愛の重いヒロインしかいないエロゲ世界に転生した純愛主義者   作:十前

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つんつんエルフ、アイビー

 氷風の魔法で一気に温度が下がったスラダン第一層。

 

「そこで何やってたの? いいからさっさと答えて」

「スライム倒してただけだって!」

 

 凍り付いたスライムの破片がキラキラと舞い落ちる中、俺はやけくそで両手を上げた。

 

 遠距離で杖を向けてくるのは強気そうな金髪のエルフだ。杖の先端に渦巻く魔力に、肌がぞわっと粟立つのを感じる。もし少しでも動けば魔法を飛ばしてくるだろう。当然、逃げる隙なんて見当たらない。

 

 彼女がバッドエンド三人衆のラストワン――【アイビー・リステリア】。

 

 宝石のように煌めく金髪のツインテール。強気なイメージを受けるツリ目の碧眼。髪の隙間から覗いたエルフの特徴である長い耳。一目見た印象はオタクなら誰しもが一致するだろう。『ツンデレ金髪エルフ』だ。

 

 もちろん、できることなら関わりたくない。

 癖のあるバッドエンド三人衆の中でも――()()()()()()()()()()()()し。

 

「杖を降ろしてくれ。こちら無抵抗の一般市民。なにとぞ恩赦を」

 

 手を掲げてるのに冷たい視線と杖は俺にぴたりと向けられたまま。

 ふう、と呆れたようなため息を一つ。

 

「あたし、このダンジョンからスライムを持ち出そうとする貴族がいるって聞いて来たんだよね」

 

 なんか雲行きが怪しいぞ。

 

「へぇ……ずいぶん不届きな輩もいるもんだなぁ」

「ここのスライムは攻撃しないからクッションにいいって……心当たり、無い? ――すごく悪い噂をよく聞くレイヴン家のご子息さん?」

 

(これ言い訳の余地が無いなぁ……!?)

 

 まずいまずいまずい。元のカルマの素行が悪いせいでアイビー視点の俺が怪しいことこの上ない。あとおい誰だよスライム持ち出してる奴。モンスターなんて危険物プレイヤー以外が持ち出していいわけねえだろ!

 

 うろたえる俺の姿は向こうからはまさに犯人としか見えないに違いない。杖の先へ集う冷気が増す。用意してる魔法はたぶん、低級魔法の【フロスト・ランス】。

 

「あたし、アイビー・リステリアって言うの。名前は聞いたことあるわよね。怪しい奴は捕まえておばあ様の所に連れていくことになってるから。逃げようとしても無駄よ」

「ま、待ってくれ! 一回話をしよう!」

「大人しく魔法を食らってくれたら考えるわ」

「それ当たったら俺死ぬんだけど!?」

「大げさね」

 

 大げさじゃないんだよなぁ!?

 

 あっちも加減してるだろうけど、こっちは前代未聞のレベル0だ。当たり所が悪かったらぽっきり人生が終わってしまう可能性も十分ある。

 

(これで俺が死んだりデカいケガなんかしたら最悪だぞ……!)

 

 何が最悪かって、何の罪もない奴を攻撃したアイビーのメンタルが後でぐちゃぐちゃになって闇堕ちする可能性が一番ヤバい。

 

 原作のアイビーが記憶から蘇って脳内に浮かぶ。

 

 ――原作のアイビー・リステリアとは。

 

 アイビーは生真面目で正義感が強いヒロインだ。エルフ族の中でも()()()()()()()の生まれで、優秀な教育を受けてきた結果、全体的にかなりハイスペックな魔法キャラになっている。

 

 魔法を使えば超優秀。近接もある程度申し分ない。得意な魔法は攻撃に回復にバフデバフ、なんでも出来る汎用性を持つ。育て方によっては近接ビルドもできたし、平均的に上げても強い。編成に困った時、とりあえずパーティに入れるキャラとしてトップクラスの万能性があった。

 

 ストーリーの中でもそのハイスペックさは健在だ。彼女は誰からも成績優秀運動神経抜群と、ことあるごとに周囲から褒められ、非の打ちどころがない評価をされている。

 

 そんな彼女がなぜバッドエンド三人衆なのか?

 

 答えはさっきも言ったように……めちゃくちゃ闇堕ちしやすいよわよわメンタルの持ち主だからである。

 

 彼女は『リステリア』という苗字が示す通り、俺たちが通う〈リステリア魔法学園〉と関係がある。この学園の創立者にして学園長、【セシリア・リステリア】の孫なのだ。

 

 セシリアは過去の実績からエルフの英雄として祭り上げられている。エルフの中では知らない者はいないくらいの伝説だ。そんな人物の孫として生まれてしまったアイビーは、優秀な教育の傍ら、『セシリア様みたいになるように』という強い圧と共に育てられてしまった。

 

 本人も努力して優秀なエルフとなったが……英雄レベルと比べられては適わない。

 目指す先は恵まれた才能があってなお届かない、チートじみた才能の頂点。

 英雄という高い理想。でも凡人の枠からは抜け出せない現実。

 

 その乖離ゆえに、アイビーは自己肯定感が非常に低い。強気な見た目と裏腹に、中身が超絶ネガティブだ。

 

