愛の重いヒロインしかいないエロゲ世界に転生した純愛主義者   作:十前

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初見殺しがすぐそこに

「さっ……最低! ほんとにばか! 変態! ばかばかあほあほさいてーさいてー変態変態変態変態──」

 

 じんじんする腹の痛みを感じながら、俺は正座でアイビーの悪口を粛々と聞いていた。

 見てしまったのは俺が悪いので、罵倒は甘んじて受け入れる。けどお前の悪口、語彙力が子供すぎない?

 

「……一ついいか?」

「な、なによ変態!」

「とりあえずこれを着てくれないか」

 

 制服の上着を脱いで、下を向いたまま差し出した。

 俺の服も多少溶けてはいるが、かなり動き回っていたからまだまだ服としての体裁は整っている。

 

「……えっ、い、いいの?」

「そのままじゃ帰れないだろ?」

 

 『尻ア』における制服は消耗品ではなく、特殊な糸で編まれていて、特定の場所なら修復できる。ただそれにはダンジョンから移動しなきゃいけない。ゲームなら別に移動しても良かったが、現実でほぼ裸のまま歩いて向かうわけにはいかないだろう。

 

「そ……そう。じゃあ、借りるわね」

「どうぞ。ついでに俺がスライムを持ち出す云々は誤解だって認識してくれ」

「それはもう勘違いだってわかってるわよ……」

 

 そろそろと差し出した上着が取られて、さっと羽織る音がする。俺は心穏やかな賢者のメンタルで目を閉じていた。……アイビーの裸差分とか、目に焼きつくくらいは見たからね。

 

「ちなみに、仮にスライムがあったとしても、俺はクッションには使わない。どちらかと言うと服が溶ける体液の方が需要が高そうだし」

「だいぶ不純な言い訳だけど、とりあえず理解はしたわ」

 

 呆れたように溜息を吐かれてしまった。ちなみに原作だとスライムの体液は買えたので、すでに需要と供給は存在してるぞ。

 

「もう見ていいわ」

 

 目を開けると、アイビーが恥ずかしそうな顔でサイズ大きめの制服をぎゅっと抑えながら着込んでいた。うわっ、なんかえっちだな。賢者のメンタルがちょっとぐらっとする。なるほど。ほぼほぼ裸姿にぶかぶか制服の差分なんて流石に見たことないから新鮮だ。

 

「……なんか目が変態っぽくない?」

「そんなことより早く帰らないか? 寒くなってきたし」

「そんなこと? なんか誤魔化してない? ……まぁ、もういいけど」

 

 眉が吊り上げられたが、なんとかお許しは貰うことができそうだ。

 

「あたしもいきなり攻撃してごめんなさい。迷惑をかけたわね」

「いや、いいよ。こっちも悪い噂が流れてるのはたしかだし」

「いいえ。話も聞かずに攻撃したのはあたしが悪いわ」

 

 きっちりと謝罪される。素直に謝られると、バッドエンド三人衆だなんだと怯えていたこっちとしては少々ばつが悪い。別にバッドエンド三人衆も悪い奴ではないんだよな……なんか極端にバッドエンドに行きやすいだけで(致命傷)。

 

「じゃあ、まぁ、俺はこれで」

「そうね。あたしも帰るわ。……ほんとはもう一つダンジョンに行きたかったんだけど、それは明日ね」

「へー……どこ行くつもりだったんだ?」

 

 お互い和解して、あとは帰るだけ。

 なのでこの問いは何の気なく発した質問だった。別れ際の微妙な会話の隙間を埋めるような、ただの小さな問い。そのはずだったのに。

 

「〈西の洞窟〉よ。なんだか最近――()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいで」

「へ、へぇー……」

「何その反応。何かあるの?」

「い、いや、知らないダンジョンだなぁと思ってぇ……」

 

 思わず声が震えてしまう。聞き覚えのあるダンジョンの名前とそのフラグ。

 攻略wikiで『※注意』と記されたページが記憶から蘇る。

 

(よりにもよって〈西の洞窟〉かよ……)

 

 脳裏に浮かぶのはパーティ全滅の悲劇。

 

 〈西の洞窟〉には、とある初見殺しイベントがある。

 

 

 ◇

 

 

 ほとんど日も落ちかけた帰路を歩く。

 

 思い出すのは原作プレイ時、初見で〈西の洞窟〉に入った時の記憶だ。

 

 元々〈西の洞窟〉はなんの変哲もない、いうなれば地味なダンジョンだった。小さくてシンプルな構造のマップと、まばらにいる蝙蝠型のモンスター。レアな宝箱があるわけでもなく、敵の素材や経験値も大して旨味はない。メインストーリーに絡むわけでもなく、特に印象にも残らないダンジョンである。

 

 ただし。

 ストーリーを進めて、『ぎいぎい機械が擦れるような音がする』という台詞を聞いた後だとその様相が変化する。

 

