兵藤side
修行が始まってから、数日が経った。
最初の頃は、訓練場に立っているだけでも身体が悲鳴を上げていた。
けれど今は──。
「はぁ……はぁ……!」
俺は荒い息を吐きながら、木剣を握り締めていた。
目の前にいるのはモードレッドさん。
彼女は木剣を肩に担いだまま、ニヤリと笑っている。
「どうした?」
「もう終わりか?」
「ま、まだです!」
震える足に力を込めて、なんとか立ち上がる。
「まだやれます!」
「その意気だ!」
モードレッドさんが豪快に笑った。
最初は何度も地面に叩きつけられた。
何をやっても通じない。
踏み込みが浅い。
攻撃が大振り。
相手の動きを見てから反応している。
散々言われてきた。
でも、その度にモードレッドさんは俺を立たせた。
そして、また叩きのめした。
「兵藤君」
少し離れたところから木場が声を掛けてくる。
「もう少しだよ」
「木場……お前、よくそんな涼しい顔してられるな……」
「僕もかなり疲れてるよ」
そう言って木場は苦笑した。
けれど、その構えには以前とは違うものがある。
剣を握る姿勢。
足の置き方。
相手との距離。
どれも以前より洗練されていた。
「木場!」
「はい!」
「行くぞ!」
モードレッドさんが踏み込む。
木場も同時に動いた。
木剣がぶつかる。
甲高い音が訓練場に響いた。
以前なら、一撃で押し切られていた。
だけど今の木場は違う。
モードレッドさんの斬撃を受け流し、その勢いを利用して後ろへ跳ぶ。
「……そこだ!」
モードレッドさんが笑った。
「最初よりずっと良くなったじゃねぇか!」
「ありがとうございます」
木場は息を整えながら微笑む。
「でも、まだまだですね」
「当たり前だ!」
「この程度で満足されちゃ困るぜ!」
モードレッドさんが笑う。
その様子を少し離れた場所から見ていた練矢先輩が、静かに口を開いた。
「木場」
「はい?」
「剣先を見過ぎだ」
「……!」
「相手の肩と腰を見ろ」
木場は一瞬だけ目を見開いた。
そして、自分の構えを確認する。
「なるほど……」
「ありがとうございます」
モードレッドさんも感心したように頷いた。
「さすがマスターだな」
「気付くのが早ぇ」
俺は二人の会話を聞きながら首を傾げる。
「肩と腰……?」
すると、練矢先輩が俺を見る。
「兵藤」
「は、はい!」
「踏み込みが浅い」
「だから拳が死ぬ」
「もっと踏み込め」
「……はい!」
言われた通り、一歩深く踏み込む。
そして拳を突き出した。
「そうだ」
練矢先輩は、それだけ言って再び黙った。
たった一言。
なのに、今までより身体が自然に動いた。
「すげぇ……」
俺が呟くと、モードレッドさんが笑う。
「だからマスターなんだよ」
「経験が違うんだ」
俺は改めて拳を握った。
まだまだだ。
でも、少しずつ強くなっている。
その実感だけはあった。
兵藤side out
リアスside
私もまた、修行を続けていた。
右手を前へ伸ばす。
掌に紅い魔力が集まる。
以前とは違う。
魔力をただ放出するのではなく、一点へ集める。
圧縮する。
それだけのことが、これほど難しいとは思わなかった。
「……もう一度」
咲夜の声が響く。
私は集中する。
魔力が掌へ集まり、球状になっていく。
だが──。
パシュッ。
またしても霧散した。
「……また失敗ね」
「焦らないでください、リアス様」
咲夜は穏やかに言った。
「魔力を押さえ付けようとしてはいけません」
「分かっているわ」
「いいえ」
咲夜は首を横に振る。
「まだ、頭では理解していても身体が理解しておりません」
「……」
その言葉に、私は苦笑した。
「厳しいわね」
「修行ですから」
咲夜は微笑む。
少し離れた場所では朱乃も雷の制御を続けている。
「ふふっ」
朱乃の指先から、小さな紫電が走る。
以前よりも細く、鋭い。
「朱乃様」
「はい」
「今の制御は良くなっています」
「ありがとうございます」
「ですが、最後の瞬間だけ少し力んでおります」
「あら」
朱乃は楽しそうに笑った。
「よく見ていらっしゃいますのね」
「見逃すわけにはいきませんので」
そんな二人のやり取りを見ていると、私も負けていられないと思う。
再び魔力を集める。
押さえ付けない。
無理に形を作らない。
ただ、自分の中にある魔力を一つにまとめる。
すると──。
「……!」
今度は散らなかった。
小さな紅い球体が、掌の上で安定している。
「できた……」
思わず声が漏れた。
咲夜が微笑む。
「はい」
「それで結構です」
ほんの数秒。
それでも、確かな進歩だった。
