COIN ーCOunter-INsurgencyー /PROTOTYPE   作:シーウィード

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COIN/ Blut und Eisen #3

 〈3〉

 攻撃目標の街区の北西にて空中静止(ホバリング)するブラックホーク、ローパー34の機内から太いロープが蹴り落とされた。ダウンウォッシュに巻き上げられた土煙を貫いて地面に着き、その端がとぐろを巻いている。黒いナイロン製のロープに最初に取り付いたのは、チョーク4の中でも最年長のジョーダン・ガルシアだった。チョーク4の面々にとっては頼れる兄貴分といった存在だ。カービンを背中に回し、分厚い革の手袋と半長靴で摩擦を自在に操りロープを滑り降りていくその様子は、まさにお手本である。ラペリング降下と違い、ハーネスやカラビナといった装具を使わず、手足のみを使ってロープを滑り降りるファストロープ降下は、いわゆる精鋭部隊にとっては基本技能となっている。

 地面に足をつけ次第、ガルシアは即座に離脱。後続とぶつからないためである。オースティンは一度だけ離脱が遅れたことがあったが、その時は装備含めて一〇〇キロ近い男の尻の下敷きになった上に、舌を強かに噛んだ。

「いくら軽機関銃(そいつ)が重いからって飛び降りるなよ」

「馬鹿言え!」

 軽口を交えながら、チョーク4は次々に降下していく。それを機内から見守りながら、最後に降下することになっていたオースティンはヘッドフォンを外して床に放った。エンジンの唸りのせいで、一瞬耳が遠くなる。ヘッドフォンをつけると知っていたから耳栓は持ってきていなかった。

 逸る気持ちを抑えつつ、防弾ヘルメットを被り、顎紐を締め、ゴーグルを下ろす。一連の動作が終わったのは、チョーク4の全員が行った後だった。

「行ってこい、坊主」

 機長のジョンソンに、オースティンはただ親指を立てて応える。カービンをスリングベルトで背中に回し、手袋を確かめ、ロープをしっかりと掴む。ふと見遣った攻撃目標の中庭では、壁際でコマンド部隊の突入班が何やら作業をしていたが、それを眺める時間はなかった。オースティンはキャビンの縁を蹴って空中へと躍り出た。途端に重力の見えざる手が絡みつき、地上へと叩きつけようとしてくる。それにロープを掴む手足の摩擦で抗う。まともに落下すればただでは済まない高さだ。

 下を見て初めて、オースティンはその高さを思い知った。ジョンソンが正しい高度に保っているなら、地面までは二五メートルほどのはずだ。訓練でやったより少し長いくらいだ、と考えていたのだが、僅か数メートルの違いがずっと大きく感じられる。

 これまでの訓練のどれよりも速く滑り降りている気がした。厚い革の手袋越しに摩擦熱を感じ、まるで手袋が焼けて手のひらが露出しているかのようだ。普段の倍の時間がかかっているようにも感じた。今の自分はまったくの無防備であることに気付き、撃たれればひとたまりもないと、オースティンは思ってしまった。土煙を透かして砂色の地面が近づくなり、足を突き出して大地を踏み締める。母なる大地の安定感と、撃たれなかったことへの安堵を噛み締める暇もなく、オースティンは仲間たちが並んでいる壁へと駆け出した。ブラックホークはすぐさま離脱せねばならない。切り離されたロープがくねりながら落ちてきて、歩道に横たわる。

「上手かったぜ、アル」

 背中を叩くガルシアに、オースティンはこくこくと頷きながら手のひらを見た。革の手袋は焼き切れていないし、手のひらは無事だ。安堵の息を吐きつつ、T字のチャージングハンドルを引いてカービンの薬室に初弾を送り込んだ。

 ブラックホークが去っていく。土煙が落ち着き、エンジンの騒音が失せて、束の間の静寂が訪れた。オースティンは周囲を見回して、ヘルメットで覆われた頭の数を一つ一つ数え、自分の指揮する積載班が誰一人欠けていないことを確かめる。

