NO side
夜の街路は静まり返り、路地裏には月明かりだけが淡く影を落としていた。
その暗闇を、異形の者が必死に駆け抜けていた。足音は石畳に跳ね返り、荒い息が夜に混ざる。
「ハァ……ハァ……な、なんで……なんで俺が……追われなきゃならないんだよ……!」
震える声に、焦燥と怒りが混じる。自分が狩る側だと思っていたはずの者が、今や逃げる立場にある。
視界の端に、古びた廃屋が見えた。
「ここしか……ない!」
闇に滑り込む異形。だが、古い壁が行く手を阻む。身動きが取れず、心臓が跳ね上がる。
その時——背後から、金属音のように規則正しい足音が響く。
『カシャン、カシャン、カシャン……』
異形は恐怖で全身が震え、振り返るが——そこには誰もいない。
膝をつき、息を整える。安堵のため息が漏れる。
「ふぅ……何とか振り切った……か……」
声にはまだ戦慄が残っていた。
しかし、その安堵は長くは続かない。頭上から、冷たく低い声が降ってきた。
「ほう……この程度で逃げ切れたと思ったか? 浅はかだな」
異形の体が硬直する。恐怖と驚愕が入り混じる。
「え……え……な、な、なんだ……誰だ……?」
喉が渇き、言葉も震える。壁を押して逃げようとするが、手は空を切る。
上を見ると、そこには銀と青の鎧を纏った人物が逆さまにぶら下がり、冷たい瞳で異形を見下ろしていた。
額には一つ、胸には三つの宝石。腰には蝙蝠のような何かが巻き付いている。
「で、で、で……出たぁ──────っ!」
恐怖で声が裏返る。
異形が外に逃げようとするが、鎧の男は腰の笛を取り、蝙蝠もどきに噛ませる。
「ウェイクアップ1」
蝙蝠もどきの声と共に、月は血のように赤く染まる。
鎧の男は逆さまのまま飛び蹴りを放った。
「ぎゃあああああああっ!」
異形の背中に蝙蝠模様が浮かび、爆散する。
「ち、ちくしょ──っ!」
怒りと恐怖が入り混じった叫びは、夜の闇に吸い込まれる。
鎧の男は淡々と現場を見下ろし、低く呟く。
「……とりあえず、終わったな。キバット、面倒な奴らが来る前に帰るぞ」
腰の笛を取り、蝙蝠もどきに噛ませる。
「ゲートアップ」
目の前に白い門が開き、鎧の男は闇に消える。
しばらくして、赤と黒の髪を持つ翼の少女二人が現れる。
赤髪の少女は眉をひそめ、怒りと苛立ちを滲ませた声で言った。
「また……やられたわね……!」
黒髪の少女は淡々と言葉を返すが、目は鋭く光る。
「えぇ……これで十六回目ですわ……」
赤髪の少女は拳を握り締め、決意を込めて呟く。
「もう、このまま好き勝手させるわけにはいかない……!」
二人は翼を広げ、夜空へと飛び立つ。
風に舞う髪、衣装、羽——すべてに力と覚悟が宿る。
赤髪の少女は低く呟いた。
「黒、次は絶対に決めるわ……!」
黒髪の少女も静かに頷く。
「了解ですわ……」
月明かりの下、二人の背中には、容赦なく、しかし美しく光る怒りと決意が宿っていた——。
NO side out
練矢side
朝日が部屋に差し込み、淡い光が机やベッドの上を照らす。
昨日の夜のことを思い返しながら、俺はベッドの上で伸びをする。
体のあちこちが心地よく痛み、久しぶりに感じる平和な朝に、少しだけ安堵の息をつく。
「はぁ……今日も一日か。昨日は色々あったけど、まあ……何とか無事に終わったか」
小さく独り言を呟く。頭の中には異形の姿や、あの鎧の男、赤髪と黒髪の少女たちの記憶がちらつく。
少し笑いながら、俺はベッドから体を起こした。
キッチンに向かうと、金髪の少女が元気よく飛び込んできた。
