愛の重いヒロインしかいないエロゲ世界に転生した純愛主義者 作:十前
それから二日ほど朝からマグノリアに修行へと連れ出された。
修行する度になんとなく動きはよくなっていることがわかる。体の動かし方がわかってきた、とでも言うのだろうか。まぁ、良い傾向ではある。俺としては強さを身に着けたいわけで、その目的自体に適ってはいるんだが、
(――眠い!)
眠い。数日の運動でだいぶ体力の最大値が低下している。今も少しだけ目が覚めたが、まだ数時間は寝れそうなくらい眠りと目覚めの境界にいた。昨日も朝から晩までマグノリアの修行に付き合わされたのだ。疲れすぎてもう昨日の夜なんてほぼ記憶がないよ。流石にまだ寝かせてほしい。
……ほしいんだけど。
『修行なの……当たり……お前が……』
『あたしはカルマ……そっちこそ……』
『何だと! ……金髪……!』
『はぁ!? ……意味が……!』
……さっきからずっと何か聞こえんだよな。
(来てしまったか……)
リビングで誰かが言い争っている気配。『尻ア』をやり込んできたからわかる。この声はマグノリアとアイビーである。勝手に入ってきてなぜか言い争いが始まっているらしい。なんでやねん。
『尻ア』の中で、マグノリアとアイビーの相性はそこまで良くはない。
マグノリアの奔放さとアイビーの真面目さが反発しているのだ。あまり多くはないが、たまに言い争うシーンを見ることもある。主人公が仲を取り持つとお互い認めあったりはするんだが……。
(でも流石に今日は寝かせてくれ……)
しかし俺は顔まで布団をかぶって音をシャットアウトした。今日は毛布にくるまって一日を終えるのだ。このぬくぬくとした布団から出なければ争いには巻き込まれない。ここは非武装平和地帯。俺のサンクチュアリなのだ。
(誰が来ても今日は絶対に起きないからな……)
と思ってたらばーんとドアが開いてぱたぱたと足音が駆け寄ってきた。
「カルマ様、カルマ様、起きてください」
「…………」
「マグノリア様とアイビー様が大変なんです」
「…………」
「あれ? カルマ様生きてます?」
「……悪いが、今日の俺は永遠の眠りにつく予定だ」
「えっ本当ですか? じゃあキスで起こさないと」
「なんでだよ!」
とんでもない発言を投下されて流石に跳ね起きた。
「おはようございますカルマ様、キスはいらないですか?」
無表情でウインクしてきたシーラに寝起きの険しい目を向ける。
「お前そういう心臓に来る目覚ましはやめろよ」
「ご主人様価格で安くしときますけど」
「どれだけ安くてもいらない」
真顔で投げキッスをしてくるポンコツメイドにこめかみを抑えた。なんで俺がお前の白雪姫にならないといけないんだ。というかこの世界もそういう童話があるのか。
ふとリビングに目を向けると、問題の二人が顔を覗いてるのが見えた。昨日散々ボコボコにしてきた戦闘大好きドラゴンと、金髪ツインテールでデカい杖を持ったエルフ。マグノリアとアイビーである。
二人とも一瞬顔を見合わせると、お互いを押しのけるようにして寝室に入り込んできた。
「カルマ! この金髪が私たちの修行場を荒らそうとしてるぞ!」
「違う! この子がカルマと二人なんてうらや……じゃない、迷惑になってるから止めようとしてるだけ!」
うわ。もう相性悪い。
「カルマは私と修行をして強くなるのだ!」
「そっ……それなら私だって魔法教えられますけど!?」
「そんなことを言って、カルマと二人きりになりたいだけではないか」
「ちちち違うけど! こ、この前助けてもらったからお礼に何かしようってだけで!」
お前らは朝から元気すぎる。
「……どうでもいいんだが、こっちは寝起きだから一旦落ち着いてくれ」
言うと一旦二人はぴたっと口を停止した。しかしむむむとお互いにらみ合う。なんで寝起きのテンションで言い争いに巻き込まれないといけないんだ。
というかそもそも、一体どうしてこんなことに。
そっとシーラに耳打ちして尋ねてみる。
「……シーラ、これどういう経緯で始まったの?」
「はい。昨日と同じ頃にマグノリア様が来たんですが、その後を追いかけるようにアイビー様がやってきたんです。カルマ様は学園長様のお孫さんとも交流があったんですね」
「ちょっとな。それで?」
