イッセーside
学校が終わった帰り道、俺はいつも通り一人で歩いていた。
部活に入ってるわけでもないし、特別仲のいいグループがあるわけでもない。
だから放課後は、こうしてまっすぐ帰るのが当たり前になっている。
「はぁ……平和すぎて逆に退屈だな」
そんなことを思いながらスマホを弄っていた、その時だった。
視界の端に、明らかに“浮いている存在”が映る。
黒いローブ。
この時期には不釣り合いな、重たい布。
フードで顔は隠れていて、性別すら分からない。
「……なんだあれ」
関わったら面倒なタイプだ。
本能的にそう感じた俺は、視線を逸らして通り過ぎようとした。
——その瞬間。
「貴方、どこの所属ですか?」
「……はい?」
足が止まる。
振り返ると、ローブの人物は俺を真っ直ぐ見ていた。
「いや、所属って何の話っすか?」
「分からないのですか。それとも……はぐれですか?」
「はぐれって言われても意味分かんないんですけど!」
会話が成立していない。
いや、そもそも会話する気があるのかこれ。
俺の中にじわじわと不安が広がる。
ローブの人物は小さく息を吐いた。
「まぁいいでしょう。どちらにせよ——処理します」
「……は?」
一瞬、理解が追いつかなかった。
次の瞬間。
その手に光が集まり始める。
「え、ちょ、待てって!!」
光は形を変え——槍になった。
「嘘だろ……!」
背筋が一気に冷える。
理屈じゃない。
これはヤバい。
逃げろ。
頭では分かってるのに、足が動かない。
恐怖で完全に固まっていた。
「消えなさい」
光の槍が放たれる、その瞬間——
ドンッ!!
「ぐっ……!」
ローブの人物が横からの衝撃で吹き飛んだ。
「な、何だ今の!?」
理解が追いつかないまま、俺の足元に赤い光が走る。
地面に魔法陣のようなものが浮かび上がっていた。
「……魔法陣?」
現実感が完全に崩れていく。
そこから現れたのは——
「間に合ったわね」
赤い髪の美少女。
リアス・グレモリー先輩だった。
「リアス先輩……!?」
さらに隣にはもう一人。
「大丈夫ですか?」
黒髪の落ち着いた女性。
姫島朱乃先輩。
「え、え? なんで先輩たちがここに……!?」
混乱している間に、吹き飛ばされたローブの人物が立ち上がる。
「ほう……グレモリー家の方々ですか」
その声には妙な余裕があった。
リアス先輩は冷たく言う。
「ここで何をしているのかしら、はぐれ聖職者」
「聖職者……?」
また知らない単語だ。
ローブの人物は肩をすくめる。
「今日は引きましょう。獲物が少ない」
紫の魔法陣が浮かび上がり——
そのまま姿が消えた。
「……消えた?」
俺はその場に立ち尽くしていた。
現実がどこにあるのか分からない。
リアス先輩がこちらへ歩いてくる。
「兵藤一誠君、ね」
「は、はい……」
なぜ俺の名前を知ってる。
リアス先輩は少しだけ目を細めた。
「明日、放課後に私のところへ来なさい」
「えっ!? あ、はい……」
気づいたら返事をしていた。
そして二人は赤い魔法陣と共に消える。
「……何だったんだ今の」
夕焼けの中、俺だけが取り残された。
翌日・放課後
「すみません、兵藤一誠君はいますか?」
教室の空気が一気に変わった。
現れたのは同学年の男。
木場祐斗。
学年でも有名なイケメンで、女子の視線が一斉に集まるタイプだ。
「え、木場が?」
「何であいつが兵藤に?」
ざわつく教室。
木場は気にせず俺の方へ歩いてくる。
「リアス部長が呼んでるんだ。迎えに来たよ」
「部長……?」
また知らない単語だ。
クラスの女子が一斉に騒ぎ出す。
「木場君が男子迎えに来るとか何それ!?」
「少女漫画展開じゃん!」
「え、これ尊いんだけど!」
「うるさいって!!」
思わず叫んでしまう。
木場は苦笑しながらも穏やかだった。
「行こうか」
「……あ、はい」
断れる空気じゃない。
俺は立ち上がった。
廊下
「なぁ木場」
「どうしたの?」
