口の聞き方がなってねぇな。兄弟子に向かって   作:とろまぐろ

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死刑宣告

 

 

 

「沙代の魚、先生にあげる。先生ガリガリだもん。もっと食べて」

 

「そうか、なんて優しい子だ」

 

幼い教え子の頭を優しい顔持ちで撫でる先生を見て、俺は呆然としていた。なんだろうなこの違和感は…。まるで記憶に霞がかったような少しの気持ち悪さが俺を困惑させている。

 

それから食い意地の張ったお調子者の子供が代わりに先生の魚を貰うと冗談で言うと、沙代は先生にしか上げないと少しいじけてそう言った。それをみて俺は今はこの瞬間が幸せなのだと感じた。そして気持ち悪さを押し殺して、今は先生が持ってきてくれた食事を楽しむことにした。

 

「いただきます!」

 

ここに住む俺たちは血の関わりはない。どうせ各々が捨て子や何か事情のある子供ばかりだ。しかし、俺たちは互いに助け合うことで仲睦まじく家族のように暮らしていた。

 

「大丈夫か?少し具合が悪そうだが…」

 

「大丈夫です。ただ昼の食事の時から少しぼーっとしていて…」

 

「そうか…だが無理はいけない。今日はゆっくり休むといい」

 

「はい!」

 

時折贅沢をしたくなって金を盗もうかとも考えたが、先生のことを思い出してすぐに辞めた。盲目でありながら、あれ程他人に思いやれる人がいる。だというのに俺は自己満足のために他人を足蹴にすると思うと酷く惨めに感じたからだ。

 

そうやって穏やかな日々が続く…はずだった。

 

その日の俺は昼間に山に流れる川で罠を作っていた。魚を捕らえる罠だ。明日の朝、皆んなにご馳走を振舞おうとしたのだ。その罠を回収しようと眠るふりをして家を抜け出し、俺は山に登った。だがそれが間違いだった。

 

先生から聞かされてはいた。この地には恐ろしい鬼がいて、夜中になると活発になる。早めに家に戻り、夜中はお香を焚いて身を守りなさいと、そう聞かされていた。

 

でもそんなバカな話があるかと俺は思っていた。鬼なんているわけが無い。きっと熊か何かを鬼に例え、子供を早めに寝かしつける嘘だと俺は思っていた。

 

「はっ…はっ!…嫌だ!死にたく…死にたくねぇ!!」

 

先生の門限を破り外に出た罰だろうか。俺は正しく鬼としか形容のしようのない異形の怪物に追われていた。

 

登っていた山道を大慌てで逆走したせいで足からは出血し、何度か転けたせいで頭には土がついている。それでも俺は死にたくないという一心で必死に走っていた。

 

激しい運動と死の恐怖で心臓が強く鼓動し、鼓動の音を聴くたびに脳内を覆っていた不快感が徐々に晴れていく。

 

「くひひ…何処まで逃げるか試したが意外と粘るなぁオマエ!それに良いものを見つけさせてもらった!」

 

「やめろ…くんな!」

 

「オマエ、何処かを目指して走っていたなぁ…そしてそれはあの貧相なボロ小屋だろう?捨て子を集めた学び舎か?あぁ哀れな奴だ!助かろうとして他の人間を巻き込んじまうなんて!」

 

「っ!」

 

そんな筈はないと言おうとして、俺は少し先に先生達の眠る家を見つけてしまった。どうやら俺は必死に逃げることに夢中になりすぎて、いつの間にかここまできてしまったらしい。

 

「死にたくないんだろ?気持ちはわかるさ、だから取引をしないか?」

 

「取…引?」

 

ダメだ。この先の言葉を聞いてはいけない。怪物との取引なんて碌な未来がない。わかっている筈だろ。俺は頭の回りが早いから、コイツが次に言うことも、その結果最後に俺が食われることもわかってる。

 

「あの家の藤のお香を消すのなら、オマエの命だけは助けてやろう」

 

8人はいそうな場所だなぁと嗤う鬼を脇目に俺の心臓を未だかつてないほど強く脈打っていた。

 

思い出したのだ。

 

そうだ俺は…俺の名は獪岳。

 

鬼滅の刃の登場人物で、雷の呼吸の使いである我妻善逸の兄弟子。

 

その過去は…護身のためなら犠牲を厭わないクズだ。

 

今の俺が果たして獪岳なのか、記憶の持ち主なのか、はたまた混ざってしまったのかは分からねぇ。

 

幸い俺は金も盗んでねぇし、あの家から追い出されてもいねぇ。帰る家はまだある。全ては俺の返答次第だ。

 

