愛の重いヒロインしかいないエロゲ世界に転生した純愛主義者 作:十前
『シャドウズ・リリス・アカデミア』というゲームがある。
王道な学園RPGの形をとったR18ゲーム。やりこみ度合いの深いRPG要素と、美麗なキャラデザ、幅広いシナリオ。学園に通ってキャラといちゃいちゃぬちゃぬちゃしながら学園の謎を解いていき、ラスボスである邪神を倒すストーリー。
ちなみに略称は頭文字を取って『尻ア』。
特徴的なのは、ヒロインの攻略難易度が他のゲームと比べてやたら高いことだ。ぼんやり選択肢を選んでると『キミって私のこと表面でしかわかってくれてないよね……』とか言われてお別れエンドになる。
もちろん俺もドハマりしていた。『尻ア』のヒロイン達はリアルだけど、
『尻ア』は俺にとっての神ゲーだった。断言できる。
でも、あれは二次元だからいいのであって。
「なんで現実でやべー奴ばっかりのエロゲ世界に行かなきゃいけないんだぁぁぁ……っ」
部屋の真ん中で崩れ落ちる俺――カルマ・レイヴン。
鏡に映るのはやはり何度も見た生意気な顔。
カルマも当然よく知っている。別に何ができるというわけでもないのに、作中では永遠に調子に乗っていた男。咬ませ犬として他人を下に見た言動を繰り返し、最終的には派手に死ぬ。不快度が高いキャラであるがゆえか、どのルートを通っても盛大な死を遂げる。ちなみに爆死が一番多い。
「死にたくない……」
目線を上げると、鏡には幾分げんなりしたカルマの顔が映っている。脳裏で爆発するカルマの無駄に上手いイラストが重なり胃が痛んだ。邪神の生贄になる過程で爆発する展開だったはずだ。たしか、敵側の女幹部に殺されてたはず。
(ここでもやばい女に殺されるのか……?)
生来の女運の悪さもある。二十と余年。経験を積んだ俺にはわかる。普通の女の子と恋愛する前に、そもそもこんなやべー女ばっかりの世界でまともに生きていけるのかは怪しい。
死にたくない。
普通に生きたい。
ならば俺はどうするべきか。
(……モブとして生きるしかない)
『尻ア』のキャラとはまず関わらないで生きていきたい。俺がきっかけに始まるシナリオもあるが、無視だ。少しでも関われば爆死ルートに一直線である。モブとして後ろの方でこっそり生きていこう。シナリオはこっそり様子を見る程度で。
そう決意して振り返ると、不審そうな顔でじーっとこっちを見てるメイドと目が合った。
「どうしたんですか。今日のテンションはよそ行きにしても変ですが」
……今さらながら、警戒を深める。
この世界で出会う初めての女性だ。前世の最期みたいなことになったら笑えない。
無表情で首をかしげる白髪メイド。彼女は原作で少しだけ登場していた。
「――シーラ、だよな」
「はい。レイヴン家所属の天才メイド、あなた様のシーラでございますが」
無表情でピース。なにそれかわいい。
原作にいたシーラはカルマのお付きのメイドとして登場していた。ただ、イラストも無いくらいのモブキャラだったはずだ。出てきた台詞も一つか二つか。モブなので会ってもまだセーフである。
でもこうして会うとずいぶん癖強いキャラしてるな。
そんなことを考えていたらシーラが神妙な顔で何事か頷き始めた。
「まぁでも……そうですよね。カルマ様が変になるのもわかります」
「ん?」
「だって、昨日までいたメイド……皆いなくなって私一人になってますからね」
「へー…………」
…………。
えっ!?
「そう……っ! え!? いや、そうなん……え? ……うぅん、そうなんだよなぁ!」
めちゃくちゃ衝撃情報で混乱がヤバい。なにそれ? 全然知らないんだが? え、昨日までもっといたの? 普通こういうゲームのメイドって少人数なんじゃないの?
