愛の重いヒロインしかいないエロゲ世界に転生した純愛主義者   作:十前

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パーティの中へ

 慣れない恰好に違和感を感じつつ、煌びやかに飾り付けられた広間の端に立つ。

 

 ここにはなんだか自信ありげなふんぞり返った格好の奴ばかりいる。そういえば『尻ア』のモブ貴族はこんな感じだった。特権階級の意識が強い奴が多いのだ。カルマはそれを代表するようなクソ貴族だったわけだが。

 

「ご主人様、あまり顔をしかめないでください……。難癖をつけてくる方がいるかもしれないです」

「……おう」

 

 隣に少し間を開けて立ったノエルがギリギリ届く小声で指摘してくる。顔は向けずに頷いた。ここに潜入したからには、バレないように動かなければならない。……いや、流れで入っちゃったけど、大丈夫かこれ?

 

 今の俺は使用人だ。

 燕尾服を身に纏い、パーティの雑事を引き受けるボーイのように扮装している。

 ちなみにノエルはメイド服を着ている。うちにいる時の恰好そのままだが、この場では違和感なく馴染めている。

 

 ノエルの修行、パーティ潜入編。

 この潜入の目的は、マグノリアの溜息の原因を探ること。

 

 あるいは、『パーティぶち壊し事件』が今日起こるのなら止めるというのもある。この場に居れば、多少無理やりにでも割って入ることはできるだろう。武器は無いが、ノエルは相当な戦力として換算できるし。……あまり頼りたくはないけど。

 

 いずれにしても、マグノリアの姿を見つけてからだ。

 

「ここにいるのも不自然なので……それとなく人混みに紛れて動きましょう」

「……俺、すごくぎこちない気がするんだけど」

「腰を低くしていれば大丈夫……です。……それと、目線を合わせないように。貴族の集まりに出るお若い使用人は、だいたい緊張していますから、それで自然です」

「……そうですか」

「先ほども言いましたが――いざという時は、わたしが連れ出します」

 

 ノエルの声音は弱々しい感じで変わらないが、台詞からはまだ余裕が見える。こういう場に潜入することは初めてじゃないんだろう。俺というお荷物がいてもこれだから相当な自信である。

 

「では……」

 

 呟いた次の瞬間にはノエルはどこかに消えていた。影魔法を使ったのだろう。すぐどこにでも侵入できるのは恐ろしいものである。この才能を俺の寝返りを数えるのに使ってたのはだいぶ技術の無駄遣いだと思うが。

 

「……さて、マグノリアはどこにいるかな」

 

 言われた通り腰を低くして会場の端を壁に沿って歩く。

 昨日アイビーはマグノリアをパーティで見た時、『端っこに一人で』いたと言っていた。なら壁沿いに歩いていたらいるはずだ。あんな溜息を吐く奴が中央で元気に踊ってはいないだろうし。

 

「」

 

 

 壁沿いには元々なかったであろうキラキラした飾りが取り付けられている。

 金で縁取られたカーテンや、どでかい何かの紋章のタペストリー。ここを主催した貴族の物だろうか。わざわざ豪華にするのは家の力の誇示として意味があるとも聞いた。マグノリアが断れないくらいだし、主催者は力を持った貴族なのだろう。

 

(……いた)

 

 こそこそ歩いていたら、広間の隅にマグノリアが一人で立っているのを見つけた。

 一瞬、別人のように見えた。

 

 アイビーが最初わからなかったと言うのも頷ける。

 マグノリアは随分と暗い雰囲気を纏っている。一人で片腕を掴んで、じっと耐えるように目を伏せている。あれではパーティに馴染めるはずもない。むしろ馴染もうともしていないのか。

 

 俺の傍には丁度、マグノリアを横目で見ながら小声で喋っている御令嬢達がいた。

 

『あの方、今日もいますわね』

『体調が悪いのかしら。お可哀そうに』

『あら、ラキス様に目を掛けていただいてるだけ幸運ですわ』

『ええ。そうね』

『それなのにあの態度』

『ねえ』

『失礼とは思わないのかしら』

 

 歓迎している空気感ではない。

 

