COIN ーCOunter-INsurgencyー /PROTOTYPE   作:シーウィード

5 / 5
COIN/ Blut und Eisen #Intermission

 〈Intermission〉

 騒々しく羽撃く騎兵隊が出撃していく。飛行場から次々に羽音が去っていくのを、アイン・ベッケライは、自らの所属する部隊に宛てがわれた格納庫の中で聞いていた。

 ベッケライは大手PMC、GLインターナショナルの作戦要員(オペレーター)である。尤も、プライベート・オペレーターやコントラクターと呼んだところで、本質は傭兵そのものだ。金と契約に忠誠を誓い、小銃を抱えて、二束三文の端金のために殺し合う。夥しい血に彩られた人類史における、娼婦と並ぶ最古の稼業である。同時に企業冷戦の尖兵でもある。G9の一角に君臨するGLIC──グレートレイクス・インダストリアル・コンソリデーションの、他社に対する中東地域の優位を確保するための戦争代行者である。

 それを表現するための単語を飾る必要など、一体どこにあるのか。少なくとも広告では避ける必要があるだろうが、それは上層部や広告屋のやることで、現場たるベッケライらにとっては何ら関係のないことだ。

 ヘリコプター部隊が去ると、ベッケライは耳栓を抜き、やけにスプリングが硬いソファーに仰向けに寝転がったまま、長い腕を伸ばしてローテーブルの上に置かれたラジオの電源を入れた。くだらないゴシップ雑誌を再び広げる。ソファーからはみ出した脚をぶらぶらと揺らし、ただ空虚なだけの待機時間を潰す。

 今、彼の任務は待機することであった。かの騎兵隊が窮地に陥った時に、真っ先に出撃するために。

 ベッケライはQRFの一員だ。膝に補強の入った砂色のズボンに紺色のTシャツという格好は、ブローニング・ハイパワーを収めたレッグホルスターを外して人混みに紛れてしまえば、見分けがつかないだろう。それほどにラフな格好だった。

 その一方で、彼の足元にはプレートキャリアが転がされている。弾倉と手榴弾を収めたポーチをあちこちに貼り付け、フルサイズ弾薬すら止める抗弾プレートが前後に仕込まれている。ソファーに立て掛けられた小銃はM4A1カービンだが、より近距離の交戦のために近接戦闘レシーバー(CQBR)が組み込んであった。一〇・三インチまで短縮された銃身は、遠距離の命中精度と引き換えに良好な取り回しを提供する。ハンドガードの四面およびアッパーレシーバー上部のピカティニー・レールに取り付けられたカスタマイズもごくシンプルなもので、光学照準器とフォアグリップ、多機能レーザー・エイミング・デバイスのみといった具合である。

 第三次世界大戦屈指の激戦たる、欧州連邦軍と北アフリカ同盟軍および現地武装勢力によって約八ヶ月に及ぶ市街戦が繰り広げられたスエズ攻防戦。その地獄を生き延びたベッケライが銃と部下に求めることは、このカスタマイズのようにシンプルだ──いかなる状況でも確実に正しく動作し、そして狙った通りに暴力を届けることができる。それこそが重要なのである。

 ベッケライ他三名の班員もまた、格納庫の中で思い思いに過ごしていた。デヴィン・ホワイトとカール・フランクの二人は格納庫の入り口辺りで他の班とバスケットボールに興じ、その喧騒から離れたところでは、ジャン・メデリックが小説を読んでいる。

 不意に顔を上げたメデリックと目が合った。

「どうした」

「何も。ただ見ただけだ」

「フン、そうか」

 メデリックはそう言って鼻で笑うと、再び小説の世界に戻っていった。表紙から見るにレマルクだろうか。ベッケライは読み終わった雑誌をテーブルに放ってソファーに身体を沈めると、ドリブルの心地の良いリズムを聞きながら、そっと目を瞑った。

 しばらくは出撃の必要はないだろう。志願兵パウル・ボイメル君曰く、兵隊に大事なのは飯と休息である。

 

 ◆

 

 そこはうっすらと埃の舞う、薄暗い部屋の中であった。窓には割れてしまったガラスの代わりに板が打ち付けられ、その隙間から差し込む日差しを浴びて煌めく埃は、まるで光のカーテンだ。PKFによる空挺強襲の現場から北へ約七〇〇メートル、アンバール認証事務所、その一室である。殺風景な部屋の中心には無線機を載せたテーブルが置かれ、男がその前に座っている。彼はリチャード・ハーディング、傭兵である。

 一般的な傭兵のイメージとは裏腹に、彼の仕事は戦闘ではなかった。彼は教官である。法外な報酬を条件に、数人の部下と共に現地武装勢力、ここにおいては殉教旅団への軍事訓練を請け負い、中東地域におけるGLICの優位確立を妨害する──ある種の工作員だ。彼もまた、企業冷戦の尖兵であった。

 ハーディングは渾然一体となって耳に飛び込んでくるPKFの通信の海に意識を揺蕩わせる。そこにある無線機は、二週間前の待ち伏せ攻撃によって鹵獲した代物だった。IEDで先頭と最後尾の車輛を吹き飛ばし、進路も退路も塞いだ状態で殲滅する。その目的はこの無線機であり、黒焦げになった残骸と死体は、鹵獲を隠蔽するためのものだ。持ち去られたことが発覚すれば、PKFは使用する周波数や暗号化を変えてしまうだろう、と。それでは意味がないのだ。

「隊長、始まったぞ」

 扉が軋み、ハーディングの部下の一人が告げた。アンバール州環境局の周囲に展開するブラックホークを見たのだ。

「知っている」

 一方、ハーディングは目を瞑り腕を組んだまま、素っ気なく返した。作戦の経過は全て筒抜けである。わざわざ言われずとも、彼は全てを知っている。

 ハーディングはおもむろに煙草を咥え、エウローパ岬灯台の描かれたオイルライターで火を起こすと、その穂先を炙った。

「合図を待つよう伝えろ。叩くならば、混乱に乗じたほうが効率がいい」

 吐き出された紫煙は、薄暗がりに溶けていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。