月と樹と写輪眼 ─もう一人のうちは─ 作:琴葉つきね
心の交流、そして嵐の予感──
オリジナル要素強めです!
時空の渦に呑まれた先、辺りは深い静寂に包まれていた。
岩壁に囲まれた薄暗い空間の中へサスケは歩みを進めている。
マダラはその少し後ろを歩いていた。
「あの女は何者だ。何か繋がりがあるのだろう。そうでなければ、お前が庇い立てする理由はないはずだ」
マダラが低い声で問いを投げる。
その声には何かを探るような鋭さがあった。
サスケは前を見据えたまま、立ち止まる。
「……お前には関係ない」
静かだが、これ以上踏み込むなという意思が伝わる。
わずかに空気が凍った。
マダラはしばし沈黙のあと、ふっと鼻を鳴らす。
「まぁいい。いずれわかることだ……」
仮面越しにサスケの背を一瞥し、声を落とした。
「奴は万華鏡を開眼している。そのままにしてはおかない」
サスケは何も返さない。
マダラもそれ以上は何も言わず、ゆっくりと歩み寄った。
「それで、俺に話とはなんだ」
サスケは再び歩き始め、はっきりと告げる。
「イタチの眼をもらう」
その言葉に空気が変わった。
「やっとその気になったか……須佐能乎の使いすぎだな。もうろくに見えていないのもわかっていた。いいタイミングだ」
マダラの声は、すべてを見通しているかのように確信に満ちている。
「すぐに移植してくれ」
「しかし、急だな。どうしたというのだ?」
サスケの瞳に、冷たい光が宿った。
「俺は全力でナルトを潰す!そして奴の全てを否定してやる!それだけだ……」
その声には迷いも躊躇もない。
二人は足早にアジトの奥へと歩みを進めていくのだった。
──木ノ葉の里。
ミズノ達が里への帰路を急いでいる頃、昏睡状態に陥っていた綱手が意識を取り戻していた。
布団の上で上体を起こした綱手は、山盛りの料理を前に箸を勢いよく動かしている。
「まだまだ足りん!チャクラも元には戻っていない!!
もっと食い物を持ってこい!気を抜くとババアに戻っちまう!!」
豪快に肉を頬張り、次いで大盛りの白米をかきこむ。
「綱手様、ゆっくり食べてください!火影室の食材はもう底をつきました……今から食材を仕入れてきますので少し食休みを……」
隣に控えるシズネがあまりの食欲に慌てていた。
ふと綱手の箸が止まり、部屋の入り口へ視線を向ける。
「綱手様、目覚められたんですね」
視線の先にはカカシが立っていた。
「お元気そうでよかったです。
あやうく俺が火影になるところでしたよ。
ま、俺は火影ってガラじゃないし……今の状況下では、顔の聞く綱手様が火影でいてくれないとね」
シズネから全ての状況を聞いていた綱手は、そのまま言葉をつなぐ。
「ダンゾウの死も驚いたが、忍連合とはな。よく土影や雷影が協力する気になったものだな」
「それだけマズイ状況が差し迫っているってことです」
「うちはマダラ……本当に生きていたのか?」
「確証はありませんが、やろうとしている事から考えてもまず間違い無いかと」
綱手は口元を拭い、小さく息をついた。
「……また戦争か。うちはの因果が忍全てを巻き込むことになるとはな」
カカシは気まずそうに視線を逸らす。
「食後すぐに会議を開く!戦争の準備だ!」
綱手は息を巻き、食事を再開した。
「綱手様、その会議の前に……急ぎお伝えしたい事があります。極めて重要な事です」
「……一体なんだ。ここでは話せないのか」
「はい。できれば俺が許可した者以外、人払いをお願いしたい」
カカシは真剣な面持ちで綱手を見つめている。
綱手とシズネは眉をひそめ、一瞬顔を見合わせた。
「なにか訳ありのようだな……食後、すぐに段取りする」
張り詰めた空気の中、一人の少女が背負ってきた秘密が遂に明かされようとしていた。
──マダラのアジト。
その頃、サスケはイタチの瞳の移植を終えていた。
「当分は安静にしていろ。万華鏡の場合はなじむまで時間がかかる。痛むか?」
マダラの問いかけに、サスケはベッドに腰を下ろしたまま冷たい笑みを浮かべる。
「……いや、しっくりきている」
声は低く静かだったが、その奥には確かな手応えが滲んでいる。
「イタチの瞳力を感じる。自分が強くなっているのがわかる……!」
