東方瞑想録   作:+ドライバー

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未練の行方

白玉楼の縁側。大寛は何時もと同じ通りに腰かけてボケっと西行妖を見上げている。

こうも見上げ続けていては首の一つも疲れそうではあるが、不思議と疲れは感じていなかった。

最近こうして修行(?)を続けてはいるが、進捗と言うか…成長が感じ辛い。

剣術指南であれば妖夢と手合わせをして、彼女の体に一太刀入れられただとか、防御に専念させた、と言った、目に見えて成長を感じる瞬間があるものなのだが。

それにしても一つ思うところと言えば。

 

「…暇だ。」

 

暇を嘆く余裕など無いのだが、こうも西行妖を見つめているだけでは邪念と言うか余計な考えが巡ってしまう。

たまには違うこともしてみるか。と保管されている蔵書に目を通してみるが、如何せん現代人の大寛に達筆で書かれた書物が読めるはずもなく、何と読むのか思考してしまうことからこれまた修行には向かない。

結局あちこちを歩き回った挙句、また縁側に帰って来るのだった。

 

「全く…落ち着きが無いのねえ。」

 

「幽々子様。」

 

二進も三進も行かない様子で右往左往している様子の彼に痺れを切らしたのか、自室から顔をのぞかせる幽々子は手招きをする。

自室に招かれた彼は、座卓の上に何か置かれているのを目にした。

それは。

 

「…酒?」

 

「そうよ。お酒。」

 

言うに事欠いてなぜ酒なのか?

頭をひねる大寛に、幽々子は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「意識を欠く裏技。と言ったところかしら。」

 

「酔っぱらえと言うのですか?」

 

裏技と言うか、それは力業だろう。

などと一人心の中でツッコミを入れるが、確かに酔っぱらった状態であれば常にボーっとした状態を維持できるかもしれない。なるほど考えている。

と感心していると、早速サシ飲みが始まるのだった。

 

。。。

 

「…大寛、貴方って。」

 

「ん~?」

 

「お酒…弱いのねえ。」

 

背徳感あふれる昼間の飲み会は始まって僅か1時間程度しかたっていないが、顔色一つ変えない幽々子に対して大寛は顔を真っ赤にして微睡の中に居るようだ。放心とはまた違う状況になっている。彼女の声すら届いているか甚だ怪しいものだ。

此処まで下戸だと想定していなかった幽々子も流石に動揺している様子で彼の相手をしていた。

 

酒が弱い者と言えばすぐ身近に妖夢が居るが、彼はそれ以上だ。幻想郷の飲み会なぞに連れて行けば5分と保つか分からない。

ましてや彼は外の世界から流れてきた新進気鋭の存在になりうるかもしれない。幻想郷とは案外狭いものなのか、彼の噂は各々耳にしては接触する機会を伺っているらしい。

 

「幽霊って酔うんですねえ。」

 

「此処までは想定外だけどね。」

 

酔っぱらっている当人は何も知らず、あろうことか主人の自室にも関わらず床に寝転がってゴロゴロしている。

まさかこんなに弱すぎるとは思いもしなかった幽々子も流石に困った様子で彼を見守っている。普段の様子からは想像もできない有様だが、此処に来てから一番肩の力が抜けている状態ではなかろうかと少し安堵できた。

 

そんな中、亡霊の一人が部屋を訪ねてきた。

寝転んだままの大寛を見て何事かと表情が険しくなるが、僅かに鼻腔をくすぐる酒の匂いを嗅ぐと、主の意図を察してかそれ以上は何も言うまいと本題に入った。

 

「…お客様がお見えになっております。」

 

「あら? 誰かしら。通して頂戴。」

 

そうして入室してきた人物。それは以外にも、命蓮寺の住職の聖白蓮だった。

意外な珍客に驚くが、だらしの無い姿の大寛を見て動揺している彼女に

「散らかっていて、ごめんなさいね。」

と話し、亡霊たちに彼を自室まで連れて行くよう命じると、対面に座るよう促した。

 

「先日は彼がお世話になったようで、感謝申し上げますわ。」

 

「いえいえ。とんでもありません。」

「その後の様子をと思っていましたが…杞憂だったようですね。」

 

そうして何気ない会話が続く。こうして顔を合わせる機会など思い返してもそんなに無いように思えるが、どうやら聖は大寛の調子を気にして態々冥界まで足を運ぶに至ったらしい。

まったく噂に違わぬお人好し具合だと心の中で少しばかり嘲るが、素性もよく知らない者にここまで親身になっている自分も相当だろうと諫める。

自死を選んだ元人間。それぐらいしか聞いていない彼女であったが、先の一件を通して、気になることがあるようだ。

 

「一つ、お伺いしたいことがありまして。」

「彼の素性に関してなのですが…。」

 

彼の素性。と言うよりも、性質と言った方が正しいだろうか。

幽霊として幻想郷に入り閻魔の裁判を通して亡霊となった彼であったが、その在り方は命蓮寺での一件を経てさらに変化していた。

 

「ご存じの通り、亡霊だったものですわ。」

「だた今は、生者でも死者でもない存在…と言った方が良いのかもしれませんわね。」

 

「死者でもない? でも、彼は事実亡くなっている方なのでは?」

 

「そこは変わりませんわ。」

 

亡霊、もとい幽霊の在り方。それは単純なもので、要は生きていない者はこれに分類される。

それは大元として変わらない事実だ。

ただ、彼は明確に違うものがある。そこは聖も気になっていたようで、せっつく様に言葉を続けた。

 

「未練を残した霊は怨霊や地縛霊…貴女の様な亡霊もその内の一つに入ると思われます。」

「ですがもし、もしですよ?」

「彼の中にある“遺恨”が外に出た場合、未練と呼ばれるものは無くなっているはずでは?」

 

静寂が室内を包む。

対する西行寺の表情は変わらない。

 

聖の言う通り、彼は自身の内にあったであろう物を取り払うことでああして前に進む決意をすることができた。それが今の彼だ。

ただ、もしそうなった原因が未練を失ったことであるのならば、彼は成仏。ないしは、輪廻の元に帰るはず。

だがそうはならず、彼はこうして今日を生きている。それは何故なのか?

 

「貴女の抱く疑問は尤もなものですわ。聖様。」

 

幽々子はしばらく考える素振りを見せると、ゆっくりと目を開いた。

 

「貴女方に保護される直前、彼の遺体に関して話したことがありましたの。」

 

「ご遺体、ですか。」

 

「彼の遺体は間違いなく“幻想郷(ここ)”に流れ着いている。そしてそれが何かしらの影響を及ぼす可能性がある事も。」

「ですが、それはあくまでも可能性に過ぎない。所詮体は“器”に過ぎませんわ。」

 

「何を仰りたいのか…申し訳ありません。」

 

「詰まるところ、私にも理解しかねる。という事です。」

「ただ、これだけは言えます。」

 

久世大寛。

彼の体にはもう既に、魂は存在していない。

 

。。。

 

自室に連れてこられた大寛。その室内は極めて静かなもので、物音と言えば時計が時を刻む音ぐらいだ。

ゆっくりと目を開ける。“酔ったフリ”をするというのも中々難しいものだ。

先の一件を経てからと言うものの、明らかに何かが違っていた。

飯の味も分からない。苦痛も感じない。だが、やらなければならないと言う物事の分別は付く。

一言だけ自分の在り方を言うなら『空虚』そのものと言うやつだろう。

 

室内に一つ、自嘲気味に鼻で笑う。

結局は悪意が無ければ人間としての体を為せなかった自分に対する、現状できる唯一の抵抗だった。

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