「おはようございます、マスター! 今日の朝食は何にするんですか? 俺、朝からワクワクしてたんですよ!」
白いブラトップに青いショートジーンズ——その服装で満面の笑みを向けられると、思わず俺も顔がほころぶ。
「今日は無難に……目玉焼きとソーセージ、それに焼きたてのパンでどうかな」
そう答えると、少女の瞳が一気に輝きを増した。
「えぇー! それなら私、大盛りでお願いしてもいいですか? あぁ、もう楽しみすぎる!」
彼女の全身から期待が溢れ出していて、俺も思わず笑いをこらえるのが大変だ。
「言われなくても準備してる。ちゃんと三人前用意するから、安心しろ」
俺は微笑みながら、朝食の準備に取りかかる。
焼きたてのパンの香りが部屋に広がると、少女は鼻をクンクンさせながら嬉しそうに笑った。
「わぁ……すごい、美味しそう! マスター、さすがです! これなら今日も元気いっぱいになれそうですね!」
口に運ぶと、自然に笑顔が広がる。
[……俺も早く食べよう]
そう思いながら自分の分を口に運ぶと、朝の静かな時間の中で少しだけ心が和む。
朝食を済ませ、皿を流しに置きながら俺は声をかける。
「俺はそろそろ高校に行くから、皿はそのままにしておいてくれ。後で片付けるから」
少女は頷き、軽く手を振った。
学校に到着すると、授業は相変わらず退屈で、黒板をぼんやり眺めながら時間をやり過ごす。
数学の公式や歴史の年号が頭をかすめるが、俺の関心は別のところにある。
放課後、帰宅途中で後輩の兵藤一誠とその友達、松田と元浜が女子更衣室付近に集まっているのを見つけた。
[あそこは女子更衣室側だ……。間違いなく……また何かやってるな]
直感で、何をしているか分かる。
「おい、そこの三人、何やってるんだ? ちょっと見せてもらおうか」
問いかけると、三人はぎくっと動きを止め、慌てた表情でこちらを見る。
俺の顔を見た瞬間——
「で、で、で、出たぁ!」
慌ててその場から逃げ出す三人。
俺は落ち着いた声で女子更衣室の方に呼びかける。
「おーい、女子! 壁に穴が空いていると思うから、見つけて塞いでおけ。俺はこいつら変態三人を制裁してくるからな」
その言葉に、三人は顔を引きつらせながら必死で逃げる。
追いついて問い詰める。
「おい、待て! なんで先輩がここにいるんだ? お前ら、何してるんだよ」
兵藤の声は焦りで震えている。
「いや、俺はまだ見てません! 見たのは……元浜と松田だけです!」
必死に言い訳する兵藤。
元浜と松田は互いを見て、納得できない顔をしている。
「お前、俺たちを裏切るのか? 本気で?」
「お前がその気なら、俺たちだって黙っちゃいないぞ!」
結局、俺は三人まとめて罰することに決めた。
「見てる見てないは関係ない。共犯三人まとめて罰だ。ここで逃げたら許さない」
その時、小柄な塔城子猫が現れた。
「塔城、三人を捕まえろ」
塔城はすっと前に出て、三人の前に立つ。
小さな体なのに、驚くほどしっかりと三人の服を掴み、まるで糸で吊られたかのように動きを止めた。
「えっ、えっ、ちょ、ちょっと……! な、なんで止まるんだ!?」
三人は必死にもがくが、塔城の前では全く身動きが取れない。
「もう……これで大丈夫ですよ、白鉄先輩!」
小さく笑う塔城に、俺は少し心が和む。
女子たちの足音が近づき——
『ドドドドドドッ!』
三人は絶望で震えながら、俺に助けを求める。
「先輩、助けてください! ちゃんと罰は受けますから! お願いです、見捨てないで!」
俺は無言で三人を女子たちの前に差し出す。