そこへ練矢が歩いてくる。
「リアス」
「何かしら?」
「十分だ」
「後は実戦で身につけろ」
私は頷いた。
「ええ」
視線を上げる。
修行は終わった。
次に待っているのは──。
「レーティングゲームね」
「ああ」
練矢は短く答えた。
リアスside out
練矢side
その日の夜。
リアスの別荘に全員が集まっていた。
修行を終えた今、やるべきことは一つ。
レーティングゲームに向けた最終確認だ。
リアスが全員を見渡す。
「みんな」
「ここまで付き合ってくれて、本当にありがとう」
兵藤達が顔を上げる。
「でも、ここからが本番よ」
全員の表情が引き締まった。
俺は壁際に立ったまま、その様子を見ていた。
今回のゲームでは、俺達も参加する。
その話については、すでにサーゼクスとグレイフィアにも伝えてある。
了承も得ている。
だから、ルール上の問題はない。
リアスが俺を見る。
「練矢」
「ああ」
「改めて確認しておきたいわ」
「今回のゲームでは──」
俺は頷く。
「俺がルーク」
「モードレッドがナイト」
「咲夜、ラム、レムがポーンだ」
モードレッドが腕を組む。
「ナイトか」
「悪くねぇな」
ラムは淡々と呟く。
「……ポーン」
「承知しました」
レムが続く。
咲夜も一礼した。
「お任せください」
リアスは満足そうに頷く。
「これなら、戦力の不足もかなり補えるわね」
「だが、勘違いするな」
俺はリアスを見る。
「俺達がいるからといって、お前達が戦わなくていいわけじゃない」
「分かっているわ」
リアスは即答した。
「これは私達のゲームよ」
「練矢達には、足りないところを補ってもらう」
「それでいい」
俺は頷いた。
その時、扉が開く。
「皆さん、準備はよろしいでしょうか?」
グレイフィアが入ってきた。
「グレイフィア」
リアスが声を掛ける。
「はい」
グレイフィアは一礼し、それから俺を見る。
「練矢様」
「ああ」
「今回の編成については、すでにサーゼクス様もご存じです」
「ルール上も問題ございません」
「分かった」
それだけで十分だった。
グレイフィアはリアス達へ視線を向ける。
「皆様」
「修行の成果を存分に発揮してください」
「はい!」
兵藤が拳を握る。
木場も頷いた。
「もちろんです」
小猫も短く答える。
「……はい」
アーシアは胸の前で両手を握った。
「頑張ります」
朱乃はいつもの笑みを浮かべる。
「楽しみですわね」
リアスは全員を見渡した。
「行きましょう」
「私達の勝利を掴むために」
その言葉に、全員が頷く。
修行の日々は終わった。
そして次に待つのは──。
ライザー・フェニックスとのレーティングゲーム。
今回は、原作には存在しない戦力がリアスの陣営に加わっている。
ルーク、練矢。
ナイト、モードレッド。
ポーン、咲夜、ラム、レム。
だが、それでも勝敗を決めるのは、リアス達自身だ。
俺達は、そのための力になる。
そして──修行が終わってから、数日が経った。
その間、俺たちはレーティングゲームに向けた準備を進めていた。
兵藤たちも、それぞれの課題をこなしながら実戦に備えている。
特に兵藤は、修行を始めた頃と比べて明らかに動きが良くなっていた。
まだ荒削りではある。
だが、持ち前の身体能力と魔力、そして神器を組み合わせた戦い方にも少しずつ慣れてきている。
木場も剣士としての技量をさらに磨き、他のメンバーとの連携も以前より円滑になっていた。
そして──。
「それじゃあ、そろそろ始めるわね」
リアスが全員を見渡す。
俺もその場にいる全員へ視線を向ける。
今日行うのは修行ではない。
これから俺たちが挑む戦い──レーティングゲームについての最終的な確認だ。
対戦相手については、すでに全員が把握している。
今回の相手は、ライザー・フェニックス率いるフェニックス眷属。
ライザー本人の能力はもちろん、彼の眷属たちについても事前に情報を共有している。
だからこそ、今回必要なのは相手の説明ではない。
「まず、レーティングゲームの基本的なルールを確認するわ」
リアスが説明を始める。
「レーティングゲームというのは、悪魔同士が戦う公式のゲームよ」
「基本的には、キングを中心としたチーム同士が戦うことになる」
その言葉に、兵藤が頷く。
「つまり、俺たちとライザーのチームが戦って、どっちかのキングを倒せば勝ちってことですよね?」
「基本的にはそうね」
リアスが頷く。
「相手のキングを戦闘不能にする。あるいは相手側が降参すれば、その時点で勝敗が決まるわ」
「なるほど……」
兵藤が真剣に聞いている。
