「これより、貴方の人生の精査を始めます。」
一言。ただその一言だけで緊張が走る。
ジワリと脂汗をかく感覚が実に気分を悪くするが、遥か頭上にいるであろうその眼光に思わず膝が崩れる。
「貴方の過去に目は通してあります。まず言いたい事は…。」
「自死など、愚か極まりない行為で楽になったおつもりですか。」
重く言葉がのしかかる。
おそらくそう言われるだろうと薄々考えてはいたが、心の中に一片でも慰めの言葉を期待していた自分がいる以上、その言葉は岩が頭から降って来たかのように重く、鋭く刺さった。
「貴方自身は…まあ良いでしょう。先の白玉楼から此処に来るまでの道中、大方予想はされていた通り、貴方はあの山中で"亡くなった"のですから。」
「では貴方の遺体は誰が片付けるとお思いでしたか?まさか野生の獣が食い荒らしてくれて遺体すら見つからないとでもお考えでしたか?」
「貴方の下らない謝罪の一言が書かれた遺書一つあれば、親族は心の整理がすぐつくとでも?」
「実にご立派な考えだ。ご立派で、浅はかで、愚かで、下卑た発想だ。」
一度放たれた言葉の槍は止まる事は無い。
返す言葉もない。仕方がない。彼女の言うことはまるでその通りだ。
自己中心的な考え。
そう。仕方がないのだ。
それからしばらくの事は覚えていない。おそらく、恐れやら緊張やらで耳にすら言葉は入って来ていなかった筈だ。
今になって思い返してみれば、自己中心的な態度を恥じるばかりだ。
しかし、これだけハッキリと言える。
俺は、如何に愚か者だったのだろうか。
。。。
どれくらい時間が経っただろうか。
映姫は先ほどまで握っていた笏がひしゃげるほどの勢いで怒鳴り声と罵声を男に浴びせていたが、やがて落ち着きを取り戻し、大の大人とは思えないような有様で背中を丸める男に対して口を開いた。
「貴方は昔から、自分の能力と周囲の目に自信を失っていたようですね。」
「確かに今の貴方は能力も才能もありません。ただ、人としての心構えはキチンとしていたようですね。」
そう話す彼女は自身の頭を軽く掻くと、浅くため息を吐く。
「どれだけ限界の状態にあっても、両親への感謝と思いやりを、自身を救った者達への敬意を忘れてはいなかったようです。」
「良いですか、よく聞きなさい。」
「人間の価値とは、財や力や能力だけで左右されるほど、軽くも甘くも無いのです。」
「貴方は自身を"無能"と卑下していたようですが、本に無能な者は他者を慈しむ事も顧みることも知らない。」
「今一度自分の目で、頭で、体で"人間の価値"とは何かを模索し、もう一度ここに立つ事を今は、特例として認めましょう。」
そう映姫は話した。厳格な雰囲気の中に、少しだけ優しさを見せながら。
男は涙を流し、丸めた背中の中で涙を流す。
申し訳なさや不甲斐なさ、様々な思いが目から溢れていた。
。。。
「まあ、閻魔様がそんな温情を?」
「意外ですね…即刻地獄行きだと思っていました。」
彼女が遣わせてくれた者達から白玉楼に送られた男は、心配そうに待っていた主人と従者に先の出来事を話した。
しばらくはこの地で暮らしていく事にしたは良いが、金も無ければ家も無い。どうしたものかと途方に暮れている最中だった。
「でしたら、向こう暫しの間でも白玉楼に滞在なさっては?」
まさかの提案に目を丸くする。
看病までしてもらった以上、更に迷惑になる訳にはいかないと話すが、主人の押しは想像以上に強く、従者も
「幽々子様がそう仰られるなら。」
と苦言を呈する様子も無い。
そうこうしている間に"客人"として部屋を与えられ、食事を与えられ、今はこうして主人と縁側で二人お茶を啜っている。どうにも押しの強さに対してすっかり流されてしまった。
先刻ぶりではあったが、眼前に堂々と咲き誇る桜は見事なものだ。屋敷を囲む生垣もよく手入れされ寸分違わぬ正確さで切り揃えられている。
そう思っているのが明け透けになっていたのか、幽々子は自慢げに笑い胸を張ると、隣に居た従者の方を向いた。
「そう言えば、この子の紹介がまだだったわね。」
その言葉に少女もハッとした様子で身を整えると、深く頭を下げて名乗った。
「魂魄妖夢と申します。この白玉楼においては、幽々子様の剣術指南役と警護兼庭師をしています。」
庭師…となれば、まさかこの生垣も。
「"全て"私が管理しています。」
胸を張る妖夢に「おお」と感嘆の声を上げ、賞賛を込めて拍手をする。
まさかここまでの少女が斯様な業前を持っているとは。
そう感心していると、不意に幽々子が口を開いた。
「貴方の名前を伺っても宜しいかしら?」
俺の手荷物を見たと言っていたし、もう知っているのでは。
と言うのは無粋な考えだろうか。ただでさえ厄介になる身なのだ、助けられた恩もある以上仇で返す訳にもいかない。
「久世…久世大寛。それが、俺の名前です。」
。。。
大寛の去った後、是非曲直庁の中で二人の少女は顔を合わせていた。
「失礼します。調査報告書、持ってきましたよ。」
「しかし良かったのですか、映姫様?あの男を白玉楼に返すなど。」
大きな釜を持った少女は映姫に声をかける。
対する映姫は依然として眉間にしわを寄せ、書類を書きながら目も向けずに返答する。
「…白玉楼の主人から口添えがあったのです。」
「それと"スキマの妖怪"からも。」
「彼女らが予期している事が事実なら、彼に目標を持ってもらうのが一番でしょう。」
「"幻想郷未曾有の危機"。勘違いであれば良いのですが…。」
「ほおー。その二人が出るってことは、何か裏があるんですかねえ。」
「それより小町。調査の方、貴女の口からも聞かせてもらいましょうか。」
「先に大結界異変が起きたばかりと言うのに、ここまで死者の魂が少なくなるというのは些か不自然だ。」
「我々も調査をし、原因を突き止めねばなりませんからね。」