COIN ーCOunter-INsurgencyー /PROTOTYPE   作:シーウィード

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COIN/ Blut und Eisen #2

 〈2〉

 靄のかかった砂漠の地平線の向こうには、昼下がりの陽光を浴びるラマーディーが、まるでカメラの絞りを開いたかのように眩しく、輝いて見えた。

 イラクの首都バグダードから西に約一一〇キロの位置、その中心部をユーフラテス川が通るラマーディーは交通や民族の要衝であり、その戦略的重要性から、幾度となくこの都市を巡る攻防が繰り広げられてきた。市街の外、南東方向には広大な農地が広がっている。堰堤によってユーフラテス川の水をハバニヤー湖へと引き込み、その水を灌漑農業に利用しているのだ。不毛の地というイメージとはかけ離れた、青々とした作物の生る大地の上を、タスクフォースのヘリコプター部隊は通過していく。

 やがて密集した編隊は市街上空へと入った。見下ろしたラマーディーは、あたかも都市全体が致死性の疾病に罹って壊滅したかのようだった。黄土色の砂地の通りと錆びたトタン屋根に、崩落した日干し煉瓦の建物。あばたのように穿たれた爆撃や砲撃の痕跡は、第三次世界大戦の時のものだ。

 チョーク3、ローパー33に乗るロン・レイランド三等軍曹は、辺りを見回してみた。空き地という空き地に、ぼろきれやトタン板で拵えたみずぼらしい小屋が乱立している。作戦区域だけではない。川の対岸にも、どこを見ても、そういった小屋が立っている。スラムという言葉を辞書から引っ張り出せばこうもなるだろうか。上空から見ると、それはまるで都市の壊死している部分のようだった。

 ここは秩序の無人地帯だ。だからこそ俺たちが来たんだ。再び秩序を与えるために。──いつぞやのパトロール飛行でそう言われたことを、レイランドはまだ覚えていた。

 

 フライトは一〇分より少し短いくらいだった。その間、ローパー34に乗る積載班長のオースティンは、天井のプラグに黒の長いコードの先端が挿さったヘッドフォンで、指揮通信網(コマンド・ネット)で使用されているほぼ全ての無線を聞くことができた。絶え間なく空電雑音が響いては、空挺強襲開始の準備をする部隊の報告の声が、渾然とオースティンの耳に入ってくる。ヘリコプター部隊はもちろんのこと、車輌隊の指揮官たちと、そして作戦本部のマッカーシーとを繋ぐ、電波の網である。作戦中は電子戦仕様のブラックホークが作戦区域全体とその周辺を妨害電波で覆い、タスクフォースが使う以外の周波数は一切が妨害される。つまり電話やインターネットは使えなくなる。携帯電話を利用して作られた即席爆発装置(IED)や、手榴弾を載せたドローンの類も同様だ。

 戦争は兵器と兵隊だけで繰り広げられるわけではない。兵站という単語には無数に細分化できる要素を含む。物資を運び、兵器を整備し、情報を集め、兵隊を送り込む──前線を支えるための土台は表には出てこない。だが、確かに存在する。今も、情報を抱えた電波は絶えず彼らの頭上を行き交っている。戦闘とはまさしく巨大な氷山の一角なのだ。オースティンはそのことを実体として感じていた。

 

 ブラックホーク隊が高度を下げて最終進入態勢を取るころには、先鋒を務めるキラーエッグ隊は、既に攻撃目標の目前まで迫っていた。とはいえ、まだ任務を中止する余裕はある。油断はできなかった。

 一度高度を上げ、猛然と急降下するバーバー11は、気泡型風防越しに地面を注視した。

 ──バーバー11から作戦本部(HQ)へ、着陸地点(LZ)に敵を視認。どうぞ? 

 AKらしき自動小銃を抱え、こちらを指差す男たちの頭上を飛びながら、バーバー11は言った。

 ──掃討しろ。全部隊、バベル、バベル、バベル。

 ──バーバー11、バベル了解。交信終了(アウト)

 作戦本部とバーバー11に続き、各機がそれぞれ『バベル』と復唱する。空挺強襲開始の暗号である。始まったと、オースティンの小さな呟きは、ヘリコプターの騒音に掻き消された。

 ──全部隊、バベル。

 午後三時四三分、タカダム空軍基地の一室に集った指揮官たちは、寿命が少しばかり怪しい蛍光灯と、いくつかのテレビモニターが設置された部屋の中で、上空を旋回する指揮統制(C2)のブラックホークが捉えた映像を見ていた。アンバール州環境局の建物の横には、ルーフにダクトテープで大きなバツ印をつけた自動車が止まっている。現地協力者が目印に止めたものだ。

