月と樹と写輪眼 ─もう一人のうちは─ 作:琴葉つきね
本日より第二部、月と樹と写輪眼─囚われの花─の連載をスタートいたします!
本日7月20日で、このシリーズは連載開始からちょうど一年になりました。ここまで読み続けてくださった皆様、本当にありがとうございます。
第二部「囚われの花」はサスケの視点から始まります。
第一部を未読の方は、シリーズの最初からお読みいただくのがおすすめです!
更新はややゆっくりになりますが、完結まで必ず書き切ります!
第二部も、どうぞよろしくお願いいたします。
絶え間なく打ち寄せる白波の音が、遠くで響いている。
里を離れてから半年。黒髪を揺らす風はいつの間にか初夏の香りを失い、冷たく澄んだ冬の匂いを孕んでいた。
──渦潮の国、跡地。
かつて強力な封印術を誇り、それゆえに他国から恐れられ歴史の闇へと沈められた国。
そこには無残に砕けた石造りの建造物が、まるで墓標のように連なっていた。人影はなく、荒れ果てた大地が牙を剥くように広がっている。
彼は削り取られた岩壁の上に立ち、その滅びの世界をただ見つめていた。
「……」
贖罪の旅。
これまでに出会った数え切れぬほどの“名もなき日常”が脳裏を過っていく。国の手が行き届かない小さな村で野盗に怯える村人を守り、ある時は川の氾濫から逃げ遅れた小さな子供を抱き上げ、家族の元へと送り届けた。
──ありがとう。
感謝の声と笑顔を受け取るたびに、サスケの胸奥に小さな熱が灯る。しかし、同時に同じ熱が鋭く胸を抉った。
この世界は脆く、けれど温かい。
脆さの中で人々は手を取り合いながら生きている。その姿を目の当たりにするたびに、己の過去と罪の重さを突きつけられているような気がした。
同時に旅の中で、彼は各地の古い資料を漁った。忘れ去られた過去の僅かな記憶を拾い集めていく。それはまるで途切れそうな細い糸を、一つひとつ手繰り寄せるような日々。
すべては、彼女を救う手がかりを見つけるため。
そして、ある枯れ果てた集落で出会った老人の言葉が彼を核心へと導くのだった。
──数日前。
海沿いにある枯れ果てた辺境の集落。風化した家屋の軒先で、サスケは焚き火に手をかざす一人の老人と出会った。
赤の混じる白髪を無造作に束ね、深い皺を刻んだその老人はすべてを見透かすような不思議な雰囲気を漂わせていた。
「渦潮の国か……あそこには瓦礫しか残っとらんよ」
生き抜いた歳月を思わせる枯れ声が、サスケの耳へゆるやかに届く。
「……あんな場所へ何の用がある?」
「うずまき一族の……封印術について調べている」
サスケが老人を見下ろしながら答えると、彼の指先が微かに跳ねた。
火の粉が弾け、赤い光が二人の影を映し出している。
しばらくすると老人は顔を上げ、サスケの目を見据えた。
「……何故、力を求める」
警戒するように老人は目を細めている。
「力を求めれば……いずれ業に焼かれるぞ」
その瞬間、サスケの脳裏にかつての闇がよぎった。深く探るような老人の問いに、サスケはゆっくりと口を開く。
「力を求めているわけではない。それに……業なら、もう背負っている」
「……ならば、理由はなんだ」
「救う為だ」
サスケの胸に刻まれた、強固な決意。
「……」
老人は焚き火へと視線を戻した。揺れる炎を映す老いた瞳の奥に、深い影が落ちる。
そして、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「……かつて、渦潮の国にいくつもの強力な封印術を作り上げた忍がいたそうだ。どこかに……その痕跡が残っているかもしれんな」
サスケはそっと眉をひそめる。
旅の中で拾い集めてきた無数の断片。それが今、老人の言葉で一本の糸へと繋がった。
彼女を救うための“始まりの糸”は、やはりあの地に──。
老人は焚き火へと両手を向けながら、遠く過ぎ去った時間を偲ぶように瞼を伏せた。
「しかし……滅亡の炎に焼かれた渦潮の跡地には、隠された秘宝があるという噂だ」
「……」
「野盗どもが、それ目当てに幾度もあの瓦礫を掘り返している」
老人は赤みがかった淡い色の瞳で、再びサスケを見上げる。
「あの地は今や、欲に群がるならず者どもの巣窟。生半可な気持ちで足を踏み入れれば……」
「問題ない」
短くそれだけを告げた。
「……礼を言う」
彼女の時間をこれ以上縛らせておくわけにはいかない。
サスケは素早く身を翻し、冷たい冬の風の中へと歩き出した。
その後ろ姿が見えなくなると、老人はゆっくりと薪を一本手に取る。
「行ったか……」
老人は薪を焚き火にくべながら、遠ざかった気配の方角へと目を細める。
