月と樹と写輪眼 ─もう一人のうちは─   作:琴葉つきね

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いつもお読みいただきありがとうございます。
決意と覚悟。命を懸けた死闘。

彼らの姿を見届けていただければ幸いです。


第二十七章 覚悟の命

ミズノはサスケの手を両手で包み込み、握りしめていた。

 

(サスケ……)

 

靄(もや)のかかる瞳で、彼をじっと見つめている。

 

視界は濁り、輪郭は曖昧。

 

鼻を突く戦場の匂いと、肌を刺す冷たい風。

 

しかし、それらの感覚はミズノから遠く切り離されていた。

 

 

──この手の中にある命が今、彼女の全て。

 

 

その時だった。

 

 

サスケの指先が、微かに動く。

 

「!!」

 

息を呑むミズノの目の前で、サスケはゆっくりと瞼を開けた。

 

精神の狭間から帰還した彼の左目には、紫色の光を放つ“輪廻眼”が宿っている。

 

目覚めたサスケの視界に、真っ先に飛び込んできたのは──

涙をこぼすミズノの姿だった。

 

焦点の合わない瞳、泥と血にまみれ、無数の傷が刻まれた身体。

 

己を削り、限界を超えても守り抜こうとしてくれたのだということが一目で分かった。

 

サスケは無言のまま上体を起こし、ミズノへと身体を向ける。

 

「サスケ……ごめんね……」

 

か細く、消え入りそうな声。

 

彼女の頬を、懺悔の雫が伝い落ちていく。

 

 

 

サスケの右手が、ゆっくりと持ち上がる──

 

 

 

しかし、ミズノの頬に触れる寸前で止まった。

 

 

 

 

まだ、終わっていない。

 

 

 

 

この戦争を、血塗られた忍の世界を、過去を──

自分の手で断ち切るまでは。

 

 

「……」

 

 

彼女に触れることなく、宙に留まったサスケの手は固く握り込まれ、静かに降ろされた。

 

 

「……待っていろ」

 

 

サスケは、固い決意の眼差しでミズノを見つめる。

 

 

 

──ミズノは知らない。

 

 

 

サスケの手がどれほどの熱情を込め、彼女の涙を拭うのをやめたのかを。

 

 

色のない世界の中で、ミズノには彼の声だけが届いていた。

 

 

サスケは立ち上がり、かつての仲間達へと視線を送る。

 

 

「頼む」

 

 

その短い言葉に込められた思いは、彼らに有無を言わさず伝わった。

 

 

香燐はたまらず目を逸らす。

 

 

全部、見てしまったから。

 

 

彼の痛ましいほどに不器用な想い──

 

 

香燐の胸の奥で、チクリと鋭い痛みが走る。

 

しかし、香燐はその感情を強引に飲み込んだ。

 

 

「……さっさと行け!マダラを必ずぶっ飛ばしてこいよ!!」

 

 

自分を誤魔化すように、強く言い放つ。

 

サスケは視線を扉間へと移した。

 

「飛べるか、二代目」

 

扉間は、サスケの左目に宿った紫色の波紋を一瞥する。

 

「なるほど……そういうことか」

 

本能に警戒が走る。

しかし、感情はすぐに切り捨てた。

 

「……今のワシのチャクラでは、飛ばせるのは一人だけだ」

 

「十分だ。俺が行くだけでいい」

 

サスケが迷いなく近づき、扉間の身体を貫く黒い杭に手をかける。

 

引き抜くたびに呪縛が解かれ、扉間の身体が力と自由を取り戻していく。

 

最後の杭が乱暴に引き抜かれ、無造作に投げ捨てられた。

 

扉間が膝をつき、立ち上がる。

 

「……行くぞ」

 

「ああ」

 

サスケが前を見据えた瞬間──その背後で、ミズノが僅かに動いた。

 

見えない目で、遠ざかるサスケの気配を必死に追っている。

 

 

ミズノの唇が小さく息を吸う。

 

 

しかし──言葉にはならなかった。

 

 

扉間の手がサスケに添えられる。

 

 

次の瞬間、彼らの姿は決戦の地へと掻き消えていった。

 

 

ミズノはサスケの残響を追うようにゆっくりと顔を上げ、灰色の空を仰ぐ。

 

 

戦場の硝煙を含んだ風が、彼女の髪を静かに揺らしていた。

 

 

 

 

──その頃、主力戦場では命をかけた極限の死闘が繰り広げられようとしていた。

 

「今こそ……自分の大切なものを死んでも守る時!!」

 

ガイが一歩、前に進み出る。

 

カカシはその背中を見て、何かを悟った。

 

「……ガイ、お前……まさか!?」

 

「カカシ」

 

ガイが振り返る。

 

 

その顔には、いつもの笑みが浮かんでいた。

 

 

「俺は、お前の永遠のライバルだ」

 

 

カカシの喉が詰まる。

 

 

 

これが最後に──

 

 

 

ガイの目は、もう前だけを見ていた。

 

 

第八、死門──

 

 

ガイのチャクラが死門の点穴へ向かっていく。

 

 

──開!!