「そして、悪魔にはそれぞれ駒が与えられる」
リアスは説明を続けた。
「キング、クイーン、ルーク、ビショップ、ナイト、そしてポーン。それぞれの駒には異なる特性が設定されているわ」
「駒ごとに役割があるんですね」
木場が確認する。
「ええ。例えばルークは力と防御力に優れ、ナイトは速度に優れる。ビショップは魔力に優れ、クイーンは複数の能力に秀でている」
俺は黙って聞いていた。
俺自身も、このルールについてはすでに理解している。
俺に与えられたのは──ルーク。
そして俺の眷属として、モードレッド、咲夜、ラム、レムもゲームに参加する。
「ただし、駒の能力だけで勝敗が決まるわけじゃない」
リアスが言う。
「重要なのは、いかに自分たちの駒を使い、チームとして戦うかよ」
「つまり、連携が重要ってことですね」
「その通りよ、木場」
リアスが頷く。
「相手の戦力を把握して、誰をどこへ配置するのか。誰が敵を引きつけ、誰がキングを守るのか。それを戦いながら判断する必要があるわ」
「……普通の戦争みたいだな」
兵藤が呟く。
「実際、それに近いわね」
リアスは少しだけ表情を引き締める。
「レーティングゲームでは、戦闘能力だけでなく、戦術や判断力も重要になるの」
「分かりました」
兵藤が頷く。
そして、リアスは次の説明へ移った。
「もう一つ重要なのが──戦闘不能になった場合についてよ」
全員の視線がリアスへ集まる。
「ゲーム中に戦闘不能になった者は、その時点で戦闘から離脱することになるわ」
「じゃあ、殺し合いってわけじゃないんですね?」
兵藤が確認する。
「ええ。レーティングゲームは基本的に殺し合いを目的としたものではないわ」
リアスはそう答えた。
「ただし、だからといって油断していいわけじゃない」
その声には、明確な警告が含まれていた。
「相手も勝つために戦う。実戦である以上、何が起こるか分からないわ」
「……はい」
兵藤の表情が引き締まる。
俺はそんな兵藤を横目に見る。
今回の戦いは、兵藤にとって初めての本格的なレーティングゲームになる。
修行で強くなったとはいえ、実戦では何が起こるか分からない。
それに、相手はライザー・フェニックス。
俺たちもすでに知っている通り、フェニックス家の次期当主であり、強大な力を持つ上級悪魔だ。
そして、その眷属たちも一筋縄ではいかない。
だからこそ、事前に得られた情報は徹底的に頭へ叩き込んでいる。
「相手については、もう一度確認する必要はないわね」
リアスも同じ考えなのか、そう言った。
「全員、ライザーたちの能力と編成については把握しているわね?」
「はい」
木場が答える。
「問題ありません」
朱乃、小猫、アーシアも頷く。
兵藤も力強く頷いた。
「俺も大丈夫です」
俺も頷く。
「問題ない」
「なら、次に進むわ」
リアスが資料をめくる。
「次は──実際のゲームフィールドと、戦闘開始から終了までの流れについて説明するわ」
全員がリアスへ視線を向ける。
俺も腕を組みながら、その説明に耳を傾ける。
──レーティングゲーム。
その戦いは、もうすぐ始まる。
レーティングゲーム当日。
俺たちは、リアスの屋敷へ集まっていた。
今日はいよいよ、ライザー・フェニックスとのレーティングゲームが行われる。
「みんな、準備はできているわね?」
リアスが全員を見渡す。
「はい」
木場が答える。
兵藤も気合いの入った表情で頷いた。
「もちろんです!」
朱乃、小猫、アーシアもそれぞれ頷く。
俺たちも準備を終えていた。
咲夜はいつものように落ち着いた様子で立っている。
ラムとレムも問題ない。
モードレッドは、これから始まる戦いを楽しみにしているのか、僅かに笑みを浮かべていた。
「それじゃあ、行きましょう」
リアスが立ち上がる。
俺たちもそれに続いた。
屋敷の外へ出ると、すでにレーティングゲーム会場へ向かうための準備が整えられていた。
「レーティングゲームの会場までは、専用の転移魔法で移動することになるわ」
リアスが説明する。
「今回は観客もいるから、専用の会場が用意されているの」
「観客までいるんですか?」
兵藤が驚く。
「ええ。レーティングゲームは悪魔社会では大きな娯楽でもあるからね」
「なるほど……」
兵藤が周囲を見渡す。
「なんか、本当にスポーツの試合みたいですね」
「似ている部分はあるわね」
リアスが苦笑する。
「ただし、私たちの場合は実際に戦うけれど」
「ですよね……」
兵藤が少しだけ表情を引き締める。
そして──。
転移魔法が発動する。