[こうなることを知っていて、馬鹿どもは……]
苦笑しながら帰宅の道を進む。
次の日、兵藤が俺の前に現れた。
「先輩! 俺、彼女できました! もう信じられません、先輩にも早く会ってほしいんです!」
額に手を当てて熱を確認する。
「熱はないな……喉は痛くないか? 元気そうだな」
「風邪じゃないです! 彼女ができたんです! 本当に幸せで……先輩にも紹介したくて」
兵藤は嬉しそうに顔を輝かせる。
「……夢じゃなくてよかった」
頬を引っ張ると痛みがあり、現実だと確認する。
「ひどいじゃないですか! そんなに信じてくれないんですか?」
兵藤は不満そうに笑う。
「まあな。すぐ信じるわけにはいかん」
俺は淡々と答える。
「でも、先輩だってイケメンなんですから、勿体ないですよ。恋愛しないなんて、もったいない!」
兵藤はにこやかに言う。
「気にしない。俺は恋愛にはあまり興味ないからな」
兵藤は笑顔で頷き、俺は彼女のところへ同行する。
「初めまして、天野夕麻です」
丁寧に自己紹介する彼女に、俺も礼儀正しく返す。
「俺は白鉄練矢、よろしくな」
互いに握手する。兵藤が小さく警告する。
「先輩、彼女を取らないでくださいよ」
「取らねえよ。心配するな」
映画館の中は薄暗く、上映前の静けさが場内に漂っていた。
俺は兵藤と一緒に席に座り、隣に彼女の天野夕麻がいる——と、思った瞬間、兵藤が小さく手を握り、にやにやしながら耳打ちしてくる。
「先輩、彼女と二人で座るって約束してたんですよ。でも、今日は先輩にも見せたいって言うんです」
俺は小さく笑って肩をすくめる。
「そうか……まあ、仕方ないな。映画くらいなら一緒に見てやるか」
映画が始まり、俺はスクリーンに集中するふりをしながら、隣の二人の様子をちらちらと確認する。
兵藤は目を輝かせてスクリーンを見つめ、天野は時折兵藤に微笑みかけ、指で肩に触れる。
[……なるほど、これが彼らの世界か]
心の中で呟きながら、俺は少し微笑む。
上映が終わると、場内はざわざわと人々が立ち上がり、出口へと向かう。
俺は二人を確認して、軽く声をかけた。
「映画は楽しめたか?」
兵藤は元気よく答える。
「はい! 本当に楽しかったです、先輩も見てくれてありがとうございます!」
天野は少し照れくさそうに笑いながら、兵藤に小声で話しかける。
「今日は本当に楽しかったね。ありがとう、一誠」
兵藤は嬉しそうに頷き、天野の手を軽く握る。
俺は二人のやり取りを少し距離を置いて見守ることにした。
[……この後、どこに行くつもりだろう]
二人は映画館を出ると、公園の方へと歩き出した。
天野は嬉しそうに兵藤に話しかけながら、足取りも軽い。
「今日は本当に楽しかった! 一誠と一緒に過ごせてよかった!」
「俺もだよ、天野。こんなに楽しい時間を過ごせるとは思わなかった」
兵藤の笑顔には純粋な喜びが溢れている。
俺は少し距離を置きつつ、その二人を追う。
[……なるほど。予想通り、何か仕掛けるつもりだな]
心の中で覚悟を決める。
公園に着くと、噴水の周りで天野が兵藤に話しかけている。
「今日は楽しかったね! 本当に、先輩が一緒にいなかったからこそ、こうして安心して楽しめたの」
兵藤は少し戸惑いながらも頷く。
「そ、そうだな……でも、先輩がいたらどうなっていたかな……」
兵藤の声には少し緊張が混ざる。
天野はくすっと笑い、軽く兵藤の肩を叩いた。
「だから言ったでしょ? 今日は先輩には邪魔させないって。これ以上邪魔されちゃ困るからね」
その瞬間、天野の手から光の槍が放たれ、兵藤の胸元に向かって飛ぶ。