「アイビー様は昨日の修行を見ていたらしく、色々文句を言ってましたが要約すると『抜け駆けはずるい』という内容でした」
……そうですか。
「マグノリア様は『カルマは私と修行するのが一番良い』と対抗しまして、それが平行線で続きまして今に至ります」
「ちなみにノエルは?」
「……あ。ここにいます……」
「うぉぁっ!」
突如真横に人の気配がしたと思ったらメイド服を着たノエルが立っていた。突然出てくるならもう少し心臓に優しい場所に出現してくれないか。ここにいる奴はあまり俺の心臓に配慮してくれない。
ノエルもそっと耳打ちしてくる。
「い、一応わたしも影で様子を窺ってました」
「……そうか。何かわかったか?」
「ご主人様は昨晩、21回寝返りを打ってました……」
「お前は何を見てたんだ」
変なことしてないで早く寝ろよ。もしかしてずっと起きてたのか。後で寝る時気になってしまうから、ご主人権限で辞めさせないといけない。ちなみに寝返りは平均が20回だと見たことがあるから、たぶん回数としては普通だ。
そんなどうでもいい話をしてたらマグノリアとアイビーが警戒の目でノエルを見ているのに気づいた。
「む……メイド。今、どこから現れた?」
「……あたしも、気づかなかった」
優秀な二人でもノエルの隠密スキルは察知できないようだ。ノエルはそこに特化してるから当然と言えば当然である。
突如現れたノエルによって一旦静かになったこの状況。
ひとまず膠着状態に見えるが、今の状態は結構まずい。
(……バッドエンド三人衆が一同に会している)
俺を中心として形成された最悪のトライアングル。
マジでやめてほしい。本当ならまだ布団にくるまって寝てるはずだったのに。
(次の発言、重要だぞ)
三人を穏便に、速やかに解散へと持っていくには何を発言するべきか。
あまりにも難易度の高い選択肢に固まっていると、不意にノエルが口を開いた。
「ご主人様……」
「……な、なんだ」
「ちなみにわたしも――隠れ方なんかは教えられます……」
うわそれ、結構ダメなやつ――。
思った途端、マグノリアとアイビーの視線がぎゅんと鋭くなった。
「か、カルマ! そのメイドは何者なのだ! ただのメイドではないのか!」
「その子も抜け駆けしようとしてる! だ、ダメだから!」
落ち着いていた火に油を注いでしまった。ぎゃあぎゃあ騒がしくなる俺の元サンクチュアリ。ここはもう睡眠には適さない場所になってしまった。安眠よ、さようなら。
「――みなさん、落ち着いてください」
そこに舞い降りてくる、一筋の穏やかな声。
三人衆ではない希望の存在、シーラがまるで天使の如く優雅に両手を広げていた。
「カルマ様の枕元でうるさいですよ。寝起きなのですから、優しくしてあげないといけません」
「し、シーラ……!」
天使だ。天使がいる。
明らかに目の錯覚だが、シーラに後光が差して白い羽が生えているようにすら見えた。そうなんだよ。こっちは寝起きなんだよ。だから優しくしてくれよ……。
「というわけで、穏便に勝負で決めようではないですか」
「……お、穏便?」
急速にシーラの背後から光と羽が引いていくのが見えた。勝負のどこが穏便なんだよ。何も天使じゃなくて、そこにいるのはただのポンコツメイドである。この三人で勝負が穏便に終わる未来がまったく見えない。
「ルールは第三者である私が決めます。構いませんか?」
シーラの言葉に三人は微妙な顔で目を見合わせた。よくわからない奴のよくわからない発言ではあるが、さっきまでは先の見えない言い争いだった。一応の決着はつきそうだ、という感じで全員頷いている。
「だが、何の勝負をするのだ?」
「……今日の出来事はカルマ様を巡って起きた争いです。なので勝負は――カルマ様の欲しい物手に入れちゃうぜ選手権にしましょう」
「おお……」
おおじゃないが。
「さてカルマ様、欲しい物はなんですか?」
シーラに問いかけられる。さっきから何を言ってるのか全くわからない。本当なら寝てるはずだったのだ。寝起きで朝から謎のバトルに巻き込まれて、非常にげんなりである。
俺が今一番欲しい物、そんなの一つしかない。
「安眠だけど」
「では寝かしつけ勝負にしましょうか」
よくわからない奴のよくわからない発言により、よくわからないバトルの開催が決まった。