愛の重いヒロインしかいないエロゲ世界に転生した純愛主義者   作:十前

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こんなつまんないパーティ

「なぜ、ミズリがそこにいる――!?」

 

 目の前にいる人を私が見間違えるはずが無かった。

 ミズリだ。間違いない。大事な、私の師匠だった人。

 

 だが、様子がおかしい。

 

 見慣れない甲冑などを纏っているし、何より、瞳が虚ろで意思が灯っていない。

 考えられる原因は一人しか。

 

「ラキス! 貴様、ミズリに何をした!」

「ええ。当然の疑問ですからそのぐらいは回答しましょう」

 

 決闘用魔道具(リング)によって隔たれた結界の外で、ラキスが手に持った何かを見せてきた。

 

 金色の首飾りのような形をした物だ。だが、中から明らかに平穏ではない黒い瘴気が漏れ出ている。その瘴気は結界の壁を通り過ぎ、ミズリの首元にちらと見える、同じ形の首飾りと繋がっている。

 

「これは、とある筋から手に入れた――契約した相手を傀儡にする魔道具です。これがある限り、自分の意思では動けない」

「な――」

 

 これが原因か。

 そう考えた瞬間に体が動く。ラキスが手に持つそれを奪おうと思い切り殴りかかったが、その動きは決闘用魔道具(リング)の薄く光る半透明の結界にぶつかることで阻まれた。

 

「出れませんよ。決着が付くまではね」

 

 ラキスに言われるまでもなく、拳の痛みで把握した。

 この結界がある限り、ラキスが持っている魔道具を奪うことはできない。

 

 動揺と怒りに混じって、思考が頭を駆け巡る。

 感情は乱れているのに、脳は動く。ミズリの教育の結果だ。こと戦闘に限ってなら、頭はよく回る。

 

 結界を壊せればよかったが、それはできそうにない。なら結界の中ですべきことを考える。ミズリを操るのは魔道具だ。おそらくラキスが持っているのが親で、ミズリに付いた首飾りは子に当たるのだろう。

 

 ならば子を破壊すれば、ミズリは元に戻るはずだ。

 

「その通りです。彼女の首飾りを破壊すれば彼女は解放される」

 

 考えを読んだかのようなラキスの物言いに顔を歪める。そしてそれを何ら障害と思っていないような言い草にも。

 

「あなたの勝利条件は首飾りの破壊だ。認めます。ただ、それは不可能でしょう。マグノリア様と彼女ではそれだけ実力に差がある」

 

 言われなくてもわかる。ミズリには里にいる間、一度も勝てたことはない。

 いなくなってからは私も成長してはいるが、ミズリとの差を埋められたとは到底思えなかった。

 

 だが。

 

「……やらなければわからない」

 

 内心の不安を覆い隠して、自らの剣を抜いた。カルマに渡したほどの物ではないが、里で設えた上等の剣だ。ミズリもまた、私が剣を抜くのを見て自分の刀を抜いた。体の中心に刀身を置く正眼の構え。私も同様に構えた。ミズリを助けるためにミズリを倒さねばならないという矛盾に吐き気を感じながら、目の前の戦いに意識を集中していく。

 

 ミズリは里にいる間、鎧などを着ている姿は見なかった。だからあの鎧は逆にミズリの枷となっているはずだ。そこに付け入る隙がある。あらなければ困る。

 

「――行くぞ」

 

 間合いを詰めるために飛び込んでいく。距離を取ってはダメだ。ミズリには()()()()がある。

 

 ミズリは突っ込む私の姿を見ても表情を変えはしなかった。余裕があるのか。それとも感情そのものが封じられているのか。しかし迎撃だけはしっかりとしてくる。

 

 上段から振り下ろした私の剣にミズリの刀が滑るように合わされた。

 斜めになった刀身が私の剣の軌道をずらす。ずらされても構わず、さらに攻撃を叩きつけていく。早い連撃の隙間で、なんとか首飾りを壊せないか狙う。

 

 結界の外で、何も事情を分かっていない観客がおおと歓声を上げていた。

 この行動自体は、大多数の人間が追いつけない速度になっている事だろう。

 

 しかしミズリに焦った様子はない。

 

「…………」

 

 虚ろな瞳がわずかに下にずらされる。そして、その体が残像のようにブレた。

 身を屈めたのだと気づいた瞬間、剣がかちあげられて腹部に強い衝撃が走る。

 

「っぐぁ!」

 

 蹴りだった。ミズリは剣が鬼の如く達者だが、剣技だけで良しとはしていない。使えるものはなんでも使うべきというのがミズリの教えだ。当然、体術などは使ってくる。

 

 なんとか柄を掴んで剣は手に持ったままいられたが、地面を跳ねてごろごろと転がる。

 転がりながら、すぐに離れなければと頭が警報を鳴らした。

 感覚に従って地面に手を付き、強引に体の方向を変える。

 

 ちらと向けた目線の先で、ミズリが刀身を鞘に納め、ぐっと背中を曲げて重心を下げている様子が見えた。あの力を溜める姿勢。警報は間違いではなかった。

 

 距離を取るとミズリには――()()()()がある。

 

「【一の太刀・嵐羽】」 

 

