里が、森が、林が、山が。
それら全て、例外なく暗雲が立ち込めていく。
当然その常軌を逸した光景は、里に居た霊夢たちも当然目撃することになる。
何が起きたのか?
そう疑問を口にするより前に、待っていましたと言わんばかりに異常事態が発生した。
里の人間が奇声を発したかと思えば、突発的に付近の人間へ拳を振り上げる。
それも一人ではない。まるで気でも触れたかのように、周囲の人間たちは妖怪すらも青ざめるほどの狂気に染まった。
「何…!? 何が起きてるの!」
「おいおい! 皆どうしちまったってんだ!」
困惑する三人をよそに、周囲の状況はより酷くなる。
暴行、窃盗、強盗。秩序と言うのは既になく、幸いなことにまだ正気を保っているであろう者たちは声を荒げて制止させようと動いているようだ。
「霊夢!」
「華扇!」
そこに駆け付けたのは仙人の茨木華扇。どうやら異変が起きた直後に神社へ行ったが、不在なのを確認した後に里の様子を見に来たらしい。
直後に慧音も飛び出し、事態の収束のために止むを得ず暴動を起こしている者たちを拘束するために動く。
しかし息も吐かぬ間に、今度は魔法の森から爆発音とともに黒煙が昇った。
「今度は何!?」
「森の方からよ!」
何事か事態を把握しきれない困惑の悲鳴を上げる霊夢たちをよそに、華扇と慧音は三人へ向けて声を張った。
「霊夢も魔理沙も妖夢も、向こうの方に行って!」
「ここは私たちに任せるんだ! 急げ!」
「でも――」
霊夢の肩が強く掴まれる。そうしたのは魔理沙だ。目には、確かに決心の色が込められている。
その後ろに居る妖夢は既に爆発した方向を向き、刀に手を掛けて臨戦態勢といった様子だ。
魔理沙に対して強く首を縦に振る。
そうして三人は、魔法の森へと向かって行くのだった。
。。。
耳を割くような爆発音に思わず耳を抑え膝を突く。こういう時ばかりは、自分の耳の良さを恨む鈴仙。
目の前に居る先ほどまで人間だったであろう存在は影のように黒く塗りつぶされ、ギョロリと剥かれた目は確実に此方を捉えている。人の形を成しながらも明らかに人間ではないそれに、思わず膝が笑ってしまう。
すぐ隣に居る早苗も、明らかに普段知覚している妖怪とも違う“それ”に内心怯えているようだ。
影はゆっくりと腕を上げ、指で口元をなぞる。
指に沿ってひびが入り、笑みを浮かべたような形を浮かべて行った。
そして腕は、再び流れるように二人に向けられた。
そして。
「「――――!!」」
幻想郷で勝負を決するための方法として用いられている“弾幕”。
おそらくそれを模したのだろうと思われるその一撃は、華やかさを欠く、まさしく相手を効率的に仕留めるための明確な“殺意”が込められているものだった。
冷たい汗が背筋を伝う。嫌な感覚が肌を覆う。
逃げ出すか? 戦うか? そのどちらを取ったとしても、恐らく無事では済まないかもしれない。
今までに経験したことのない殺伐とした空気は、感じるまでもなく本能に染み付くようなものだった。
眼前のそれは変わらず腕を向けて様子をうかがうような素振りを見せていたが、やがて天を仰ぐと、まさに雄叫びと言わんばかりに声を張り上げる。
しかしその声は余りにも歪で、狸や狐、鳥や狼の動物の鳴き声の中に、確かに老若男女の人間の泣き声が混ざった不快感に満ちたものだった。
「今……人の声が…。」
「まさか…!」
里で突如として姿を消した人々。
その元凶が今まさに目の前に居る。それは何の説明がなくとも理解できた。
人間だけではなく、動物やそれに関わる妖怪たちも取り込みそこから弾幕のルールを会得したとでも言うのか。
『里の皆さんが取り込まれているのなら、何とかしないと…!』
『でも、一体どうすれば…。』
思考する早苗。その隙を見逃さない一撃が、的確に放たれる。
撃ち返そうと身構えるが時既に遅し。視界は閃光に包まれ、爆炎と巻き上げられた砂煙と木片が飛び散る。
かろうじて先に動き出した鈴仙は、別にそうする義理があるでも無しに早苗を小脇に抱えて高く跳んだ。すかさず何発かの追撃が向かってくるが、当てるつもりが無いとでも言うのかその攻撃は彼女らのスレスレを通り過ぎていく。
動揺する鈴仙の視線はその攻撃の大元を睨むが、小脇で騒ぐ小娘の姦しい声が鼓膜を突いた。
「後ろ! 危ない!」
ハッと背後を振り向く。崩れた木々が力なく、だが鋭い牙の形相で倒れてくる。
反応が遅れた兎は天敵の牙で殺められる。それは自然界の摂理。
まさにその光景を表すかのように、笑うような異様に軋む音を立てながら鈴仙たちを飲み込む――――
筈だった。
「人鬼『未来永劫斬』―――!!」
牙と言えども所詮は材の変わらぬ木。
それを絶え間なく細切れに裂く斬撃は、紛れもない卓越した剣術から放たれるものに違いは無かった。
白銀の風が獲物を捕らえる。
放たれる一閃はそれを断ち切るには十分な物であっただろうが、どうやら一手届かなかったか、一枚上手だった相手は身を翻し即座に距離をとった。
「妖夢!」
鈴仙が叫び終えるか否か、間髪置かずに制御を知らぬ極大の光が頭上から降り注いだ。
おそらく頭上に居るであろう魔法使いの攻撃が直撃ともなれば、さしもの身のこなしもガタが来ているようだ。
その隙を突いて妖夢は鈴仙と早苗の元へ駆け寄り、体制を立て直す手助けをした。
折を見て里であったことを聞いた両名は目を見開くほかなかったが、眼前のそれがその正体であると言う確信を得た後は平穏を手にするため視線を一点に向かわせる。
その陰の面影を捉えることは叶わないが、それは確かに久世の者であるという確信が、妖夢の胸の内に湧くのだった。