月と樹と写輪眼 ─もう一人のうちは─ 作:琴葉つきね
幼馴染のうちはイタチ、イタチの弟サスケ、自身の姉イズミと共に過ごす穏やかな日々は、やがて訪れる“夜”によって大きく揺らいでいく。
これは、生き残ったもう一人のうちはの少女、ミズノの物語。
木ノ葉隠れの里の郊外。
眩しい日差しが降り注ぐ川辺に、風を切る鋭い手裏剣の音が響いていた。
──ヒュッ。
放たれた手裏剣が川面を越え、向こう岸に並べられた的へと突き刺さる。水面は陽の光を弾いて、きらきらと揺れていた。
川岸に並んでいるのは、うちはサスケ、うちはイズミ、そしてうちはミズノ。三人の視線の先で、イタチが静かに手裏剣を構える。
次の瞬間、腕が動く。放たれた手裏剣は吸い込まれるように対岸へ飛び、次々と的の中心を射抜いていく。
「すごい!!イタチお兄様!」
ミズノの瞳が、ぱっと輝いた。
彼女がイタチを見つめるその隣で、サスケが少しだけ唇を尖らせる。
「次は私だね!」
イズミが一歩前へ出た。手の中で手裏剣を構え、迷いなく腕を振る。乾いた音が連続して響き、すべてが的の中心を捉えた。
「なかなかやるな、イズミ」
「お姉様も全部の的に刺さってる!」
妹のミズノから向けられる熱のこもった眼差しに、イズミがふわりと笑う。その笑顔を見たイタチの口元にも、柔らかな笑みが浮かんだ。
風が吹き、木々の葉が揺れる。葉の隙間から零れた光が、四人の上でちらちらと踊っていた。
「サスケ、次はお前だ。俺やイズミの動きをよく見ていたか?」
「見てなくたって余裕だよ!全部の的に当ててやる!」
サスケは勢いよく前へ出ると、大きく腕を振って手裏剣を放った。
けれど、的に刺さったのは一つだけ。残りは土や木の幹に弾かれ、虚しく転がっていく。
「くそっ……!!」
「サスケ、集中しろ」
イタチの静かな眼差しと声に、サスケは悔しそうに俯き、拳を握りながら後ろへと下がる。
「次は……私だね」
入れ替わるように前へ出たミズノは、一度息を整え、狙いを定めて腕を振った。軽快な音とともに、手裏剣が次々と的の中心へ突き刺さる。
「やった!!」
両手を上げたミズノの横で、サスケが拳を更に強く握る。ちらりとミズノを見て、目が合った瞬間、ぷいと顔を背けた。
その横顔に気がついたミズノは、小さく首を傾げる。それからにっこりと笑った。
「サスケ、大丈夫だよ!私の方が二歳も年上でお姉さんなんだから、サスケより上手くて当たり前だよ!」
「二歳しか変わんないだろ!偉そうに姉さん面するなよ!」
「もー!いつも言ってるでしょ!!サスケは絶対にできる!強いんだから。次は絶対に成功する!」
真っ直ぐに背中を押す言葉に、サスケはほんのりと頬を染め、ぐっと唇を噛み締めた。
そんな二人のやり取りを静かに見守っていたイタチが、ゆっくりとサスケへ歩み寄った。
「焦るな、サスケ。お前には冷静さが必要だ」
一本の手裏剣を取り出し、弟の手へ握らせる。
「落ち着いて、呼吸を整えてやってみろ」
その様子を、ミズノはじっと見つめていた。
ミズノの胸が僅かに高鳴る。
(イタチお兄様、優しいな……)
「サスケー!!頑張ってー!!」
ミズノは満面の笑みで、サスケへ向けて両手を大きく振る。
「お前に応援されなくても、次は絶対に成功してやる!」
照れ隠しのように、大声で気合を入れると、サスケは深く息を吸い込む。
今度こそ──的を見据え、呼吸を整え、腕を振る。
鋭い音が川辺を駆け抜け、すべての手裏剣が的へと命中した。
「……!」
サスケが目を見開く。
「やった!!サスケ!!」
「……うわっ!?」
ミズノは弾かれたように駆け寄り、そのまま勢いよく抱きついた。
「な、なんだよ!くっつくなよ!!」
耳まで真っ赤に染めたサスケが、慌ててミズノの肩を押し返す。
「さすがは、私の弟弟子だね!」
