この作品の主人公アンゼリーカは差別なき、貧困なき理想的な社会を目指し戦い続ける。
君の幸福論は何だ。スマホ、SNS、ギャンブルといった娯楽か?旨いもんをたんまり食べることか?沢山寝ることか?性欲か?ニーチェは言った。古代ギリシャの賢人エピキュロスは快楽を追及した。そしてたどり着いた頂点が、満足という名の贅沢だった。その贅沢に必要なものは、しかし多くなかった。すなわち、小さな庭、そこに植わっている数本のイチジクの木。少しばかりのチーズ、三人か四人の友人。これだけで、彼は充分に贅沢に暮らすことができた。
しかし幸福というのは時代によって移り変わるだろう。エピキュロスの生きた紀元前300年頃の幸福なんて「たかが知れてる」。現代を生きる我々には、軽自動車もあればスマホもあればエアコンもある。この三つの先進機器ですら、現代の中流階級からすれば高嶺の花ではないだろう。そんな中流の娯楽すら味わえない人々が言わば貧民といえるであろう。日本ほどの国家ではそんな貧民が国によって救われる事が多いが、資本主義の権化アメリカでは一度没落したら終わり。現にかつては合衆国の首都であった大都市フィラデルフィアは2025年現在、ホームレスで溢れかえっている。
私は恵まれぬ1980年イタリア(私の世界では君たち世界のイタリアのように恵まれた先進国ではなかった)でそんな貧民を数多く見た。その者たちは学が無いが故、文字が読めず、子供達は物乞い、大人達は見つかることがない職を探し続ける者、全てを忘れたいが故、酒を浴び煙草を吹かす者、様々な貧民の中、私は生きてきた。国は中間富裕層に媚びた。その為貧民救出を訴える社会主義者は徹底的に弾圧された。
しかし二代目ドゥーチェ亡き後、国は混乱状態に陥った。社会主義革命を起こすのか?否。社会主義ではダメだ。ソビエトの怠慢を見れば失敗するのは明確だ。競争の一切ない社会は、労働者の労働意欲が削がれ、現に崩壊の日も一刻一刻と近づいているであろう。私は、経済を大規模にする。大規模な富、大規模な領土、大規模な経済規模によって、この問題を解決する。
全ての国民に素朴な贅沢を、全世界が争いのない世界に。私は立ち上がり、多くの犠牲を払い、夢の実現手前まで来ている。「中欧諸国連邦」今やポーランド南部からシチリア島にまたがる大国を率いることとなった。
1985年いずれ欧州、いずれ世界を握る第一歩を踏み出した。
鋼鉄の処女録 序
「総統閣下、ユーゴスラヴィア首相が我々の領土要求を飲んだそうです。」
「では旧国境付近の軍を新領土に向かわせろ、第十二連隊は新領土の治安維持、第十三連隊は新国境付近の要塞建築に割り振ってくれ。」
「それと、予定していた新領土での党大会はそのまま予定通り実行しよう。」
「了解です。総統閣下」
私は仲間に恵まれた。我が副官エレオノーレは超国家主義者団体Paneuropäische Partei(PEP)結成当初からの付き合いだ。頭の回転が早いことに加え、学も一級品だ。事務業に加え、広報も外交も何でも任せられる。正直自分自身の戦闘力以外、自分が優っている能力が見当たらぬくらい完璧な女だ。それに、不変なる忠誠心を有している。彼女が裏切る事は決してないだろう。なぜ、そう言えるのか、それは
「総統閣下、ミラノの銘菓店から直接取り寄せた冷凍アフォガードですよ。」