「封鎖陣地を構築しろ! 何があっても撤収までは封鎖線を維持するんだ!」

 オースティンが叫んだ時、攻撃目標の方からなにやら爆発音がした。予定通りに進んでいるのなら、コマンド部隊の突入班が壁を吹き飛ばし、新たな入り口を開けているはずだった。

 壁を吹き飛ばし、閃光弾を投げ込み、よく訓練された精鋭たちが雪崩れ込む。敵はまったく抵抗できないままに、一方的に撃ち殺されていく。それはまるでハリウッド映画の一幕のような光景だろう。そう思った瞬間に、オースティンの耳はまるで乾いた木の枝をへし折ったかのような音を聞いた。

 初めの数発までは、オースティンは遠くからの銃声だろうと考え、他の角ではもう戦闘が始まっているのかと、悠長にもそう信じ込んでいた。しかし同時に、何かがものすごい速さで通過する音も聞こえる。オースティンはふと通りの奥を見た。遅い昼の強い日差しの下、人影が飛び出してきては、ぴょこぴょこと飛び跳ねながら何かを突き出している。次の瞬間、オースティンの足元で土が弾けた。

 撃たれている! オースティンがそれに気付くのに時間は掛からなかった。枝が弾ける音は、近くを掠める銃弾の衝撃波が生み出していたのだ。

「伏せろ、攻撃を受けてる! 通りの奥だ!」

 誰かがそう叫んだ途端、トーマス・ウィルキンソンはM249軽機関銃の引き鉄を引いた。金色に鈍く輝く薬莢と金属製分離式弾帯が、反動で震える機関銃から吐き出される。地面や壁が弾けて小さく土煙を上げる。物陰から躍り出た民兵らしきシルエットは、音速の三倍で吹き荒れる弾丸の嵐の中に飛び込んだのだ。一分間に七〇〇発の死を放つ機関銃から逃れることはできない。

 さらに、レンジャーたちの手で構えられたカービンから銃弾が迸る。人ひとりを殺すには十分すぎる量の弾丸が路地を満たした。

撃ち方やめ(シーズファイア)撃ち方やめ(シーズファイア)ーっ! もういい、撃つな、死んでる!」

「トーマス、十分だ!」

 身振り手振りと共にオースティンが怒鳴り、ガルシアがウィルキンソンの肩を叩いて、ようやく銃弾の嵐は止んだ。オースティンは通りの奥に目を凝らす。道路のど真ん中で仰向けに倒れているらしいそれは、ぴくりとも動かない。

 やはり、死んでいる。殺したのだ。たった今。

 自分が殺したわけではない。だが、自分の部下が殺したのだから、似たようなものだろう。オースティンの胸中には、初めての本物の戦闘への興奮よりも、殺されなかったという安堵があった。思えば、耳元で弾けたあの音は、つまり銃弾が頭の近くを通過していったということなのだ。銃口がもう少しずれているだけで、ここにはもう一つ死体が増えていたのかもしれない。

 オースティンはぞっとした。英雄的な死など、幾千幾万の死の中でもほんの一握りなのだ。自分が意味もなく生還できると信じていて、よしんば死ぬとしても、英雄的に死ねると考えていた。だが現実は違う。幻想の殻が剥がれ落ちて、剥き出しの生存本能と殺意に塗れた戦争が、オースティンの目の前に現れた。

 心臓が痛いほどに速く大きく鼓動する。大きく息を吸い、息を止め、吐き出し、また止める。それぞれに四秒かけながら、オースティンは何度か繰り返した。

「ビビっちまったか」

「馬鹿言うな、俺は指揮官なんだぞ。指揮官がビビってどうするんだ!」

「無茶はするなよ。()()()は誰でも同じだ。あのアレン大尉だって最初は漏らしたって話だぜ」

「あの鬼が、本当に?」

「飯の時に話してやる。そら、生きて帰るぞ!」

 そう言って、ガルシアはオースティンの肩を強く叩いた。幾分か平静を取り戻したオースティンは、通りの奥に集中したレンジャーたちの意識を、周囲へと向けるように命じた。兎にも角にも、レンジャー部隊は街区の四隅を確保し続け、脱走も侵入もさせなければよいのだ。