サスケの瞳に宿ったのは、兄の残した力と自らの意志を重ねた万華鏡。
誰の言葉も届かないその瞳に、彼は何を映すのか──。
──木ノ葉会議室。
綱手、シズネ、ガイ、カカシが待機している中、呼び寄せたメンバーが順番に入室していた。
ナルト、サクラ、サイ。
キバ、シノ、ヒナタ。
シカマル、いの、チョウジ。
そしてネジ、リー。
静寂に潜む圧迫感、誰もが口を閉ざしている。
「揃ったな……」
カカシは小さくつぶやき、最後に彼女の入室を促した。
扉がゆっくりと開く。
足音が一歩ずつ床を打つたび、視線が集まっていった。
部屋の中央で立ち止まった彼女をカカシが名で呼ぶ。
「じゃあ、話してもらおうか……ラン」
皆の間に、騒めきが広がる。
「ラン?」
「どういうことだ?」
ミズノは一呼吸おき、顔を上げてゆっくりと口を開いた。
「ランは仮の名前です。本当の名前は──うちは……ミズノ」
場の空気が揺れる。
息を呑む音、視線が交錯する音が聞こえてくるかのようだった。
シカマルは眉をひそめ、いのは思わずチョウジの腕を掴む。
サイとシノは僅かに表情を変え、リーとキバは動揺を隠せず、額が湿っている。
ヒナタは両手を胸に当て、言葉にならない戸惑いと憂いが交差していた。
「あの日……うちは一族はサスケ以外、うちはイタチによって惨殺されたはずではなかったのか?」
ネジが思わず困惑の声を漏らす。
誰もが息を呑んだまま、次の言葉を待っていた。
ミズノは視線を落として静かに語る。
「あの日、一族は確かに惨殺されました。でも……私も生き残った。なぜ生き残ったのかは、今は詳しくお伝えできません。ごめんなさい」
「お前……!」
キバが口を開きかけたが、サイが小さく首を振り、視線で制した。
室内は、重たい沈黙に包まれている。
ミズノは深く息を吸い、慎重に一つひとつ言葉を紡いでいく。
「私はあの日、助けを求めて三代目の元へ向かいました。
三代目は私を守るために里の皆に素性を偽り、私は術で姿を変え、“やかぜラン”として生きていくことになりました。そしてアカデミーへ再び入学し、卒業した後は暗部に配属……その後は皆さんが知っている通りです」
淡々と語られた言葉の裏に、長年抱えてきた重みがにじんでいた。
仲間達は顔を見合わせ、驚きと混乱の表情を浮かべる。落ち着かない雰囲気の中で、サクラが疑問を投げかけた。
「あの……ミズノさん、なぜ三代目はあなたがうちはであることを隠したんですか?それと、サスケ君やうちはイタチとは……どういう関係なんですか?」
再び、全員の視線がミズノへ注がれる。
──その瞬間、鮮やかな光景が彼女の脳裏をよぎっていた。
いつもの川辺、サスケと自分が競い合う姿。
イタチの優しい笑顔、イズミが差し伸べてくれた手。
穏やかな陽光の下で四人が笑い合った日々。
「………」
ミズノはサクラを真っ直ぐに見つめ、微かな影が混じる声で答える。
「私の父とサスケ達の父、フガク様は親友だった。家族ぐるみで仲が良かったの。私の姉イズミとイタチお兄様、そしてサスケと私は小さな頃から家族のように育った幼馴染……」
その言葉は長い間閉ざされていた扉を開くように、静かに広がっていく。
「私がうちはであることを三代目が隠した理由も、今は言えない。でも、時がきたら必ず全て話します。今はどうか……許してください」
「一体なんなんだよ!!」
キバは、耐えきれずに思わず声を荒げた。
「今、サスケやマダラが原因でやべー事が起きまくってんのに、そんなんでうちはのお前を信用できると思ってんのかよ!」
怒りを露わにし、目をギラつかせながらミズノに詰め寄る。
ミズノは小さく唇を噛みしめ、瞳を伏せたまま答えられない。
「キバ、落ち着け」
淡々と、しかし芯のある声でカカシが制す。
「三代目がミズノを守ったのは、それだけの理由があるってことだ。うちはだからと責めるのは違う。今は……ここまでで十分だ。俺たちがするべきことは、ミズノを追い詰めることじゃない」
カカシの視線が、仲間たちをゆっくりと見渡した。
その瞳は“彼女を信じろ”と語っているようだった。
キバは舌打ちしながらも押し黙る。
腕を組み、黙って耳を傾けていた綱手は大きく息を吐いた。
