月と樹と写輪眼 ─もう一人のうちは─ 作:琴葉つきね
第三章では、ミズノが新たな力を求めて歩む姿を描きます。
彼女の前に現れるのは、口寄せ獣。
その力は恐ろしくもあり、同時に彼女にとって大きな転機となるものです。
「何のために強くなりたいか」
ぜひ最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
──イタチが一族を滅ぼしてから五年。
火影の側にいても怪しまれないよう“やかぜラン”はヒルゼンからの勧めで、火影側近の暗部に入隊し任務をこなしながら、修行を続ける日々を過ごしていた。
──里の外れの修練場。
次々と忍術を放っているラン。額をつたう大量の汗が頬をぬらし、呼吸は荒く、肩が上下を繰り返す。
「……まだ、全然足りない。このままじゃ、助けられない……」
その声を少し離れた場所で、ヒルゼンは黙って聞いていた。皺の刻まれた顔に複雑な色が浮かぶ。
「お前はもう十分強い。この五年間でわしの知る全ての術を教え、習得した。里の中でも、間違いなく優秀な忍じゃ」
ヒルゼンの褒める言葉にも、ランの表情は沈んだまま。心の奥では影が揺らめいていた。
(優秀……?イタチお兄様はもっと強い。私は追いついてもいない、このままじゃ暁と戦っても……)
ランは顔を上げ、強い眼差しでヒルゼンを射抜く。
「ヒルゼン様、まだ教えてもらっていない術があります。口寄せの術です」
ヒルゼンは眉を寄せた。
「なぜ急に……口寄せの術は、相手に認められて契約し、初めて口寄せできるのじゃ。言うほど容易いことではない」
「認めさせてみせます。どんな相手でも。私は早く強くなりたいんです!ヒルゼン様と契約をしている猿魔と口寄せの契約はできませんか?話をさせてください!」
その瞳に宿る執念に押され、ヒルゼンは大きく息を吐きながら首を振る。
「猿魔は気難しい……どうなるかはわからぬぞ」
ヒルゼンは親指を噛み、口寄せの印を結んだ。
白煙と共に現れたのは──長年の契約獣、“猿魔”
しかし、その隣に地鳴りを伴いながら、猿魔の何倍もあろうかという大きな影が立ちすくんでいる。
ランとヒルゼンは目を見開き、その大きな影を見つめていた。
「一体、こやつは何者じゃ……?」
「孫の猿鬼(えんき)だ。勝手について来おった……」
猿魔によると猿鬼は問題児。度々事件を起こしている為、説教していたところを口寄せされ、そのままついてきてしまったらしい。
猿鬼は好奇心に輝く目で、周囲を見回しながら辺りを歩き回っている。
彼が歩くたびに、地面が大きく揺れていた。
しばらくすると低い声が響く。
「なんだよ……面白そうだと思ってじじぃについてきたのに何にもねぇな。うまそうな食い物も……」
そのまま彼が視線を落とすと、ランと目が合った。
しばらく猿鬼に見つめられ、ランは眉をひそめる。
「な、なに……私は食べ物じゃないけど……」
猿鬼は巨体を屈め、彼女と視線を合わせた。
「おお!!お前、俺の好みだ!!!」
突拍子もない言葉にランは瞬きを繰り返す。
「好み……?」
「おい!じじぃ!俺こいつと契約する!一目惚れした!!」
鋭い牙を見せながら、嬉しそうに彼は飛び跳ねている。
揺れる地面の上でなんとかバランスを保ちながら、ランは怪訝そうな顔で呟いた。
「一目惚れ……?」
(なんか……想像と違って変わった契約獣だけど大丈夫なのかな……見た目は強そうだけど)
ミズノの顔に困惑の色が浮かぶ。ヒルゼンと猿魔はただ呆然としていた。
猿魔は、頭を抱えながら口を開く。
「おい、猿鬼。いい加減にしろ……大体そんなふしだらな理由で簡単に……」