 オースティンは腕時計を見た。五分か、あるいはもっと時間が経過したように感じていたのだが、時計はまだ三分と経っていないことを示していた。

 なんて長いんだ。この調子じゃ、車輌隊が自分たちを拾ってくれるまで、永遠にも思える時間が掛かるかもしれない。攻撃目標を囲う塀にぴったりと体を寄せながら、オースティンは思った。

 

 チョーク3は、攻撃目標に近い北東の角に降下していた。キラーエッグによる事前の掃討があったとはいえ、まるで蜂の巣をつついたようにあちこちから民兵が集結しているのを、レイランドは飛んでくる銃弾の数で感じていた。それらに当たらないよう這いつくばり、踏み固められた地面に体を埋めるようにして、レイランドはカービンを構える。

 まるで遮蔽物という概念を知らないかのように堂々と歩いてくる民兵の一人に、プリズムスコープの照準を据える。引き鉄を引く。ごく軽い反動がレイランドの肩を押し、痩せっぽちの男はよろめいた。

 当たった、しかも胸に! そう喜んだのも束の間、撃たれたはずの男はAKを腰だめに連射してきた。銃床も照準器もまるで使わないそれが当たるはずもなく、しかし、レイランドの周囲で土が弾け、跳ねた銃弾が甲高い音を立てる。

「野郎!」

 激怒したレイランドは、よろよろと歩く男を再び照準に捉え、引き鉄を引く。乾いた銃声が響き、それと同じ数だけ銃口から力が迸り、男の胸を貫く。外れた弾は土煙を上げる。次こそ倒れた。

 レイランドはそれを見届けて、照準を外すと、次の民兵を狙おうとした。

「待て、まだ生きてるぞ」

 同じ方向を見ていたレンジャーたちの一人が、レイランドに言った。

「なんだって?」

 慌てて見てみれば、男はまだ動いている。AKを放り出したまま、胸をおさえながら悶え、血塗れの手を宙に彷徨わせている。一瞬の躊躇の後、レイランドは撃った。二発、三発、四発と、銃声と共に、男の身体が着弾の衝撃で震える。虚空を彷徨っていた手から力が失われ、地面に墜落する。

 人を殺した。その事実を噛み締める暇もなく、民兵たちは次々に現れる。建物の陰から飛び出してきては、下手くそな射撃をお見舞いしてくる。窓から銃と顔だけを出して撃ってくる者もいる。

 けたたましく叫ぶ軽機関銃が路地を薙ぎ払った。窓から部屋の中に擲弾が撃ち込まれ、ばら撒かれた破片が室内を切り刻む。敵の至近弾が地面を抉って、レイランドは思わず首を引っ込めた。すぐさまカービンを構えてひたすら撃ち込む。反撃というよりかは牽制のためだったが、敵がその程度では怯まない──否、撃たれていることすら理解できていないことに気付いた。死を恐れないわけではなく、何を恐れるべきかすら知らないのだ。

 好都合であると同時に哀れにも思えた。レイランドが空っぽになった弾倉を交換しようとした時、新たな弾帯を取り込んだ軽機関銃が叫び始めた。吐き出された銃弾が肉を引き裂き、骨を打ち砕く。頭蓋を吹き飛ばしてその中身を天に曝した。

 戦闘は激化の兆候を見せていた。レイランドは飛んでくる銃弾に当たらないことを祈りながら、カービンの引き鉄を絞る。塹壕の中に無神論者はいない──その意味が、理解できた気がした。

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