兵藤は思わず体をよろめかせて地面に倒れる。
「えっ……えぇっ!?」
天野の瞳には冷たい決意が光る。
上空から、三人のカラスのような翼を持った人物たちが天野に声をかける。
「レイナーレ、ターゲットは処理したか?」
天野は少し息を切らしながらも、力強く答える。
「えぇ、途中で邪魔が入ったけど、何とか撒いてやったわ」
男の一人が天野の行動を確認し、こちらに向かって光の槍を放ってくる。
俺はそれを難なく避けながら、心の中で計算する。
[よし、ここで動く。奴らの意図も見えた]
俺はスクッと立ち上がり、天野たちの前に姿を現す。
「……なんでお前がここにいる? 映画館で巻いたはずじゃなかったのか?」
天野は驚き、少し動揺した様子で後ずさる。
「いや……少し遅れて出てきただけだ。決して追いかけてきたわけじゃない」
焦りを隠しつつ、俺は冷静を装う。
天野はへたり込み、仲間たちに謝るように言った。
「こんな奴に追われていたことに気づかず、ごめんなさい」
金髪の男が挑発的に言う。
「あんたがへたり込むなんて珍しいねぇ! まぁ、今殺せばチャラになるんじゃないの?」
俺は拳を握り、目を細める。
「たくよぉ……俺の縄張りで好き勝手しやがって。これまで死んでいった奴らの恨みを、その身に刻め」
俺は右腕を掲げ、手元のカバンから銀色のコウモリのような装置——キバットを取り出す。
「来いっ、キバット!」
俺の声が公園に響き渡ると、手元の銀色のコウモリのような装置が小さく光り、震えるように動き始めた。
「ガブリッ!」
キバットが俺の左手に噛みつくと、腰に巻かれた鎖のようなベルトがじわりと締まり、全身に力がみなぎるのを感じる。
その瞬間、体の輪郭が膨張し、まるでガラスが割れるように音を立てながら、銀と青の鎧が体を覆った。
「変身完了……!」
冷たい風が鎧を通して肌を刺激し、視界が少し鋭くなる。背後からは風切り音が聞こえ、心臓が高鳴る。
天野は驚きの声を上げた。
「な、何……あの人、さっきまで普通の先輩だったのに……!?」
彼女の瞳は恐怖と驚きで大きく見開かれる。
金髪の男も口を開いた。
「な、何だお前……どうしてそんなものを持っている! それを使えるのは……!」
俺は腕を前に構え、静かに答える。
「それをお前らが知る必要はない……ただ、今お前らがここでやっていることは許されない」
言葉の端には怒りが滲む。
天野は自分の光の槍を握り直す。
「この……どうしてここに……でも、今日は……絶対に邪魔されない!」
その決意が瞳に強く映る。
俺は右腕を掲げ、キバットの力をさらに引き出す。
「お前ら……覚悟しろ!」
銀青の鎧は夜の光を反射し、月明かりの下で青く冷たく輝く。
俺の足音が静かに地面を踏みしめるたび、周囲の空気がわずかに揺れる。
金髪の男が光の槍を構え、天野の後ろに立つ。
「このままじゃ……お前ら……まずいぞ……!」
俺は拳を握り、天野と男たちの間をゆっくりと歩く。
「今日の報いは……その身で受けてもらう」
天野は体を震わせながらも、拳を握り直し、俺を睨みつける。
「……許さない……!」
金髪の男が光の槍を投げてくる。
俺は瞬時に避けながら、心の中で計算する。
[……ここからが本番だ]
キバットの鎖が腰で輝き、力がさらに体に流れ込む。
俺は腕を振り上げ、天野たちに向かって静かに構えた。
「来い、奴ら……俺の縄張りで好き勝手してきた代償を、今から味わえ!」
──その瞬間、俺と敵たちの間で空気が張りつめ、戦いの幕が切って落とされた。
練矢side out