 マグノリアを中心として、人だかりは皆少し距離を置いていた。明確に壁がある。これはアウェーだ。溜息を吐くのもわかる。本当はこんな所に出たくないんだろう。あいつは体を動かすのは得意だが、脳内の思考回路は基本的にはストレートな奴だ。遠回りに物事を運ぶ貴族のやり方には馴染まない。

 

(……不器用だな)

 

 もう少し、周囲に合わせて過ごせばいいのに。

 そうできないのはたぶんやり方を知らないだけなんだろう。

 それでもわざわざ参加しているのはきっと、龍人種の代表としての責任感か、それとも。

 

 そんなことを思っていたら、マグノリアの近くがざわめき始めた。

 人込みが割れて、その中央から一人の青年が優雅に歩いてくる。

 

「やあ。マグノリア様、本日もお越しくださってありがとうございます」

 

 見た目は非常に整った男だ。周りの貴族はキラキラした物を見るような目で見つめていた。おそらく彼が主催者――ラキスという男だろう。知らないキャラだ。ただ雰囲気がどうも鼻に付く。自分が上だという印象を隠せていないせいか。

 

 そしてその後ろを付き従うように、一人の鎧騎士が歩いてくる。

 

(……また鎧かよ)

 

 背の高い鎧騎士だ。顔まで覆った全身甲冑に結構な圧がある。あんな重たそうな鎧を着て歩いているのに、あまり音がしない。なんとなくだが、かなりの実力者のように見える。

 

 誠に自分勝手な理由だが、この前も『黒の守衛』と会ったので鎧にはあまりいい思い出がない。ただ目の前の鎧騎士は化け物ではなく、たぶん人だろう。貴族があんな触手連れてるわけないし。無言で後ろに控えている所を見るに、ラキスのボディーガードという所か。

 

 ラキスが薄っすらと笑みを浮かべながら言う。

 

「先日の話はお考えいただけましたか?」

 

 マグノリアの腕を握る手に力が籠った。

 

「回答は同じだ。断らせてもらう」

「そうですか。ではまた誘います」

 

 明らかに振られているのに、ラキスの表情は揺らがない。

 マグノリアが眉を顰める。

 

「悪いが誘いはこれきりにしてくれないか。何度聞かれても返答は同じだ」

「ふむ、そうですか……」

 

 グラスを傾けながら難しい顔を作っている。

 

「ですが……貴女のお婆様は悲しむのでは」

「……何?」

「龍人種の里は年々採れる資源が減っている。今までずっと王国の支援に頼り切りだったのが、近年打ち切られそうになっている。それで貴女が里を出ることも許されたのでしょう? 王族や貴族との繋がりを少しでも作れたらと」

「……それは」

 

(……ん?)

 

 突然、里の話が出てきた。

 ラキスが演技じみた調子で続ける。

 

「うちの家を含めて、援助する用意はあります。……ですので貴方には私の派閥に入ってほしいのです」

 

 どうも、龍人種の里を援助するから派閥に入れという話のようだ。

 

 たしかに、マグノリアの故郷である龍人種の里は原作の記憶でもあまり栄えている印象はない。閉鎖的な種族であるがゆえに、周囲との関わりも最小限だったはずだ。

 王国から援助を受けていたようだが、何かの理由でそれが打ち切られるらしい。

 

(里を人質に取られてるような物か……)

 

 でも――そんな話あったか?

 

 俺の記憶では聞いたことない。

 この話だいぶ胡散臭いな。

 

 マグノリアが睨むようにラキスを見上げる。

 

「なぜ私なんだ? 龍人種は別にどこの国に対しても大きな影響力があるわけではない。派閥に入ったからといって得することは少ないはずだ」

「単純に戦力ですよ。【龍化】は非常に魅力的ですから」

 

 【龍化】というのは、龍人種の全員が持ってる固有スキルである。

 文字通りドラゴンになる雑に強いスキルだ。原作でも結構な火力が出る。

 ただ、マグノリアの場合は序盤ではまだ使えない事情がある。

 

「恥ずかしい話だが、私の【龍化】はまだ未覚醒だ。無理に使えば暴走する。味方を傷つけることにもなりかねない」

 