 

八門遁甲の陣!!!

 

 

肉体の限界を遥かに超えた力が解放され、全身から赤い蒸気が勢いよく噴き出した。

 

 

己の全てを開放した者だけが到達する、体術の頂点。

 

 

その姿に、リーの目から涙が溢れた。

 

だが、素早く拭う。

 

 

──覚悟を決めた男を前に、哀れみも悲しみも侮辱になる。

 

 

誰よりも真っ直ぐで、誰よりも熱い。

 

忍術が使えなくとも、忍になれると導いてくれた。

 

努力は天才を超えられると示し、信じ続けてくれた。

 

 

 

今、その背中が燃えている──命と共に。

 

 

 

「ガイ先生……っ!」

 

 

叫びが、一粒の涙と共にこぼれ落ちていった。

 

 

「夕象(せきぞう)!!」

 

空気を圧縮した咆哮が、幾度となく叩きつける。

 

全身から噴き出す赤い蒸気を纏ったガイの猛攻が、六道マダラの防御を容赦なく削り取っていく。

 

”死門”を開いたガイの身体は徐々に内側から崩壊を始めていた。

 

踏み込むたびに骨が軋み、腕を振るうたびに筋繊維が悲鳴を上げる。

 

(とてつもない痛みだ……だがもう慣れた。次こそ隙は与えない!)

 

ガイは自身の血液をさらに蒸発させた。

 

全細胞のエネルギーを爆発させ、更に強く攻撃を放っていく。

 

その一撃一撃は、六道の力を得た神の如きマダラすらも追い詰めていった。

 

「ハハハ……いいぞ!!もっと踊れ……!!」

 

マダラは口から鮮血を吐き出しながらも、その顔に狂気的な笑みを浮かべる。

 

六道の力を得た自分に特別な能力も術も持たず、ただ己の肉体のみを極め抜いた人間が放つ一撃。

 

マダラの中で純粋に闘いを求める者として、血が激しく滾(たぎ)っていた。

 

 

(もう……夜ガイしかない……!!)

 

 

ガイが乱れる呼吸を抑え、身体を深く沈める。

 

その瞬間──

 

戦場の空気が一変していく。

 

ガイの全身から噴き上がる凄まじいチャクラの奔流が、巨大な赤い龍となった。

 

 

「このチャクラ……認めてやろう!

体術において……俺の戦った者でお前の右に出る者は一人としておらん!!!」

 

 

 

──積(せき)!

 

 

あまりの圧倒的なエネルギーの質量に、周囲の空間そのものがグニャリと歪む。

 

 

──流(りゅう)!!

 

 

重力が狂い、攻撃の軌道までもねじ曲がった。

 

 

マダラが驚愕に目を見張った、その刹那──

 

 

──夜ガイ!!!

 

 

回避不能の神速の蹴りが、空間を一直線に進んでいく。

 

マダラの掲げた錫杖をへし折り、骨を砕きながらマダラの左半身に深々と突き刺さっていった。

 

天地を揺るがす凄まじい破壊音と共に、マダラの身体が地を深く抉りながら遥か彼方へと吹き飛んでいく。

 

 

巻き上がった土砂が、嵐のように戦場を飲み込んだ。

 

 

 

覚悟を放ち終えたガイの身体は黒く焼け焦げ、炭化し始めた右足がサラサラと音を立てている。

 

 

 

──燃え盛っていた命の炎は、枯れ葉のように地面へと落ちていた。

 

 

 

 

「……グ……ハハハッ! 見事だ……!死ぬところだったぞ!」

 

もうもうと立ち込める土煙の中から、笑い声が響いた。

 

左半身を喪失し、凄惨な状態でありながらもマダラは不敵に笑い、立ち上がる。

 

六道の力による再生力が、失われた肉体と骨を凄まじい速度で修復し始めていた。

 

「風前の灯火だが、楽しませてくれた礼だ。

灰になる前に……俺が殺してやる!!」

 

万物を塵に還す漆黒の球体を、自身を死の淵まで追いやったガイへと放つ。

 

 

──甲高い音が響き渡った。

 

 

何者かが死の球体を、いとも容易く蹴り飛ばす。

 

 

(求道玉(ぐどうだま)を蹴るだと……!)

 

 

マダラの顔に、驚愕が浮かぶ。

 

 

オビトにより、死の淵から生還したナルト──

 

 

彼は、太陽の印が刻まれた右手をガイの胸に当てた。

 

 

すると──消えかけていたガイの心臓の鼓動が、この世へと繋ぎ止められる。

 

 

「ナルト……なんとなく前と違うな」

 

 

マダラが呟く。

 

 

「ああ……今なら、全部を変えられそうだ!!」

 

 

同時にナルトは右手に力を込める。

 

 

──仙法・溶遁螺旋手裏剣(せんぽう・ようとんらせんしゅりけん)!!

