今の幻想郷の状況。それをわざわざ紫自身が伝えに来たという事は、何かが起き始めている。ないしは起きているという事に違いなかった。
紫はまず、大寛に昨夜見た物を事細かに説明する事になった。とは言え彼自身も当時は危機的状況と判断していたため、あまり詳細な事は伝えられなかった。
複数人の声と蠢く骨。不自然なまでに大きく見えた体。
その情報だけが、彼が現状伝えられる全てだった。
「そう、それを昨夜貴方は見たのね。」
「はい。人里から続く森の中です。」
「遠い場所という訳ではありませんでしたが。」
そう話を聞いた紫はいっとう難しい顔で再度大寛と霊夢を見ると、近頃里で噂になっている存在について話し始めた。
森の中では自分の影が動いて見える。
誰かが四方から自分の悪口を囁いてくる。
常に何かが自分を見ている。
そんな噂が蔓延っているとの事だった。
幸い実害が及んでいる訳でもないため、人々の中では"怪談"のようなものとして扱われているようだ。
「誰だか知らないけど、妖怪の仕業じゃないの?」
切り捨てる様に霊夢が口を返す。
以前から森にはこう言った話が付きものであった様だが、どれも妖怪が悪戯や遊びで人々を怖がらせる事が原因だったという事が尽きないらしい。
確かにその線はあり得る話だろうと紫も同調する。
しかし。
「残念ながら、それだけではないわ。」
「地霊殿の飼い猫や、三途の船渡なんかとも話をしたけれど…どうやら地獄でも異常が起きているらしいの。」
「…一応聞くけど、異常って?」
「死体や幽霊の数が異様に減っているらしいの。」
「おかげで死神は楽ができるって喜んでいたけれど、調査に奔走している様子だったわ。」
「まさかあの死体収集家とサボり魔の話を真に受けるわけ?」
「彼女たちだって真面目に仕事をしないわけではないわ。一応。」
「それに、幽霊に関しては冥界にも同じ異常が見られている。」
「昨晩彼が見たという“何か”も、その異常に関する何かなのではなくて?」
事実大寛が見た存在の姿は、幽霊とも死体ともとれる特徴を持っている。
しかしもしそれが妖怪であったと仮定した場合、仮に彼が亡霊であると分かるほど聡い存在ならば、適当にあしらう為に術を使った可能性もあるのではと霊夢は反論する。
「とは言え、放っておく訳には行かないでしょう。」
「う、それは…そうだけど。」
「宜しく頼みます。"博麗の巫女"さま。」
ホホホと笑う紫に対し霊夢は眉間に皺を寄せ溜め息を吐くと、キッと大寛の方を向き直した。
「ジッとしていろ」と言うのは言葉にせずとも分かる。その姿に激しく首を縦に振ると、その場はお開きとなった。
。。。
「と言う事がありまして。」
「まあ、そんな事が?」
「ふふ。あの巫女も紫も強引なのは変わらないわね。」
白玉楼の縁側、幽々子と大寛の二人は先の話をしていた。
今だに落ち着かない様子の大寛に比べ、幽々子の様子は変わらず落ち着いたものだった。あまつさえ、亡霊が人間に驚かされたという事実がいたく気に入ったようで、繰り返し口にしては笑っていた。
「なら、しばらくはこうしてお茶とお話が楽しめるわね。」
「良い話し相手になれれば光栄ですけれども。」
「あら、畏まらないで。」
「外の世界の話を聞く機会なんて滅多に無いもの。色々教えて下さいな。」
「俺が答えられる事なら何でもお教えしますよ。」
「…あの、幽々子様はお叱りにならないんですか?」
「あら、何のことを?」
「屋敷を抜け出して夜な夜な里に出て行っていた事です。」
「俺の不用心さで、白玉楼の皆にも博麗さんにも迷惑をかけてしまいました。」
「さっきから浮かない顔をしていると思っていたら、それを気にしていたのね。」
「それなら気に病む必要は無いわ。」
「何故だか、聞いても良いですか?」
「貴方は右も左も分からない幻想郷に来て一月程度でしょう?」
「貴方の居た世界であれば、多少の倫理や考え方が違っているくらいなら適応出来るかもしれないわね。」
「でも此処は違うわ。何もかも。貴方の持って来た常識は何も通じない世界。」
「それって文字通り"生まれ変わった"と言うに等しいんじゃないかしら。」
「生まれ変わった…。」
「そう、でしょうか。」
「そうよ。きっと。」
「だから今は焦らず、ゆっくりと慣れて行ってちょうだい。」
「幾らでも時間が有るのが死した者にのみ許される特権なんだから。」
「ありがとうございます。幽々子様。」
「少しずつでも、順応できるよう精進します。」
「期待しているわ。」
「さて、暗い話はお終いにして、もっと楽しい時間にしましょう。」
「そうですね。」
「何と言っても、時間は"死ぬ程"ありますからね。」
そうして二人は穏やかな時間を過ごして行った。
幽々子は叱らなかったが、代わりに妖夢から叱られる夕食の時間まで。