愛の重いヒロインしかいないエロゲ世界に転生した純愛主義者   作:十前

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鎧って溶けるんだぜ

 問題のダンジョンに辿り着いた。

 

「……マジで来てしまった」

 

 周囲はもう真っ暗だ。ここは鬱蒼とした森の奥にある不気味な一画。

 目の前には特に整備もされていない、廃れた雰囲気の洞窟の入り口がある。 

 

 この先が件のダンジョン、〈西の洞窟〉。

 

 結局ここに来てしまった。

 

 先の見えない暗闇がぽっかり口を開けている。ああ、俺は馬鹿だ。どうせ格上の敵がいるのだろう。スライムとはわけが違う。死ぬかもしれない。死なないまでも無事ではいられないかもしれない。死にたくないのに危険地帯に行くの、わけわかんないじゃん?

 

 なのに体が勝手に歩みを進めている。結局悩んでも俺の体は動いてしまうのだ。行くしかない。行かなければアイビーが酷い目に遭うと考えると。……動かないわけにはいかないんだよな。

 

 討伐のための準備はしてきた。〈迦具土〉とかいうオーバーパワーな武器もある。勝つための算段は当然ある。大丈夫。原作なら何度も何度も倒してきた敵だ。

 

「じゃあ……ダンジョンアタックといこうか」

 

 手に持った〈迦具土〉の感覚をお守りのように確かめつつ。

 準備のために背負ってきたデカい風呂敷を改めて背負いなおした。

 

 

 ◇

 

 

 〈西の洞窟〉は五階層のダンジョン。

 本来なら壁に蝋燭の灯りがありモンスターもいるわけだが、今は気配も無い。

 

 そんな不気味なダンジョンの内部を下に向かって進むこと数分。静かで無機質な壁に反響して、時折ぎいぎいと機械が擦れるような音が聞こえてくる。原作だと文字だけで表現されていた音だが、実際聞くと眉をしかめずにはいられないぐらい嫌な音だ。

 

「……あれか」

 

 辿り着いた最奥のボス部屋。

 燭台に灯る頼りない火が照らす広い空間。

 

 その中心にいた。

 

 ぱっと見るとそれは巨大な漆黒の鎧に見える。

 通常の人間よりも二回りほど大きな漆黒の全身甲冑。しかし頭部を守る兜が無い。代わりに頭から太い触手が生えている。頭だけじゃない。手も、足も、間接部分から見えるのは触手だ。全身を触手によって動かされた、歪んだ鎧。そして腹部にぽっかり空いた空洞からは、顔のようにも見える黒い空洞が覗く。

 

 あれが〈西の洞窟〉のボス――『黒の守衛』。

 

 かつてこの場所を護っていた守衛の成れ果て……らしい。特別な力を持った鎧と人間がモンスターに寄生された姿があれだそうだ。なので本体は触手の方。

 

 機械の擦れる音は鎧が動くたびに鳴っている。悲鳴みたいで耳障りなことこのうえない。こんな騒音、さっさと止めてもらうに限る。

 

 背負ってきた風呂敷を降ろして、『黒の守衛』討伐のため用意した物を広げた。

 

 俺が持ってきた勝つための算段――それは。

 

(頼むぞ……スライムくん)

 

 ぷよぷよ動く透明なスライム達、合計10匹。

 

 ……いや、持ち出し厳禁なのはわかってるけど。別に違法な取引とかに使うわけじゃないから許してほしい。スライムの特性が『黒の守衛』に有利なだけだ。

 

 スライムの体液は服だけを溶かす効果がある。その効果をもう少し具体的に言うと――『装備された防具に付着している際、耐久値に持続ダメージを与える』効果になっている。

 

 そして由来のせいか、『黒の守衛』の甲冑は装備品扱いなのだ。

 つまり『黒の守衛』はスライムで体力を削れる。

 

 10匹集まったスライムが『ホワスラサークル』を作ってホワイトスライムを生み出していく。ぷよぷよ増えていくスライムの山。一つ一つが持続ダメージを与える弾だ。いくらでも数はある方がいい。

 

(……でも、流石にバレるか)

 

『お。おあ』

 

 俺の存在を感知して、ぐるんと触手がこっちを向いた。

 赤ん坊の声を機械で低く引き下げたような声がする。

 

『え、え、えい』

 

 ホワスラサークルの準備も限界のようだ。ここに来て少し緊張してくる。あいつ、思ってた以上にキモいし。やられたらどうなるか、マジで想像もしたくない。

 

『おあ、えい』

「……やるしかねえだろ」

 

 でも意味ないんだ。緊張とか。逃げ場なんていらない。

 口の端を釣り上げて、形だけでも笑みを作った。

 行くぜ、モンスター。

 

 甲冑の腹部から歪な顔面が覗いて笑みを模った。

 

『おかえり』

「それもうこっちは聞いてんだよ――ッオラァ!」

 

 開戦の合図にホワイトスライムを勢いよく投擲。我ながら良い軌道である。気づいた『黒の守衛』が矛を手に取り切り払うが、真っ二つになったホワイトスライムは目論見通りにその体液を甲冑部分に付着させた。途端、

