次にオイラの目に映ったのは石造りの橋だった。
「お前たち、すぐに立ち上がってあの階段の場所まで行け!急げ!」
メルドの大声があたりにビリビリと響き、クラスメイト達があたふたと立ち上がる。
「まさか……ベヒモス……なのか……」
ベヒモス。
その何は聞き覚えがあった。
それはハジメとオイラが図書館で情報収集に耽っているときにたまたま開いた魔物全書に記載のされていた魔物。
今のコイツ等では絶対に超えることの出来ない障壁。
「おい!お前等!!ベヒモスはかつて最強っつった冒険者でも敵わなかった魔物だ!オレ達じゃまるで相手にならない!移動するぞ!」
オレは出来る限りの大声で叫んだ。
なんだなんだといった表情でクラスメイト達がこちらを見てくるがオレは構わずに叫び続ける。
「あの階段までだ!あそこまで行け!」
「グルルァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアア!!!!!!!!」
ベヒモスがこちらに向かって咆哮をあげる。
その声でメルドはハッと顔を前に向き直し、騎士たちに指示を飛ばす。
「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」
「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!俺たちも……」
「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら今のお前達では無理だ!ヤツは六十五階層の魔物。さっきサンズの言った通り、最強と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!俺はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」
メルドの声が鬼気迫る表情でそう告げる。
天之河は「置いては行けない!」と踏みとどまるがそんな絶好のチャンスを化け物が逃す訳がなかった。
再び咆哮を上げつつ、ベヒモスがこちらに向けて突進を始めた。
クラスメイト達は滅茶苦茶に蹂躙される自分達を想像しただろう。
だが、そうはさせん!と騎士達がクラスメイト達の前に立ちはだかった。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず!聖絶!!」」」
3人の騎士による何者にも破られない鉄壁の魔法が炸裂した。
四方二メートル、最高級の紙に描かれた魔法陣と四節の詠唱、さらに三人同時発動。たった一回、一分間しか発動しないが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁が展開され、そこにベヒモスの巨体が激突する。
凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が砕け散り、石造りの端が激しく揺れる。
その揺れと衝撃波にやっとこさ立ち上がった生徒たちは悲鳴を上げて転倒する。
そんな中、オレは舌打ちをしながら周囲を見渡し、状況を確認する。
(ベヒモス……あいつと比べるとずいぶんと弱そうだな)
そう思うとサンズは尻もちをついているハジメのほうを向き、
「ハジメ、アイツ等の為に退路を確保する。協力しろ」
「ん!」
ハジメは、いつもと違い、冷たく言い放つオレに驚きながらも首肯してくる。
「heh heh、行くぞ」
そう言うとオレはハジメに向かってニヤッと笑うと、そのまま階段側に向かって走る。
ハジメもすぐさまバチン!と頬を叩いて気合を入れなおすとその後を追いかけてきた。
一方階段側は完全に混戦の様子を見せていた。トラウムソルジャーは38階層に出現する今までの魔物とは一線を越える力を持つ。前方に立つ骸骨の魔物と背後から迫ろうとするベヒモスの気配に生徒たちはパニックになり、隊列もくそもなく階段に向かってがむしゃらに向かっている。騎士団員のアランが何とかパニックを抑えようとするが、それに耳を傾ける者はいないようだ。
と、そんな中。視界の端で園部がトラムソルジャーに突き飛ばされて転倒する。
慌てて顔を上げているが、その眼前でトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。
「あ」
と、そんな間抜けた声が聞こえた
