「ロンドンで過ごすクリスマスも悪くないな、エレ。」
12月24日、19時半、私はふと口を開いた。
「上機嫌だね、アンちゃん。」
「声色から伝わってくるよ♪」
冷え込んだ風が吹き付けるウェストミンスター橋の上。テムズ川に反射した街と時計台の明かりが、山奥の星空のように輝いていた。英国は暗い国だが、首都ロンドンに限っては暗闇を見つけるのが難しいほどの輝きを放っている。
川のせせらぎと共にそんな華やかさを感じていた。
「ディナーにしようか、アンちゃん。」
「ラウルから『質の良い』ロブスター料理店を紹介してもらってね、予約しといたんだ♪」
橋上の静けさを打ち消すようにエレが口を開いた。
「舌の肥えた彼奴が『質の良い』と言ったのなら、相当な名店だろうな。行こうか、エレ!」
流るる川に背を向け、二人は夜の街へ駆け出してゆく。不偏なる愛をはぐくみながら。
ロンドンより愛をこめて。上
クラシックな街並みから漏れ出す暖色の光が、厚手のコートを着込んだ私たちを照らす。寒風に震えながらも、私達はクリスマス模様に飾られた街中での散歩を満喫していた。
「今日はカップルが多いね、アンちゃん。」
「私たちも傍から見たらカップルに見えてるのかな...」
「あっ、姉妹か。アンちゃん小っちゃくて傍から見たら女児だもんね♪」
「おい、コンプレックスなんだぞ...」
エレは意地悪だ...私の反応を見ようと平気で悪口まがいなことも言う。全く……しかしながら、私が低身長だから得したことはあったのだろうか、高いところに手は届かぬし、権威にも傷が付くし、良いことがない。あと数センチ、高かったらな…
そうこうしているうちに、目の前には仄かに光が漏れ出すビルがそびえたっていた。
~~~
アンちゃんは今日も可愛い。冷たい私の手を握る、暖かくて、小さくて、すべすべなアンちゃんのおてて♡そんなアンちゃんを独り占めしている私は幸せ者。
クリスマス模様の光が、小さなアンちゃんを照らす。キョロキョロと街を見渡すアンちゃん。その目はいつもよりどこかキリっとしていた。ロンドン市民への牽制?それとも、女の子どうしでおててを繋いでいるのが恥ずかしい?
「今日はカップルが多いね、アンちゃん。」
「私たちも傍から見たらカップルに見えてるのかな...」
アンちゃんと目が合う。うれしいんだ、アンちゃん。私にしか分からない表情。キリっとした目では隠し切れてない瞳の奥のかがやき…
「あっ、姉妹か。アンちゃん小っちゃくて傍から見たら女児だもんね♪」
「おい、コンプレックスなんだぞ...」
小さな口で苦言するアンちゃん。ふふっ、怒ってる。むすっとしたアンちゃんもとっても素敵だよ♡
その後アンちゃんは少し上の空になっていた。スンッと黙り込んでどこか明日を見ながら考え事をしている。低身長に悩んでいるんだ。私の言葉が傷に触ったもんね。顔見ればアンちゃんの考えてることなんて筒抜け、隠せてないよ♪
アンちゃんは低身長だからこそアンちゃんなんだよ、その147.5cmの身長で背伸びする姿、威厳を見せようとバレバレのシークレットシューズを履く姿、軍服着なかったら小学生にしか見えない姿、それをすべて踏まえてアンちゃんなんだよ。小さくてかわいい。ずっとずっと一緒、離さないよアンちゃん。
大通りを抜けると、そこにはクリスマスマーケットで盛り上がるトラファルガー広場があった。
「いい雰囲気だね。アンちゃん。」