たしかにこの家はけっこう広そうだ。俺が今寝ていた部屋ですら前世住んでた部屋の倍はある。ここにメイド一人で諸々の世話をしながら家事をしろというのはけっこう無茶だ。
「……えーと、他の奴らはなんで出ていったんだ」
「カルマ様に愛想を尽かして出ていきました。カルマ様と三年はムリ、とのことです」
指で×を作られる。傷つくなぁ……。でも原作中のカルマの性格からすれば妥当な評価ではあるのかもしれない。
「幸い近くに王都があるのでお仕事にはありつけそうですからね……。あっ、カルマ様にとっては幸いではありませんでしたね」
やかましいよ。
消えたメイドの行先に興味は無いが、原作のカルマもこんな状況で生きていたのかと思うと同情の余地があるような気がしてしまう。やってた事はカスだけど。いや、やっぱ同情の余地無いわ。
「じゃあ……お前はなんで残ってるんだ」
それよりも気になるのはなぜシーラがまだここにいるのかだ。俺に仕えようという殊勝な気持ちがあるのだろうか? それかカルマに弱みでも握られているのかもしれない。もしそうなら謝罪しなければいけないが。
「私が無能だからですね」
「……は?」
「家事できない仕事できない何もできないので置いてけぼりにされました。あのビッチメスども、私の知らないところで作戦を進めていたのです。私がいたらお荷物になるからと……カスですね」
口悪いな。
シーラはぶすっとした様子で腕を組んでいる。
「いいですもん。別にここのお給料そんなに安くないですもん。こうなったらカルマ様をスーパーイケメンに仕立て上げてぎゃふんと言わせてやりますから」
謎の決意を語っている。お前のざまぁに俺を巻き込むな。
というかそれはどうでもいい。一個大事なことを言ってたな。
「……シーラは、家事できないの?」
そっと尋ねたら、無言で何かを考えるような間の後、ふいと顔を背けられた。
「まぁ……そのあたりのメイドと比べればいわゆるポンコツと呼ばれる部類ではある可能性もあったりなかったりするかもしれませんが……」
「…………」
「なんですかその顔は。私の料理を見て腰を抜かさないでくださいね」
どういう料理だよ。料理で腰を抜かすなんてそうそう無いぞ。
「……じゃあ、一回作ってみてくれよ」
◇
「――で、出来たこれはなんだ?」
「カルマ様は貴族ですので見たことないかもしれませんが、ホットケーキと呼ばれる食べ物です」
「嘘つけよ」
明らかに焦げてるだろ。
テーブルの上には非常につたない手つきで作成された自称ホットケーキが乗っている。貴族ですので見たことないかもしれませんが、じゃないよ。どう見ても真っ黒だろうが。
「はー? じゃあカルマ様はホットケーキを見たことあるんですかー?」
「いやあるけど」
「……え? まぁでも作れませんよね? 作れなかったら料理を用意できたぶん私の勝ちですけど? いぇーい」
ピースされる。お前は何と戦ってるんだ?
「……じゃあ作ってやるよ」
さっきシーラが作ってるのを眺めてたからなんとなくわかる。ホットケーキは原作にも出てた。普通に見た目も味も前世と一緒だろう。材料はあるっぽいし、混ぜて普通に焼けばいい。
「え? まあ? もちろんいいですけど? まさかカルマ様が庶民のおやつを知ってるわけないですし? だとしたって上手に作れるわけありませんし? もし綺麗なホットケーキが作れるなら私のことはダンジョンに捨ててもらっても構いま」
◇
「――ということで出来たのがこれだ」
「…………ええ?」
我ながらめちゃくちゃ綺麗な焼き色のホットケーキが出来た。どっかのポンコツメイドが煽ってくるのですごい集中してしまった。ほとんど混ぜて焼くだけなのに。
シーラが愕然とした顔で棒立ちになってる。
「ど、どこでこれを覚えて?」
「まあ……本で読んだ」
前世の記憶だが、ギリギリの言い訳だろう。この世界にも本はある。流石にカルマも数冊は読んでるはずだ。
シーラがくらりとふらついて椅子に倒れこむように座った。
「そんな……じゃあ……私の負け?」
「お前は本当に何と戦ってるんだ?」
よくホットケーキ一つでそんな絶望顔が出来るものだ。
などと思っていたら、今度はふるふると震える手を伸ばしてくる。
「す――」
「え?」
「捨てないでください!」
「えぇ!?」
そのまま細い指で俺の服をがっちり掴んできた。
「私、どこにも行く宛が無いんです! なんでもします! 苦手な家事も頑張りますから! なんだったら体はあんまり自信ないんですけどスゴイ性癖でも私はだいぶ寛容ですから!」
「待て待て待て待て!」
お前は何を言っているんだ!?
強力に掴み上げてくる手をなんとか引き剥がそうとするが、全然引き剝がせない。こ、こいつ、力つよっ! なんか手にオーラが出ている。これ身体強化魔法使ってるだろ!
