その階層は完全な闇に包まれていた。光源がなければ一寸先も見えない完全な暗闇。
だが、その暗闇の中をソレは何の苦でもないかのように進んでいた。全く光源の類など持っていないにも関わらず、ソレは闇の中の全てが見えていると言わんばかりに壁に激突することもなく一直線にフラフラとした足取りで通路を進んでいく。
と、ソレが歩く先で何かがキラリと光る。それに気づいたソレは首を傾げるも、次の瞬間にはどろけたビーム兵器を召喚し、身構えた。
だが、少ししてソレは落胆したように構えを解いた。視線の先にいたのは2mほどの金色の瞳を持った灰色のトカゲ。ソレが探している存在ではなかった。
と、その時、その瞳が光を帯びる。その光を浴びたソレはだが次の瞬間もう一度首を傾げる。今何かされたのだろうと言うように。
トカゲが、あれ?と言わんばかりに鳴き声を上げ、ワタワタと慌てたように動くが、ソレは気にしない。
視線も向けず、ビーム兵器からビームをぶっ放し、トカゲを溶かした。
ソレは、溶けて液体となったトカゲの死体を眺め、麺を啜るようにして胃に放り込んでいく。
ソレは、ほとんどの液体を吸い上る。
ソレは再び歩き出す。
ソレが次に探索しているのは地面のそこかしこにタールのようなものがある泥沼のような場所だった。普通は足を取られるだろうがソレは気にも留めずに何の抵抗もなく歩いている。周囲を見渡しながら歩いていると、鋭い歯が無数に並んだ巨大な顎門を開いて、サメのような魔物がタールの中から飛び出してきた。それに気づいたソレはサメの背後にテレポートすると、背中側から真っ直ぐ、槍で突く様に手刀を放ち、背中から口内にかけてを突き破った。
サメは直後にガタガタと痙攣するが、数秒ののち、グタッと体の力を抜いた。
それを見たソレは口をガバッと開き、サメを丸呑みにした。
ソレはグチャグチャと気味の悪い咀嚼音を響かせばながらサメを飲み込んだ。
ソレは再び歩き出す。
ソレが歩いているのは階層全体が薄い毒霧で覆われた階層だが、ソレは苦しそうな気配もなくただただ歩いている。途中でかい虹色カエルが毒を吐き出し、もろに浴びてしまったが、ソレは何の痛痒も感じずそのままカエルを地面に叩きつけて圧殺すると、カエルを丸呑みにして歩き出した。
そのまま歩いていると、前方に新しい敵が現れる。それは巨大な蛾だった。ソレは少しその姿を見つめると、気持ち悪そうに肩をすくませてから、背後にテレポートし、一本の骨を顔面に突き立てた。
蛾はビクンッ!と震えるが、直後にその動きを停止させた。
ソレは今まで通りそれを喰らった。
ソレは再び歩き出す。
密林のように鬱蒼とした場所をソレは歩いている。そんなソレに向かって巨大な百足がその体を分離させて一斉に襲い掛かるが、ソレは百足を一瞥しただけで、視線を変えず、どろけたビーム兵器で全てを焼き払い。残った個体を生きたまま食す。
樹のような魔物もいたが、ソレの放つ炎で何もできずに焼かれていく。
次々と襲い掛かる魔物を歯牙にもかけずにソレは進んでいく。
ソレは歩み続ける。
再会の時は近い……。
ハジメがこの奈落を降りてどれほど経っただろうか。今、彼女は77階層にて装備や消耗品の点検をしていた。ここに来るまでに、ハジメを取り巻くありとあらゆる環境は変化していた。
まず一番目立つのはその身体だろう。髪は以前の黒髪から白髪になっており、目の色も赤くなっている。
これは、第一階層で魔物を倒し、飢えからその肉を食べてしまったのが原因だ。魔物の肉は猛毒。喰らえば人間の体を内側から侵食し、破壊させてしまう。だが、その時にハジメは神水を服用した。
それによって破壊しては再生され、破壊しては再生されをひたすら繰り返した。だが、それによって彼女は変わった。
ステータスは大きく上昇し、魔物の固有魔法を己の物にした。更に自分よりも強い魔物と言う制限があるが、肉を喰えばステータスが上昇し、固有魔法を得ることができるようになった。
今のハジメのステータスはすでに勇者である光輝のそれを凌いでいる。
