白昼の陽が照らす白玉楼の一角。
その室内では竹刀同士がぶつかる、割れるように激しい音が鳴り響いていた。
大寛と妖夢が互いに鍔迫り合い、体格が大きく違う妖夢は彼の攻撃をいなし機を衒う。それを知ってか否か、賭けに出ようと大振りになるその瞬間。
「ハアッ!!」
ガラ空きになった脇腹に竹刀がめり込む。鳴った軽快な破裂音は竹刀か大寛の皮膚か。
「ガッ……ア……!」
あまりに鋭い一撃に堪らず膝を付く。
体格差は実力差とはよく言うが、どうやらその差を持ってしても力量も経験も歴然らしい。
膝を突いて首を垂れる彼に対し、妖夢は手を差し伸べた。
「だ、大丈夫ですか?」
「すみません。つい…本気で返してしまいました。」
「いえ…ありがたい限りです…本気で返して頂けたなら…!」
そう言いながらも彼の顔は死に顔より青い。
彼が強くなりたいと願った次の日から、彼の修行は一つ上の段階へ進むこととなった。
剣術は基礎こそ磨かれているが実践には向かない。であれば、限りなく実践に近い形でと言うのは自身が望んだ形だった。
これが真剣。ましてや、彼女の持つ白楼剣でなかったことは不幸中の幸いだ。あれに切られでもすれば、彼なぞ問答無用で消滅するだろう。
「今日はここまでにしましょう。早朝から動き続けて、もう何度手合わせをしたか覚えてませんし…。」
「そ、そうですね。流石に具合が悪くなってきました…。」
「いや、それはさっきの一撃が原因かと思いますが。」
彼女にも彼女の予定がある。これから昼食の支度をした後、是非曲直庁や博麗神社に行くらしい。目的としては調査の一環とでも言うのか…随分と手を煩わせてしまった。
稽古場から出ると、丁度幽々子が通る瞬間だった。
なんでも一段と気合いの入った両者の手合わせの観戦に来たようだが、今し方終わってしまったと伝えると残念がって踵を返した。
彼としては、惨敗の限りを尽くした無惨な姿を見られずに済んで安堵するばかりである。
午後からは精神修行だ。お相手を務めるのは白玉楼が主、従者の手合わせを呑気に観戦しようと企む西行寺幽々子だ。
しかし、大寛は少し不安に思っていた。
それを昼食の際、彼女から言い当てられることになる。
白玉楼の食事はまさに立派なものだ。
量は並だが兎に角種類が豊富で、朝昼晩問わずこれだけのレパートリーを持つ妖夢や他の亡霊たちには舌を巻くばかりである。
今日の昼食は大寛のリクエストもあって蕎麦だ。流石に蕎麦ならレパートリーも無いと考えていたが、並べられてきたのは食卓をはみ出さんばかりの天麩羅。
それに舌鼓を打っている最中、幽々子は大寛に声をかけた。
「ところで貴方、私が精神修行を行えるのかどうか不安に思っているのではなくて?」
「ウッ……グ…!」
図星だ。おかげで蕎麦が喉に詰まりかけるが、何とかお茶を飲んで強引に流し込む。
「図星ね。失礼しちゃうわ。」
「い、いや違いますよ幽々子様。」
「へえ。何が違うの?」
「それは…。」
蕎麦の次は言葉が喉に詰まる。こういう時に気の利いた言葉が出てこないあたり、彼は真面目と言うか、アドリブの利かない男なのだ。
「ほら!やっぱり!」
「違います!いや、違わないけど…。」
「全く…今に見てなさい。」
言葉遣いこそ刺々しいが、別に険悪な空気ではない。穏やかな時間がそこには流れていた。
。。。
「では、精神修行を始めます。」
「よろしくお願いします…?」
精神修行とは言ったものの、場所はいつもの縁側だ。
二人の間には湯呑みに急須、茶菓子が置かれている。いつもの歓談に使っている物たちだ。
「これは…いつもと何が違うのですか?」
「大寛。貴方、"心を平坦にする"と言うのがどういう状態か分かる?」
幽々子の声色はいつもと変わらない。だが、その態度や姿勢には少し違う空気が流れていた。
心を平坦にする。先の迷消灯を用いた修行でも同様だったが、意識するものではない。と言う事だけは理解している。
「そうね。簡単に言ってしまえば"無意識"と言うことになるわ。」
「例えば、そうね…。あの桜から落ちる花びらを見つめてみて。」
そう促されるままに西行妖に目をやる。
見れば見るほど立派なその出で立ち。初めてここに来た時に見えた桜も、思い返せばこの桜だったか。思い返せば、こうやってまじまじと目をやる機会もそうそう無かったものだ。
などと考えているが、やがてその考えも捨てた。
ぼーっと眺めていると、不意に声をかけられる。
「今何をしていた?」
「桜の花びらが落ちる様を見ていました。」
「何か考え事をしていた?」
「いえ…何も。」
「それが"心を平坦にする"と言うことよ。」
「心と言うのは波と同じ。波立つ水面に手を添えても止まることはないでしょう?」
「流れが止むのを待つ…と言うことでしょうか。」
「少し違うわね。でも半分は正解。」
「もっと正確に言えば、波が起きない状態を作る。」
「それがこの修行のゴールと言えるわね。」
なるほど。と合点がいく。
ではその様にと再び桜の方を向く。
すると。
「そう言えばこの間、紫がね〜?」
と声をかけられる。
無視するのも悪いので反応すると、嬉しそうに話す彼女と雑談を楽しむ。
心を平坦にするというのは、なかなか骨の折れることの様だ。
。。。
辺り一面はすっかり暗くなり、頭上には忌々しくも美しい月が昇っている。
幽々子は一人、中庭でその月を眺めていた。
辺りを揺蕩うのは紛れもない幽霊たちだ。それぞれ自由気ままに動き回っているが、彼女の目にはその姿がぎこちなく映る。
彼が再び思い切った愚行に出ないよう口に出さぬよう努めていたが、冥界の管理者たる存在は、その中にある“違和感”を感じずには居られなかった。
それは直庁から正式なお達しは無くとも分かる。
『勘違いだと思っていたけれど…。』
『やはり、霊の数が減っているわね。』
何か不吉な予感を感じて身震いを一つすると、自室へ戻っていく。
ただその表情は何とも言えぬ、複雑な愁いを帯びていた。
その視線が横に逸れる。先にあるのは大寛の自室。
命蓮寺から帰って来た後、彼の在り方は変わった。以前より必死に、だけれども肩の力の入れ方を理解しているように感じる。
ただ、変わったのはそこだけではない。
「大寛。貴方は一体何者なの?」