脳内の気持ち悪さが消えたのに、今はもっとクソの気分になっている。本当、人生ってのは巫山戯てやがる。

 

「それでどうする?8人も食えるなら、オマエ1人くらい見逃してやってもいい」

 

「ぁ…そ…そうだ!1日待ってくれねぇか?1日ありゃあ、もう少し人を呼び込める!確か明日は旅の行商人が此処を通って──」

 

瞬間、頬の激しい痛みに耐えきれず、俺の言葉は続かず、代わりに絶叫が夜に響く。

 

「あ゛ぁぁァ!!痛ぇぇ!!」

 

恐らくは殴られた場所に手をやると、どろりとした深い赤が手についた。

 

「嘘は良くねぇなぁ!!…だがもう一度だけチャンスをやるよ…よく考えろ!オマエの命かその他の塵芥の命か!選べ!!」

 

痛い!熱い!苦しい!あぁ…クソクソクソッ!痛みで頭が回らねぇが、少しは冷静になってきやがった。

 

そもそもコイツはなぜさっさと俺を殺さない。鬼の膂力ならさっきの一撃ですら俺を殺せる筈だ。明らかな手加減だ。なぜ、なぜだ…いやそうか。

 

俺1人を此処で見逃してでも、あっちの8人を食いたいからだ。この鬼は腹が減っているんだろう。どうにか毒である藤の花のお香を消させて、俺以外の8人を食いたいんだろう。

 

しかしらしくもねぇ。俺が俺を1番に考えないなんざ。いや違うな。先生達を助けたい気持ちと俺が生き延びたい気持ちってのは矛盾しねぇ。きっと混ざったせいだ。混ざったかららしくない行動をするんだろう。だが俺の末路を考えりゃ、ここで先生を助けるのも悪くねぇ。

 

だから賭けに出ることにした。

 

「…いいぜ、消してやるよ藤の香をな」

 

「そうこなくちゃなぁ!」

 

俺は覚悟を決めることにした。

 

 

 

 

震える足に気づかないふりをして、先生達の家に戻る。そして藤の花のお香を消すことなく、先生を揺さぶって起こす。

 

「先生、先生…!起きてくれ、お願いだ!」

 

何度か揺さぶって声をかけると寝ぼけながらも先生こと悲鳴嶼行冥は目を覚ます。

 

「…今はまだ夜中だろう?空気が冷たい。それにそんなに慌てて…どうしたんだ獪岳?」

 

「実は…」

 

起きている事態を話し始めると先生の顔をみるみる険しくなっていく。そして先生は拳を振り上げる。言いつけを守らなかったので、殴られると思い身構えたが、予想に反して先生は俺を抱きしめていた。

 

「なっ…こんな時になにしてるんですか!?」

 

「怖かったろう…もっと贅沢をしたかったろう…だから夜中に出かけたのだな。すまないなぁ…もっと金があればお前たちを満足させてやれたろうに…」

 

先生は優しく俺を抱きしめる。そこには先生の自責を感じた。いったいなぜこの人が謝るのだろうか、悪いのは俺が言いつけを守らなかったせいだと言うのに。

 

「…ごめんなさい!おれ…皆んなに喜んで欲しくて!だから!こんな…こんな酷い事態になって…!」

 

「謝らずとも良い…。しかし参った。鬼とはな…どうしたものか」

 

「そこは策があるんです先生。先生には負担をしい──」

 

「良い。お前たちを守れるのならどんな責苦も耐えて見せよう」

 

「…ぁあ」

 

気づけば流れていた涙を拭って、震える声で先生に策を伝える。

 

 

 

「遅かったなァ…!」

 

「いやすまなかった。実はオマエの為に仕込みをしてたんだよ!」

 

俺が遅かったことに苛立っている鬼を軽く宥める。そして自分のよく回る舌には感謝してもしきれないな。

 

しかし本当に短気な奴だ。だが哀れでもある、何せこの先に待ち受ける末路をコイツは知らないのだから。

 

「実は逃げられても困るだろうから、住人を殺して回ったんだ。一人一人、料理用の包丁で首を刺してな」

 

「…くひっ!オマエ本当にクズだなぁ!あぁでも嫌いじゃない!誰かの為に動くのは素晴らしい善行だ!」

 

「ははっ!そうだろう?俺を見逃せば明日も明後日もいい思いができるだろうよ!」

 

狂ったように笑う鬼を家へと案内する。すると藤のお香が消されていることに気分が良くなったのか、さっさとオマエは失せろと言われた。知ってはいても、やはり正直意外だ。まさか本当に約束を守るとはな。