オイラはそんな園部に向かって真横からブラスターを放ち、射線上のトラムソルジャーの一切合切を灼き滅ぼす。それの後ろを見てみると、園部に向けて剣を振り上げるトラムソルジャーの背後に何十と居たトラムソルジャーも一緒に天へと召されたようだ。
さらに地面が隆起して数体のトラウムソルジャーを巻き込んで橋の端へと向かって波打つように移動していき、奈落へと落とすことに成功する。
園部が右の方を向くと、左手を前に突き出して左目を青く光らせるオレとその傍で地面に手をついて息を吐いているハジメがいる。
ハジメが立ち上がっている間にオレは園部に視線を向けると、ショートカットで一瞬にして側に近づくと肩に手を置いた。
「ボーンっとしてんな。さっさと動け。死ぬぞ」
オレは園部の目を見ていなかった。真っ直ぐにベヒモスを射抜くかのように睨みつける。
それだけを言うとオレは別のトラウムソルジャーを重力操作で押し出し、ブラスターで辺り一帯を灼く。
「っ……分かってる!」
そう言いながら園部は手の中のナイフを投げつけてオレの後ろのトラウムソルジャーを倒す。
その様子を見ながらハジメは周囲に視線を向ける。
誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。そんな状況なのに、更に魔法陣から続々と増援のトラムソルジャーが送られてきているんだから始末が悪いったらありゃしない。
「なんとかしないとね……こういう時にベターなのは……強力なリーダー……道を切り開く火力……不安を吹き飛ばすカリスマ………はあ…天之河………サンズ!天之河を呼んでくる!それまで何とかこらえられる?」
「へへ、呼び終わるまでか?なら引き受けたぜ」
ハジメは踵を返してべヒモスと相対している光輝達の元に向かって走っていく。
そんなハジメに背を向け、オレは特大のブラスターを何匹も呼び出し、トラムソルジャーの一掃を開始した。
ベヒモスは何度も聖絶を破ろうと何度も突進を繰り出す。
障壁に体当たりするたびに衝撃波が放たれ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁自体にもひびが入り、メルドも障壁の展開に加わっているが、破られるのは時間の問題だ。
「くそ!もうもたんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」
「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」
「くっ、こんな時にわがままを……」
メルドは苦虫を噛み潰したような表情になる。
こういった限定的な空間内ではベヒモスの巨体の突進を回避する術はほぼない。障壁で突進の受け止め、その威力を使って後ろに跳ぶようにして撤退するのが現実的だ。
だが、そんな真似、戦いを学んでたった2週間の素人にできるわけがない。騎士団たちのような熟練の戦士だからこそできる事だ。
その事をメルドは言い聞かせているのだが、天之河は”置いていく“ということがどうしても納得できないらしい。それと同時に、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。明らかに自分の力を過信している。自信を持ってもらおうと褒めて伸ばしたのが仇になったようだ。
「光輝!メルドさんの言う通りにして撤退しましょう!」
八重樫は状況がわかっているようで天之河を諌めようと腕を掴むが、
「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」
「龍太郎……ありがとな」
しかし、坂上の方は賛成のようで、その結果天之河は更にやる気を見せる。それに八重樫は舌打ちする。
「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」
「雫ちゃん……」
苛立つ八重樫を見て白崎が心配そうな視線を向ける。
そこにハジメが勢い良く飛び込んで行った。
「天之河!」
「な、は、ハジメ!?」
「ハジメちゃん!?」
驚く一同にハジメは必死の形相でまくし立てる。
「早く撤退して!皆のところに!あんたがいないと!早く!」
「いきなりなんだ?それより、なんでこんな所にいるんだ!ここは君がいていい場所じゃない!ここは俺達に任せてハジメは……」
「そんなこと言っている場合?!」
ハジメは乱暴な口調で怒鳴る。いつもの大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する天之川。
