白玉楼に向かう道中。
大寛の足取りと言えば、鉛すら生温い程に重たく、進もうと思えば背中を向けて飛んでみたり戻ろうと思えば存外軽くなってスイスイと遠ざかって行く。
後ろめたさや申し訳なさが彼の足を引っ張っているのは明確だ。幽々子も妖夢にもさぞ心配をかけてしまった筈だろう。一体これで何度目だろうか。
「早く戻らねば…。」
等と口にすれば幾分か体も足取りも軽くなる事に気付き、以降はブツブツと念仏を唱えるように独り言を呟きながら先を急ぐ。
気付けば白玉楼は眼前だ。
庭に降り立つと、気配を察した妖夢が顔を覗かせる。その表情は安堵とも怒りとも取れる、何とも複雑な面持ちだった。
彼女はぐっと堪えた様な表情を見せると、急いで奥の方に姿を消した。
そしてそのまま待つ事数分。妖夢は幽々子を連れてきた。たった一日顔を合わせなかっただけだが、やけに懐かしい気持ちになる。
「お帰りなさい。大寛。」
「只今戻りました。」
「この度は…ご迷惑とご心配をおかけしましたこと、申し訳ありません。」
そして頭を下げる。こうして頭を下げ謝るのは昔からの癖でもあるが、今回ばかりは本心からなるものだった。
あまりに落ち着かない様子の妖夢と幽々子は鋭い眼差しで大寛を見た。
「全く…!急に姿を消して、どこに行っていたんですか!」
「お怪我は無いのですか!」
「そうね。怪我は無い?」
「妖夢は昨晩から碌に寝もせずに貴方を探していたし、おかげで私も眠れなかったわ。」
今回ばかりは。とでも言うように、流石の幽々子も声色を強くしている。
念のためにと妖夢に医療具を取って来るよう言いつけると、彼を再び見た。
下げた頭を上げる事なく、そのままの姿勢で口を開いた。
「昨晩、行きがけた湖で命蓮寺の方から保護していただき、一宿一飯の施しを頂戴しました。」
「あまりに早計かつ愚鈍な行いであったと…今は只、己を恥じております。」
「詳しい事情は紫から聞いています。」
「外敵に対抗する術も持たず、此度は偶然お寺の者たちから保護されたから良いものの…貴方自身に何かあってからでは遅いのよ?」
そう言って彼に頭を上げさせる。
その声色は既に先程までの刺々しさは無く、目に映る顔は明らかに少しだが窶れている。
如何やら事のあらましは既に紫から聞き及んでいたようだ。
もし何者かから危害を加えられそうになった場合に彼がどうなるか。それは火を見るより明らかだ。
技も心も未熟な彼は忽ち食い尽くされ、こうやって立っていることは愚か、帰ることすら叶わなかっただろう。
「貴方のその反省する姿勢を悪しと咎めるつもりは毛頭無いわ。」
「でも、大切なのは結果から出た反省をどう次に活かすかよ。」
そう言って幽々子は彼の目を見る。
彼女の言う通りだ。
今までの自分は、どうせ自分なぞと殻に籠った結果誰かに手を差し伸べて貰うのを待っていた。欲しがっていた。
だが、今は違う。
もし奴がこれから力を付けて脅威になったなら。
もし博麗の巫女もスキマの妖怪も太刀打ち出来なくなってしまったら。
この怪異が生まれてしまったことの元凶は自分の軽率な行動だ。
ならば何より、誰よりも強く毅然と立ち向かわねばならない。
甘える時間はもう終わりだ。
「…申し訳ありません。幽々子様。」
「私は、今に甘えていました。」
「身勝手に自分を振り回して、誰かが手を引いてくれる事を望んでいた。」
「でも、今はそうでは無い。」
力強く、真っ直ぐに彼女の目を見返す。
精神も、力も、技も、自分で勝ち取らねばならないと――
――彼は漸く、気付く事が出来た。
手も声も震え、唇が渇く。だが止まることは無い。
きっと今ここで口を閉じれば、また元通り。それを理解しているからだ。
逃げ出したい気持ちは当然ある。正直このまま甘えている方が楽に決まっている。
だが、それ良い筈がないだろう。
「私は、今より強くありたい。」
「この怪異を…自分の影も受け入れられる程に、強くありたい。」
幽々子からの返事は無い。
態度で見せると誓い、胸に強く手を当てる。
ジワリと滲む温かさは、彼と言う存在が、漸く幻想郷に息吹こうとしている証拠か。
こうも真っすぐに何かを口にできるようになったのは、先に自分を取り払ったことも影響しているのであろう。
もう彼の目にも心にも、迷いは無い。
そこには只一人。
"久世大寛"その人が、漸く立ち上がった瞬間だった。