 

『ぁぁあ……!』

 

 苦悶の声を上げて体をよじっていた。よし……効いてるぞ。原作でも序盤で攻略を狙う際は、スライム系の道具や武器を使用することが推奨されていた。動作も鈍っていて、懸念していた近づかれる心配はないようだ。

 

「オラ……触手くんの服溶けCG見せてみろやぁ!」

 

 『ホワスラサークル』がある限りこちらの弾は無限だ。リポップのスピードも速い。ひたすら投げて『黒の守衛』を白濁した体液でべちゃべちゃにしていく。投擲、投擲。だが一方的ではいられない。

 

『ぉあ』

 

 『黒の守衛』が手の部分を伸ばして、触手を鞭のようにしならせた。

 天井まで振り上げられた触手が勢いよく振り下ろされる。

 

「発動――【変速の魔眼】」

 

 視界が色褪せてスローモーションに切り替わる。

 触手の軌道はしっかり見えた。ゆっくり迫る触手を避けて――解除。

 

「っ!」

 

 何か破裂するような音がして、さっきまで立っていた床が弾けた。スライムの半分が飛び散って霧散する。スライムがやられたから『ホワスラサークル』は終了だ。だが必死で投げたホワイトスライムのおかげでかなり削れている。

 

『あぁぁぁぁああああああ!』

 

 ――しばらくして、体力が残り半分を切った目安の悲鳴が聞こえた。

 

(よし……この後が本番だ)

 

 スライム体液で甲冑スケスケ作戦は今のところ順調に進んでいる。しかしこのまま進むと――甲冑が割れてしまう。体力が2割を切ると、甲冑を全て取り払った第二形態に移行するのだ。そこからはもうスライムは効かない。だから残りは〈迦具土〉の火力で一気に削り取るのだ。

 

 甲冑をスライムで削って残HPを〈迦具土〉でゴリ押す。それが今日の戦略だ。最後の最後が力技なのがこの方法のよくないところである。でも一番勝率が高いのはこれだ。原作で〈迦具土〉装備なら余裕で削り切れる。ラスト、全身全霊で削り切るのみ。

 

 ――残りHPが2割を切った時が勝負。

 

「エロCG集の一覧になりやがれ……っ!」

 

 最後のスライムを投げ切った。もはや動けない『黒の守衛』の甲冑にべちゃりとへばり付き、その部分がずるりと溶け落ちていく。動きが止まって、甲冑がぴしりぴしりと音を立てた。

 

 今だ。

 

「頼むぞ……っ!」

 

 抜刀。鞘は放り投げて地面を蹴り込む。

 俺が足を踏み込む度に、鎧の崩壊が全身に広がっていく。

 あと少し。ギリギリ届く。本体が見えた瞬間にありったけを叩き込む。

 

「【変速の魔眼】」

 

 絶対に外せない攻撃だから魔眼を使った。

 視界の全てが遅くなる。

 灰色で、スローモーションになった視界で。

 核の洞穴のようなどす黒い目が見えた。

 

 ぞわりと背中が粟立つのを感じながら刀を振るう。絶妙なタイミングで核が見えた。ここだ。考えるより前に〈迦具土〉を全力で振り下ろした。タイミングは完璧。これで終わってくれ。

 

 刀身が太い触手に吸い込まれていった。抵抗はほとんどない。

 繊維のような何かをぶちぶち切り裂いて――真っ二つに断ち切る。

 

「――っ!」

 

 思わず見上げた先、『黒の守衛』がぐらりと傾く。

 目の奥に熱を覚えて瞬きすると、視界のスローが解除された。

 

 ずるずると、鉄を溶かしたように甲冑がすべて零れ落ちる。落ちた破片は光の粒子になって消えていた。

 

 (本体は?)

 

 胴体は動きを止め、触手も芯を失ったかのようぐにゃりと曲がって倒れる。

 

 やったか――そう思った瞬間、急に芯を取り戻すようにぐんと全身が伸びた。

 

 中央にぽっかり空いた、空洞のような目が俺を捉えて笑みを浮かべる。

 

『ぁ……ぇい』

 

 まずい。

 

「くそ……っ!」

 

 【変速の魔眼】を発動する。視界が遅く切り替わる。目の奥が熱い。熱いが、使わなければ動きに追いつけない。

 

 倒しきれなかったのはたぶん、俺自身のステータスが低いせいだ。『尻ア』の攻撃力はステータスと武器の値の加算ではなく、複雑な計算式から成り立っている。だからレベルが低い内に最強武器を手に入れても、それだけで超火力というわけにはいかない。

 

 核を中心に無数の触手が広げられる。

 まるで傘のようだと思った。

 俺を覆うようにゆっくりと広がる触手が影を落としていた。

 視界はスローになっている。速く逃げなければ間に合わない。でも動けなかった。

 

 ――逃げ道、無くね?

