天照月華 ―もうひとつの継国伝―   作:krg

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第漆章:サイヤ人の王子

悟飯の「優しき強さ」という言葉は、黒死牟の心に深い波紋を広げた。それは、彼が数百年間目を背け続けてきた、弟・縁壱の在り方そのものだったからだ。己が信じてきた武の道は、本当に正しかったのか。孤独な頂の果てに、何があるというのか。答えの出ない問いが、彼の内で渦巻いていた。

 

そんな思索に沈む彼の前に、一人の男が立ち塞がった。

鋭く吊り上がった眉、腕を組み、全身から溢れ出る不遜な闘気。サイヤ人の王子、ベジータだった。彼は、パーティーでの遭遇以来、この異質な剣士を観察し続けていた。

 

「おい、六つ目の鬼」

ベジータの声は低く、挑戦的だった。「貴様のその剣、ただの飾りではあるまい。俺が試してやる。ついてこい」

 

有無を言わせぬその態度に、黒死牟は僅かに眉をひそめた。この男の気は、悟空とはまた違う、鋭利で、常に張り詰めた誇りのようなものを感じさせる。そして、その瞳の奥には、自分と酷似した渇望の色が揺らめいていた。

 

黒死牟は黙って立ち上がり、ベジータの後を追った。

案内されたのは、カプセルコーポレーションの地下にある、金属で覆われた巨大なドーム状の部屋――重力室だった。ベジータがコンソールを操作すると、ゴウン、と低い駆動音と共に、全身に鉛のような圧力がのしかかる。

 

「地球の10倍の重力だ。まあ、さすがの貴様もついて来れるだろうがな」

 

ベジータはウォーミングアップのように軽く身体を動かしながら言った。その言葉通り、鬼の肉体を持つ黒死牟にとって、この程度の重力は動きを僅かに鈍らせる程度でしかない。だが、問題はそこではなかった。

 

「いくぞ」

 

ベジータの姿が消えた。

次の瞬間、黒死牟の真横に現れ、寸分の狂いもなく首筋への手刀を放つ。黒死牟はそれを刀の鞘で受け止めるが、凄まじい衝撃が腕を痺れさせた。彼は即座に後方へ飛び退き、刀を抜く。

 

「月の呼吸、壱ノ型・闇月・宵の宮」

 

円を描く斬撃がベジータに襲い掛かる。だが、ベジータはそれを紙一重で躱すと、掌から紫色の気の弾を連射した。一つ一つが岩をも砕く威力を持つ光弾の嵐。

 

「伍ノ型・月魄災渦!」

 

黒死牟は刀身から渦巻く斬撃を放ち、気の弾を相殺する。爆炎と衝撃波が重力室の壁を揺らした。二人の攻防は、互いの力量を探り合うように、激しさを増していく。

 

黒死牟は驚愕していた。ベジータはスーパーサイヤ人と呼ばれる金色の形態に変化していない。だというのに、その速さ、力、戦闘技術の全てが、鬼殺隊の柱たちを遥かに凌駕していた。彼の動きには一切の無駄がなく、ただ敵を打ち倒すことだけを目的とした、純粋な戦闘民族としての洗練があった。

そして何より、その戦いぶりに滲む執念。常に上を目指し、決して満足することのない渇望。それは、武の道を極めるために全てを捨てた、かつての自分と全く同じものだった。

 

一方のベジータもまた、黒死牟の剣技に内心で舌を巻いていた。不可視の斬撃、変幻自在の太刀筋。それはパワーやスピードとは異なる、技術と経験によって練り上げられた、まさしく「武芸」の領域だった。

だが、同時にその限界も見えていた。

 

「その程度か!」

ベジータは黒死牟の斬撃を弾き飛ばし、一気に距離を詰める。

「貴様の瞳に宿る渇きは、そんなものではないはずだ! 俺に見せてみろ、貴様の全てを!」

 