「誰がお前の弟弟子だよ!」
にっこりと自慢げに笑うミズノと、声を荒らげるサスケ。その賑やかなやり取りを眺めながら、イタチとイズミは顔を見合わせてふっと微笑み合っていた。
ミズノの視線が、自然とそちらへ向く。
(イタチお兄様とお姉様、仲いいな……)
二人の様子を見たミズノは、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべる。胸の奥がちくりと痛む。けれど、それが何なのかまだ幼いミズノには上手く言葉にできない。
ただ、イタチが笑っていると嬉しかった。その隣でイズミが笑っていることも。そして振り向けば、負けず嫌いの弟のようなサスケがいる──
四人で過ごすこの時間が、ミズノは何よりも大好きだった。
しばらくするとイタチは空を見上げる。いつの間にか陽は傾き、空を茜色に染めている。
「今日はここまでだ」
「あ、もうこんな時間……」
つられてミズノ達も空を見上げる。
イタチはサスケとミズノへ歩み寄り、いつものようにサスケの額へ、そしてミズノの額へ、順番に指先を押し当てた。
──トン。
「また今度だ……」
額を押さえて、不満そうに眉を寄せるサスケの隣で、ミズノは自分の額を押さえながら、イタチを見上げる。自分たちを見つめる優しい瞳の奥に、深い影が見えた気がした。
「みんな気をつけて帰れ。俺は今から少し用がある」
それだけ告げて、イタチは背を向ける。茜色の光の中で、長い髪が風に揺れた。その背中が、なぜかひどく遠く見えた。
「イタチお兄様!」
ミズノが呼ぶと、イタチの足が止まる。
「また今度、みんなで修行しようね!」
しばらく背を向けたまま立っていたイタチが、ゆっくりと振り返る。
「……ああ」
彼は、柔らかな微笑みを向けた。
「だが、俺は任務でしばらく忙しくなる。約束はできないが、きっとまた」
「うん……!」
ミズノは大きく頷く。けれど、なぜか胸騒ぎがした。それを追い払うように声を張る。
「イタチお兄様、任務頑張ってね!サスケのことは私がしっかり面倒みておくからね!」
「なっ……お前に面倒見てもらう必要なんてない!」
サスケの叫び声を背に、イタチは足を止めることなくそのまま歩き去っていくのだった。
サスケと別れた帰り道。長く伸びた二つの影が、地面に並んでいた。
「ねえ、お姉様」
「何?」
「イタチお兄様……なんか変じゃなかった?」
イズミの歩みが、ほんの少しだけ緩んだ。視線を落とし、しばらく考えてから口を開く。
「……そうだね。イタチ君は優秀な人だから、私達にはわからない、なにか難しいことを考えてるんだと思う。任務も忙しいみたいだし、きっと少し疲れてるんじゃないかな」
「そっか……」
少しだけ寂しそうに呟いてから、すぐに笑顔を作る。
「お兄様ってすごいね……忙しくなるって言ってたけど、お兄様の任務が終わったら、またみんなで修行したいな。私、四人でいるのが楽しいの!みんなのことが大好きなんだ!」
イズミは一瞬目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
「うん!私もだよ」
夕暮れの道に、姉妹の笑い声が重なる。二人は並んで家へと帰っていった。
──けれど、四人があの川辺に揃うことは、二度となかった。
季節が幾度か巡った。
春が過ぎ、夏が来て、木々が色づき、やがて雪が降る。そんな季節を三度見送っても、イタチの任務が落ち着くことはなかった。
偶然、里ですれ違っても交わせるのは、ほんの短い言葉だけ。いつしかミズノは、まともにイタチの顔を見ることすらできなくなっていた。
行き場のない寂しさを埋めるように、ミズノはサスケと修行に明け暮れた。
“兄や姉を超え、強くなる”
そんな目標を掲げ、毎日のように川辺へと通った。
──ある日。