「俺、今かなり変な状況にいるよな?」
「うん。そうだね」
「即答やめてくれよ!!」
木場は軽く笑う。
「でも、すぐ分かると思うよ」
「その“すぐ”が一番怖いんだけど!」
そんなやり取りをしながら歩いていると——
「兵藤」
もう一人、同学年の男が立っていた。
「練矢先輩……?」
静かな目。
落ち着いた雰囲気。
でも普通じゃない圧がある。
「お前も呼ばれたか」
「え? 先輩も?」
「まぁな」
木場が軽く頷く。
「揃ったみたいだね」
「揃ったって何がですか!?」
俺の叫びは完全にスルーされた。
そのまま三人で廊下を歩く。
窓から差し込む夕方の光が、妙に現実感を薄くする。
さっきまでの日常が、どこか遠く感じた。
「なぁ木場」
「なに?」
「俺、まだ普通の高校生活戻れる?」
木場は少しだけ笑って言った。
「それは……難しいかもね」
「否定してくれよそこは!!」
俺は天を仰いだ。
——こうして俺は、まだ理解できない世界へ足を踏み入れていくことになる。
イッセーside out
練矢side
放課後の教室は、少しずつ人が減っていく時間帯だった。
部活へ向かう者、帰宅する者、それぞれが動き出す中で、俺は窓の外をぼんやり眺めていた。
特別急ぐ用事もない。
だが、その時だった。
「練矢先輩」
静かな声。
振り返ると、一年の女子生徒が立っていた。
塔城小猫。
無駄のない立ち姿で、こちらを見ている。
「呼びました」
「俺をか」
「はい」
即答。
理由の説明はない。
ただ必要な事実だけが置かれている。
小猫は小さく続ける。
「来てほしいです」
「場所は」
「旧校舎です」
それだけだった。
(相変わらずだな)
俺は軽く息を吐く。
悪意も意図も感じない。
だからこそ断る理由もない。
「分かった」
短く返すと、小猫はすぐに踵を返した。
それ以上の会話はない。
効率的すぎて逆に不自然なくらいだ。
旧校舎へ向かう廊下は、いつもより静かに感じた。
人気が少ないわけじゃない。
だが空気が薄い。
言葉にするなら“区切られた空間”に近い。
その感覚に、俺は特に警戒はしない。
(またか)
この手の違和感は、昔からたまにある。
理由は深く追っていない。
必要な時だけ処理すればいい。
旧校舎の前に着く。
そこには小猫が立っていた。
「中に」
短く言って、扉を見上げる。
俺は頷く。
扉に手をかけた。
その時——
「練矢先輩!」
後ろから声がした。
振り返ると、兵藤一誠が走ってくる。
その隣に木場祐斗。
同学年の二人だ。
「お前らもか」
一誠が息を切らしながら首を振る。
「え、俺たち呼ばれてないですよね!? 今たまたま来ただけで!」
「そうか」
それ以上は聞かない。
木場は少しだけ周囲を見てから言う。
「部長の指示みたいだね」
「部長?」
一誠が首をかしげる。
当然だろう。
説明されていない。
俺も深くは知らない。
ただ——
「中に行けば分かる」
それだけ言うと、小猫が扉を開けた。
重くはない。
だが中は、外と明らかに空気が違う。
一誠が一歩引く。
「……なんかここ、やばくないですか?」
「普通だ」
俺は即答する。
「普通じゃないですって!!」
即ツッコミ。
声がよく通る。
木場は軽く笑う。
「まぁ、すぐ慣れると思うよ」
「その“すぐ”が怖いんですよ!」
一誠の不安は正しい。
だが今は説明材料が足りない。
やがて部屋の扉の前に立つ。
小猫が中へ入る。
俺も続く。
一誠と木場も後に続いた。
部屋の中は、思ったよりも“普通”だった。
本棚、ソファ、テーブル。
だが空気だけが少し違う。
そして——
赤い髪の少女が立っていた。
彼女はこちらを見ると、軽く微笑む。
「ようこそ、オカルト研究部へ」
一誠が固まる。
「え……?」
木場は静かに立つ。
小猫はいつも通り。
そして俺は、状況を確認するように視線を動かした。
(ここが“中心”か)
すぐに分かる。
この場の主は彼女だ。
赤い髪の少女——リアス・グレモリー。