 キラーエッグの一機が銃口を地面に向けてミニガンを発射した。瞬く間に周囲が土煙に包まれる。ロケットポッドから伸びた一筋の白煙がピックアップトラックに突き刺さり、荷台に搭載された重機関銃ごと破壊する。同時に、撒き散らされた破片が周囲にいた男たちを瞬時に引き裂く。──あの巻き上がる土煙の中では、そういったプロセスが起こっているはずだ。画面外へと消えたバーバー14を見ながら、特殊作戦コマンド指揮官、ケネス・シェパード中佐は想像した。

 映像には匂いが無い。様々なものが入り混じった形容し難いあの匂いが、硝煙の鼻をつく匂いが、戦場の匂いが。現実味が無い。僅か数十キロ先で起こっているというのに、戦争が遠い話のように見えて仕方ないのだ。それが嫌いだった。数え切れないほどの人々が飢える世界の裏側では、食べ切れないハンバーガーをゴミ箱に放る人間がいる。そして彼方と此方はそう遠いものではない。だが、ここ(HQ)ではそのことを忘れてしまいそうになる。不快感が無いという、それそのものが不快なのかもしれなかった。

 雨のように降り注ぐ七・六二ミリ弾を浴びた肉体が弾け、そして千切れる。屋上に立っていた狙撃手がロケット弾で木っ端微塵にされる。下手なスナッフ・フィルムも真っ青の蹂躙は、しかし、土煙の向こうだ。あるいはそれでよかったのかもしれないが。

 シェパードはちらりとマッカーシーの方を盗み見た。モニターに釘付けの目からは、何も読み取れなかった。シェパードはそっと視線を画面に戻した。

 ──LZクリア。

 バーバー11の宣言の直後に、攻撃目標の北西側、塀に囲まれた中庭へとリトルバードが滑り込んできた。ダウンウォッシュが巻き上げた土煙が遅い昼の陽光を浴びて煌めく。リトルバードの機体側面に設置されたベンチの上で、突入班の指揮官、ダニエル・グロス大尉は、地面との距離を測ろうとしていた。

 リトルバードがぎりぎりまで高度を下げたと見ると、グロスは大胆にもシートベルトを外し、そのまま土煙の中へと飛び降りた。高さは一メートルも無かった。地面は硬かったが、下半身を使って衝撃をいなす。一機あたり四名、計八名の突入班が中庭へと降り立った。役目を終えたリトルバードの、騒々しい羽音がすぐさま遠ざかっていく。ふと見遣った建物の南東の空には、ブラックホークの巨体が空中で静止し、ロープを地面へと垂らしていた。それに人影が飛び付いては滑り降りていく。正面からのエントリーを担当する班だ。攻撃目標の周囲にはコマンド部隊を輸送した一機と、外周を封鎖するレンジャー部隊を乗せた四機、のべ五機ものブラックホークが展開していた。

 突入班は密集陣形のまま周囲を警戒しつつ移動、攻撃目標の壁に取り付いた。

「トム、いけるか」

「もちろん。爆薬を貼っつけてドカン、一丁上がりだ」

「よぅし、やれ」

 壁を叩きながら答えたトム・サンダースは、数本の導爆線をダクトテープで包んだ手製のリニア・チャージと、固定用のダクトテープを、ショルダーバッグから取り出した。手際よくテープを千切ってはリニア・チャージを壁に貼り付けていく。一人分が通れる程度の長方形を作り、その一端に起爆装置と繋がった信管をねじ込んで、サンダースは親指を立てた。準備完了の合図である。

 突入班は二つに分かれると、リニア・チャージを挟んで向かい合って壁際に並んだ。グロスはスリングベルトで首から下げた自動小銃の薬室に銃弾を送り込んだ。セレクターを二点バーストに入れ、最後尾から全員の準備が終わったことを確かめると、サンダースの肩を掴んだ。合図は先頭へと伝播し、ポイントマンのウィリー・フォードが手を挙げる。

「ファイヤーインザホール」

 宣言し、サンダースは起爆装置のレバーを握り込んだ。電気信号を受け取った信管が小爆発を起こし、被膜で覆われたプラスチック爆薬が目覚める。切っても焼いても爆発しないこの爆薬は、ただ爆発のみによって目覚めるのだ。橙色の閃光を伴う爆発がリニア・チャージに沿って壁を穿つ。

「フラッシュ、アウト!」

 かくして開通した新たな通用口に、フォードが閃光手榴弾を投げ込んだ。数秒の遅延の後、空気を震わす轟音が鳴り響き、その直後に突入班は雪崩れ込む。肝心なのは混乱を突くことである。閃光と轟音で感覚を撹乱されると、人はどうしていいか分からなくなる。その場でうずくまるか、立ち尽くすか、あるいは部屋の隅に逃げるか。だがそれは長くは続かない。現代の自動小銃は一秒で十発以上も銃弾を吐き出せる上、照準器の使い方を知らないような素人でも、室内戦では撃てば当たってしまう。だからこそ撃たせない。それが鉄則である。