「ねぇ、サスケ」
いつもの川辺。修行の合間に、二人は大きな木の陰へ腰を下ろしていた。
「イタチお兄様は家に帰ってきてるの?」
ミズノが尋ねると、サスケは顔をしかめて俯いた。膝を抱えたまま、足元の小石を睨む。
「……兄さんは任務が忙しいらしくて、帰ってきてもすぐにまたどこかに行く。修行をつけてもらいたくて頼んでも、いつもまた今度だって誤魔化される……」
吐き捨てるような言葉とは裏腹に、その声には隠しきれない寂しさが滲んでいた。
「そっか……サスケもあんまり会えないなんて……お兄様、本当にすごく忙しいんだね」
川の向こうを見つめるミズノの横顔も、どこか寂しげだった。その顔を横目で見たサスケは、勢いよく立ち上がる。
「俺は兄さんより、強くなる!強くなって、驚かせてやるんだ。絶対」
ミズノは目を瞬かせ、ぱっと笑った。
「……うん!私も強くなりたい。お兄様と一緒に修行できなくても、サスケには私がいるよ!一緒に頑張ろうね!」
屈託のないその笑顔に、サスケは素早く目を背けた。耳が微かに赤い。
「どうしたの?」
「なんでもない!もう行くぞ!」
そして二人は立ち上がる。川辺へと向かい、修行を再開するのだった。
──その夜。薄雲の流れる空に、白い月が浮かんでいた。吹き抜ける夜風は、いつの間にか秋の冷たさを帯びている。
イズミとミズノの家の大きな木の上に、イタチは佇んでいた。風が葉を揺らすたび、月光が彼の横顔を照らす。その瞳には赤い光が灯っていた。
イタチは何も言わず、姉妹の家を見つめていた。
もう決して、あの頃には戻れない──
イタチは静かに目を伏せる。
その時、二階の窓が勢いよく開いた。休もうとしていたミズノは、微かなイタチのチャクラを感じ、窓辺から身を乗り出す。眉を寄せ、目の前の木へ目を凝らしている。
「イタチお兄様?そこに……いるの?」
返事はない。やがて木の葉が揺れ、その隙間から、イタチがゆっくりと姿を現した。
「ミズノ……まだ起きていたのか」
「お兄様!」
ミズノの顔が明るく綻ぶ。
「どうしてここに?任務が終わったの?」
あまりにも嬉しそうな様子に、イタチの瞳が小さく揺れた。
「……いや」
「そっか……」
短い沈黙が落ちる。イタチはミズノを見つめた。
「ミズノ。サスケと仲良くしてくれているようだな」
突然の言葉にミズノが首を傾げるも、イタチはそのまま静かに続けた。
「これからも……仲良くしてやってくれ」
きょとんとしたのは一瞬。ミズノはすぐに力強く頷いた。
「うん!私とサスケは姉さんと弟みたいなものだから。安心して!」
「……そうか」
イタチの口元が、僅かに緩んだ。
「ありがとう、ミズノ」
風が吹いた。木々がざわめき、月が薄雲に霞む。
「もう休め」
「……!お兄様──」
その言葉を残して、イタチの姿は夜の闇の中へと消えていった。
「どうしたんだろう……」
ミズノはしばらく、誰もいなくなった木を見つめていた。
「なんだか、悲しそうだった」
やがて窓を閉め、布団へ戻る。けれど、なかなか眠れなかった。影の差したイタチの顔。いつもより静かな声。そして、あの言葉。
「……」
考えても、幼いミズノに答えは分からない。やがて、瞼が重くなってきた。
(また四人で一緒に修行できるといいな……)
そんな願いを胸に、ミズノは静かに眠りへと落ちていく。
窓の向こうでは、薄雲の切れ間から月が再び姿を見せていた──
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
第1章はミズノの幼い日常を通して、イタチやサスケとの絆を描きました。
次章からは、彼女の運命が大きく動き出していきます。
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