「あれが見えてないの!?みんなパニックになってる!リーダーがいないから!サンズが何とか戦線を保たせてるけど長くはもたない!」
ハジメが指さした方向ではトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。効率的な戦いなどできず、敵の増援を突破できていない。最前線でサンズがトラウムソルジャーを次々と灼き、砕き、押し出しているおかげでどうにかなっている。サンズは次々とトラウムソルジャーを灼き滅ぼしていくが、それを上回る勢いで増援が来ているのだ。パニックで暴れるクラスメイトが同志撃ちをしないようブラスターの下敷きにして押さえ込んだりもしていた。
「一撃で切り抜ける力が必要なの!皆の恐怖を吹き飛ばす力が!それが出来るのはリーダーのあんただけでしょ!前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」
呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた。
「ああ、わかった。直ぐに行く!メルド団長!すいませ――」
「下がれぇーー!」
天之河がメルドの方を振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。
暴風のように荒れ狂う衝撃波がハジメ達を襲う。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。多少は威力を殺せたようだが。
その轟音はオレの耳にも届き、振り返れば、障壁が砕け、ベヒモスが咆哮で舞い上がった埃を吹き飛ばしていた。
オレは小さく舌打ちをしてベヒモスに視線を向ける。いまだトラウムソルジャーの包囲網は突破できていない。こんなところで全力は出したくなかったがそうは言ってられない。
「(……はぁ…檜山め…!こんなんだから迷宮なんかに来たくなかったんだ…!)」
オレはため息を吐きつつ、この場をアランに任せると同時にオートモードのブラスターを50体ほど設置してからショートカットで前線に出る。
「サンズ?!駄目だ!!君では!!!」
オレに気づいた天之河が後退しながらオレに声を発した。
「うっせぇんだよクソ野郎!オレに構ってる時間があんならクラスメイト達の為の退路を切り開け!いちいち行動がおっせぇんだ!大馬鹿が!」
「「「「なっ!」」」」
口調や一人称の違いから天之河や周りのクラスメイトが驚きの声を上げる。
「なぁ!カス野郎。テメェなにが「皆を守る」だぁ?!微塵も出来ちゃあいねえじゃねえか!」
乱暴な口調で天之川に言ってからメルドに向き直って言う。
「メルド…アンタも行ってくれ…ここはオレがやる」
「な…」
驚くメルドにオレは追撃を入れる。
「へへ、オレが作無しで動くと思うか?任せてくれ」
「…………わかった……絶対に死ぬなよ!」
オレはメルドにそう告げる。
メルドはクラスメイトとは違い、案外あっさりと了承してくれた。もっとも顔は苦虫を何匹も噛み潰したかのような顔をしていたが。
それを少し嬉しく思いつつ、目の端にクラスメイトを避難させるメルドを確認してから、オレは再び歩を進めながらブラスターを30体程浮かばせ、それを侍らせる。
「(よし…これでここにはオレだけだ…)」
後ろを振り向けば光輝や、メルドの指示で安全を確保しているクラスメイトが映る。
聖絶を張っていた騎士達も撤退したようで橋には誰もいなくなった。
一人を除き。
「さて…アイツ等が全員避難したところで……一丁やるか…」
オレの左目の青眼が輝き、無数のブラスターがオレの周りに浮遊する。
「さて…マッドでバッドな時間を過ごそうぜ。ベヒモス」
告げると侍らせていたブラスターのうち、10体が光線を放った。
白い閃光が戦場を駆け巡り、ベヒモスの頭部に炸裂した。
「ギャオオオオオオォォォ!!」
ベヒモスが痛みを孕んだ唸り声を上げた。
ブラスターが当たった部分は赤熱化していて白い蒸気が立ち上がっていた。
「へへ…ずっと思ってたんだ。何で皆、最初に必殺技を使わないんだろうってな」
ニヤッと笑いながらオレはベヒモスを睨みつけた。
「グゴァァァァァアァァアア!!!!」
ベヒモスは絶叫し、オレに向かって突進をする。
見れば頭部の角が赤熱化していて、当たったら本当にまずいだろう。
だがそれは“もし”当たったら。の話だ。
赤熱化した角が目の前に迫る。
クラスメイト達がわぁきゃあ喚いている。
どうせオレが危ねぇだの言ってんだろ。
くだらねぇ。
「へへ、オレを甘く見んなよ?」
MISS!