「カカシのいう通りだ……しかし、先代はとんでもない事実を隠していたものだな。ミズノ、他に何か話すことはあるか」
ミズノは瞳を伏せたまま、声を絞り出す。
「私は、やかぜランとして過ごしながらサスケを見守っていました。でも……サスケは里を抜け、罪を犯して犯罪者になった。更には、うちはマダラが生きていて戦争を仕掛けようとしている」
彼女は深く頭を下げた。
「うちはの因縁が大変な事態を招いてしまったこと、うちはの生き残りとして何もできなかったこと……本当に申し訳ありません。責めるのも、怒るのも当然です。どうしたら、責任が取れるのか……わかりません」
ミズノの声と身体が震えている。
誰もが言葉をのみこんだまま、空気は鉛のように重く沈み込む。
すると、ナルトがミズノの前に歩み出し、震える彼女の肩に手を置いた。
「お前に責任なんかねェよ。話してくれて、ありがとな!お前を庇ったサスケを見て、あいつの心がまだ残ってるってわかったんだ。俺が絶対サスケを連れ戻す。マダラだってぶっ飛ばす!だからもう、自分を責めるなってばよ!!」
ミズノがゆっくり頭を上げると、ナルトはニッと笑った。
瞳が熱くなる。
ミズノは彼に向けて、少し遠慮がちな笑みを返した。
「……ありがとう」
張り詰めていた空気がほどけ、穏やかなぬくもりが場を包み始める。
そのぬくもりを受け止めながらも、場を引き締めるように綱手の低く落ち着いた声が、静かに響いた。
「うちはの生き残りがいるとわかった以上、これから会議で皆に報告する……他里にも話を通す必要があるだろう。
忍連合を結成し、戦争の協力体制を築いている状況で隠し事は許されない」
火影としての威厳と責任を帯びた瞳が、ミズノを捉える。
「ミズノ、私が指示をだすまでしばらく自宅で待機しているように。わかったな」
「……はい」
その場は解散となり、仲間たちはそれぞれ胸に複雑な想いを残したまま、静かに会議室を後にしていった。
──ミズノの家。
二階建てのアパートの一室。ミズノは窓辺にもたれかかる。心の奥から重たい息が漏れた。
(これから私はどうなるんだろう。危険人物として拘束されるのかな。うちはのせいで戦争が起こるんだもんね)
窓の外に目を向けると、沈みゆく夕陽が里を茜色に染め上げている。ミズノはその色を見つめながら、彼の背を思い返した。
(サスケが私を庇ってくれた……ナルト君が言っていた通り、優しい心はまだ消えてない。今はただ憎しみにのまれて、自分を見失っているだけ──)
更にイタチとイズミの記憶が、水面のように彼女の瞳の奥で揺らめく。
(イタチお兄様は一人で全てを背負いすぎた。もし私達に打ち明けてくれていたら、私たちがもっと早く彼の背負っていたものに気づいていたら……違う未来を選べたのかもしれない)
思考の波に沈みながら、ふと視線を落とすと見覚えのある桜色の髪がそよいでいた。
窓を開け、そっと声をかける。
「サクラちゃん?どうしたの?」
サクラはハッとして顔を上げ、どこか気まずそうに慌てた。
「あっ、その……少し話がしたくて……」
「……いいよ。私は家から出られないから上がってきて?中で話そう」
ミズノは手で合図しながら、柔らかい声で告げる。
サクラは少し緊張した笑みを返し、階段をゆっくりと踏みしめてミズノの部屋へと向かっていった。
──静かな部屋に、二人だけの時間が訪れる。
ミズノはサクラをダイニングテーブルへと案内した。
「そこに座って。今、お茶を入れるね」
サクラは緊張した面持ちで、かすかに頭を下げる。お湯を注ぐ音が、張り詰めた空気の中に小さく響く。
湯気とともに立ち上がる香ばしい茶葉の匂いが、緊張をほんの少し和らげてくれた。
カップをサクラの前に置くと、彼女は礼を言う。ミズノは微笑みながら頷き、サクラと向かい合わせに座った。
「なんか色々考えて、落ち着かなくて。サクラちゃんが来てくれて正直ホッとした。私とサスケのことを……聞きに来た?」
サクラは図星を突かれ、目を瞬かせたがすぐには言葉が出てこない。
「あ、その……」
続きを言いかけて、彼女は視線を落としたまま口ごもる。その様子を見て、ミズノが先に切り出した。
「サクラちゃん……私ね、あの時のあなたの覚悟が私と似ているなって思ったんだ」