「……ふしだら?」
彼が僅かに声を放った刹那──物々しいチャクラが辺りに広がり始め、猿鬼の体毛がざわりと逆立った。
次の瞬間、地を裂くような衝撃音が響き渡る。
激しい炎が巨体を包み、荒れ狂う風があたりの木々をなぎ倒す。
「やめろ猿鬼!!暴れるな!!口寄せの契約は簡単なものではないのだ!!まず相手の力を見極め、そして……」
しかし、制止する猿魔の声は巨大な炎に飲み込まれていく。猿鬼の目が赤く光りを放ち、さらに激しく炎と風が舞い上がり始めた。
圧倒的な力に吹き飛ばされそうになりながらも、ランは冷静に思考を巡らせていく。
(すごい……こんなに激しい炎とチャクラ……思っていた流れとは違うけど、彼から契約をしたいと言っている。この機会、逃すわけにはいかない)
ランは両足を踏み締め、猿鬼の前へ一歩踏みだした。
力強い瞳で彼を見つめて訴えかける。
「猿鬼、私は強くなりたいの。あなたの力を貸して欲しい。私と契約をして!!」
炎が揺らめく中で、巨猿は口角を吊り上げた。
「俺が見込んだだけあるな……いい瞳だ……ますます気に入った!」
すると、猿鬼は懐から古びた巻物を取り出して、ランの前へと放り投げる。
「お前の血で名前を書け。あと、指五本の指紋もな」
「……わかった」
ランは躊躇なく自分の手を噛み、血を契約書に刻み始めた。
(お兄様を救うためなら……なんだってやってみせる)
ランは血のついた巻物を猿鬼へと差し出す。
「これで、契約成立だね」
──その瞬間、炎は消え、風が止む。
猿鬼は満足げに巻物を受け取り、ランへ問いかける。
「そういや、さっきから気になってたんだけどよ……お前、なんで術で変装してんだ?まぁ……俺には本当の姿で見えてるから別に良いけどよ」
ランは答えず、目を逸らした。
猿鬼はそんな彼女の様子は気にせず、契約書に目を通している。
「ふーん、名前はミズノっていうのか」
そう言って豪快に笑いながら、猿鬼はランを抱き上げた。
「ちょっと……!!」
ランは猿鬼の顔をぐいっと押す。
「これから私に口寄せされても、絶対に“その名前”では呼ばないで」
強い口調ながらも、ミズノは微かに口元を緩めて手を差し出した。
「……とりあえず契約したことだし、これからよろしくね」
「……その笑顔!!たまんねーぜ!!」
猿鬼が顔を近づけようとすると、ランの鋭い蹴りが巨体を吹き飛ばす。
数回ごろごろと地を転がり、倒れ伏す猿鬼。
しかしなぜか満足そうにしていた。
「いい蹴りだぜ、ハニー……」
ヒルゼンと猿魔はあきれた様子で顔を見合わせ、同時に深いため息をついていた。
しばらくして、猿魔と猿鬼が煙と共に消えた後──ランは修行を終え、帰路につく。
その途中、一楽の暖簾の奥でナルトやサクラと並んで座るサスケの姿を見つけた。彼は素知らぬ顔で箸を進めていたが、穏やかな目をしている。
(……相変わらず素直じゃないな、サスケは)
胸の奥がじんわりと温かく、しかしチクリと痛む。
(本当は……私は生きてるよって伝えたい。だけど今はまだ……)
きつく握りしめた拳には、先の契約の傷が残っていた。
(イタチお兄様……サスケは私が守る。また一緒に過ごせる日まで)
ランは静かに背を向け、その場から歩き去っていく。
彼女に気づくことはなく、サスケはナルトとサクラ、三人の時間を過ごしていた──。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
猿鬼との出会いは、彼女を支える「強さ」となりました。
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