彼女は俺と一誠を順に見て、軽く頷いた。
「まずは説明から始めましょうか」
一誠が小声で言う。
「……俺、帰っていいですか?」
「遅いわ」
俺は即答した。
リアスが微笑む。
「いい反応ね」
そう言って、彼女はゆっくりと話し始めた。
その瞬間から、この場所が“ただの部活室ではない”ことが確定した。
部室の空気は、思った以上に“普通”だった。
ソファ、机、本棚。
ただし——空気だけが妙に重い。
その中心にいるのが、赤い髪の少女。
リアス・グレモリー。
彼女は軽く微笑みながら、場を見渡した。
「じゃあまず、状況説明から始めましょうか」
一誠が小さく震えた声を出す。
「え、あの……俺まだ帰る選択肢あります?」
「ないわね」
即答だった。
木場が苦笑する。
「まぁ、ここまで来たらね」
小猫はいつも通り無言でソファの横に立っている。
俺は壁際に寄り、全体を見渡す位置を取った。
(説明役か)
立ち位置は自然にそうなる。
リアスの視線が一誠に向く。
「まず、あなたの手を見せて」
「手……?」
一誠が戸惑いながら右手を差し出す。
その瞬間だった。
淡い光が手の甲に浮かぶ。
「うわっ!? 何これ!?」
慌てる一誠。
光は形を変え、赤い籠手へと変化していく。
リアスは静かに説明する。
「それが神器よ」
「しんき……?」
一誠の声は完全に理解外にいる。
木場が補足する。
「神が作った武器、あるいは能力のことだよ」
「いや情報増やさないでくださいって!」
リアスは続ける。
「その神器の名前は——」
少し間を置く。
「
「龍!? 今ドラゴン出てきた!?」
一誠が叫ぶ。
当然の反応だ。
リアスは淡々と続ける。
「その能力はシンプルよ」
指を軽く立てる。
「“力を倍にする”」
「え?」
一誠が固まる。
「え、倍?」
「そう」
「それチートじゃないですか!?」
即ツッコミ。
リアスは軽く笑う。
「だから狙われたのよ」
「狙われたって何ですかぁ!?」
一誠の声が裏返る。
その横で、俺は静かに状況を見ていた。
(なるほどな)
神器。
力の増幅。
それを持つ人間。
狙われる理由としては分かりやすい。
リアスの視線が俺に向く。
「練矢君」
「なんだ」
「あなたはそれを見てどう思う?」
急に振られる。
一瞬考えてから答える。
「分かりやすい構造だな」
「それだけ?」
「それ以上でもそれ以下でもない」
リアスは少しだけ目を細める。
「やっぱり落ち着いているわね」
小猫がぼそっと言う。
「変」
「褒めてないよなそれ」
一誠が間で叫ぶ。
「いやちょっと待ってください! 俺まだ全然理解追いついてないんですけど!」
リアスは軽く手を上げて制する。
「安心しなさい。まだ説明は続くわ」
「まだあるんですかぁ!?」
完全に悲鳴だ。
木場が苦笑する。
「これからが本番だね」
「最初から本番なんですけど!!」
リアスは淡々と続ける。
「神器には“覚醒段階”があるの」
一誠がピタッと止まる。
「覚醒……?」
「そう」
リアスの声が少しだけ真剣になる。
「今のあなたの力はまだ未完成」
籠手を見る一誠。
さっきまでの混乱が少しだけ静まる。
「未完成……?」
「ええ」
リアスはゆっくり続ける。
「これからあなたは、その力と向き合うことになるわ」
一誠が息を飲む。
その横で、俺は軽く息を吐いた。
(ここからか)
ようやく“入口”が見え始めている。
リアスが視線を上げる。
「そして——あなたもね」
その視線は俺に向く。
「練矢君」
「……俺か」
「ええ」
リアスは静かに言う。
「あなたのことも、少し気になっているの」
一誠が横で叫ぶ。
「え、ちょっと待ってください練矢先輩も何かあるんですか!?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない」
「曖昧すぎるぅ!!」
木場が苦笑する。
「まぁ、ここはそういう場所だからね」
小猫は相変わらず無表情だ。
ただ一言だけ。