 改めて〈西の洞窟〉に入ると、『なんだか静かだね……』という今までにない主人公の台詞が流れる。それもそのはず。突如マップ内に点在していたモンスターがすべて消滅しているのだ。さらに明かりが消えて、全体が薄暗くなっている。

 

 異質な雰囲気に少し背筋が冷えるのを感じながら最奥へ向かう。この変な雰囲気も、ボスを倒せば終わるだろう。根拠のない感覚を下にボス部屋へ向かうと――そこにはなぜか、見たこともない、頭から触手の生えた、巨大な漆黒の鎧が蠢いていて。

 

 どこからともなく赤子のような声がする。

 

『お。おあ』

 

 慣れない言語を確かめるように、つっかえながら声を発する。

 

『え、え、えい』

 

 やがて、発していた声が言葉のような形を作る。

 

『おあ、えぢ』

 

 腹部に空いた空洞から、微笑む歪な顔面が覗いている。

 

『おかえり』

 

「あれはマジで気持ち悪かったな……」

 

 『尻ア』はたまーに劇物みたいな敵を出してくることがある。序盤はありがちな姿の敵キャラが多いのに、中盤以降から見た目や能力に開発側の趣味嗜好がちらつき始めるのだ。開発側の性格の悪さはたびたび掲示板でも話題に上がっていた。

 

 〈西の洞窟〉の真のボス、『黒の守衛』もその一つ。

 

 序盤に入れるダンジョンだが、『黒の守衛』は明らかに今までの敵と毛色が違う。演出が明らかにホラー寄りだし、ステータスが明らかに中盤以降のそれだ。元々の感覚で入った俺も、いきなり見知らぬボスに火力でボコボコにされ、その後にキャラが凌辱されたような文章が流れて頭を抱えた。そこで初めて『尻ア』というゲームの性格の悪さに気づくのだ。

 

(ここではたぶん、〈西の洞窟〉の異変には気づけてないんだろうな)

 

 最悪なのは――今この状況に気づいているのがおそらく俺だけだということ。

 

 知ってたらアイビーがあんな気楽な調子で見回りなんて向かうわけない。スラダンと同じく、脅威のないダンジョンの一つだと認識しているんだろう。

 

 ゆえにもし、今のままアイビーが〈西の洞窟〉に向かえば、まず間違いなく触手によってぐちゃぐちゃのR18状態になる可能性が高い。

 

(かといって、俺の火力じゃどうにも)

 

 代わりに今気づいている俺が倒すと仮定しよう。

 でも、『黒の守衛』を倒すには間違いなく火力が足りない。

 相手は中盤以降のステータスを持ったボスだ。俺の武器はと言えば……懐に仕舞ってある包丁だけ。これじゃたぶん、攻撃が通らない。

 

(攻略法はあるんだけどな)

 

 悩んでいたらいつの間にか家の前に辿り着いていた。

 重たい体で玄関のドアを開く。

 

「はぁ……ただいま」

「おかえりなさいませカルマ様。どうして私の顔を見て溜息を吐いたのか、理由をお聞かせやがりますか?」

「なんだその意味わかんない敬語は……。シーラの顔を見て吐いたわけじゃない」

 

 帰って早々、出迎えてくれたシーラに詰められた。

 俺の顔を見てシーラはきょとんと首を傾げる。

 

「む……今朝と比べて元気がありませんね。ダンジョンでお疲れですか?」

「まぁそんなところかな」

「なるほど。……一応、食事を用意してありますけど食べますか? 練習のつもりだったので、あんまり上手にはできてないんですけど」

「じゃあ食べ……食べ……食べれるのかこれは?」

 

 テーブルに着くと、明らかに人間が食べる色をしていない鍋物が出てきた。

 

「ヤミナベと言うらしいです。具材はなんでもいいという事だったのでなんでも入れました」

「お前それ、数あるレシピの中で最悪の物を選んでるよ」

 

 黒々と光る液体の中に、わずかに覗いている食材の残骸。何この緑の……雑草? 青いのは何? そんなのある? というかお前どれだけ材料使ったんだ?

 

「……味見は?」

「一口目は、カルマ様にと」

「おい目を逸らすなポンコツメイド! 自分でもやべーの作ったと思ってんだろうが!」

「いえ私頑張ったんですー! たまたま変なのが出来ちゃっただけなんですー!」

「いいから一緒に食え! 俺だけで処理しきれるわけねえだろうが!」

「――おぉーい! カルマはいるかー?」

 

 席を立って逃げようとするシーラを追いかけだしたところで、ドアをどんどんと叩く聞き覚えのある声がした。

 

 一旦目で休戦の合図をし、玄関のドアを開ける。

 そこにはなぜか大きな長い包みを背負ったマグノリアがいた。

 

「どうしたマグノリア……飯なら……一応無くは無いが」

「飯ではない。物を届けに来ただけだ」

「届けに?」

「お前に相応しい武器を用意すると言っただろう。忘れたのか?」

 

 マグノリアが呆れた様子で言った。そういえば言ってたな。今朝飢えてるところを助けたからお礼に武器を持ってくるとかなんとか。

 

「歓待は無用だぞ。物を渡すだけだからな」

 

 言いながらするすると背中に担いでいた包みを降ろして差し出してくる。なんとなく雰囲気のある高級そうな包みである。

 

「……大層な物はいらないって言わなかったっけ?」

「大層な物じゃない。祖母の部屋にずっと飾ってあって持ち腐れていた程度の物だ」

 

 祖母の部屋……?