「あの青年……うちはの者か……」
誰に聞かせるでもないその声は、海風にかき消され、そのまま灰の中へと落ちていった。
──そして今。
寄せては返す波の音が、思考の淵からサスケを引き戻した。
眼下に広がるのは、変わらず無残な瓦礫の山。しかし、この荒野に“答え”が眠っているはず。
サスケが一歩を踏み出そうとした、その時──。
荒涼とした海風を切り裂くように、背後で瓦礫が乾いた音を立てた。風に乗って漂って来るのは、潮の匂いを濁らせる泥と錆に塗れた生々しい気配。
「おいおい……ここはガキの遊び場じゃねーんだよ」
その声に、サスケは肩越しに振り向いた。
霧の向こうから擦り切れた衣を羽織った五人の男たちが、下卑た笑みを浮かべながら近づいてくる。
手にしているのは、手入れの行き届いていない大剣。
「命が惜しけりゃ持ってるもん全部置いてさっさと消えな。俺たちは──」
男の言葉は最後まで続かなかった。サスケがふっとその場から消えたからだ。
「なんだ……!?」
男たちが驚きに目を見開いた次の瞬間には、風が舞い上がり一人の男の身体が宙を舞って、石壁に押し込められていた。
「ひっ……!?」
「どこだ!?どこにいる!?」
辺りを見回しながら、声を荒げる野盗達。しかし、彼らの瞳でサスケの動きを捉えられるはずもない。
鈍い衝撃音と共に、二人の男が首を手刀で打ち抜かれた。白目を剥いて地へと崩れ落ちる。
残った二人が恐怖に顔を引き攣らせ、手にした大剣をでたらめに振り回す。頭上から迫る刃をサスケは半身を翻してかわしながら、刀の柄で男の顎を容赦なく打ち抜いた。脳を揺らされた大柄な男が、地へと倒れ伏す。
わずか数秒の出来事。
最後の一人が腰を抜かしてへたり込み、ガチガチと歯を鳴らして後ずさる。
「わ、悪かった!!命だけは……!」
サスケは冷え切った黒い瞳で、地面を這いずる男を見下ろした。そこに怒りや憎悪はない。ただ、すべてを黙らせるだけの圧倒的な空気を漂わせている。
「……俺はお前達が欲しがるような物は持っていない」
凍てつくような低い声と共に、前髪の隙間から覗いた輪廻の紋様が男の心を完全にへし折った。
男は気絶した仲間を置き去りにし、悲鳴を上げながら霧の向こうへと逃げ去って行った。
──辺りに、波の音が戻る。
「……」
サスケは小さく息を吐く。
視線を足元へと落とし、無造作に瓦礫を拾い避けていった。
すると──他の瓦礫とは明らかに異なる形状をした巨大な石板が顔を出す。苔むしたその石板の隙間から、すえた空気が漏れ出し、甲高い音を立てていた。
(この下……)
冷たい海風が黒いマントを大きくはためかせる中、その大きな石板を退けると、闇へと続く古い石階段が姿を現す。
サスケは迷うことなく、暗い地下への一歩を踏み出していった。
サスケの足音が、闇の底へ向かって反響する。
石階段を降りるにつれ、潮の匂いの代わりにひどく淀んだ空気がサスケの鼻を突く。
──闇の最深部。
辿り着いた先は、広い石造りの部屋だった。
サスケが瞳に赤い光を灯すと、壁面に大きく刻み込まれたうずまき一族の螺旋の紋様が映し出された。部屋の中央には風化を免れた漆黒の石碑。そして、その前に供えられた一つの古びた巻物。
サスケは石碑に近づき、表面に刻まれた文字を指でなぞった。
サスケの瞳をもってすれば、大抵の文字は瞬時に見破ることができる。
だが、読めない。
なにか特殊な文字なのか──いくら瞳を凝らそうと、巻物の中身も同様に、その意味を読み解くことはできなかった。
しかし、この冷たい石碑とこの巻物の中に彼女を救う鍵があるはず。
サスケは石碑の文字を瞳に焼き付け、古びた巻物を懐に収める。
解読できない失われた歴史。それを紐解くための次なる目的地は、既に決まっていた。
──幾日ぶりかに、火の国へと足を踏み入れる。
故郷が近づくにつれて空気が変わっていくのをサスケは感じていた。潮の匂いは遠ざかり、代わりに懐かしい香りが鼻を満たしていく。
静かに、足を止めた──
周囲の木々が葉を落とす中──生命力に溢れ、純白の花を抱いたその樹は、半年前と変わらぬ姿でそこに在った。
(あれは……)
大樹のそばに一軒の小さな庵(いおり)が建っている。簡素だが、手入れの行き届いた佇まいがそこに住まう者の静かな暮らしを思わせた。縁側からはちょうど、白木蓮を見上げることができる。
サスケが庵へ近づくと、カラリと軽い音を立てて引き戸が開いた。
戸口から顔を出したのは、驚きに見開かれた翡翠の瞳。
彼女の手から、何かがバサバサと音を立てて落ちる。
その音の後ろから、兄が顔を覗かせた。
「サスケ……?」
「サ……サスケ君!!」