「え?まさか大人しく当たるとでも思ったのか?」
オレは突っ込んできたベヒモスをショートカットで躱す。
そして橋に埋まったベヒモスの顔面に配置した無数のブラスターで追い討ちをかける。
「ギャアアアアアアァァァオォォォォォォオオオオオオ!!!!!!!!!!」
ベヒモスの悲鳴が階層中に響き、クラスメイト達はオレを見て、再度。ひっ…と息を詰まらせた。
「サンズ!」
突如戦場の聞き慣れた声が響く。
「は?ハジメ?」
ハジメだった。
意味が分からなかった。
「メルド団長に無理言って来させてもらったの!」
何を言いたいのか理解ができない。そんな状況ではないと分かっていながらも聞き返す。
「なんでだ?ハジメ」
ますます意味が分からない。それならオレ一人で十分だ。
「ベヒモスを止める為だよ!」
「オレだけで十分だ!」
そんなことをやっている場合ではないと分かっているのに口喧嘩が始まってしまった。
それがダメだった。
ついブラスターの制御を誤り、ベヒモスの頭部から光線が外れる。
その瞬間。
ベヒモスの目に、再び戦意が漲り、ハジメとオレを睨んだ。
「チッ!」
「ッ!錬成!」
舌打ちを吐くオレを横目に、ハジメは錬成を発動する。
起き上がり始めていたベヒモスの頭に瞬く間に石が集まり、ベヒモスを拘束し始める。
「hehe…なるほどな…ハジメ。やってくれるじゃねぇか」
作戦を理解したオレは重力操作でベヒモスの巨体を橋に沈めながら、ブラスターで頭を灼く。
さっきの口喧嘩に謝ろうかと思ったが、やめておいた。
「ぐっ…!錬成!」
「ハジメ!援護してやる!」
ブラスターを連発しながらベヒモスの頭の周囲に壁でも作るように骨を生やしまくって妨害もしながら言う。
「錬成!」
ハジメの声に合わせてブォン!!と腕を振り、特大のブラスターを天様に降らせ、ブラスターを直に足に噛みつかせ、GOOPを橋に発生させ足元を滑らせ、ベヒモスを段々と地面に沈めるオレと錬成で拘束するハジメ。
ベヒモスの巨体が半分ほど埋まった時だった。
「サンズ!」
ハジメの声がした。ハジメの方を見ずに聞く。
「撤退だな?!」
「うん!」
「よし!」
オレは最後に残存魔力の8割をつぎ込んだ特大の重力操作と何体ものブラスターで地面にベヒモスを食い込ませてから、GOOPでベヒモスの体全体を覆うと同時にハジメが最後の錬成を終えた。
「走れ!」
オレは叫んだ。
「うん!」
ハジメも負けじと叫ぶ。
なぜショートカットを使わないのかと言うと、殆ど魔力が残っていないからだ。もうカッスカスでほぼ使い物にならない。
そして撤退を始めた瞬間。オレの頭上を魔法弾が通過した。
「成功したみたいだな…!」
「ん!」
オレ達は嬉々として更に速度を上げた。
だが次の瞬間には一瞬で凍りつくことになった。
オレの目の前に一つの炎弾が迫っていたからだ。
「なッ?!」
オレは急いで避けようとするが…出来なかった。
後ろにハジメがピッタリ追走してきているからだ。
避けたらハジメがまずい!
そう思ったオレは胸の前で両腕をクロスさせ、防御しようとした。
ドォン!
オレの腕に炎弾が当たる。
あっつ……くはない。エラー系の能力を取り込んだ時から、感覚器官がバグって、基本的なダメージは感じない……が、オレはその一撃で大きくノックバックした。
「は?」
思わず声が漏れる。
オレは橋の外に放り出されていた。
「ッ!」
急いでなけなしの魔力を練って、ショートカットで移動しようとするが、突如痛みが頭部襲った。
横を向くと、拳大の大きさの石が飛んできていた。
視界の端には力づくで拘束を解くベヒモスが映った。
おそらくベヒモスが無理矢理拘束を解く時に飛び散った石片だろう。
これのせいで、練っていた魔力が全て霧散し、ショートカットが焼き切れる。
「っ!クソッタレ!」
オレは思わず悪態を吐いた。
直後。
「っっっ!!!れんっっっっせええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!」
落下を始めるオレの耳にハジメの声が届く。
瞬く間にオレの足元には足場ができ始め、橋にまで繋がった。
「ッッッ!ナイスだ!ハジメ!」
ハジメにももう大して魔力は残っていないはずなのによくやる!