次に変化を上げるならハジメのメイン武器であるリボルバー型のレールガン、ドンナーだ。これはハジメが奈落の一階層で作って以来ずっと彼女の相棒として活躍してきた武器だ。他にも様々な武器を作ってきて、それらを駆使してここまで来た。
だが一番大きな変化は、
ハジメがドンナーを眺めながら何やら物思いにふけっていると、
「……ハジメ。どうかしたの?」
隣から聞こえてきた心配そうな声にハジメはハッとして首を向ける。そこには一人の少女がいた。
年は12歳ぐらい。最高級のビスクドールのような美貌に長い金髪、赤い瞳、そして年に似合わぬ妖艶さを持ったこの場には不釣り合いな少女。
彼女の名前はユエ。この奈落の50階層にあった封印部屋に封印されていた吸血鬼の少女だ。
彼女は300年前に滅んだ吸血鬼族の女王で、自動再生と言う魔力がある限り再生し続ける能力、更に魔法陣や詠唱無しで全属性の魔法を放てるという規格外の能力を持っているが、叔父にその能力を疎まれてあそこに封印された。それをハジメが封印を解き、以来一緒に行動をしている。ちなみに名前は以前のを捨ててハジメにつけてもらった。
ハジメは未だ引きずってる…、と苦笑しながら口を開く。
「ん…、私もだいぶ……強くなったと思って。そうしたら……失わずに済んだのかなって」
「それって……前言ってた恋人のこと?」
初めて会ったときにお互いの事情は話していた。ハジメがここに落ちた経緯、そしてその時に唯一無二の恋人を失ったことも。
ユエの問いにハジメは、ん、と頷いて羽織っていたパーカーに触れる。
「どうしようもなかったって割り切ったはずなのに……やっぱりね…」
ハジメが眉をへの字に曲げながら寂しげに笑うと、ユエがフルフルと首を横に振る。そんな事はないと言うように。
ユエがハジメがサンズの事を聞いた時、ハジメはサンズとのことを色々話していた。そしてその時の表情だけでユエには分かっていた。ハジメにとってサンズがどれほど大きく、大切な存在だったのか。それを失ったのだ。感傷的になるのも仕方ないと思う。
そんなユエの様子にハジメはありがと、と小さく言う。
「ん、もう大丈夫。先に行こう。ユエ」
「……ん」
点検を終え、準備を整えたハジメとユエは壁の穴から出て、迷宮の通路を歩きだした。
と、その時。
ギュガアアアアアァァァァァァアアアアアアァァァァァァ!!!
背後から尋常ではない轟音が轟く。
直後に、その音が一瞬止んだかと思えば、ドガアアアアァァァァァァァァアアアアアァァァァン!!!!
と、轟音を立てながら土煙が舞った。
突如として響いた轟音にハジメとユエは驚愕しながらも即座に振り返り、戦闘態勢を取るが、その光景を見て唖然とした。
目の前には大量の土煙が立ち上っており、周囲の状況は目視ではうかがい知れない。ハジメの技能、気配感知は範囲外のせいか煙の中に何がどれぐらいいるのか分からない。そして、天井には巨大な大穴が口を開けている。
(まさか………天井を破って…!?)
それ以外に考えられず、ハジメは戦慄の表情を浮かべる。確かに外に出るときに周囲には何もいない事を確認している。そしてこれ程の崩落が何の前触れもなく起こるとは考えられない。と、なれば考えられるのは上の階層にいた何かが床をぶち破って階下のこの階層に侵入してきたことだ。
そんなことができる魔物がいたのか、とハジメは考えるがすぐにあることを思い出す。
それは50階層に到達する前の事。突如として奈落全体を震わせるような凄まじい咆哮が轟いたのだ。突然の事にハジメが警戒をしていると、魔物たちが一斉に暴れだしたのだ。それこそ、その階層全ての魔物が恐慌状態に陥り、めちゃくちゃに暴れ、逃げ回り始めた。ハジメなど目もくれず、手当たり次第に走り回り、壁にぶつかり、何かから逃げ出そうとしていた。その時ハジメは即座に身を護るために攻撃したが、魔物たちはハジメなど眼中にないと言わんばかりに動き回ったので、攻撃をやめてやり過ごしたのだ。
ちなみにこの時、上層のオルクス大迷宮でも同じことが起こっており、冒険者にそれなりの犠牲者が出ている。
更にちなみに咆哮はユエにも届いていたようで、かなり不安に駆られたようだ。