 

俺は分かったと伝えて下がる。

 

鬼が戸を開け、一歩を踏み出そうとした瞬間、雷でと落ちたかのような凄まじい打撃音と共に鬼が玄関へと吹き飛ばされる。

 

「なっ…いってぇえ!なんだ!何がおきた!」

 

「南無阿弥陀仏…この神聖な学び舎にお前が踏み入る資格なし。それに今の感触。おおよそ人間の肌ではない…お前が噂に聞く悪鬼だな!」

 

「……くそっ!あの餓鬼騙しやがったな!」

 

「獪岳のことか…あの子は聡く、優しい。あの子を脅し、苦しめるお前は怪物で相違ない」

 

慈悲の涙を流しながら怒りを抱いているようだ。

 

「くひっ…だとしても人間のお前が俺に勝てる道理は──」

 

言葉を遮り悲鳴嶼行冥は一人でに語り出す。

 

「伝承によると鬼は陽の光を浴びると死ぬと聞く」

 

「あぁ…?」

 

「なに、簡単なことだ。これより数刻お前を嬲り続け、朝日の元で焼き殺す。尋常に覚悟せよ」

 

それは正しく死刑宣告たりうる無慈悲の慈悲である。

 

「舐めるなぁぁ!!」

 

「中々の力だが!子供達のためにも負けれない!!…ォォオオ!!!」

 

飛びかかった鬼と先生は取っ組み合いを始める。原作の知識のお陰で鬼の脅威を知るからこそ分かる先生の圧倒的な剛の力。まして相手は人語をしっかり話せるのでそこそこ強い筈なんだがな。

 

といっても先生だけに負担をさせる訳にはいかない。当然俺も加勢する。

 

「ぐぐっ…!てめぇ本当に人間か!?鬼が力負けするなんざ聞いたことが──は?」

 

どさっと質量のある粉が鬼に当たる。

 

「オイオイクソ鬼、策にはめたのはおれだぜ?当然先生の援護をするに決まってんだろうが!」

 

「餓鬼がァァ!!」

 

俺が投げたのはお香の中身。つまり藤の花だ。藤の花は蟲柱の胡蝶しのぶがやったように鬼にとっては猛毒だ。いくら調合されていないとはいえ、多少なりとも弱体化はする。

 

「喚くなよみっともねぇ…それにお前がさっきいってたろ?」

 

「あ?」

 

「誰かの為に動くのは素晴らしい善行だって」

 

「て…てめぇぇ!!!」

 

怒り心頭といった様子だが、藤の花に加えて俺へのよそ見。あとは先生の体力次第だな。

 

「オイ…私を忘れるなよ悪鬼!」

 

「あ…」

 

「ふんっ!ふんっ!!ウォオオオ!!!」

 

家全体が揺れるほどのとんでもない打撃を繰り出し続ける。鬼の体は次第に人の体を失っていく。腕はもげ、脚はあらぬ方向を向き、頭からは脳髄がぶちまけられている。

 

知識としては知っていたが、生で見ると沙代が原作であぁ言った理由がよく分かる。まさに生き地獄。それはいっそ鬼が哀れと言えるほどだ。

 

打撃音で途中で目を覚ました子供達に惨状を見せぬように目を塞ぎ、暗いがみんなで助けを呼んでこいと告げる。

 

そしてその殴打は先生の宣告通り朝まで続くことになった。また朝には助けを呼びに行った子供達が戻り、助けを乞われてやってきたらしい帯刀した鬼狩りの剣士が驚愕しているのが目に映る。

 

そして息も絶え絶えになった先生に近づく。

 

「先生、朝日が登ったよ」

 

「はぁっ…はぁっ…獪岳か」

 

疲れ切った先生の背中から太陽がのぼる。それはまるで先生から後光が差しているようだった。

 

「もう鬼は死んだみたいだ。少し休んでください」

 

「そう…だな。流石に疲れた。何かを殴るのも気持ちが悪かった。…少し休むとしよう」

 

そうだった。原作でも確か生き物を殴る感触が何年経っても忘れられないほど気持ち悪かったんだったか。なら掛ける言葉も忘れてないぜ俺は。

 

「それが良い。それと…ありがとう先生!」

 

「あぁ…この身に染みるな。その言葉は」

 

その日より悲鳴嶼行冥は慈悲の涙を多く流し始めることになる。

 




映画が良すぎたので書いたけど、ストックはないので更新は気まぐれです…。
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