聞き慣れた声で名を呼ぶ彼女に視線を向けると、その姿にサスケは半年という時間の長さをふと思い知った。
「……サクラ」
「戻ってきたの……?いつ……?」
「今だ」
短く答えるサスケに、サクラは安堵と戸惑いの表情を浮かべる。
半年ぶりの再会。
いくつもの言葉が喉を掠めるも、彼女は表情を引き締め口を開く。
「何か、わかったの?」
「ああ……」
サスケが頷くと、イタチの瞳に鋭い光が宿った。
サクラが二人を交互に見つめる。
「……急いで、カカシ先生のところへ行きましょう!」
──火影室。
カカシは差し出された巻物、そしてサスケの瞳に焼き付けられた文字をしばし無言で見つめていた。
石碑から写し取られた見慣れぬ文字の羅列。古びた巻物も同様だった。
「……輪廻眼でも読めなかったのか?」
「ああ」
カカシの片目が細められる。
「そうか……すぐに解読班に回す。でも、あまり期待しない方がいい」
「……どういう意味だ」
「うずまき一族の封印術は、もともとは一族の中だけで受け継がれていたものなんだよ。一族にしか分からない文字や暗号の可能性もあるってことだ……」
カカシは巻物を巻き直し、机へ置いた。
──それから、数日。
解読班からもたらされた答えは、カカシの予感した通りのものだった。
「解読不能、か……」
火影室に集まった面々の前で、カカシが告げる。
サスケは黙したまま、机に置かれた巻物を見つめていた。
ここまできて、また手がかりを失った──
その時、イタチがふと声を漏らす。
「これを解読できる可能性のある奴が……一人いる」
サスケがイタチへ視線を送る。
「……大蛇丸か」
イタチもまたサスケを見つめ、頷いた。
サスケの師。しかし、信を置けぬ男。それでも、この閉ざされた文字を解けるとすれば彼をおいて他にいない。
カカシもまた同じ答えに行き着いていたのか、一つ頷く。
「ま、こうなったら仕方ないな……あらゆる禁術と歴史を貪欲に調べ尽くしていたあいつなら、これを解き明かせるかもしれない」
「すぐに向かう」
「サスケ、ちょっと待て」
既に踵を返していたサスケが振り返る。
「俺も行く」
「……カカシ、あんたは簡単に里を空けられる立場じゃないだろう」
「ああ。けど、お前はまだ贖罪の旅の最中……あの大蛇丸のところへ一人では行かせられないよ」
カカシはそこまで言うと、かつての“師”としての優しい瞳でサスケを見つめた。
「それに……お前一人にすべて背負い込ませるわけにはいかないからね。“仲間”として、少しは力にならせてくれ」
「……」
サスケの胸の奥に、確かな光が灯った。
ここには──自分を想い、共に歩もうとする誰かがいる。
「……足手まといになるなよ」
サスケは素早く背を向け、歩き出した。
「お前ね……本当、相変わらずだな」
ふっと眉を下げたカカシ。兄のイタチも困ったような笑顔を見せていた。
──その頃。
木ノ葉から遠く離れた岩肌に潜む大蛇丸の研究所。薄暗い通路を歩いていた香燐が突如、歩みを止めた。
(このチャクラ……!)
真っ直ぐにこちらへ向かってくる、どうしようもなく惹きつけられてしまう気配。
「サスケ!?」
香燐は大きな声を上げながら、慌てて赤髪を手櫛で整え、眼鏡のズレを直す。
「ちょっと香燐……急に大声出さないでくれる?うるさいんだけど」
暗闇の奥から面倒くさそうに顔を出した水月が、怪訝な顔をしている。しかし、今の香燐には彼の声は耳に入らない。
「サスケが……サスケが来る!!」
「はぁ?サスケが?……なんで?」
──数十分後、アジトの前。
息を切らせて入り口で待ち構えていた香燐の前に現れたのは、待ち侘びていた彼。
「サスケ!久しぶ……」
頬を赤らめ、駆け寄ろうとした香燐がピタリと止まる。サスケの隣に立つ人物を見て、彼女は思わず眉を寄せた。
「やっぱり火影も一緒かよ……」
感知したときから分かっていた。しかし、つい恨みがましい声が出る。浮き足立った姿は鳴りを潜め、香燐は警戒するように表情を引き締めた。
「大蛇丸はどこにいる」
サスケが口を開いた。
「あれぇ?本当に来たんだ」
「久しぶりだな、サスケ……」
香燐の後ろから水月と重吾が顔を出す。
──奇妙に、穏やかな空気。
すると、それを断ち切るように衣擦れの音が近づいてきた。
「あらあら……騒がしいと思えば……」
「大蛇丸様!」
ねっとりとまとわりつくような声に、香燐達が左右に道を開ける。
「ふふ……火影様までお揃いで、こんなところになんの用かしら……」
彼は愉しげに喉を鳴らしながら、金色の瞳を二人へ注いでいた──。
あの彼の第二部はたいがい……のセリフがよぎり震えていますが、最後まで書き切りますのでよろしくお願いします!