Monster Hunter Duel Storm 作:アサシン・零
第1話「ココット村の夜」
森の闇を切り裂くような飛竜の咆哮が、ミゲルの耳にまだ残っていた。ココット村の広場に灯る焚き火の暖かさが、冷えた体をわずかに和らげる。17歳の少年、ミゲルは泥だらけの革鎧に身を包み、背中に担いだアクセルアックスの重みを改めて感じていた。鉄と竜骨でできたその武器は、彼の故郷で唯一の鍛冶屋が「若造には重すぎる」と笑いながら作ってくれたものだ。だが、ミゲルにとってはこれ以上の相棒はなかった。変形機構を持つアクセルアックスは、爆発を用いた特殊な機構とと素早さが特徴的な斧型の武器。彼のまだ未熟な戦い方を補ってくれる。
「坊主、しっかりしろ。村長が待ってるぞ」
門番のゴツい手がミゲルの肩を叩き、現実に引き戻した。広場の向こう、木造の大きな家屋に灯る明かりが、村長の住まいを示している。ミゲルは立ち上がり、アクセルアックスを背負い直した。泥で重くなったブーツが地面を軋ませ、村人たちの好奇の視線が彼に突き刺さる。見習いハンターがこんな夜に飛び込んでくるのは、よほどの事態に違いない――そんな空気が漂っていた。
家屋の扉を開けると、暖炉の火が部屋をオレンジ色に染めていた。中央に立つのは、白髪交じりの壮年男性――ココット村の村長、バルドだ。革のローブに身を包み、腰には古びた短剣を下げている。ハンターとしての現役時代を思わせる鋭い眼光が、ミゲルを見据えた。
「お前があの飛竜に追われたガキか」バルドの声は低く、落ち着いていた。「名前は?」
「ミゲル、17歳です。ドンドルマのギルドを目指して…その、途中で」
ミゲルは言葉に詰まりながら、背筋を伸ばした。村長の前で弱気な姿を見せるわけにはいかない。ハンターになるための第一歩なのだから。
「ふむ。まずは座れ。話はゆっくり聞く」
バルドが手招きすると、ミゲルは木の椅子に腰を下ろした。暖炉の火がパチパチと音を立て、部屋に漂う木材とハーブの匂いが緊張をほぐす。ミゲルは深呼吸し、森での出来事を語り始めた。
夜の森を抜ける道中、突然現れた謎の飛竜。深蒼色の鱗、燃えるような赤い目、鋭い爪と尾が月光に映えた姿。咆哮だけで地面が震え、まるでミゲルを狙うように執拗に追いかけてきたこと。アクセルアックスを握りながらも、戦うどころか逃げるのが精一杯だったこと。ミゲルはできる限り詳細に伝えようと、記憶をたどった。
「その飛竜、大きさはどれくらいだった?」バルドが身を乗り出し、目を細めた。
「リオレウスくらい…いや、少し大きかったかも。でも、動きが…普通の飛竜じゃないんです。まるで俺をわざと追ってるみたいで」
ミゲルの言葉に、バルドの眉がわずかに動いた。
「ふむ。ココット村周辺でそんな特徴的な飛竜種が出るのは珍しい。それも、見慣れぬ姿となると…」
村長は立ち上がり、部屋の隅にある古い本棚に向かった。そこには革装の分厚い書物が並び、埃と古びたインクの匂いが漂う。バルドは一冊を引き抜き、ページをめくり始めた。『ココット地方モンスター記録』――表紙にはそう刻まれていた。
「この辺りに生息するモンスターは、ほとんどが草食種か小型の鳥竜種だ。飛竜種となると、せいぜいライゼクスやリオレウス程度。だが、お前の話す特徴――深蒼色の鱗、赤い目、知的な動き――はどれにも当てはまらん」
バルドはページをめくる手を止め、ミゲルを見た。「お前、よく逃げ切ったな。見習いにしては肝が据わってる」
「いや、ただ必死だっただけで…」ミゲルは照れ笑いを浮かべたが、心臓はまだあの恐怖を思い出して早鐘を打っていた。
その時、扉がノックされ、若い女性が入ってきた。革のコートに身を包み、腰には無数のポーチと小さなノートをぶら下げている。髪は短く切り揃えられ、眼鏡の奥の目は好奇心に輝いていた。
「村長、話を聞いてきました。例の飛竜の件ですね?」
彼女はミゲルに軽く会釈し、自己紹介した。「私はリナ、ギルドの調査員見習い。モンスターの生態を研究してるの。で、どんな飛竜だったか、もう一度詳しく聞かせてくれる?」
ミゲルはリナの勢いに少し圧倒されながらも、改めて飛竜の姿を説明した。リナはノートに素早くメモを取り、時折「ふむふむ」「それは面白い!」と呟く。彼女の熱意に、ミゲルは少し気圧されつつも、どこか安心感を覚えた。
バルドが記録書を閉じ、言った。「リナ、この特徴をギルドの学者たちに照会しろ。もしかすると、新種の可能性もある」
「新種!?」ミゲルが思わず声を上げた。
「落ち着け、坊主。あくまで可能性だ」バルドは笑みを浮かべたが、その目は真剣だった。「だが、もし新種なら、ギルドも動き出す。ココット村はしばらく騒がしくなるぞ」
リナが目を輝かせ、ノートを閉じた。「ミゲル、あなたの情報は貴重よ。もし新種なら、ギルドの記録にあなたの名前が載るかも!」
「え、俺の名前が…?」ミゲルは戸惑いながらも、胸の奥に小さな誇りが芽生えるのを感じた。
夜が更ける中、ミゲルは村長の家を出て、村の宿屋に案内された。粗末なベッドに横になりながら、彼はアクセルアックスをそばに置いた。変形機構のレバーを軽く動かすと、カチリと音がして剣モードから斧モードに切り替わる。その感触が、ミゲルを現実につなぎ止める。
「新種の飛竜…ハンターとしての第一歩がこんなことに…」
彼は目を閉じ、森での恐怖とココット村の暖かさを思い返した。ドンドルマへの旅はまだ始まったばかりだが、すでに予想を超える出来事が彼を待っていた。
翌朝、バルドはギルドへの連絡を済ませていた。リナが持ってきた返信によれば、ミゲルの見た飛竜の特徴は既知のどのモンスターとも一致しない。ギルドの学者たちは「新種の可能性が高い」と判断し、調査団の派遣を検討し始めた。バルドはミゲルに告げた。
「坊主、しばらくココット村に留まれ。ギルドの調査員が来るまで、お前もこの件に協力してもらう。いいな?」
ミゲルは頷き、アクセルアックスを握り直した。「はい、了解です! ハンターとして、ちゃんとやってみせます!」
バルドは笑い、リナが肩を叩いた。
「いい心意気ね! じゃあ、まずは村のハンターたちと顔合わせよ。ココット村にも面白い奴らがいるから!」
ミゲルのハンターとしての生活が、こうしてココット村で幕を開けた。