スパン!と心地よい音と共に筒状の畳が切られたことを忘れていたかのように一拍置いて半分に割れる。その切り口はおよそ綺麗なものではなかったが、師である妖夢の目には十分なものであった。
「…驚きました。ここまで上達するとは。」
「書庫にあった書物を暇な時間に見ていたこともあってか、自主練の効果があったようで良かった。」
これまでの剣術指南の間、基礎的な練習に加え夜間にこっそり竹刀を使用しては自室でトレーニングに励んでいた大寛の体は、霊体であるため筋肉が付くことはないが“経験”として確かにその体に蓄積されていた。
「最近竹刀の具合が悪くなっていたとは思っていましたが、まさかそこまで本気になっていたとは。」
「バレてましたか。」
こっそり自主練をしていたという事実は秘密にしていたつもりであったが、案外あっさりとばれてしまっていたらしい。
てっきり怒られると思っていた大寛だったが、その勤勉な態度に対して妖夢は胸を張った。
「バツが悪そうにしていますが、決してダメなことではありませんよ。」
「何よりその勤勉な態度、師として嬉しい限りです。」
「ありがとうございます。」
「そろそろ昼食の時間にしましょう。」
そう言って踵を返す妖夢を追いかけ屋敷の中へ入る。
今日も白玉楼は何とも穏やかなものだ。朝起きて、稽古をして、昼食を食べて幽々子の話し相手をして、後は夕飯を食べて寝る。
「…失礼ですが、飽きませんか?」
昼餉時、大寛はふと気になった疑問を幽々子に投げかけてみた。
平時の幽々子は特に何をするでもなく白玉楼で毎日を過ごしている事実をどう思っているのかを尋ねてみた。
意外なことを聞いたのか、キョトンと鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔でその問いを聞いていた。
「うーん、そうねえ。考えたこともなかったかも。」
「有事の際は私だって動くし、それを抜きにしても冥界での霊たちの管理がお勤めだもの。」
「何よりも、私にとってはこの穏やかな時間が何より愛おしいものだわ。」
冥界での幽霊たちの管理。話には聞いていたがどういった仕事なのだろうか。
そう聞こうとするが、興味を持っているのが顔というか態度で分かったのか、彼女は
「そう簡単なことではない。」
と釘を刺した。
「色々なことに興味を持って幻想郷に慣れようとするのは殊勝な心掛けとは思うけれど。」
「まずは一つのことを一人前になれるようにしないとね。」
「ウッ」と言葉を詰まらせる大寛を笑い、思い出したように話を始めた。
「そういえば午後の時間だけれど、少し時間をもらえるかしら。」
先も言った通り午後はもっぱら暇な時間だ。それを知っているだろうにわざわざ聞いてくるあたり、何か重要な事なのだろうか。
それを言うと彼女は口を尖らせて
「私と話すのが暇だと言いたくて?」
と不満げな様子だったが、特に気にも留めず午後からの予定は空いているとだけ話す。
。。。
「む、来ましたか。」
午後になり、指定された時間に客間に行くと見たことのない女性が座っていた。
金色の髪に見事なまでの九つの尻尾。思わずジッと立派な尻尾を見ていると、咳払いで彼女の顔を向き直す。
「初めましてですね。」
「私は八雲藍。紫様の下で“式神”として従事している者です。」
紫様に式神が。
確かに只者ではない雰囲気は平時から十二分に感じられる存在感であったが、いざこうやって従属している者を見るとその予感は正しかったのだなと再認識させられる。
そう感心している間にも、藍は大寛を頭からつま先まで凝視する。
こうやって品定めでもするように見てくるのは、主人も従者も変わらぬものなのか。
そう考えていると、彼女はむっとした顔でこちらの目を見てきた。
「随分と失礼なことを考えていますね。」
「そういえば、本日はどういったご用件で?」
「…紫様から貴方へ“修行”を施すよう言伝を受けまして。」
「確かに今の様子を見るに、貴方には必要なことかもしれませんね。」
「し、修行ですか?」
ただでさえ今現在剣術の修行をしている最中だというのに。と言うよりも、一体何の修行をするように言っているのだろうか。
藍は大寛へ着いて来るよう促すと、白玉楼にある一室に案内された。
室内は真っ暗で、基本明るい白玉楼の中で異様なまでに暗く狭い空間だ。その中に蠟燭が何本か立っているのが分かる。
「精神…修行…?」
「おや、分かりますか。」
この蝋燭の真ん中に座禅を組んで、蠟燭の灯を消さないように精神を集中させる。
これは修行と言えるのだろうか。
「紫様がこれをしろと?」
「曰く『ウロウロと歩き回らないよう心を鎮める』特訓だそうです。」
「それを抜きにしても、今の貴方は不慣れな環境と過去の出来事の件もあって精神的な揺らぎが大きい状態です。」
「何か大事があっても柔軟な対応ができるように、精神的な成長を促す必要があるのかもしれません。」
「なるほど…。」
確かに最近は寺子屋に行ったり剣術指南を受けたり散策をしたりと、何かと意欲的に動いていた。特に考えていたわけではないが、本能的に自分の精神的な負担から目を逸らしていたのかもしれない。
“精神的な成長”が向かう先と行きつく先が何なのかは分からないが、藍の言うことも一理ある。取り組むべきだろうと言う大寛へ、彼女は満足げに頷いた。
この修行が行き着く先に何があるのかは分からないが、これ以上迷惑をかけるわけにもいかないと、大寛は意気込んで部屋の中へ入っていくのだった。