「お、丁度甘味が欲しかったんだ、助かるぞエレ。」
「はい、あ~げた!」ヒョイ↑
「ちょ、チョット!!」ピョン↑ ピョン↑
「ホラホラ~ ここで食べたらまた朝に体重が~体重が~って喚く羽目になりますよ~」
「い、イケずが…」
彼女はたまに意地悪だ。時にこうしていじめてくる。私は彼女とは、浅い関係ではない。少なくとも彼女は私を愛しているであろう。裏切らない確証がある仲間というのは良いものだ。背中を任せられるという表現が正しいか、少なからず信頼関係が高い右腕がいると業務の進みが早い。
「で、英国との軍事同盟の件だが...」モグモグ
「既に手筈は進んでおります。英国首相は合意、国王は未だ肯定はしていませんが、両国の対社会主義思想においての利害は一致しています。英国王室にも我が帝国派の人間が多いとの情報も我が諜報員が握っています。同盟締結は上手く行くでしょう。」
「しかし不安材料が一つある、王宮の王党派の襲撃だ。条約締結会場の王宮の警備隊は国王親衛隊並みの忠誠心があると聞く。」
「抜かりは、無くな...」
ニーチェは言った。職業は私たちの生活の背骨になる。背骨がなければ、人は生きていけない。仕事に携わることは、私たちを悪から遠ざける。くだらない妄想を抱くことを忘れさせる。そして、こころよい疲れと報酬まで与えてくれる。
私の解釈だが、報酬というのは一概にも金銭ではなかろう。確かに仕事をしたら対価として金銭が支払われる。しかし、皆は生活をするために金銭を稼ぐ、欲しいものがあるが故金銭を稼ぐなど、一概に金銭だけの為に勤労する者は少なかろう。私の話になるが、私がこの国家の最高権力者である以上金銭に苦難することはない。では、私にとっての報酬とな何か。ここから始まる物語は過度な政治思想と喪に服した愛が織りなす腐敗しきったラブストーリー。
普遍なる愛はスメタナより「モルダウ」が唱えたヴルタヴァ川の如く。
私の業務は遅くとも9時には終業し帰路につく。表向きの公邸は皇宮宮殿であったホーフブルク宮殿としているが、襲撃回避(まあ、第一の理由は皇帝嫌い故だが)のため首相公邸から約1000フィート離れたケルントナー通り沿いのこじんまりとした集合住宅の一角に住居を構えている。
基本的にはエレとともに帰ることが多いが、週末なんかはエレの業務が長引いて私が先に帰路につくことも多い。
金曜日の今日は私は一人寂しく帰路についた後に、邸宅食堂でエレを待ち続け、既に1時間が経っていた。
「お待たせ、アンちゃん♪」
「遅いぞエレ、待ちくたびれちゃったぞ」
「光陰矢の如し、私を小一時間食堂で待たせた罰だ、」ギュ
ニーチェは記した。人を愛することを忘れる。そうすると次には、自分の中にも愛する価値があることを忘れてしまい、自分すら愛されなくなる。こうして、人間であることを忘れてしまう。
私は罰と愛の注入の為愛しきエレへギュッっとした。この文言は溢れ出る愛への言い訳なのかもしれない、しかし寛容なる愛は赦すのだよ。
「愛ゆえの愛しき攻撃をくらえぃ!」ギュ~ッ
「アンちゃんは悪い子だね♪」ヨシヨシ
「ヒンドゥー教徒になぞらって断食で更生させてあげようかな♡」
エレは意地悪にこう言った。昼間から何も口に入れていないのだ、ギュ~ッとしてる時間と食欲と天秤にかけたら流石に食欲が勝つ。夕飯抜きはキツイな...