広場に響く静かげなジャズ、暖かく淡いライトアップ、行き交う男女。ロマンチックだよね、アンちゃん。あっ、アンちゃん飲まれてる。普段感じない愛が飛び交う雰囲気に飲まれてる...私の手を強く握ってる...普段は戦場で流れる血しぶきも、スラム街で犯されてる売春婦も見つめて来たもんね。いつも、やせ我慢してたけど辛かったね。今日くらいは甘えたいよね。じゃあさ、見せつけてやろうよ、この世で最も濃厚な愛を。証明しちゃおうよ、一番愛し合ってるのは私たちってことをさ。
みんなにさ。
握っている手を胸元に引き寄せ、引き上げたアンちゃんを抱き上げる。
「」ンッ
青くライトアップされた噴水の眼前、行き交う人々の真ん中、唇を交わす。単なるカップルが霞む愛。他から見れば単なるキスでしかない。けど私にとっては愛の証明。結婚式の誓いのキス。アンちゃんには伝わってないよね、けどそれでいいんだ。
「ンハ エ、エレ...どうして...急に」
火照った頬にうるうるした涙目、みんなのイメージとは真反対の、私にしか見せないおもちゃを奪われた幼児みたいな顔...これ以上ゾクゾクさせないでよアンちゃん...もっとしたい、壊したい。何で私は街中に居てしまったんだろう。自宅だったらすぐベッドに持って行けたのにな。
「」ジー…
「まじまじ見つめるなぁ...別に...恋人がキスをすることは...別に...無問題だろうけど...」
「行こうか、アンちゃん。」
「う...うん...」
なるべく表情を変えず目的地へ歩き出す。時折くちびるに触れるアンちゃんが可愛かったのは言うまでもない事実。
………
「エレオノーレ様ですね、ご案内いたします...」
星空の如く輝くロンドンの街並みを見下ろす。この店にして正解だった、これほど良い店はない。薄暗い室内、外のビル光と卓上の蠟燭が私とアンちゃんを照らす。お互いの顔に集中できる素晴らしい配置。今回ばかりは頑固海軍将校に感謝しないと...
「綺麗だねアンちゃん♡」
「あぁ...ウィーンでは見れない光景だな...」
「アンちゃん。」
「ん?」
「ふふっ、やっぱり綺麗だね♡」
「可愛い顔♡」
「私か...綺麗なのは...///」
頬を赤らめ、目を逸らすアンちゃん。甘々な光景。内股で、肩をすくめ、いちいち動きが女の子。アンちゃんが女の子になれるのは私の前だけ、ラウルにも、テレスにも見せない。私だけの女の子。
「こちら、ブルターニュよりオマール・ブルーのボイル、アキテーヌのキャビアを添えてと、69年のシャブリ・プルミエクリュでございます。」
「では、salute! エレ。」
ワイングラスを回しながらソムリエの如く嗜むアンちゃん。
「うむ、やはり香り高い、芳醇な香りの中に隠れる辛口が海鮮とよく合うね。」
なんて言ってるけど1000ドルのワインと10ドルの違いも分かってなかったんだよね、無理して背伸びするアンちゃん、素敵。
「流石はブルターニュのロブスター、溢れだす旨味、溢れだす海鮮味、やはりドーバー海峡の海模様の如く...」
「アンちゃん。」
「ん?」
「ほっぺ、付いてるよ。」
「あぁ...下品ですまな...」
ペロッ
うん、やっぱりアンちゃんのほっぺた越しに食べるほうが旨い。指で頬をなぞり、絡めとった物を舌で舐め取る。アンちゃん頬の皮脂、汗、それが混ざった特別な料理。おいしいよ、とっても。
「...//」
「確かにおいしいね、アンちゃん。白ワインとよく合うね。」
「ぁ、ああ!やはりラウルが質が良いと言うだけあるな!素材の味を存分に生かしてる!」
「...」
「ふふ、『当たり』の店だね。」
卓上に飾られたピンクの山茶花《サザンカ》。花言葉は「永遠の愛」。安直だし、少し安っぽい言葉。けれども重い。シンプルで重い言葉。ぴったりだよね。私はそう思うよ。正しく不変なる愛。変わることのない、永遠に、貴方だけを見つめてる。ずっと一緒だよ。
