー34、テミス了解」

 チョーク4を乗せたブラックホーク、ローパー34の機長エドワード・ジョンソンは至って平静に、しかし喜びを隠しきれない声音で無線へと返した。作戦は決行された。司令部はその厳しい基準を満たしたと判断した。二ヶ月以上もダラダラと待たされたが、ようやくだ。オースティンは銃を抱きしめた。

 ──バーバー11、離陸(テイクオフ)

 キラーエッグ隊の一番機が離陸したのを皮切りに、部隊は進発した。キラーエッグが飛び立ち、それにリトルバード、ブラックホークが続く。ヘリコプター隊はハバニヤー湖にほど近い飛行場を発ち、高度を上げ、吹き抜けるような青空に包まれる。白く輝く砂漠の上を低空飛行すれば、第三次世界大戦時の残骸が砂に埋もれて眠っているのが見えた。彼らは既に朽ちていた。車輛隊もエンジンの唸りをいっそう高くし、土煙を巻き上げて正面ゲートから飛び出していった。

 高度を上げるごとに地平線はより遠くなる。世界が広がる。地上からは決して見えない景色である。ジョンソンはこの景色が好きだった。操縦桿を握り、鋼鉄の巨体を操っている間は、自由になった気がするのだ。

 ラマーディーまでは、約一〇分のフライトである。

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