風を切って空を飛ぶ感覚というのは、普通に生きていれば出会う機会はそうそう無いだろう。
ましてやそれが只の布団に乗って、と言うなら尚更だ。いつだったか見た映画では絨毯に乗って空を飛んでいたが、まさか同じような経験ができるとは思わないだろう。
景色でも見ようかと横目で見ようとするが、風が強く目を開けられない。
なるほど。どうやらあんなに優雅に歌を歌っていたりしていたのはフィクションだったからなのか。などと考えていと、先ほど言われたことが思考に横やりを刺してきた。
『閻魔様の所へ行く。』
今自分を運んでいる従者は確かにそう言っていた。
生前の罪を推し量り、その是非を問う場所。
腹積もりはできているつもりであったが、いざ実感湧いてくると落ち着かない。それが伝わったのか、少女は男に話しかけた。
「…誠に勝手ながら、貴方が漂着した折に持っていた手荷物を見させていただきました。」
「自ら命を断とうとするなど…何故そのような事をお考えになったのです?」
案じている様な声色に返答はできなかった。
今はまだ口を聞けない状態だということもあったが、きっと声が出せる状況でも同じだっただろう。
少女はそれを理解しながらも、きっと聞かずにはいられなかったのだ。好奇心ではなく、諭そうとでもしているのだろうか。もっとも諭されたところでそれは叶わないのだが。
彼女がそれだけ思慮深い人間なのだろうと、彼もまたその人となりを何となく感じていた。
気まずい沈黙が冷たい風となって後に後に流れて行く。
その風はやがて温くなり、暑くなっていく。
確かに幽霊達の集う関所、閻魔様のおわす場所へ近付いている証拠だ。
高度が低くなり、地面が徐々に近づいて来ている。
布団が地面に付く頃には、男は自分の体が動くようなっているのに気付いた。
「もう体は動くようになっている筈です。」
「此処から先は、ご自身の足で向かって下さい。」
そう言う少女に一瞥をすると、眼前に聳える厳かな大扉が軋みながらゆっくりと開いて行く。
今一度彼女の方を向き直すが、不思議なことに其処にはまるで初めからそうだったかのように何も無い空間が広がっていた。
向き直り歩を進める。
見るからに暑そうな周囲の環境、色とは裏腹に、素足から感じるのはヒンヤリと冷めたタイルの感触だけ。人の気配すら感じられない生活感ある無機質な空間を歩いて行く。
ここまで来た以上、もう後戻りは出来ない。
。。。
どこまで歩いて来ただろうか。
てっきり門の先にすぐ閻魔様がいるとばかり思っていたが、想像より長く道を歩いている気がする。
それよりも問題なのは床に張り巡らされたタイルだ。
少し冷たい程度の感触だったタイルは、いつの間にやら痛みすら覚える程の冷たさを帯び、一歩歩く度にまるで足の裏が張り付いて皮が剥がれたのではと錯覚する程の痛みを伴う。おかげで思ったよりも足は進まない。
少し腰を下ろして休もうか。
そう考えた直後。
「おや、自死を選んだ時は休憩などしていなかったように見えましたが?」
突如真後ろから聞こえた人の声に思わず飛び跳ねる。
声のした方向に目をやると、先程までは影も形も無かった場所に大きな柱が立っていた。
その柱は遥か頭上まで伸びており、その先に誰かが座っているのが見えた。
「目を覚ましたと白玉楼の従者から話は聞きました。貴方の過去に関しても、既に目を通しています。」
頭上の人物はこちらを見下ろすとため息を吐き、ゆっくりとコチラに降りて来る。
いざ対面した目の前の少女が、どうやら閻魔大王様その人で間違いは無いようだ。
「これから何が始まるかは、当然理解していますね。」
言葉に対してコクリと頷く。
その様子を見た少女は、ハッとした様子で釈を取り出した。
「失礼。今はまだ話せない状態なのでしたね。」
そう言うと取り出した笏を男の喉元に当てる。
ジワリと喉が温かくなっていくのを感じ、先ほどまでは微塵も感じられなかった呼吸の感覚を確かに感じ取れた。
試しに何度か声を出す様子を見つめていた少女は頷き、再び上に上がっていった。
「私の名は"四季映姫ヤマザナドゥ"。」
「それでは、これより貴方の人生の精査を行います。」