足元に巨大な魔法陣が広がり、俺たち全員を包み込んでいく。
「では、参りましょう」
グレイフィアの声が響く。
次の瞬間。
視界が白く染まった。
身体が浮遊するような感覚。
そして──。
数秒後。
俺たちは、レーティングゲームの会場へと到着した。
「……ここが」
兵藤が目を見開く。
俺も周囲を見渡す。
そこに広がっていたのは──駒王学園だった。
校舎。
グラウンド。
体育館。
旧校舎。
見慣れた景色が、そこには存在している。
だが、本物ではない。
レーティングゲームのために再現された、異次元空間の駒王学園。
「すごい……」
アーシアが周囲を見渡す。
「本当に駒王学園と同じです」
「当然よ」
リアスが答える。
「今回のゲームフィールドは、私たちが普段通っている駒王学園を再現したものだから」
「ってことは……」
兵藤が周囲を見渡す。
「この中でライザーたちと戦うんですか?」
「そうよ」
リアスが頷く。
「この学校全体が、今回のゲームフィールドになるわ」
俺は周囲を見渡す。
見慣れた場所。
だが、これからここは戦場になる。
校舎のどこに敵が潜んでいるか分からない。
どこから攻撃されるかも分からない。
そして、最終的に狙うべきなのは相手のキング。
「……面白い場所を選んだな」
モードレッドが辺りを見渡す。
「確かに」
俺も頷く。
その時だった。
「リアス」
声が聞こえた。
俺たちが振り返る。
そこには──。
ライザー・フェニックスと、その眷属たちがいた。
「ライザー……」
リアスが彼を見る。
両陣営が、ついに直接顔を合わせる。
そして、その場にグレイフィアが現れた。
「それでは、これより双方の陣営を紹介いたします」
グレイフィアが両陣営を見渡す。
「まずは、リアス・グレモリー様の陣営から」
リアスが一歩前へ出る。
「キング、リアス・グレモリー様」
続いて朱乃。
「クイーン、姫島朱乃様」
小猫。
「ルーク、塔城小猫様」
木場。
「ナイト、木場祐斗様」
そして──。
「ポーン、兵藤一誠様、アーシア・アルジェント様」
「よろしくお願いします!」
アーシアが頭を下げる。
兵藤も続いて頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
グレイフィアは続いて、俺たちへ視線を向ける。
「そして、今回特別に参加する事になりました」
ライザーたちの視線が俺たちへ集まる。
「ルーク役の白鉄練矢様の眷属、ポーン役の十六夜咲夜様、ラム様、レム様、ナイト役のモードレッド様、以上五名の特別メンバーの方々です」
咲夜が優雅に一礼する。
「よろしくお願いいたします」
ラムとレムも頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
モードレッドは腕を組んだまま、軽く頷いた。
そして俺は、ライザーを見る。
ライザーもこちらを見ていた。
「……白鉄練矢」
ライザーが俺の名を呼ぶ。
「久しぶりだな」
「ああ、ライザー」
互いに視線を交わす。
すでに俺たちは互いの情報を把握している。
今回のゲームで、俺たちが特別参加することもライザーは知っている。
だからこそ、ここで余計な説明をする必要はなかった。
「それにしても……」
ライザーが俺の後ろにいる五人を見る。
「随分と面白い眷属を連れているな、白鉄練矢」
「俺にとっては頼りになる仲間だ」
「ふっ……そうか」
ライザーが笑う。
「ならば、どれほどのものか、このゲームで確かめさせてもらおう」
「好きにしろ、ライザー」
俺は淡々と答える。
「俺も、お前たちの実力を見せてもらう」
その言葉に、モードレッドが笑う。
「話はまとまったみてぇだな」
咲夜も微笑む。
「ええ。あとは、戦うだけですね」
「そういうことだ」
グレイフィアが両陣営を確認する。
「双方の紹介は以上です」
そして、グレイフィアは静かに告げる。
「これより、それぞれの本陣へ移動していただきます」
その言葉とともに、転移魔法陣が展開される。
「リアス様」
「ええ」
リアスが頷く。
「みんな、行くわよ」
俺たちはそれぞれの配置につく。
この異次元の駒王学園。
ここが、今日の戦場だ。
俺は静かに周囲を見渡す。
見慣れた学校。
しかし、今からここで行われるのは──。
ただの学校生活ではない。
悪魔同士による、本当の戦いだ。
そして俺たちは、リアス・グレモリー陣営の一員として、この戦いに挑む。
「……行くぞ」
俺がそう告げる。
咲夜たちが頷く。
そして──。
俺たちは、本陣へと向かうため転移魔法陣の中へ入った。