「捨てない! 捨てないから!」
「ほほほ本当ですか!? 言質は取りましたからね!?」
「ほんとほんと本当だって!」
「よ、よかった……! これでなんとか生活の目途が立ちます……!」
ぱっとようやく手を放してくれた。ぜえぜえ息を吐きながら、感激しているシーラに微妙な目を向ける。だいぶやべー奴だこいつ。でも、家事が多少できないくらいで捨てたりはしない。俺はまだこの世界に慣れていないのだ。ある程度身近な人間に一般常識を教えてもらわなきゃいけない。
かつ、このゲームの中ならシーラはまだまともな方だ。煽ったりされるくらいなら全然良い。……というか、メイドがこんなにポンコツなのは俺の女運の悪さのせいなんだろうか? 開発側のせいだよな?
「カルマ様、早速なんでもお申し付けください。ご飯にしますか。お風呂にしますか。それともドスケベ性癖を自分のメイドにぶつけますか」
「勿体ないからホットケーキ食うぞ」
「えぇー?」
えぇーじゃない。お前が作ったんだからちゃんと消化しろ。
真っ黒な焦げを削って身を掘り出してもさもさ食べる。なんだか切ない表情でこっちを見てくるシーラの視線を無視しながら原作のことを思い出す。
(原作キャラの中でもこのくらいなら……まだまともだよな)
ゲームの記憶を思い起こす。この世界の多種多様なヒロイン達。キャラは濃いメンツが揃っている。思い出すだけでも何人かやべー女もいる。
その内──特に会いたくない奴は三人。
(――【バッドエンド三人衆】にだけは絶対に会いたくない)
脳裏に蘇る超絶理不尽なバッドエンドのシナリオ。
ただでさえややこしいヒロインばかりの『尻ア』の中でも、群を抜いて攻略に難のあった三人のヒロインがいた。流石の主人公でも手を焼いた……というか超絶か細い糸を切れないよう丁寧に丁寧に手繰らないと攻略できない三人。
そいつらとだけは何としてでも会わないようにしなければ――!
「シーラ、クラス分けってもう終わったか?」
「はい? いえ……入学式は十日後ですから。まだですね」
「十日後? ああ――そうか」
思い出した。原作の感覚から即座に入学かと思っていたが、貴族は早めに貴族寮に入ることができるみたいな説明があった気がする。先に待ち構えるイベントのために、今のうちに貴族間で交流を深めておけという意図があったような。
(これは、使える)
もちろん、俺はそんなわくわく新入生コミュニケートにうつつを抜かしたりなどしない。十日という時間はかなり大きい。十日あれば事前に多少の準備はできる……はずだ。
そうと決まれば。
「よし。じゃあ俺はダンジョンに行ってくるから」
「ダンジョン? まさか私をそこに捨てようというつもりでは」
「んなわけないだろ。確認したいことがあるだけだ」
「なるほど、そうなんですか。……カルマ様、ずいぶんと殊勝でございますね。ほんと、昨日までとは別人のような」
そこを深堀りされるとあまり都合はよろしくない。まぁまぁと言いつつ、二人で残りのホットケーキを片付けた。まず入学式までは状況確認。その後は目立たず過ごすことに徹しよう。
――空気。
それが俺の目指す姿だ。モブ。真っ黒いデフォルメで描かれる感じのモブである。そして同じモブの子と仲良くなろう。シナリオは遠くから見守るくらいにして、平凡な学生生活を掴み取る。そして俺は純愛を手に入れるのだ。
準備も完了。さあ出発。
「よしじゃあ――行ってくる!」
「いってらっしゃいませ、カルマ様」
そう勢い込んで玄関を出ようとした瞬間――、
「――うぶっ」
玄関前の何かにぶつかってドアが止まった。
「…………」
「…………」
……何? 今の呻き声。
「……玄関前で動物でも飼ってるのか?」
「いえ、そんなことはなかったはずですが」
ありえない仮定を口にしながら、嫌な予感が全身に走るのを感じる。
俺はそっとドアを押して外を覗き込んだ。
外にうつ伏せで倒れていたのは、淡い紫色の長い髪の少女。顔立ちは整っているが、頭の先には特徴的な二本のツノが生えている。
その特徴を持つキャラを――俺は一人だけ知っていた。
「ご、ごはんをぉぉぉ……」
ゾンビみたいに伸ばされた手を遮るようにゆっくりドアを閉め、頭を抱えて小声で叫んだ。
「……な――なんでバッドエンド三人衆がここにいんだよおおおおおおぉぉぉぉ!」
転生しても変わらない女運の悪さに、俺の意識は飛びそうになった。