………
温もりを感じている。座る私に、肩を寄せるアンちゃん。暖かい。良い匂い。やさしい、女の子の匂いを感じている。
21時手前、流石は独裁と資本主義が渦巻く国英国か。クリスマスであろうというのに70年代末のバブルに出来た観覧車「ロンドンアイ」がやっているとは。クリスマスなのに、多忙だ。
歴史的町並みとビル街が入り混じるロンドンの夜景と、テムズ川に反射された街の光。淡く照らされたアンちゃんの鼻先を眺めながら、長いようで短い時間を味わう。
「なぁ、エレ。私って正しい道を歩んでると思う?」
アンちゃんは、少し虚ろで不安気な顔で私に問う。どこか明日を見ているような顔。
「『私』じゃなくて『私たち』でしょ、独りで進んで来た道じゃない。私たちで考えながら進んできた道。」
「私はいつだって全人民の幸福と平和のために、未来を見ながら進んできたよ、けれども真なる世界革命がみんなの幸せか分からなくなって...」
「世の中に絶対正義も絶対悪もない、けれども私たちを信じてくれている人は多い。とってもね。大丈夫」
「ほら、私の目を見て」グイッ
アンちゃんの顔を私の目の前に引き寄せる。
「アンちゃん。私がいる。アンちゃんが間違ってたら私が修正する。」
「ほら、私に身をあずけて...」
「「ンッ」」
少しずつ消えてゆく街明かり、輝きを増す晴天の星空。どこか寂し気なビル街を背景に本日二度目のディープキスを行った。観覧車が頂上へ行くのと共に、私たちの愛も頂上へと向かった。
アンちゃんは実に感情的だ。何かがある度にすぐ思いつめちゃう。けど簡単、私のことは絶対に疑わないからギュッとすればすぐ解決する。ふふっ、私が裏切ったらどんな顔するんだろ、首吊っちゃうかな、決して行うことのできない、禁断の破壊衝動。あぁ、疼くよ、アンちゃん。ずっと私のラブドール...♡
………
「なぁエレ!一段落したら旅行しよ!」
「南イタリアで食べ歩き!二週間くらい!」
「ナポリからシチリア通ってサルデーニャまで!!きっと楽しい旅路になるぞ!」
「ふふっ、可愛いお洋服も沢山見つかりそう♪」
キスした後のアンちゃんは見違えたように機嫌がよかった。いつにも増してキャピキャピしてた。
時刻は21時半近く、機嫌のよいアンちゃんと他愛もない話をしながら、宿への帰路についていた。旅行に行きたいとか、モナコでゆっくりお茶会でもしたいとか、そんな平和で思想のない話。
アンちゃんはここ最近、野望関係なく平穏を求め戦っている。学生時代のアンちゃんは熱心な思想家だった。集会し、同志を集め、徒党を組み、時に武力行使をし投獄されることもあるような、正しく熱心な革命家だった。私と出会った当初なんかは特にそんな傾向が強い少女だった。幼い見た目からは想像できないカリスマ性を存分に振るい、部下を使役する姿。緻密かつ、壮大な計画を立案する姿。当時のアンちゃんからは、自身の思想の為に命を燃やしているような、そんな覚悟を感じていた。けど、ここ数年、しっかりとした力と権力を握った頃くらいから、アンちゃんは愛を知った。
私との接し方もはじめはそっけなかった。あくまでも仕事仲間兼身の回り担当。部屋も別だったし、作戦立案時も私を呼ばないことも多かった。けど、あの時から変わったよね。
中編に続く
作者ページにある鋼鉄の処女録:愛のある性と性のある愛。に中編がございます。R18ですので分別しました。別に中編を読まずとも問題ないように下編の前書きにて要約を記します。中編を読んだ方が総統閣下と副官の関係性への解像度が深まると思うので、是非とも。