 フォードは入って左手の壁際、すなわち彼に割り当てられていた警戒方向に、地面にうずくまる男を見た。閃光手榴弾の至近炸裂を喰らったらしき男のそばには、ストックが折りたたまれたまま放り出されたクリンコフ。フォードはその背中にレーザー照準を据えて引き鉄を引いた。高音域を掻き消されたくぐもった破裂音が迸る。僅か〇・一秒間で放たれた二発の弾丸が飛び込み、縦やら横やらに回転しながら、体組織を引き裂いて飛び出す。二度も引き鉄を引けば、男は既に息絶えていた。

 オフィスルームとして使われていたのであろうこの部屋は、今は殉教旅団の戦闘員や傭兵の休憩スペースとなっているようだった。閃光手榴弾に感覚を狂わされた彼らには、まるで致死性の猛毒の如く侵入する突入班に抗う術などない。

 撃ち合いではない、ただ一方的に撃つだけの、戦いとすら呼べない戦い。しかしそれは理想的と言ってよかった。突入班は瞬く間に部屋を掌握した。時間にして十秒、いや五秒も使ったであろうか。

「オフィス、クリア」

「エントランスに向かう」

 オフィスからエントランスへは、一度廊下に出る必要がある。建物正面に降りた班とエントランスで合流し、その後に階段を使って上へと進み、最上階の会議室にいるとされる超大物を捕縛する。

 悠長に全ての部屋を制圧する余裕は無い。ここは敵地の真っ只中であり、敵の増援だって到着は早い。一分長引くごとに、リスクは指数関数的に増加すると考えるべきだ。一九九三年のソマリアなどいい例である。いかに高度で過酷な訓練を受けた兵士と言えど、何倍もの数の民兵に囲まれればひとたまりもない。故に、多少のリスクは許容し、通路とその付近のみを押さえるという作戦が取られた。

 仮に、想定外に強固な抵抗で作戦が長引き、敵の増援に囲まれたとしても、タカダム空軍基地にはQRFや戦闘攻撃機隊が待機している。とはいえ、そちらに関しては()()()()は使いたくなさそうだ、というのがグロスの所感だった。近接航空支援(CAS)に消極的な理由はおおかた巻き添え被害を考慮してのものだろう。だが、QRFの殆どを占めるPMCはG9の一部だ。勢力圏の拡大を目的に、九つの企業グループが水面下で勢力争いを繰り広げる──企業冷戦の尖兵だ。

 戦争は政治の一形態である。味方同士でもだ。INUとしてはG9に借りを作りたくないというのが本音で、いざとなれば躊躇いなく投入するだろうが、グロスも使わせるつもりは毛頭なかった。

 グロスは腕時計を見た。おおむね事前の予定通りの時間だ。

「手早く、だが焦らずやれよ」

 フォードはドアノブに手を伸ばし、扉から射線が通る、俗に死の漏斗(フェイタル・ファンネル)と呼ばれるエリアの外からドアを開けた。サンダースと交差するように、部屋の中から見える範囲に慎重に銃口を巡らせ、敵が見えないことを確かめた後、死角たるハードコーナーを潰すべく踏み入る。

 表の方から聞こえる銃声のほとんどは、おそらくこちら側のものだろう。そのほとんどが銃口に減音器をねじ込んだ時の銃声だ。

 角から飛び出してきて、そしてこちらを見て慌ててAKを構えようとした男の頭へと非変形性偏心空洞(NDEC)弾を叩き込みながら、サンダースは考えた。着弾後に倒弾を起こすべく、薬莢長を短縮し初速を抑え、さらに弾頭の質量分布が非対称となっているこの弾丸は、男の脳をめちゃくちゃに掻き回し、後頭部に赤子の拳ほどの穴を穿って飛び出していった。まるでマリオネットの糸を鋏でいっぺんに切ったように男の身体は頽れる。

 銃声の数が減りつつあるのを聞いて、グロスは携帯型無線で問いかけた。

「1-1より5-1、状況を報告しろ」

 ──こちら5-1、エントランスは押さえましたが、一人奥に。

「一人だけか」

 ──ええ。そのはずです。

「なら、こちらで排除した」

 そこでグロスは腕時計を見た。予定より早く一階を掌握した。増援のリスクも考えれば、作戦の進行は早ければ早い方がいい。のんびりやる道理はないのだ。合流を待たせるより、こちらが追いついた方が早く終わるだろうと考える。

「3から5は目標の部屋まで進め。合流は待たなくていい。こちらが追いつく」

 ──了解。

通信終了(アウト)

 グロスは樹脂製弾倉の透明な部分を覗いた。そこからは金色の輝きが覗く。それら一つ一つが、敵を確実に撃ち殺すための殺意と英知の結晶である。これだけ残っていればあと五人は撃ち殺せるだろう。

 リロードはまだ必要ないか、と呟き、グロスは先行する班を援護するべくエントランスへと出向いた。

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