サクラは顔を上げ、驚きに目を見開きながら答える。
「私の覚悟なんて……結局、私はサスケ君にけじめをつけることも、助けることもできなかった……」
言い終えると彼女は小さく肩をおとし、瞳を伏せた。
ミズノも視線を落とす。そっとカップに手を添え、指先でフチをなぞる。
「サクラちゃん、ありがとう。ずっとサスケを信じて助けようとしてくれて。私とサスケはきょうだいのように育ったから、サスケを弟のように思っているの……サスケは姉さん面するなって怒るんだけどね」
ミズノはやわらかく微笑みながら、サクラに視線を戻した。
「サスケが私を庇ったことが、気になっているんだよね?」
サクラは小さく肩を震わせる。
「ごめんなさい……こんな時に」
「ううん、いいの」
ミズノは穏やかに首を振る。
「私とサスケの間に、特別なことはないよ。死んだと思っていた“姉さん”が目の前に現れた。家族思いのサスケだからこそ、思わず身体が動いたんだと思う」
胸の奥で小さく痛むものを抱えながら、サクラを見つめた。
「ごめんね……サスケがあなたに沢山辛い思いをさせてしまって……」
サクラはしばらく黙っていたが、やがて震える声で語り始める。
「辛いけど……気持ちは変わらないんです。サスケ君を想う気持ちは、ずっと変わらない。サスケ君のことが好きでたまらなくて……」
サクラの言葉が細く途切れ、彼女の瞳から熱い雫が伝っていく。
ミズノはその姿を見つめながら、柔らかくも強い声色で伝えた。
「サクラちゃん、わかるよ。あなたの気持ち本当に……よくわかる」
少し間を置いて、ミズノは微かに迷いながらも自分の胸の内を明かし始める。
「私ね、小さい頃からずっとイタチお兄様のことが好きだったんだ」
サクラは顔を上げ、問いかけるようにミズノを見つめた。
ミズノの眼差しには、想い続ける者の優しさと苦しみが浮かんでいる。
「イタチお兄様は、姉のイズミを大切に想っていた。もちろんイズミお姉様も。私はそれでよかったの……大好きな二人が幸せなら、私も幸せでいられたから。そして四人でいる時間が何よりも大切だったから……」
脳裏に、一瞬の痛みが走った。
手を握りしめ、まつ毛が微かに揺れる。声は消え入るように小さくなった。
「だけど、あの日お兄様は姉の命を奪った。私の母、友達、一族、そして私も殺されかけた。絶望して、失望して、復讐を考えてもおかしくなかったよね」
二つのカップの湯気が絡まり、ほどけていく。
サクラの瞳から、こぼれ落ちた涙がテーブルをぬらしていた。
「だけど、私はイタチお兄様が好き。どんな事があっても……この想いは消えない。きっと、これからもずっと」
ミズノは握る手の力を緩め、ふっと息を整える。
「私の話、聞いてくれてありがとう」
そして、瞬時に険しい表情を浮かべて勢いよく声を上げた。
「全く!サスケを連れ戻したら思いっきり説教してやるんだから!もちろん、サクラちゃんも一緒にね!」
サクラはミズノの勢いに驚いて目を瞬かせ、遅れてフフッと笑う。
彼女達の目元には、涙の跡が光っていた。
やがて二人の言葉も途切れ、外はすっかり薄闇に包まれていた。サクラは礼を述べ静かに立ち上がると、部屋を後にした。
部屋の中には、茶葉の残り香と沈黙だけが漂う。
ミズノは再び椅子に腰を下ろし、両手を膝の上に重ねる。
吐息がかすかに震えているのが、自分でもわかった。
(……私達本当に似てるね、サクラちゃん。でも、きっとサスケはわかってるはず。大切にするべきものは何か──)
カーテンの端を撫でる風がそっと部屋に入り、彼女の胸の奥で渦巻く感情と重なる。
(サスケの優しい心につけこみ、操ろうとしているうちはマダラ……絶対に許さない)
拳をぎゅっと握りしめる。
指先に痛みが走り、胸の奥に静かな熱が宿った。
彼女が自身の処分を待つ夜。
黒雲が低く垂れ込み、闇の中で黒い無数の影達が動き始める。
──嵐の予感が、扉のすぐ向こう側へ迫っていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
彼女の苦しみや想いが、少しでも伝わっていれば嬉しいです。
次回は、迫りくる“黒い影”との戦いへ──
またお読みいただければ幸いです!