 飛ぶ斬撃が目の前を掠めた。

 軌道上にあった髪が数本、先端だけ一斉に斬り取られる。

 

 あれはミズリの【一の太刀・嵐羽】と呼ばれるスキルだ。

 刀を鞘に納めて魔力を籠め、居合の如く高速で抜き放つことで斬撃を飛ばす。当たればただでは済まない。

 ミズリの強さは近距離で攻撃を通さない立ち回りの上手さと、遠距離でも斬撃を飛ばせるリーチの長さにあった。

 

(……鎧があっても何も変わらない)

 

 足枷になるはずと判断していた鎧は、ミズリの動きに何の支障ももたらしていなかった。里にいた時と変わらない。わずかに動きが洗練されているような気さえする。あれでは鎧を壊すどころか、かすり傷を作ることすら難しい。

 

 ただ、まだこちらに大きな怪我があるわけではなかった。戦いは継続できる。思考を止めるな。完璧な相手に見えても、付け入る隙はある。集中する。ミズリはどこからでも攻撃を仕掛けることができる。居合の構えにはすぐに反応しなければならない。

 

「一つ、教えておきましょうか」

 

 結界の外から聞こえるラキスの声など、耳を傾けている暇はない。

 

「彼女が結んだ条件の話です。流石に無条件で鎧を着るわけではない」

 

 暇はないが、その言葉だけは勝手に耳に入ってくる。

 

「条件は『学園に通う間、マグノリア・リュティスの安全を確保すること』」

 

 私?

 なぜここで私の名前が出てくる?

 

「彼女は貴女の行く先を憂いていました。『姫とはいえ他人との関わりが一方的で得意ではない、力を持つ貴族であるあなたに安全を担保してほしい。それならば受け入れる』と」

 

 頭の中にミズリの姿が浮かんだ。

 私のことを心配するミズリが、訝しみながらも、ラキスと話をしている。契約の代償については聞かされていなかったのだろう。頷いた瞬間の黒い瘴気に驚く顔が思い浮かぶようだった。ミズリに対する切なさと、騙したなという憤りが頭を一瞬支配して――そしてその一瞬は決闘の場においては大きな隙になった。

 

「【一の太刀・嵐羽】」 

 

 動きが遅れる。咄嗟に反応するものの、剣を握っていた腕に焼けるような熱が走った。斬撃が腕を斜めに大きく裂いて貫通している。剣を取り落とす。膝をついて腕を抑えた。この戦いの間はもう、剣を握ることはできそうにない。

 

「戦いづらそうな体になりましたね」

 

 ラキスが結界の外から見下ろしている。

 ぎり、と歯を噛んで睨み付けた。

 

「……これで貴様の言う安全が担保されているのか? 私の安全が担保されていないなら、ミズリとの契約は解けるはずだろう」

「結界を溶けばあなたの傷は癒えますからね。治ることが約束された傷を負った状態で、安全じゃないというのはなんとも」

 

 ずいぶん大雑把な契約だ。最悪な魔道具があったものだと思う。

 

 ラキスが言った。

 

「もう、【龍化】をするしかないのでは?」

 

 口が笑みに歪んでいるのが見えた。

 その言葉で、ラキスの狙いを把握する。

 

「それが……狙いか……」

「選択肢はもうありませんよ」

 

 私たち龍人種は【龍化】というスキルが使える。

 しかし未覚醒状態のまま使えば暴走することは避けられない。そしてその姿は、長からも非常事態以外では使うべきじゃないと言われていた。あまりに恐ろしいからだ。その威容は見る人間に恐怖を抱かせる。

 

 最悪なことに、ここには観客が用意されていた。

 龍と化して、暴走する自分はさぞ恐れの対象となるだろう。まず孤立は避けられない。そしてここにいる生徒は貴族だ。龍人種に対して悪感情を持たれてしまえば、里にも悪い影響がある。そうして縋る相手がいなくなった私が頼る相手は――おそらくラキスに。

 

(最悪だ)

 

 ミズリが攻撃を止めているのは、ラキスが停止しているからだ。こうなった以上、ミズリを解放するには【龍化】するしかない。暴走しても首飾りさえ壊せば、決闘用魔道具(リング)が決着と共におそらく怪我も全て元通りに戻してくれる。

 

 それで他の物を失うとしても、ミズリを解放しないのは感情が許さなかった。大事な人がいなくなるなんて、世界の何よりも許せないことだった。思考は止めていない。ミズリを救うにはこうするしか。

 

 最後に怒りを込めてラキスを睨みつける。

 

「いかがしましたか? はっはっは……」

「貴様……!」

 

 怒りと共に呟いた、その瞬間だった。

 

「っは――ぶっ!?」

 

 ラキスが突然背後から衝撃を受けたように体が折れ曲がった。顔面が結界に押し付けられて、笑みが潰れる。

 

 首を掴んで押し付けているのは、気弱そうな顔をしたメイドだった。

 メイド? なぜここにメイドが?

 それにあのメイドは、見覚えがある。

 

「よお」

 

 聞こえるはずのない声が聞こえる。

 

 目を向けると、結界の中にいるはずのない青年が悠然と立っている。

 

「こんなつまんないパーティ、さっさとぶち壊そうぜ」

 

 ――カルマ・レイヴンが、気怠い調子で呟いた。

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