「面倒」
「それも否定しない」
俺は軽く肩をすくめた。
リアスは小さく笑う。
「さあ、まだ説明は終わっていないわよ」
一誠の顔が完全に絶望寄りになる。
「終わってくださいお願いですから!!」
——こうして、非日常の説明はまだ続いていく。
部室の空気は、まだ完全には落ち着いていなかった。
一誠は未だに頭を抱えているし、木場は状況を整理するように黙っている。
小猫はいつも通り無表情。
そしてリアスは、俺を見ている。
「練矢君」
その呼び方だけが妙に自然だ。
「あなたのことは、まだほとんど分かっていないわ」
「そうだろうな」
俺はあっさり返す。
一誠が顔を上げる。
「え、リアス先輩でも分からないんですか?」
「当然よ」
リアスは即答する。
「名前と学年くらいしか把握していないもの」
「軽い情報すぎません!?」
一誠のツッコミは正しい。
だが、この場ではそれが普通だ。
リアスは視線を俺に戻す。
「だから説明してもらえる?」
「何をだ」
「あなた自身を」
静かな要求だった。
圧はない。
だが“ここではそれが必要”だという空気だけはある。
俺は少しだけ考える。
(全部は無理だな)
そもそも全部説明できるようなものでもない。
だから結論だけにする。
「分かる範囲でいいか?」
「ええ」
リアスは頷く。
一誠が小さく身構える。
木場も少しだけ姿勢を正す。
俺は軽く息を吐いた。
「俺は白鉄練矢」
まず名前。
「三年」
次に立場。
「それ以外は知らない、でいい」
一誠がズッコケそうになる。
「いやそこ省略しすぎじゃないですか!?」
「事実だ」
俺は即答する。
リアスが少し目を細める。
「それだけ?」
「ああ」
間。
一瞬だけ沈黙。
だが俺は続ける。
「ただ一つだけ補足するなら」
一瞬、部屋の空気が少しだけ締まる。
「俺は“普通の人間じゃない”」
一誠がすぐに反応する。
「また出たその言い方ぁ……!」
俺は構わず続ける。
「魔人、と呼ばれている」
その言葉で空気がわずかに動く。
リアスが静かに繰り返す。
「魔人……」
木場も小さく目を細める。
「それは珍しいね」
一誠だけが完全に置いていかれている。
「また知らない単語増えたんですけど!!」
俺は淡々と続ける。
「魔人は禁忌の種族だ」
その一言で、一誠の動きが止まる。
「禁忌って……何したんですか俺ら……?」
「何かをしたわけじゃない」
俺は即答する。
「そういう“扱い”になっているだけだ」
リアスが視線を上げる。
「具体的には?」
「悪魔、堕天使、天使、人間」
少し間を置く。
「その境界をまたぐ存在」
小猫がぼそっと言う。
「面倒」
「それは否定しない」
俺は短く返す。
一誠が頭を抱える。
「え、それもう何でもアリのバグ枠じゃないですか……」
「そういう見方もできるな」
俺は淡々と続ける。
「ただし、一つ誤解がある」
空気が少し引き締まる。
「魔人は崩壊したりしない」
一誠が瞬きする。
「え?」
「普通に生まれる。ただし数が極端に少ない」
俺は続ける。
「混血が成立しにくい。それだけだ」
リアスが少し目を細める。
「つまり、“希少で制度上扱いに困る存在”ということね」
「そうなる」
一誠が間で叫ぶ。
「それただの社会的に面倒な人じゃないですか!?」
「言い方はそれでいい」
俺は軽く肩をすくめる。
木場が苦笑する。
「でも確かに、管理は難しそうだね」
リアスは静かに頷く。
「戦力としても、扱いとしてもね」
一誠が小声でつぶやく。
「俺の周り、濃すぎません……?」
俺は視線を横に流す。
(まあ、そうなるか)
リアスは少しだけ表情を和らげる。
「少なくとも、今のところ敵ではないわね」
「今のところはな」
俺は同意する。
一誠が机に突っ伏す。
「今のところって言葉怖すぎるんですけど!!」
「それに、俺には王の駒があるからな」
部室には、軽い笑いとため息が混ざる。
だがその奥で、確かに“何かの始まり”だけは静かに動き出していた。