とにもかくにも、もしも階層をぶち破るような存在がいるなら、それはあの咆哮の主以外考えられない。
つまり、これまで戦ってきた魔物よりもはるかに強大な存在であると言う事だ。現に気配感知の範囲外にも拘らずに煙の中から感じるのはハジメが戦った魔物の中で最強であるサソリモドキよりも強大な気配。
ハジメがドンナーを突き付けながら煙を睨みつけていると、
「……大丈夫、私たちは負けない」
ユエが決然とした表情で無くなってしまったハジメの左腕を掴む。ユエの言葉にはハジメは、
「…ん」
そう言って煙を睨みつけ………次の瞬間ハジメが凍りついた。
「始 …メ?」
煙の奥から聞こえてきた声で一転、敵の強大さなぞ頭から吹っ飛んで愕然とした表情を浮かべる。
意味もなくドンナーを持つ右手が震え、歯の根がガチガチと鳴る。
ユエもまた聞こえてきたのが人間の声であると言う事に驚いているが、ハジメよりはマシだ。
そして2人の目の前で土煙の中から彼は現れる。
ソレは、紫色の血に塗れたシャツを着て、ハジメよりも一回り程小さい体躯を有していて、周囲に何十体と言う程のどろけたビーム兵器を侍らせていて、左目の瞳孔は眩い蒼に包まれていた。
ソレは煙から歩み出てハジメを見ると少し訝し気な表情を浮かべるが、合点がいった。とばかりに手をポンと打つと、フッと優しく笑った。
「ハジ め………[[ハジメ]]ダな……?」
「……サン……ズ…?」
ユエはハジメのつぶやきに対し、え?と驚愕の声と共に彼を見上げる。
ハジメは目を見開いた状態で目の前の骸骨をこれでもかと見つめている。
サンズ。ハジメは確かにそう言った。つまり、彼こそがハジメの恋人と言う事だ。だが彼は死に、ほかならぬハジメの手で埋葬されたと聞いたが……。
「ハジメ……heh…heh……生き…てTAか………ソノ装備……お前…ラシイな」
目の前の骸骨は喉に負担をかけないよう、少しずつ、淡々と言葉を紡ぐ。骸骨は本当に嬉しそうに顔を綻ばせながらハジメに話しかけるが、彼女はまるで微動だにしていない。
「ソッ…ち……は、……誰だ?……こンナところに他、。 …にも…[[ニンゲン]]……がいたのか?」
骸骨は続けて話しかけるが、ハジメは変わらず動かない……否、動いている。その右手がまるで抑えきれぬ何かを抑えるかのように震えている。
「……ハジめ?…大丈夫カ?」
骸骨が……サンズがハジメに歩み寄ろうと足を踏み出した瞬間、
ドパンッ!
乾いた炸裂音が響いた瞬間、ハジメの右手のドンナーから赤い閃光が放たれ、それがサンズの頭部を直撃し、彼の体は大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
ユエが驚愕に目を見開いてハジメを見上げてびくりと体を震わせる。
ハジメはその目を憤怒に染めていた。顔は歪み切り、目の前で吹っ飛んだサンズを睨みつける。ギリギリと歯を食いしばり、ドンナーを握っている右手は銃身を握り潰そうとする様に力が籠っていて、白くなってしまっており、体が震えてしまっている。
「は、ハジメ……?あれは……」
「……最低……流石大迷宮……どうやってか知らないけどサンズの姿を模した魔物をけしかけるなんて……」
「模す…?……あれって……」
「ユエ。サンズは死んだ。間違いなく、寸分の疑いを抱く余地もなく、死んだの。神水をいくら飲ませても、回復なんてしなかった。死んだ。死んでたの。死体は私が埋葬した。間違っても魔物なんかに食べられないように、嬲られないように、ちゃんと、埋葬した。サンズがここにいるわけがない。いるはずがない。あれは魔物。魔物なの。サンズを模して、私を殺すために居る存在………ふざけないで……ふざけるな、ふざけるな!お前は楽に殺さない。私の手でズタズタに引き裂いて、バラバラにする!お前なんて一片たりとも口にしない。完全に焼き払う!」
これまでに見たこともないほどに怒り狂い、捲し立てるハジメを見てユエは小さく、そう、とだけ声を漏らす。
ハジメは言葉通りにしようと歩き出すが、
「成程、。…な。、ソウ言う事Ka………」
