客人とは誰か。
確かに最近人里に出入りこそしているが、客人として訪ねてくるほど親しい間柄の人物などいないはずだ。ましてや、この冥界にやって来る事の出来る存在は限られているだろうに。
「幽々子様。ご客人、とは?」
「私の古い友人よ。畏まらなくても大丈夫、ただの挨拶だもの。」
「長いこと付き合ってるけれど、彼女ほど頭の切れる妖怪は中々居ないわ。」
そう言って客間の前までやって来た。
部屋の中には、一人の女性が座っている。と言っても、妖怪なのだが。
彼女は大寛に対し微笑み会釈をすると、向かい側に座るよう手を伸ばして促していた。
「はじめまして。久世大寛さん。」
自分の名前が知らぬ女の口から飛び出した事に少し後ずさるが、先ほど幽々子が自身の友人であると聞いていた事を思い出し、彼女が名前を教えたのだろうと解釈した。
とはいえ驚いているのは事実であり、震えた口からは上ずった声が出る。
「はじめまして、えっと…。」
「ああ、失礼しました。」
「私の名前は"八雲紫"。この幻想郷を管理している立場にある者です。」
「幻想郷の管理者の方、ですか。」
管理者と言うならかなり偉い方なのでは?
そう意識すればするほど背筋が伸び、冷や汗が伝っていくのを感じる。
緊張している大寛の様子を見て、紫は笑みを浮かべた。
「そう重く捉えないで頂いて結構ですわ。」
「友人の幽々子から、新しい同居人が増えたと聞いておりましたので、是非、ご挨拶をと。」
彼女は目を細くして微笑んでいるが、閉じているはずの目から今なお見つめられているような感覚に思わず背筋を伸ばす。
正に“蛇に睨まれた蛙”という奴だろう。心拍数が上がっていくのを感じる。
そんな様子を見ていた紫は、心音でも聞こえたのか察したようにケタケタと、まるで獲物を品定めするかのように不気味な笑みを浮かべる。
幽々子の友人と聞いていた以上、間違いなく只者ではないとは思っていたが、目の前の存在はただの“妖怪”では済まされない気迫を感じる。
想像を遥かに超えるその圧は、今すぐにでも此処から走って逃げ出したくなるような本能的な恐怖を感じるものだった。
「そ、その。紫…様は、本日はどういったご用件でしょうか。」
「あら。先ほども申した通り、ただの"ご挨拶"に上がらせて頂いただけです。」
そう言いながらもそのねっとりとした視線は彼の体や顔をじっくりと見ているようだ。感じる視線に合わせて心臓が上下に動く錯覚を覚え吐き気を催す。
汗が止まらないが拭うことは出来ない。ピクリとでも体を動かせば直後に消されそうな圧に、立派な成人男性は情けなく半泣きの表情を晒していた。
流石に同居人が良いようにされているのを哀れに思ったのか、一緒になって笑っていた幽々子が仲裁に入った。
「もうその辺りしてあげて、紫。」
「ふふふ。そうね。」
「その怯え様なら、何か危害を加える様な胆力は無いと見えるわ。」
何か試されていたのだろうか。怪訝な表情で二人の顔を交互に見ていると、紫は続けて話をした。
「無礼を許して頂戴。外の世界の御仁。」
「どうにも貴方からは、並ではない何かを感じていたものだから顔を合わせて確かめようと思ってね。」
「喜んで良いわよ大寛。危険は無いって判断されたみたいだから。」
その言葉で体から一気に力が抜けるのを感じる。
たった数分間ではあったが、まるで数時間過ごしたかの様な生きた心地のしない時間だった。とは言え、大寛は既に死んでいるのだが。
「勘弁してくれ」と口から出た言葉は、立場を取り繕う敬語などすっかり抜け落ちた心からの言葉だった。
。。。
「随分と愉快な人ね。彼。」
「そうでしょう?良い話し相手になってくれているわ。」
「こうも冥界で自由に口を利ける人は稀だもの。」
大寛が退席した後、旧友同士は再び話に花を咲かせた。
会話の内容は変わったものは無かったが、幽々子の目に映る紫の姿は普段よりざわついている様子に見えた。
そう思われているのを感じ取り一つ咳ばらいをすると、場の空気は一転した。
「最近、此処に流れてくる幽霊は日に日に少なくなってきているみたい。」
「そのようね。どうやら地獄の方でも問題になってきているようで、聞いた話では閻魔様も困っているようだわ。」
「それは、ご本人から聞いたのかしら?それともサトリ妖怪?」
「まさか。そのどちらも、私が嫌がっているのは知っているでしょう?」
“冥界の管理者”と“幻想郷の管理者”。
二人の間には和気藹々とした軽口が飛び交うが、その裏には間違いなく何か異常が発生しているということは火を見るより明らかだった。
魂の数の減少。それは幻想郷自体に大きな影響を与えるものとは言い難いものだが、放置していて特になるものでもない。先の異変でも似たような現象は起きていたが、60年に一度と言われている以上それに該当する可能性は低い。
何かが起きているが何かは把握できない。
そんな一抹の不安と不気味さが、この世界のどこかで芽吹こうとしていた。