 

 

ナルトの放った大きな手裏剣は、マダラを押し切った。

そして、天へ伸びる神樹さえも切り取っていった。

 

ナルトは瀕死のガイを抱え、リーと我愛羅、カカシの元へと急ぐ。

 

「ガイ先生!!」

 

「ガイ!」

 

リーとカカシが駆け寄り、ガイを支える。

 

カカシは死闘を尽くしたガイをまっすぐ見つめた。

 

(お前は俺の……永遠のライバルだよ……ガイ)

 

もう届かないと思っていた答えを、胸に乗せた。

 

「ゲキマユ先生なら大丈夫だ!もう死んだりなんかしねーよ!」

 

「ナルト君がガイ先生を!?八門全て開いたはずなのに……」

 

ナルトは自分の右手に視線を落とす。

 

「何か色々できそうな気がすんだ……今の俺ってば……」

 

顔を上げ、その青い瞳が真っ直ぐにマダラを射抜いた。

 

「お前では俺を倒せん。俺は言わば完全なる不死……永久を手にしたのだ」

 

「俺がお前を倒すんじゃねェ……」

 

 

風が吹き、ナルトの横に六道の力を授かったもう一人が降り立つ。

 

 

「俺らで、倒すんだってばよ!!」

 

「お前をな……マダラ」

 

 

ナルトには六道仙術、サスケの左目には紫色の輪廻眼。

 

 

六道マダラの前に、新たな力を開花した二人が並ぶ。

 

最強が合流し、反撃へ向かおうとしていた。

 

 

 

 

──戦場から離れた岩場。

 

「よし、君の傷とチャクラは回復したよ。

あとは……視神経の回復を待つだけだ」

 

カブトがミズノの身体から手を離し、静かに息をつく。

 

「ありがとうございます……」

 

ミズノは小さく頭を下げる。

その瞳は依然として、深い霧に覆われたままだった。

 

 

二人から少し離れた場所。

鷹のメンバーが何やらひそひそと頭を突き合わせている。

 

「なぁなぁ、さっきの見た?」

 

ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた水月が、香燐を見つめながら口火を切った。

 

「あいつの顔、触ろうとしてたよな?

しかも、待ってろとか言っちゃってさぁ!

あのサスケがだよ!? 僕、思わず声が出そうになっちゃったよ!」

 

香燐がメガネを掛け直しながら、水月を睨みつける。

 

「水月、てめー勘違いしてんじゃねーよ!!

あれは……あいつの顔についてた虫かゴミを取ろうとしてただけだ!!」

 

「はぁ?絶対違うって!!

ていうか香燐、めっちゃ睨んでたじゃん!

絶対ヤキモチ焼いてたでしょ!」

 

図星を突かれた香燐が、水月の顔面に強烈な拳を見舞う。

 

バシャァッ!と頭部が水と化した水月を尻目に、重吾が真顔でぼそりと呟いた。

 

「あれは間違いなく、深い愛情を伴う行動だ。

サスケは彼女を……」

 

「重吾ォ!! それ以上喋んな!!ぶっ飛ばすぞ!」

 

香燐の悲鳴のようなツッコミが木霊する中、大蛇丸は笑みを浮かべていた。

 

「本当に……いいものを見させてもらったわ。

復讐に取り憑かれていたサスケ君があんなにも不器用で、いじらしい仕草を見せるなんてね……これも新しい風かしら」

 

 

ふと、水月に三度目の拳を振り上げようとしていた香燐は遠くに巨大な二つのチャクラを捉えた。

 

 

「……あいつら、合流したんだな」

 

 

香燐が冷静さを取り戻したその時──

 

 

(なんだ……?)

 

 

香燐の研ぎ澄まされた能力が、複数のチャクラを捉える。

 

 

殺気。

 

 

「何かくる!! 」

 

 

香燐が緊迫した声を上げた瞬間、岩場の影から白い仮面を被った五人の忍たちが音もなく姿を現した。

 

「……目標確認」

 

仮面の奥から、一切の感情を削ぎ落とされた声が響く。

 

「うちはと千手の力を宿す脅威……お前を抹殺する」

 

ミズノへ向けて、冷たく光る視線が容赦なく注がれた。

 

その無機質な声が、音と気配に頼るしかなくなったミズノの耳を打った。

 

(……何!?)

 

ハッと顔を上げた彼女の視界は、閉ざされたまま。

 

冷たい刃が、鞘から引き抜かれる音だけが鮮明に聞こえた。

 

「ミズノ!!」

 

香燐が咄嗟に駆け出し、水月が首斬り包丁の柄に手をかけたが、暗殺者の初撃に間に合わない。

 

 

 

座り込むミズノの首筋へ向けて、死を約束する刃が容赦なく振り下ろされる──

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