オレはそのまま全力で走り出す。
ハジメが安堵の表情を浮かべながら、状況を確認しようと後ろを振り向いた。
その瞬間。
ハジメの表情が絶望に染まった。
理由は単純にして明確。
何処かから現れた風弾がハジメを背中にぶち当たったからだ。
橋の縁にいたハジメは衝撃で橋の外に放り出され、なけなしの魔力でなんとか維持していた簡素な橋が崩れ、ハジメもオレと同じように真っ逆さまに落ちていった。
落下の真っ最中に見聞きできたのは、クラスメイトがざわつく声。
泣きながらこちら側に思い切り手を伸ばす白崎。
目を背けるメルド。
仄暗い笑みを浮かべながらも、やっちまった…とばかりに顔を歪める檜山。
オレはこの瞬間全てを理解し、本気でキレ散らかした。
「…全員纏めて地獄の業火に焼かれとけ
この事態を招きオレたちを落とした檜山。
ご都合解釈のクソ勇者。
パニクって避難が遅れたクラスメイト共。
白崎と八重樫はまだいい……他は全員殺す。
オレはそんなことを思いつつも、奈落へと吸い込まれていった…。
「離して!サンズくんの所に行かないと!」
飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。
「香織っ、ダメよ!香織!」
雫は香織の気持ちが分かっていた。だからこそ、かけるべき言葉が見つからない。ただ必死に名前を呼ぶことしかできない。
「香織!君まで死ぬ気か!サンズ達はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ、体が壊れてしまう!」
それは光輝なりに精一杯”香織“を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない言葉だった。
「無理って何!?二人は死んでない!行かないと!」
しかしその現実を受け止められる心の余裕は、今の香織にはない。言ってしまえば反発して、更に無理を重ねるだけだ。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかりだ。
メルドはそのまま素早く香織の後ろに回り込み、首に手刀を落とす。一瞬痙攣すると香織はそのまま意識を落としてしまう。その身はメルドは優しく受け止める。それを見た光輝は目を見開き、思わずと言うようにメルド団長を睨むが、
「……お前たち!ぼさっとするな!早く撤退するぞ!これ以上犠牲を出すわけにはいかん!」
メルド団長の一喝に口を紡ぎ、その隙に雫がメルド団長から香織を受け取る。
「すいません……」
「いや、いい………」
力なく呟きながらメルド団長は雫に香織を手渡した。
雫は香織を抱えなおしながら憮然とした表情の光輝に告げる。
「私達が止められなかったから団長が止めてくれたのよ。わかるでしょ?今は時間がないの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまった。そして何より香織が完全に壊れる前に止める必要があった」
もしもメルド団長が止めていなかったら香織の心の箍は完全に破壊されていただろう。それを止めることを自分たちはできなかった。今、香織の心はギリギリのところで均衡を保っている状態なのだ
「ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで。……ハジメちゃんも言っていたでしょう?」
雫の言葉に、光輝は頷いた。
「そうだな、早く出よう」
目の前でクラスメイトが二人も死に、クラスメイト達は混乱の極みにあった。めちゃくちゃに言葉が交わされ、戦闘どころではない。いまだ健在のトラウムソルジャーの相手をしているのは優香を含めた少数だ。
そのクラスメイト達に光輝が声を張り上げる。
「皆!今は、生き残ることだけ考えるんだ!撤退するぞ!」
その言葉に、クラスメイト達はようやく動き出すが、その動きは緩慢だ。
光輝は必死に声を張り上げ、メルド団長や騎士団員達も生徒達を鼓舞する。
その甲斐あってから全員が階段への脱出することに成功し、そのまま迷宮から脱出を果たした。