 

 触手が腹に思い切り叩きこまれた。

 

「かは――っ」

 

 魔眼が強制的に解除された。胃が飛び出そうなくらいの衝撃で吹き飛ばされる。壁に背中から激突してちかちかと脳裏に閃光が瞬いた。呼吸が。なんとか酸素を取り込もうと咳き込みながら蹲ると、さらに追撃。

 

「くっ……」

 

 なんとか這うように避けた先にもう一本の触手が伸びてきて、〈迦具土〉を持っていた手をぎゅるりとねじりあげた。そのまま、吊るすように一気に持ち上げられる。

 

 核のどこまでも黒い目が俺を見ている。

 

(はは……マジで何もできねえ)

 

 口の器官なんてないけど、ぼこぼこと鳴る核が俺を嗤っているようだった。ふざけんなよと思う。でも反撃が可能なようにも見えない。頼みの綱の〈迦具土〉は真下の床に落ちている。腕を上げる力も入らない。もう、ほぼ死体だった。死んでいないだけ奇跡のようなもの。

 

『…………』

 

 静かに触手が動く。自分を虚仮にした弱者を見逃す気はなさそうだ。触手が、殊更見せつけるようにゆっくりと落ちている矛を拾い上げた。鋭利な刃が俺の真上に置かれる。まるで処刑用のギロチンのようだった。命乞いの暇もなく、躊躇いもなく、静寂の中で振り落とされる。

 

(クソゲーが)

 

 迫る刃に死を悟った。世界がスローになったかのように視界が間延びする。無理だ。変速の魔眼を使うまでもなく、避けられないのは明白だった。ゆっくり、ゆっくりと矛が迫ってくる。死ぬのか。死ぬ? いや。

 

 死が目の前に迫った瞬間、一気に脳に熱が沸き上がってくる。

 

「こっちは……まだ、死ねねぇんだよぉぉぉぉおおおお!」

 

 思い切り体を捻ってもがく。俺が体をよじった事で、落ちてきた刃は肩の部分を大きく裂いた。その刹那に吊るされた腕で体を引き上げて、触手に全力で嚙みつく。先端は繊細なのか、パッと腕が離されて俺は地面に背中から落下した。

 

『がァ……!?』

「ってぇなぁ……おい、タコが!」

 

 裂かれた肩はあり得ないくらい痛い。痛いけど、前世でみづきちゃんに腹を刺された時よりマシだ。おいどうしてかわかるか? タコがよ。どす黒い感情でぶっ刺された包丁とお前の矛じゃ、質が違えんだよ。

 

 まだ、死ねない。俺が死んだらどうなる? アイビーがやられるだろうが。他の奴も被害に遭うかもしれない。どれだけやべー奴らでも俺はあいつらが好きだった。じゃなきゃ原作で幾つものバッドエンドを越えて攻略したりなんてしねえんだよ。

 

 切られてない方の腕で〈迦具土〉を拾う。血がぽたぽた床に大盤振る舞いで吸い込まれていった。血が抜けて霞む視界の中、触手の先にある核を捉えた。一撃だ。一撃だけで良いんだ。気力だけで柄を握りしめている。あいつのHPはもう残り少ない。まともな攻撃が一つ入れば削り切れる。

 

 目の奥は痛い。熱い。けど構わない。

 

「【変速の魔眼】!」

 

 視界がどろりと溶ける。目が痛い。燃えそうなくらいだ。というか燃えているような陽炎まで見えている。幻覚か? いや今関係ねえだろ……!

 

 ただ相手を見る。

 真っ黒な目が向ける意識の先を見る。

 触手を、殺意を浮かべた敵の矛先を見る。

 俺の命を刈り取ろうとする凶器の軌道を見る。

 どこを何がどういう風にどう動くのか、見て判断して全部避ける。

 

 後は体を適切に動かすだけで。

 

 頽れていた体に最後の力を込める。周囲の音が遠退いている。手を付いて体を起こし、前傾姿勢のまま鈍い触手をかいくぐった。全てが遅い。敵も俺も全部。水の中を進むようなもどかしい進み具合の中で叩き潰さんと振り下ろしてくるのろまな触手の間を潜り抜けていく。あと少し。全ての触手の攻撃を避け切った。勝ち筋を掴め。眼前、あとはもう核があるだけ。

 

 どろりとした空間を抜けて、時間の進みが戻ってくる。『黒の守衛』が慌てたような呻きを漏らす。苦笑で応える。勝ってたのに気に入らねえよな。間合いに踏み込む。握った〈迦具土〉が俺の手に熱を伝えてくれる。もう技術はいらない。ただ全身全霊の力で、

 

「――らぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」

 

 

 ◇

 

 

 光の粒子になって立ち上っていく『黒の守衛』を、床に寝転がって見上げていた。

 

(……あー、やっと勝てた……)

 

 ぼんやりとした視界の中で溶けていく『黒の守衛』の果てを見つめながら。

 

 ……なんだかこちらを見ているような幾つかの視線を感じながら。

 

 そのままぱたりと意識を失うのであった。

 

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