「わ、私はヒンドゥー教徒でもなければ断食をする意義もないぞ!」
「早く夕飯の支度をしてくれ!」
「ハイハイ、すぐできますよ~♪」
その日の夕飯はフォカッチャに生ハム、ゴルゴンゾーラにスイスの白ワインといつもと変わらぬ、食事あった。正直ゲルマン人の食文化は私とは合わない。あまり温かみのない食事がイタリア風情の我々とは合わないのであろうか、質の良いディナーを求める我々とストイックなゲルマン人の落差を最近しみじみと感じている。
食後は多少趣味に興じてから日付が変わる前後には寝る。私はエレと共に映画鑑賞であったり孤独に黄昏れ読書に興じたりしている。エレに関してはいつも難しい本を読んでいる。英仏伊露語のみならずアジア圏の言語の本を読んでいることも多く正直ついていけない次元だ...けれどもやはりエレとともに過ごす時間は、日々の勤労の辛さを忘れることができるかけがえのない時間だ。
就寝はボヘミア人に作らせた質の高いダブルのベッドで、エレの温かみを感じながら寝る。温暖だったトリノ時代が懐かしい。ウィーンに遷都してからはエレと一緒じゃないととても寝れたもんじゃない。エレは私とは比べ物にならないほど恵まれた体をしている。当の私は貧相な体系だ、所詮はイタリア風情か、冷え込むとすぐダウンしてしまう。エレの天然湯たんぽは年中必須アイテムであろう。読者諸君も羨ましかろう、しかし私専用の聖域だ。譲ってほしければ私を暗殺なりすることだな、まあ殺せたのなら既に私はこの世に居ないはずだがな。
我々の朝は遷都してからはより一層早くなった(まあ、PEP黎明期ほどではないが)。5時には既に身支度が済んでいる。エレの淹れてくれたカプチーノをJapanese Mahoubinに注ぎ込み、冷え込んだ歴史的街並みの中、白い息を吐きながら職場へ向かう。それが私のプライベートだ。私論だが、豊かなプライベートこそ日々の勤労を豊かで充実したものにしてくれる。豊かなプライベートが無ければ、人々は何のために勤労に励むのか、それは義務感以外存在しない。義務感しかない勤労は意欲が削がれ、生産性も低下する。食欲、睡眠欲、性欲を豊富に発散できる豊かなプライベートこそ、勤労の目的となりえる。
12月21日5時5分、今日はいつもに増して寒い一日だった。日の出までは2時間半も待たなければいけない。その頃にはもうウィーンを出発しているな…
街はまだ暗かった。厚手のトレンチコートを着込んだのに外に出た瞬間冬の風が地肌に染みた。暗い街の枯れた街路樹が、寒風に呼応するかのようにカラカラと音を響かせる。手が凍りつくようだ...山羊革の手袋なんてもはや何の意味も成していなかった。
「手、繋ぐぞエレ」
凍える早朝に何を求めるか、私のアンサーは愛しき人の温もりであった。
「フフフ♪寒いもんね、アンちゃん♡」ギュ
少しずつ明るくなる街並み。それに共鳴するかのように暖かくなる気温と二人の心。恋人の温もりを感じながら歩く通勤路はいつにも増して和んでいた。
愛に悩む子羊達よ、最後に良い言葉を紹介してあげよう。愛をめぐる様々な問題で悩んでいるのなら、たった一つの確実な治療法がある。それは、自分からもっと多く、もっと広く、もっと暖かく、そしていっそう強く愛してあげることだ。愛には愛が最もよく効くのだから。
オチとしては不適か?何とでも言え。
鋼鉄の処女録 序 完
私論 ニーチェについて
正直、ニーチェは中々の煽りカスが故、好きになれない。彼の言葉を抜粋しよう。
「いい人が現れるのを待ち望んでいるのかい?恋人が欲しいって?自分を深く愛してくれる人が欲しいって?それは、思い上がりの最たるものじゃないか!
多くの人から好かれるほど、きみはいい人間になろうと努力しているかい?
自分を愛してくれるのはたった一人だけでいいって?その一人は多くの人の中にいるんだぜ。それなのに、みんなから好かれるようなならない自分を誰が愛してくれるというんだ?おいおい、わかってんのかな。きみは最初からめちゃくちゃな注文をしてるんだぜ!:人間的な、あまりに人間的な 著ニーチェ より」
追記:彼は、生涯振られ続けた素人童貞でした。いざ娼館に行ったら娼婦から梅毒を移され、苦しみながら母、妹に看取られました。
この言葉を知った時、私は、始めは何かマジレスを食らったなと、いい気分ではなかった。しかし、後々追記のエピソードを知った時、不謹慎ながら爆笑してしまった。
「私と同じ立場の者が恋愛の戯言をほざいてら!」
ニーチェの恋愛論は童貞の恋愛論だ。私はニーチェは嫌いだが、明るい人の恋愛論より信頼できてしまう。机上論の空想恋愛論であることが、創作する者にとっては寧ろ夢を追い続ける事の燃料になりえると私は考える。