その言葉は、黒死牟の心の奥底に突き刺さった。

そうだ、こんなものではない。自分が求めていたのは、こんな次元の戦いではない。縁壱、縁壱、縁壱…! あの男と対等に渡り合うための力が、欲しかった。

 

「黙れッ!!」

 

黒死牟の叫びと共に、その怒りが刀に伝染した。握りしめた刀身が不気味に震え、まるで生き物のようにうごめき始める。刀身は異様に伸び、禍々しい形へと変貌していった。伸張した刀身からは新たな刃が無数に芽吹き、蜘蛛の足のように四方八方へと伸び広がる。刀身の表面には脈動する血管のような模様が浮かび上がり、黒死牟の鬼の血が流れ込むかのようだった。

 

黒死牟の叫びと共に、鬼としての気が爆発的に膨れ上がる。

「捌ノ型・月龍輪尾!」

龍が如き巨大な斬撃が、重力室を薙ぎ払わんとベジータに迫る。ベジータは不敵な笑みを浮かべると、両手を前に突き出した。

 

「ギャリック砲!!」

 

紫色の巨大な閃光が、龍の斬撃と激突する。凄まじいエネルギーの奔流が空間を軋ませ、二つの力は拮抗し、そして大爆発を起こした。

 

煙が晴れた後、二人は距離を取り、互いに呼吸を整えていた。勝負は、ついていない。だが、互いの魂は、この短い攻防の中で確かに触れ合っていた。

 

重力室の駆動が止まり、静寂が訪れる。

先に口を開いたのは、ベジータだった。

「…貴様、何かに焦がれているな。その目は、かつての俺と同じ目をしている」

 

彼の言葉は、問いかけでありながら、断定だった。黒死牟は刀を鞘に納め、答えない。その沈黙を肯定と受け取ったベジータは、壁に背を預け、自嘲気味に語り始めた。

 

「俺はサイヤ人の王子として生まれた。常に No.1であることが当たり前だった。だが、俺の前にはいつも、あの下級戦士のカカロットがいた。どれだけ血反吐を吐くような修行をしても、あいつは常に俺の一歩先を行く。許せなかった。俺が No.1であるために、俺は全てを捨て、力だけを求めた。家族も、誇りさえも…」

 

その独白は、黒死牟にとって、己の半生を語られているかのようだった。最強の剣士として生まれた弟、縁壱。その存在が、常に自分の前に立ちはだかっていた。

 

「だがな」

ベジータは続けた。

「俺はここで家族を得た。守るべきものができた。最初はくだらん足枷だと思っていた。だが、今は違う。守るべき者のために戦う時、俺は己の限界を超えられる。カカロットもそうだ。あいつの強さの根源は、そこにある」

 

ピッコロや悟飯が言っていたことと同じだ。だが、同じ「No.2」の苦しみを知るベジータの言葉は、他の誰の言葉よりも深く、鋭く、黒死牟の魂に突き刺さった。

 

「貴様が焦がれた相手は誰だ?」

 

ベジータの問いが、静寂に響く。

黒死牟の六つの瞳に、太陽のように輝いていた弟の姿が鮮明に浮かび上がった。彼は唇を噛み締め、答えない。

その様子を見て、ベジータは全てを察した。

 

「フン…せいぜい足掻くがいい」

ベジータはそう言い残し、重力室の出口へと向かう。

「過去の亡霊に囚われたままでは、貴様は永遠にその先へは進めんぞ。今の俺が、そうであるようにな…」

 

最後の言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。

一人、薄暗い重力室に残された黒死牟は、固く拳を握りしめていた。ベジータという、孤高の魂を持つ男。彼は、自分と同じ地獄を見つめながら、それでも違う道を歩もうとしている。

 

(過去の亡霊…)

 

己の執着の正体。そして、そこから抜け出す道の可能性。

ベジータという鏡に映し出された己の姿は、黒死牟の内面を、より激しく揺さぶるのであった。

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