 なんか、原作でもそんな台詞を聞いたような……。

 

「開けてみてくれ。私からの贈り物だ」

 

 わずかに嫌な予感を覚えながら、包みの紐をほどく。

 しゅるりと封が解かれ、中からその姿を覗かせたのは。

 

「お、お、お……お前、これ……っ!」

「どうだ? 気に入らないか?」

「気に入るとか気に入らないとかじゃなくて……!」

「〈迦具土《カグツチ》〉という銘らしい。丈夫そうでいいと思うんだが」

 

 鞘に龍の姿が彫られた小さな装飾。それに納まる煌めいて湾曲した銀の刀身。手に持っただけで、その燃え盛るような熱を感じる。明らかにその辺の武器とは違う、大層な雰囲気を醸し出す――刀。

 

「お前これ――伝説レベルの武器じゃねえか!」

 

 〈迦具土〉はマグノリアルートを進めると途中で貰える武器で、攻略wikiでも優秀装備の一つとして紹介される武器だ。そもそも難易度の高いマグノリアルートを途中まで進める必要があるため入手難易度は高いが、ゲットすれば最終装備としても使える優秀な性能をしている。

 

 俺もたしかに当時ゲットできた時は嬉しかった。

 

 でも今この状況で貰ってもビビる。

 

「うん? そうなのか? 命を救われた相手に渡したいと言ったら祖母も快く渡してくれたのだが……」

 

 マグノリアが首を傾げている。お前、里に帰ってどういう説明したんだ? 腹減ってる奴にご飯あげただけで国宝が返ってくるわけなくない? わらしべのレートがバグってるだろ。

 

「流石にこれは受け取れない。もっとふさわしい奴が他に……」

「いいや、これはもう私が祖母から貰った物だ。私の好きにする。ある程度は見れば価値もわかる。この私が、お前にふさわしいと思って持って来たんだ」

 

 断ろうと差し出したが、マグノリアはひらひらと手を振って受け取らない。

 真っすぐな視線に、絶対に受け取れという頑なな意思を感じる。

 

「そうは言っても……」

「いらないなら売ってもらっても構わん。処遇は好きにしてもらっていい。もちろん私としては使ってもらった方が嬉しいがな?」

 

 マグノリアはにたりと犬歯を覗かせ、瞳に好戦的な光を宿らせた。ああ、なんでこんな押し付けてくるかわかったぞ。これは強い武器使って早く強くなれよって顔だ。いつの間にか戦闘狂の育成対象になってしまっている。俺じゃなくて原作主人公だろそのポジションは。

 

「では私はこれで失礼する。今朝の件は怒られたのでな……早く帰らねば」

「あ、ああ……」

 

 マグノリアがくるりと振り返って立ち去っていく。

 玄関から戻ると、話を聞いていたらしいシーラがよくわかっていないような顔で首を傾げている。

 

「カルマ様、なんだか凄そうな物を頂きましたね」

「……だなぁ」

 

 凄いなんてもんじゃない。持ってるだけで胃が縮みそうな代物だが、売る選択肢はあり得ないので対処に困る。

 

 ただ、〈迦具土〉が俺の所有物になったことで、問題が一つ解決してしまった。

 

「……火力が出せるな」

「あのカルマ様、これをお忘れではありませんよね」

 

 シーラが示したのは謎の黒煙を上げる鍋。

 

「おいなんか煙出てるじゃねえか!」

「温めなおそうと思ったらこうなったんです! 私は悪くないです!」

「責任とれやポンコツメイドォ!」

「責任者はカルマ様ですがー!?」

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、頭の片隅では〈西の洞窟〉の事を考えている。

 

 倒せるか? 俺に?

 

 記憶を奮い起こして、攻略wikiの情報を思い浮かべた。そしてこっちの世界での戦闘をイメージする。『黒の守衛』というボスと、〈迦具土〉の火力と、俺自身の思わぬ能力のことを考える。

 

 ……少なくとも、ヤミナベではしゃいでる場合じゃない。

 

「……シーラ」

「はい、なんでしょうか」

「俺……この後ちょっと、出かけてくるかも」

「ヤミナベは?」

「ヤミナベは……諦めよう」

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