聞こえてきた声に足を止め、ユエもすぐに警戒しながら目を向ける。
二人の前でサンズはゆっくりと体を起こす。その頭部は健在だ。爆ぜてもいない。傷もない。それどころか赤くすらなっていない。
「こいつ……」
ハジメが憎々し気に睨むが、サンズは納得がいったと言うように立ち上がる。
「そうか……見たカンジ…だが…、。ツライ目に…アワセ血まった…ミたい…だナ…スマn、ハジ…メ。守レ名くて」
「うるさい」
どす黒い声色で再びドンナーから赤い閃光……レールガンが放たれる。
が、それはサンズの額に当たるとガゴンッ!と言う音と共に弾かれる。しかもサンズの体は微動だにしていない。
「あのサソリと同じ……!」
「………heh……heh…いい…ゼ、。 ブツ けて…。、 ミロ」
その言葉にハジメとユエは訝し気に眉を寄せる。その二人に対しサンズは続ける。
「heh…heh……イイぜ…ッテ言ったnだ。お前…の実力…ブツけて見せロ」
「魔物がそんなこと言わないで!ユエ!手は出さないで!」
そう叫び再びドンナーからレールガンが放たれるが、結果は弾かれるだけだ。ハジメはポーチからお手製手榴弾を投げつける。
足元に転がってきたそれをサンズは見て、ニヤリと笑うと、手榴弾を手に取り、重力操作であっという間に鉄塊へと変えた。
「おまけ!」
そう言ってハジメは再びポーチから手榴弾を投げつける。だが、サンズはそれを再び重力操作で握り潰…した瞬間、サンズの手の中にある手榴弾から炎が上がった。
「ナ……に…?」
これは焼夷手榴弾で、摂氏3000度の炎を撒き散らす劇物だ。
これならば少しは効くはず、とハジメは睨んでいたが、煙が晴れた瞬間に、流石に顔を引きつらせ、ユエも息を飲む。
そこには変わらずにサンズは立っていた。炎は容赦なく彼の体に降り注ぎ、燃やしているのだが、サンズの体には火傷はなく、それどころか身に着けていた服すらも燃えている様子は無い。それを証明するようにサンズは熱がる素振りも見せない。
「あのサソリでもこれはそれなりに効いたのに……化け物」
「heh…heh………化け物……NA………その呼称…ハ、。…チガ……U」
「なに?じゃあ魔物?」
「イいや、。オレを…[[正確]]…二、。呼ぶナラ………モンスター……だナ」
モンスター?とユエが首を傾げる中ハジメはギリっと歯を食いしばる。
「そう!」
ハジメはドンナーを連射、一斉にレールガンがサンズの体の各所に直撃するが、やはり弾かれ、体は微動だにしない。
ハジメは即座に懐から弾丸を取り出すと、左脇にドンナーを挟み、装填する。そして再び連射するが、それもやすやすと弾かれる。ハジメはその場から飛び出すと周囲を文字通り跳び回り、サンズに次々と銃撃を浴びせ、更に手榴弾を次々と投げつけ、爆発と炎が襲うがサンズは変わらず微動だにせずハジメを見つめる。
(異常すぎる!まるでダメージを負ってない!)
ここまでやって一切ダメージも手応えもない。その事実にハジメは焦っていた。だが、それだけだったらここまでハジメは焦らない。じっくりと攻めて攻略法を見つけようとする。では何がハジメを焦らせているのかと言うと……。
(その目をやめて!それはサンズの目!なんで魔物がその目をするの!なんでここまで攻撃されてそんな目を向け続けるの?!)
サンズは変わらずハジメを見続けていた。真っ直ぐに、逸らさずに、労わる様に優し気に、それでいて申し訳なさそうに。
あり得ない。そもそも、もしこいつがハジメの動揺を誘い、その隙をついて殺すための存在なら、最初の攻撃の時に目論見は外れている。いくら攻撃が利かないとはいえ、ここまで攻撃されて何もしないなんてのはおかしすぎる。
もしかして本当に……そんな考えが浮かんだ瞬間、ハジメはその考えを振り払う。
(いいや、違う。あり得ない。絶対あり得ない!サンズは死んだ!だってあの暗闇で、何十回も確認した!生き返ってほしいと願って何度もその願いを踏みにじられた!ようやく……ようやく割り切った!それに仮に生きていたとしてもサンズはこんなに硬くない!だから違う!絶対に違う!)