 【龍化】はレベルを上げて覚醒してからでないと、まともに運用するのは難しい。序盤でも使えるが、暴走して敵味方問わず大ダメージを与えてくる。ゲームの中ではHPが無くなるだけで済んだが、ここでは怪我で済まないだろう。

 

「未来への投資ですよ。今の内に仲良くなれたらいいというだけです」

「……怪しいな。それでは応じることはできん」

 

 あくまでラキスは冷静な顔のままだが、マグノリアの目も硬い意思が伴っていた。当たり前だ。こんないけ好かない奴の言う事なんて聞かない方がいい。

 

「……はあ、わかりました。……もう少し揺れるかと思っていたのですが、どなたかに助言をいただいたのでしょうか」

 

 ラキスが根負けしたかのように両手を上げて首を振る。

 

「では最後に、一つだけ聞いていただけますか」

「……なんだ?」

「明日、決闘にご参加いただけないでしょうか? 有名な龍人種の強さをぜひ見てみたいのです」

「決闘だと?」

「ええ。舞台の用意はお任せください。そして相手は、最近雇った私の配下が務めます」

 

 緩やかに手を滑らせた先には――無言で控える鎧騎士。

 

 マグノリアがわずかに重心を下げて構えた。咄嗟に臨戦態勢を取ろうとするくらいには、マグノリアからも鎧騎士の戦闘能力は高く見えるらしい。

 

「それを受ければこの勧誘は終わるのか?」

「ええ。そのつもりですよ」

 

 綺麗に微笑むラキスをマグノリアは数秒見つめ、呟く。

 

「……なら、構わない」

「ありがとうございます。――皆様! 明日はマグノリア様と我が家の精鋭との間で決闘を行います! 世に名を轟かせる龍人種の戦いは皆様も気になるところでしょう。ぜひご参加ください――!」

 

 ラキスが大きく手を広げ、周りの貴族たちがわっと歓声を上げる。

 ただの決闘がいつの間にか見世物に代わってしまっていた。マグノリアは顔をしかめているが、止める様子はない。この程度は妥協範囲と思っているんだろう。

 

(……なんか嫌な予感がするな)

 

 騒ぎには混じらず、片隅で眺めながらそんなことを思う。

 するといつの間にかノエルが傍にいて俺の袖を掴んでいた。

 

「一度、抜ける方がいいと思います。状況はわかりましたから……。」

 

 まだ何かやるべきことがありそうな気はしたが、これ以上いるのは危険か。マグノリアがなぜ溜息を吐くのか、その原因は明らかになった。今日の内は問題も起こりそうにない。現状は決闘が決まっただけだ。俺たちが場に出たらややこしくなるし、この場は去った方がいい。

 

 だが、ラキスが諦めるように取り決めた明日の決闘。

 

(……引っかかる)

 

 『尻ア』の貴族があんなに聞き分けがいいだろうか。

 ただの決闘で終わるとは思えない。絶対に様子を見るべきだ。まだ事件らしきものは起こっていないんだから。そして学園入学前に事件が起こりそうなタイミングは、おそらく明日までがタイムリミット。

 

 ノエルに頷く。

 

「わかった、一度帰ろう。……というか、ここからちゃんと帰れるのか?」

「わたしの影の中で……責任をもって運びます。今日はご主人様の先生ですから……」

 

 周囲の注目がラキスに集まっている内に、壁の隅で影の中に沈んでいく。ノエルの魔法は影の中に入って移動することができる。この前の魔法と違って、外の様子も薄っすら見えた。影魔法は便利だ。

 

 視界の中でマグノリアが騒ぎから外れた影で一人冷たく佇んでいるのが見えた。

 

 

 ◇

 

 

 その夜、マグノリアから手紙が届いた。

 

 明日の修行は出れないという旨の内容だ。

 そういえば昨日はアイビーの魔法教室で、今日はノエルの侵入ミッションだった。たしかにこの順番なら次はマグノリアになる。

 わざわざ律儀な事だ。別に気にしなくていいのに。

 

 息を吐いて目を閉じた。

 

 このマグノリアの問題において、俺は攻略の方法を持たない。

 絡めばさらなる面倒毎に波及する可能性もある。

 

 でも見過ごす選択肢は無かった。

 

「……俺も貴族だし、参加資格あるよな。そのパーティ」

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