愛の重いヒロインしかいないエロゲ世界に転生した純愛主義者   作:十前

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アイビー先生の寝かしつけ

 帰宅する道中で変な事は何もなかった。

 

 頻繁に欠伸を漏らしながらマグノリアの後を歩いて、そういえばあの木陰で休んでいる内に寝ればよかったのでは? と気づいた時にはさっきまで悪かったマグノリアの機嫌がもう元通り戻っていて我が家の姿も見えていた。やはり睡眠は大事だ。

 

 げんなりしつつ玄関に入ると早々、目を吊り上げたアイビーに指を突き付けられる。

 

「お、遅い! ふ、二人っきりで何してたわけ!?」

 

 俺の回復を待ってただけで別に大したことは何もしてない……と言おうとしたらマグノリアがずいっと前に出て逆に指を突き付け返した。

 

「出遅れたな金髪。カルマとは二人でそれはもうしっぽりとした時間を過ごしたぞ」

「ほ、ほんとに何してたの!?」

「争いにおいて初速は肝心なのだ! ははは!」

 

 目をぐるぐるにしたアイビーにマグノリアが勝ち誇っている。何をもってしっぽりと言っているのかは不明である。やったことと言えば俺が吐いたから座って休んでただけだ。せいぜい虹色のモザイクを伴うただのリバースくらいなのに、アイビーの脳内はきっとピンク色に染まっていることだろう。

 

 微妙な顔で見ていたら、シーラが顔を覗いてくる。

 

「今のお話的には、マグノリア様が勝利に近づいたんですか?」

「いや、マグノリアは失格だが」

「え?」

「ははは、そういう事になった!」

 

 失格を告げられてもマグノリアは高らかに笑っている。こいつほんといつでもテンション高いな……。

 

 だがそれゆえに、先ほど聞かれたマグノリアの表情が気になっている。

 貴族のパーティ。

 マグノリアは大丈夫なのか?

 

「な、なら次はあたしがやるから!」

 

 アイビーが緊張した面持ちで名乗りを上げた。

 今のところ寝かしつけ勝負はマグノリアが失格となっただけだ。

 残る二名はまだチャレンジすらしていない。

 もう今からあまり良い予感はしないが。

 

「できるだけ穏やかなので頼む。マジでね」

「うん、任せて。あたし魔法は得意だから」

 

 アイビーがぎゅっと杖を握りしめている。俺その魔法で一回大怪我させられかけたんだけど大丈夫か?

 

「じゃ、そこに寝てくれる?」

「え?」

「なに?」

「ベッドに?」

「床なわけないじゃん。キミが床で寝たいならそれでもいいけど」

 

 アイビーが何を言ってるんだという目で見てきた。

 いやそれはそうなんだが、なんか納得いかないな。

 

「他の人たちは一回部屋出て! みんなに見られてたら寝れないでしょ!」

 

 アイビーの指摘を受け、ぞろぞろと他メンバーが部屋から出ていく。

 それを眺め、俺はおもむろに腕を組んだ。

 

 今の指示を反芻する。ベッドに寝ろ。他の奴は部屋を出ろ。

 これは控えめに見積もっても……だいぶまともな指示に入るのでは?

 

 マグノリアのせいで期待値を大幅に下げていたが、少々持ち直した方がいいかもしれない。たしかにアイビーは原作でも生徒の模範となるエルフだったのだ。バッドエンド三人衆とはいえ、感性は正常な可能性がある。

 

「じゃあ次は……」

 

 そしてアイビーはくるりと振り返って歩いて次の指示を告げた。

 

「服、脱いで」

「……は?」

「なにその顔」

「服脱げで驚かない奴がいたら顔を見てみたい」

「え――な、なに言ってんの!?」

 

 アイビーが一気に顔を真っ赤にする。やっぱりこいつもダメなのか。

 

「やっ、やましい言い方しないでくれる!?」

「服脱げのどこがやましくないんだ?」

「ち、違う! そういう意味じゃなくて! 体とか!」

「体目的はやましいだろうが!」

「だ、だからやましくなくてぇ!」

「──あのー」

 

 そこでがちゃりとドアが開いた。

 さっき出ていったはずの皆さんがしらっとした目でこちらを覗いている。代表してシーラが口を開いた。

 

「アイビー様にルールを追加します」

「……なに?」

「えっちな事、禁止です」

 

 アイビーの抗議は受け入れられず、次やったら中止と言われ、無慈悲にドアが閉じられた。

 

 

 ◇

 

 

「……気を取り直して始めるね」

「……そうしてくれ」

「えっと、服脱いでって言ったのは……着替えてほしかっただけで」

「え? ああそういう……」

 

