大寛が白玉楼にやって来ておよそ2週間ほどが経過した。
とはいえ、やる事と言えば掃除や洗濯をして妖夢の買い出しに付き合い、残った時間は幽々子と縁側でお茶を啜るか幻想郷とやらに関する歴史の勉強だ。
場合によっては、恥を忍んで寺子屋で子供達に混ざって歴史を学ぶことすらあった。
「…と言う訳だが、理解できたか?」
「ええ、何とか…。」
寺子屋で学ぶと言っても大寛もいい大人だ。聞きたい事があれば、放課後に直接教師の上白沢慧音に質問をしに行くことになっている。
当初は戸惑いと動揺を隠せなかった寺子屋の教師陣だったが、彼の学びの姿勢を気に入った皆は徐々にその"異質さ"にも慣れていった。
「じゃあ寛ちゃんまた明日!」
「ばいばーい!」
「ああ。気を付けて帰りなよ。」
それは子供たちも一様に同じだった。
自分たちに混ざって大人が勉強をしているその様は明らかに異様で恐怖すら感じるものだったに違いな。だが子供の受容性とは有り難いことに、今はあだ名すら付けられるに至っている。
教師たちにしろ子供たちにしろ、この外部との精神的な壁が薄いというのもこの土地に住まう人々の良いところなのだろうと大寛はしみじみと感じていた。
「しかし、外の世界から迷い込むとは…大変な事だ。」
「何か困り事があれば遠慮なく言ってくれ。いつでも力になると約束しよう。」
苦笑いを浮かべる慧音が知っているのは、彼が外の世界から来た“人間”で、訳あって学びを欲しているということのみだ。
無論、里の人々にもそう伝わっている。
「いや、こうやって学ばせて頂いているだけでも十分有難いですよ。いつもお時間を取らせてしまって申し訳ない。」
「ははは。何を言うかと思えばだな。」
「確かに初め頭を下げに来た時は正気を疑ったが、今のお前は誰がどう見ても勤勉な学生だぞ。もっと自分を誇る事だ。」
そう話しながら寺子屋から出ると、彼女は林の方へと歩いて行った。
人が住まう里の中でも、いわゆる"妖怪"と分類付けられる人々は時たま目にする事がある。中には店を経営する者や、一角でテーブルゲームに興じる者や勤務する者もいるようだ。
ただ、例えそれに気づいても決して口にしない。と言うのがルールらしい。
しかし、そんな妖怪たちの中でも人を喰らう存在がいる。
それらは基本山中に居て里に来る事は無いようだが、その事実がありながらも彼女らを里に迎え入れているのは、何とも肝の据わった話だ。
そうこうしていると、丁度買い出しを終えた妖夢がやって来た。
大寛の為にわざわざ買い出しの時間をずらしてくれた彼女には頭が上がらない。冥界に帰る術を持たない彼は、妖夢が居なければ路頭に迷う羽目になってしまうのだ。
「お疲れ様です。今日は如何でしたか。」
「一から歴史を覚え直すというのは、この歳では中々しんどいものですね。」
「それ、先日も聞きましたよ。」
「帰ったら復習をしましょう。手伝いますよ。」
「え、勉強は不得手だったのでは…?」
「さ、流石に子供が習うような勉強くらいできます!馬鹿にしてるんですか!?」
「はは、冗談ですよ。ありがとうございます。」
そう会話をしつつ、彼女に手を引かれて空に舞う。慣れないうちは恐怖で足がすくんでいたものだが、今となってはすっかり慣れてしまった。
白玉楼に到着すると自室に荷物を置き、先んじて復習をする。生憎頭は良く無いが、こうやって何かに取り組む事自体は気が紛れることもあって苦ではなかった。
気を緩めると以前までの息苦しさがぶり返してしまい、客人という身の上であっても“何かしなければ”という感覚に襲われるのだ。こうして勉強に集中しているうちは、目の前の書物に気を取られてそんな怯えもどこかへ行ってしまう。
『ついでに、今日の日記もつけておこう。』
ここ冥界に来てしばらくしてから、気紛れで日記を認めるようにしている。
全くの非日常を味わえるこの世界は、書くことが多く勉強より頭を悩ませることになる時もあるのだが、今はその非日常を楽しむ余裕を持つように心がける。
黙々と作業をしてしばらく、自室に飾っている時計の秒針が着々と時間を刻んでいる音の中、足音が此方に向かって来ている事に気付く。
妖夢が来たのだろうか、などと考えていたが、襖が開いた先には幽々子が立っていた。
「失礼。お勉強中?」
「今日の分の復習と…日記をつけていました。」
「まあ、マメねぇ。」
そう言いながら露骨に日記を見ようと手を伸ばしているのが見えたため、慌てて机から弾き飛ばす。
ムッとした表情で見返すと、彼女は袖で口元を隠して笑った。
「今、お時間もらっても良いかしら。」
「構いませんよ。お茶の時間でしたか?」
「いいえ。今日は貴方に紹介したい人がいるの。」
「貴方に、“お客様”がお見えになっているわ。」