ハジメが弾丸を取り出そうと懐に手を伸ばすがその手数個の弾丸しか掴まなかった。はっとして確認してみれば、そこには弾丸が3発あるだけだった。弾丸をほぼ全弾撃ち尽くしたのだ。おまけに手榴弾もなくなっている。
ハジメが歯を食いしばる中、傍らのユエが声をかける。
「ハジメ……ここは逃げよう……あれが魔物だとしたらはっきり言って異常。私の魔法もどれほど効くか分からない。このままじゃ……」
「いや、…こいつはここで殺す……絶対に殺す……!あいつは生かしちゃダメ……!」
だが、ハジメはもはや正常な判断ができないのかユエの言葉を無視して切り札を取り出す。
それは1.5mほどの大きさのライフル銃。
ハジメの切り札である電磁加速式対物ライフル、シュラーゲン。その威力は、ハジメの計算上ドンナーの数倍はある。
ハジメは脇に挟んで構え、シュラーゲンがハジメの持つ技能、纏雷によって赤い雷をスパークさせる。
それを見てもサンズは何も行動を起こさない。ただ真っ直ぐにハジメを見据えるだけだ。
「これで……これで消えて!!!!!」
叫びながら引き金を引いた瞬間、ドガンッ!と大砲でも放ったような炸裂音と共にフルメタルジャケットの赤い弾丸が解き放たれ、サンズの頭部に突き刺さり、サンズを吹き飛ばす。
その光景にハジメがようやく、と思った瞬間、サンズの体は空中で静止し、空中で体制を立て直すと重力操作で自らをそっと地面へ下ろした。
その額は着弾個所が赤くなっていたが、それだけだった。
「……冗談………でしょ………?」
思わずそんな声が溢れる。これが効かないとなるとハジメにはもはや手立てがない。ユエの魔法も本人が言ってたがどれほど効果を望めるか……だが、諦めるつもりはなかった。こうなったら固有魔法で攻めるとハジメが構えた瞬間、サンズはニヤッとしながら額に手を当てて着弾個所を撫で、小さく唸る。
「スゲぇな……前…ダッタら……ただジャスマなかった……だろうナ」
そう言うとサンズは静かに歩き出し、ハジメの元に向かう。ハジメは動かない。確実に一撃を叩きこむためにひきつけるつもりなのだ。そんなハジメの前にユエが守る様に立ちふさがる。その様子を見て、一回足を止めてサンズは小さく目を細める。そして歩みを再開する。
「ハジメ……その髪、。腕……ツライ事……バカりだったnだ…ロ?……本当二…スマn……守っテやれナクて……傍にイてヤレなくテ……」
「やめて……」
「heh……heh………誇ら…シイぜ?…オマえ…が……こnナ成長………してんダ…かラな」
「やめて……!」
サンズが言葉を紡ぐたびにハジメは何かを振り払うように頭を振るう。
サンズは、喉を抑えながら渋い顔をして、虚空に手を伸ばした。何かを改変するかのように。
「それに良い出会いもあったみたいだな。おい、アンタ。アンタが何者か知らんが、ハジメを守ろうとしている……それだけでお前が今までハジメと共に戦ってきたことが分かった。……礼を言う。ハジメを守ってくれて…ありがとな」
その言葉にユエは目を見開きながら息をのむ。そのままじっとサンズの目を見つめる。サンズもまたユエの目を見つめる。そのまま二人は少し見つめ合っていたが、不意にユエはすっとハジメの前から退く。
サンズはそのまま歩き、ハジメの前に立つ。ハジメはキッ!とサンズを睨みつけるがサンズは何も感じていないかのように段々とゆっくり近づいていく。
ハジメが、触れた瞬間に最大出力の纏雷を喰らわせてやる!と魔力を練った瞬間、サンズの手はハジメの頭にポン、と置かれ、ゆっくり撫で始めた。
その瞬間、ハジメの全身に電流が走り、練り上げた魔力が霧散する。
「heh、今帰ったぜ、ハジメ」
その言葉を聞いた瞬間、ハジメの全身が、本能が、心が、魂が理解した。サンズだ。目の前の存在は間違いなく、あの時失ったと思った人。もう二度と会えないはずの最愛の人。この世にたった一人しかいない、自分の恋人なのだと。
そう理解した瞬間、
「っ………うっ………なに………生きてたの……?…だったら……もっと……もっと早く合流してよ……」
「悪かったな……」
サンズはただただハジメの頭を撫で続ける。ハジメはその手を振りほどこうとせず、俯きながら撫でられるままだ。その頬にはあの時、暗闇の中で摩耗しきり、枯れ果てたはずの雫が静かに流れていた。