 原作ではアイビールートに入ると、裏ステータスで『ネガティブゲージ』が設けられる。選択肢をミスったり、戦闘で活躍できなかったりすると徐々にゲージが溜まる仕様だ。そして、最大になると出る台詞が、

 

『ねえ……あたしと一緒に死んでくれない?』

 

 通称、『デス王手』。

 

 【死ぬ】を選択するとそのまま心中のバッドエンド。【まだ、死ねないよ】を選択するとアイビーは寂しそうに俯いて、いつの間にか手に持っていたナイフでこっちを刺す。選択肢の意味、無し。この台詞が出た時点で、どちらを選んでも終わりの完全詰み状況である。

 

 しかもネガティブゲージは完全に調整をミスっていて、ゲージの上昇幅が半端じゃない。アイビーの攻撃がミスると半分くらい貯まるし、敵の攻撃を一発でも食らうとさらに半分貯まる。

 

 アイビールートに入った段階でパーティに固定されてしまうので、とんでもなく分の悪い運ゲーが始まることになる。全部溜まれば当然『デス王手』だ。何敗したか、もう数えきれない。

 

 そういうわけで見た目からは想像できないくらい、彼女の芯は小さなきっかけで軽く折れる。

 俺がケガしただけで、もしかしたら闇堕ちしてしまうかもしれない。

 

 だから――、

 

「その魔法は絶対食らうわけにはいかないんだよなぁ!」

「【フロスト・ランス】!」

 

 放たれた氷の槍をギリギリの所で半身を引いて回避する。腹を掠めた氷槍の圧に口元がひきつった。マジで当たったら普通に腹とか貫かれそう。今俺が着てる学園の制服もそこそこ防御力はあるが、アイビーの火力だと貫かれてもおかしくない。

 

「なんで避けるの?」

「だから当たったら死ぬって言ってんだろ!」

「ギリギリ死なないくらいにはしてあげる――【フロスト・ランス】!」

 

 間髪入れずに二発目が飛んでくる。そのギリギリは俺にとってギリギリアウトの威力に調整されてると思う。転がるようにして避けて、前へ駆け出した。とりあえず前に出ないと。接近しないと万に一つの勝ち目もない。

 

「……来ないで! 【フロスト・ウィンド】!」

 

 俺の前進を見て咄嗟に魔法を切り替える。凍えるような一瞬の突風が押し返すように吹き付けてきた。そして思わず俺の足が止まった所に、追撃の連射。

 

「【フロスト・ランス】」「【フロスト・ランス】」「【フロスト・ランス】」

「あっぶねえっ……!」

 

 横に駆けてなんとか連発される槍をかわしていく。低級魔法はコスパもタイパもいいから大盤振る舞いだ。雑魚狩りに向いているだけあるね。これだけ無造作に連発できるのはアイビーの魔力量の賜物である。

 

「どんだけ魔力あんだよ……!」

「男の癖によく避けるわね」

 

 絶え間ない槍の雨の隙間にアイビーの声が届く。軽く言いやがって。そっちは動かずにびゅんびゅん氷飛ばしてればいいかもしれないけど、こっちは必死で避けてんだ。

 

「――仕方ないわ」

 

 アイビーが杖を眼前に構えた。縦にした持ち手の先を、地面へ叩く。

 

「勿体ないけど、時間が掛かるのはもっと困るの」

 

 地面から風でも吹きあがるかのようにアイビーの髪が浮き上がる。いや、風のせいじゃない。あれは魔力だ。溢れる魔力の波が長い髪を下から吹き上げている。

 

 瞬く間にアイビーの周囲に魔法が構築されていく。フロスト・ランスのようだが数が尋常じゃない。十を超えた段階で数えるのは止めた。兵隊の列のように次々に後ろへ組みあがっていく氷の槍。当たればただじゃすまない冷えた刃。

 

 当然、その刃の先は全て、俺の方を向いている。

 

「……これで本当の事を吐く気になった?」

 

(やばこれ――死ぬわ)

 

 あれだけの氷の槍を今までのように避けるのは無理だ。まだ一般人よりは動ける方だろうが、それだけのステータスが俺に兼ね備えられているとは思えない。物量作戦で来られたら無理だ。

 

 嘘でも吐こうか? ……いや、それはそれで終わりだ。あまり良い方向には行かないだろう。

 

 詰んでいた。アイビーもレベルは高くないのかもしれないが、キャラ性能が違う。こんな初期も初期。チュートリアルすら始まる前に出会うキャラじゃない。

 

(もう、()()を試すしかない)

 

「……そう。黙秘するんだ。残念だけど、終わりだね」

 

 頼みの綱は一つだけだった。

 

 原作では大した強みも無かった地味な能力。

 

 マグノリアが興味を持った俺――カルマの持ってる特殊な『眼』。

 

「【フロスト・ランス・カスケード】」

 

 アイビーが俺に向けて手をかざした。

 氷槍が主の命に従って対象を貫かんと真っすぐ突き進む。

 

 俺は目に手を当てて、小さく呟いた。

 

「発動しろ――【変速の魔眼】」

 

 途端――世界がどろりと溶けた。

 

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