 それはそうか。こんな流れでいきなり脱げはない。俺がエロゲ脳過ぎたな。でもそれなら着替えって言えよ。体ってなんだよ。

 

 アイビーが指さすベッドの脇を見ると、そこにはきちんと着替えが用意されていた。ご丁寧に寝間着である。帰ってくるまでに用意してくれたんだろうか。

 

 加えて言えば、俺もけっこう汗をかいている。さっき俺はマグノリア運送によって大幅に負荷のかかる輸送方法で持っていかれた。汗ぐらいかく。しかも木陰で腰を下ろしたりしていて服装も若干汚い。着替えに気が回るのは非常に合理的である。

 

 アイビーが後ろを向いている間に着替えを終える。寝間着から寝間着へと装備をチェンジした。終わったぞと合図をしたらアイビーがまだちょっと火照った顔で振り返ってくる。

 

「そしたら……この部屋、暑いよね?」

「……まぁ?」

 

 アイビーはだいぶ暑そうだが、俺はそこそこである。たださっきまで激しい運動に付き合わされたこともあり、多少暑いと言えなくもない。

 

「暑いの! だから少し涼しくしたら気持ちいいでしょ──【フロスト・ウィンド】」

 

 出力をだいぶ控えめに調整された氷風が室内を巡って、魔法のクーラーと化す。

 冷たい風が汗ばんだ額に当たった。

 たしかに……暑かったわけではないが、涼しい風は心地が良い。

 

「こんなことできるのか」

「温度……どう? もうちょっと調整もできるけど」

「いや、ちょうどいいな」

「よかった。じゃあ次は……寝かしつけてあげるからおいで」

 

 ベッドの脇にある椅子に腰を下ろして、アイビーが俺を手招いてくる。ふかふかのベッド。涼しく柔らかい風。優しい声音。そして今朝からずっとついて回る眠気が、俺の体を手招かれるがままに動かしていく。

 

 ベッドの上へ、倒れるように仰向けに寝転んだ。見えるのは見慣れてきた天井と、どことなく緊張した顔のアイビーだけ。涼しい風は室内を緩く巡っていて、時折柔らかく俺の髪を撫でている。

 

 な、なんて心地が良い……。

 

 アイビーが布団を掛けてくれた。

 

「寝るには明るいよね。ハンカチ、掛けてあげる」

「えっ……」

 

 目元にハンカチが掛けられ、ある程度の光が遮られる。カーテンから漏れる光が気になっていたから、すごくありがたい。

 

 なんかすごい……!

 すごいまともじゃん……!

 

「寝れそう?」

「寝れそう……!」

 

 眠気の中でテンションが高いという矛盾を抱えた状態で頷く。一時はダメかとも思ったが、まさかこんなに素晴らしいサポートをされるなんて思わなかった。これはアイビーの評価を上方修正せざるを得ない。ふわりと流れる風に心地よさを覚え、ゆっくり眠気が降りてくる。

 

 ああ、このまま眠れそうだ──。

 

 そう思った矢先。

 

「……ねえ」

「…………」

 

 アイビーがつんつん頬を突いてくる。

 

「ねえってば」

「……なんだよ。頬を突くな」

「風、寒くないかな」

「え?」

「やっぱりその、寒いかもと思って」

「別に平気だけど……」

「そ、そっか。ごめんね起こして」

 

 そこでアイビーからの問いかけは終わる。若干気まずい空気にはなったが、それ以上に俺は眠気が強かった。無言の間の中でだんだん眠気が降りてきて──

 

「ねえ」

「…………」

「ねえねえねえ」

「頬を突くな。なんだよ」

「ハンカチ……変えてもいい?」

「……は?」

「洗ったと思うんだけど、今日あたしの服の中にずっとあったから……」

「マジでなんでもいい……」

 

 じゃあ無くてもいいと言ったのだが、わざわざ部屋を出ていってシーラに頼み、家の中をどたばたと探し回る気配がし、そしてやっと見つけたであろう他のハンカチを持ってきた。

 

 だいぶ眉間に皺が寄っている認識はある。

 

 あるがしかし、もう何もないはずだ。流石に寝かせてくれ。

 

 今度こそ寝ようと横向きに体を倒して──。

 

「ねえ」

「…………」

「起きてる?」

「…………なんだ」

「あ、ごめんね。寝てるかなって気になっただけで。寝ていいよ。あ、子守唄とか歌う?」

 

 イラつきと共に、むくりと体を起こしてアイビーに告げた。

 

「アイビー、失格です」

「……ふぇ?」

 

 愕然としてからなんでなんでと腰を掴むアイビーを引きずり、俺はリビングにいる残りメンバーに声を掛けるのだった。

 

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